蜘蛛の糸に絡まれて 2
§
寝室から出、吉良の部屋に行こうと、通過点になるリビングへ向かう廊下に出た。
リビングの方へ視線を向ければ、リビングが少し明るく、時折、光が色を変えて点滅しているのが、扉にはめられたガラス越しにわかる。
テレビがついていると、すぐに察しがついた。
“俺、消し忘れたか?”
覚えがなくて、リビングに足を進めた。
半開きのリビングの扉から、小さな声が漏れ聞こえる。
そっと扉を開いて、部屋の中を覗き見る。
二十畳ほどのリビングで、ソファに座っている吉良の後ろ姿が見える。
吉良の正面にあるテレビには、見覚えのある映像が流れている。
“あれは去年、俺が出演した映画?”
もう、エンディングに近い所だ。
確かあれは、病魔に侵された恋人を支え、最後まで看取る役どころだ。
原作は、発行部数をかなり伸ばした恋愛小説。
俺としては、演じた役の男が出来過ぎていて、甘過ぎる話しであまり好きじゃない。
けど、この映画の興行収入は去年公開された映画の中で第三位。
俺の代表作のひとつになったものだ。
でも、どうして吉良が見ているのだろう。
こんな夜中に、こっそりと。
俺は吉良のそばに歩み寄って、背後からそっと吉良の横顔を見る。
ワンピースタイプのナイトウエア姿の彼女はショールを羽織って、映画を食い入るように見つめている。
真剣に見つめている吉良の眉根が、僅かに歪んでいる。
今映っている映像シーンは、泣きどころと言われる場所になるけれど、吉良は涙を堪えている感じではない。どちらかと言えば、険しい顔をしている。
…何故だ?
何か不機嫌になるような演出の拙さでもあったのか?
それとも演技か…主演の女の子は女優が本職ではなく、アイドルタレントだったから、お世辞にも演技は上手いとは言い難かったが。
もしくは俺の演技に何か気に入らない所があるのか?
吉良は俺が俳優であることすら知らない程の、芸能界音痴。芸能人のほとんどがわからない上に、俺の出ているドラマも職場の人に言われて一緒に数回見た程度だと言っていた。
じっくりと見て、俺の演技が嘘くさいとかそんな事を考えていたら。正直、ショックで数日は立ち直れそうもないのだけれど。
どうしようか。
DVDに夢中で、吉良は近付いた俺の事など、まったく気付いてはいないようだった。
そっと、知らないふりをして戻るか。
「…はぁ…」
気落ちした様な溜め息を漏らした吉良に、俺は思わず反応してしまった。
「何で溜め息?」
「わっ!?」
吉良は飛び上がるように身を跳ね、後ろにいる俺に振り返る。
俺も吉良の声に驚いて、思わず身を後ろに僅かに引いてしまった。
俺の姿を見て、吉良は困ったような顔をする。
「い、いつから…居たの?」
「少し前」
吉良はバツの悪そうな顔をして、苦笑いする。
「ごめん、起しちゃった?ヘッドフォンがなかったから、音小さくしたんだけど」
「勝手に目が覚めただけだから。音は気にならなかったよ」
俺はソファの上で正座して座る吉良の隣に行き、腰を下ろす。
吉良は俺が隣に来る前に、自分の横に積んで置いてあった、幾つかのDVDのケースを慌てて抱える。
「何で隠したの?」
俺は吉良のストールをめくり、腕の中に抱えられたものに手をのばす。
「あ、駄目っ」
吉良は身をよじって、それから逃れようとする。
俺は吉良の腰に腕をまわし、逃げられないように体を引き寄せる。
そして俺と吉良の間を阻むようにある、彼女の腕に大事そうに抱えられたものを取り上げる。
「あぁ…」
まるで、見つかってはいけない物を横取りされた様な声を上げた吉良は、困ったように視線を泳がせる。
DVDを見れば、そのタイトルはどれも俺が出演しているものだった。
累計PVが20000を超えておりました。お気に入り登録も40件を超え!?
自分でも予想もしない数字に、心臓バクバクです。
閲覧、本当にありがとうございます。
重ねて、ランキングサイトへのクリックもありがとうございます!
今後ともよしなに。