貴方の胸で眠りたい(後篇)
「…わかってる。私を利用するだけなら、同棲なんて危ない真似しないわ。俳優“上坂伊織”には致命的なスキャンダルだもの」
力が緩くなった彼の腕から、私は身体を起こす。
私をじっと見上げてくる紫苑の、頬にかかるダークブラウンの髪を、梳くようになでた。
「じゃあ、どうして俺が寝ると、違うベッドに逃げるのか、ちゃんと教えてよ。俺の事、嫌い?」
「え…それは…ねぇ…」
思わず目が泳いでしまう。
捨てられた子犬のように縋る瞳に、いたたまれない気分になる。
こう言う時、顔の良い年下男はずるいと感じる。
何時も、これに負けるのだ。
「……のよ」
「?何?」
顔を見て喋ると、どうしても小声になってしまうので、ベッドに身体を戻し、紫苑の顔を見ないように自白した。
「年甲斐もなく、恥ずかしいのよ…仕方ないでしょ、慣れないんだからっ!仕事命で、男関係は無視して生きてきたんだから!三十路近いのに、この程度でドキドキして眠れないのっ!まだ恥ずかしいわよ!キモイってわかってるわよ!ドン引きすればいいでしょ!守銭奴で悪かったわよ!馬鹿っ!」
言っている自分が、ドツボにはまっていた。
もう、何を言っているのかわからなくなって、自爆したことを八つ当たりしてしまう。
穴があったら、埋まってしまいたい。
そんなことを思っていたら、隣で紫苑が身体を起こした。
当然だ。
呆れたどころか、ドン引きに決まってる。
頭から掛け布団をかぶって、丸まった私の近くのベッドが軋む。
彼がベッドから降りて行くのだと思った瞬間、思いっきり布団を剥がされた。
「わっ!な、何!?」
驚いて顔を上げれば、紫苑が私の肩を掴む。
逃げられないように、押さえ込まれる。
見下ろす彼は、ニヤリと笑う。
「顔、赤いよ?いちいち反応が可愛いよね、吉良は」
「ばっ、馬鹿!!年上をからかうなっ…わ…笑うなぁ!」
抗議の声に、紫苑は嬉しそうに笑ったまま。
明らかに、私の反応を楽しんでいた。
あまりに楽しそうに笑うので、なんだか腹が立って、掌で彼の胸を何度も叩く。
「ごめん、ごめん」
悪びれた様子もなく謝った紫苑は、私の手を掴んで顔を寄せる。
唇に落とされた熱は、優しく私をついばむ。
身を委ねたくなるような心地よい口付けに、怒りも恥ずかしさも吹き飛んでいく。
キスを止めた紫苑が、間近で私を見つめる。
その表情が不意に曇る。
「…吉良、どうしよう…俺、完全に目覚めちゃったんですけど…」
「えっ!ご、ごめん。眠れるようにラベンダーのアロマする?カモミールティー飲む?」
「そっちじゃなくて…」
そっと耳打ちされた言葉に、私は悶絶した。
「って訳で、責任とってね?」
「だから、エロい声で下ネタ言わないでぇ!って、脱がすなぁぁぁぁぁ!」
こうなると、どうにも止まらない。
観念して、捕えられて、絡まって…
今日の夜は明けていく。
優しいけれど眠れない夜は、まだ続きそう…
END