蜘蛛の糸に絡まれて 6
「私…色気もないし、平凡な顔で…貴方より年上で…おまけに……その…」
「その?」
吉良は何度も視線を逸らしては、俺を見る。
難しい顔をして、口を開きかけては口を噤むのを繰り返し、次第に彼女の表情がこわばっていく。
酷く深刻そうな顔になり、何か、よからぬカミングアウトでもするつもりなのだろうかと、俺の方が不安になって来る。
努めて平静を装ったけれど、心臓は早鐘を打ち、得も言われぬ緊張感に縛りつけられる。
「私…その…全然、経験豊富じゃなくて…その……ご期待に添えるか…」
ひどく言い辛そうに、ぼそりと答えた吉良の頬は紅潮している。
その一言に、俺は溜息とともに、吉良の首筋に顔をうずめる。
吉良は思いつめた顔をしていたから、どんな爆弾発言をするのかと思っていたのに、可愛すぎる発言にほっと安堵する。
それと同時に、おかしさがこみ上げる。
「なんだ、そんなことか」
笑ってはいけないと思いつつ、必死で声を押し殺すけど、肩がふるえる。
しかし、どうにもたまらず噴き出した俺は、吉良に悪いと思いながらも遠慮のない笑いが止まらなかった。
「わ、笑う所じゃないでしょっ!」
恥ずかしさで声の上擦った吉良に、答えようにも笑い過ぎで声が出ない。
ひとしきり笑い続けた俺は、息を整え、顔を上げる。
吉良は恥ずかしさ半分、怒り半分の表情で俺を睨んでいる。
彼女は、自分の言動がいかに、甘い誘惑を孕んでいたかなど理解していないだろう。
この状況下では、『ご期待に添えるか…』などという言葉は、淫靡な誘い文句だ。
吉良自身が、俺を受け入れる気があるということを自白したも同じなのだから。
可愛い事を、無意識に言えてしまう吉良が、愛しくてたまらない。
「私は、真剣に悩んでるのに!」
「俺からしたら、そんな経験は豊富じゃない方が良いよ」
怪訝そうな顔で、吉良は俺を見る。
「どうして?」
「吉良が俺の腕の中で、どんどん淫らになっていく過程が楽しめるだろ?」
蠱惑的に囁けば、吉良が固まる。
「な、ななななな、何てこと言うのっ!?」
激しく狼狽する彼女の細い腕をとり、手首にそっと唇を寄せる。
「っ…」
きつく、跡が残るように口づければ、吉良が腕を思わず引っ込めようとする。
俺はその手を離さない。
その白いやわ肌に、真新しい赤い痣が残る。
ベルトの太い時計をすれば隠れないこともない、けれど人目にさらされる際どい場所に。
「上坂伊織の全てを吉良に向けられない…でも、榊紫苑の全ては吉良にだけ受け取ってもらいたい…貴女以外の誰にも、渡したくない」
こんな言い方は狡いだけだって分かっている。俳優の俺も俺の一部なのに。詭弁だと言われても仕方がないことも、分かっている。
それでも、矛盾していようともこれは俺の嘘偽りの無い気持ち。
最初から俺の容姿に惚れる事もない、口説き文句にもほだされず、贈り物にさえ心を動かされず未だにプレゼントを拒む吉良が受け入れてくれたのは‘榊紫苑の心’だけ。
形の無い物しか受け取ってくれない吉良だから、これまでの女とは全く違うから、どうやって彼女の心を繋ぎ止めていいのか分からない。
俺の最大の魅力であり武器であるものが通用しない吉良に捧げられるものは、嘘偽りの無い気持ちと、人間として欠陥だらけの俺自身しかない。
「ありがとう、紫苑」
そう言って、吉良は俺の頬に軽く口づけを落としてくれる。
「上坂伊織の心はファンの人たちの為に、大事にして。でも、此処に帰ってきたら私の紫苑でいてね」
いつもひらりと俺の思惑をすり抜けて飛んで行ってしまうのに、どうしてこうも容易に吉良は俺を絡め取ってしまうのだろう。
「…貴女が好きだよ、吉良」
「私もよ」
そういって、はにかむように優しく笑ってくれる吉良がたまらなく好きで。どんどん吉良にはまっていく。
「吉良が欲しい。心も体も、すべて…俺のものにしたい」
吉良は呼吸さえ忘れて俺を見つめていた。
少し大きめのダークブランの瞳には、俺しか映っていない。
「…ここじゃ…嫌…」
恥じらいながら呟かれた声に、背筋が甘い疼きを覚える。
彼女が欲しいと、体が餓えて欲する。
「ベッドに行こうか」
俺は吉良から体を離して、ソファから立ち上がると、そのまま吉良の体を横抱きにして抱きあげる。
「う、嘘っ!私、重いよっ?あ、歩くから」
「今、理性ないから、下ろしたらそのまま襲うよ?」
そのまま、吉良を抱いて寝室へ向かって歩き出すと、吉良は俺の首に腕をまわし、ギュッとしがみつく。
そっと身を寄せてくる、そんな小さな吉良の行動が、可愛くて、愛しくて。
誰にも貴女を奪わせはしない。
やっと手に入れた、俺だけの蝶。
その細くしなやかな体を、俺から逃げられぬように、快楽という離れがたい糸でもっともっと貴女を縛り付けてあげるから。
END
閲覧ありがとうございます。主人公の年齢が20歳代なのに、R15までしか書けないのは私の技量不足…それでも楽しんで読んで頂けたら幸いです。