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Sweet hug  作者: 響かほり
貴女が隣にいる幸せを
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貴女が隣にいる幸せを 1

「April foolに嘘の花束を」の続きで、紫苑視点になります。


 ランプシェードが淡い橙の光を放ち、寝室を染める。

 部屋に広がるラベンダーとクラリセージの仄かな香りが、心地好い。


“うわっ、速攻で寝てるし…”


 風呂から上がり寝室に入った瞬間、視界に入った吉良にがっくりとうなだれる。

 日付の変わったベッドの上で、吉良はすやすやと眠っている。

 俺が風呂に入っている間に、吉良は一人で勝手に眠りに落ちてしまったらしい。

 最初の頃、吉良は俺が眠ると他のベッドに逃げていたけど、最近はそれが嘘のように俺より先に彼女は寝てしまう。

 元から吉良は寝つきがとても良いのに、同棲当初は俺と一緒に寝るのが恥ずかしくて眠るにも眠れなかったらしい。その所為でしばらく寝不足だったと、ようやく一緒に寝てくれるようになってから、吉良は教えてくれた。

 ようやく気を許してくれるようになったとも取れるし、無防備な彼女の寝顔を、こうして見るのは悪くない。

 俺はベッドに腰を掛け、吉良の紅茶色の髪を梳く。

 さらさらとして、短く癖のない髪はするりと俺の指をすり抜けていく。


“幸せそうな顔して…これじゃあ、起こせないな”


 思わずため息が出る。

 吉良は、俺の想定外のことばかりする。

 俺の目論見を、悉く見抜いてかわすかのように。

 俺は、ガウンのポケットに入れていた小さな箱を取り出す。

 それは指輪のケース。

 開けばそこには、ティファニーのリングがある。

 ダイアモンドとピンクサファイアをあしらった、プラチナの指輪。

 指でつまむように指輪を取り出して、掌に置いてそれを眺める。

 ずいぶん前に、寝ている吉良から指輪のサイズをこっそり測って、発注したものだ。


“何やってんだろ、俺”


 たかが指輪一つ贈ることに、こんなにも苦戦するなんて、冗談にもならない。

 いや…初めてだから、勝手が分からないのかもしれない。

 自分から誰かを真摯に愛していくことも、ずっと傍に居てほしいと願ったことも、初めてだから。

 吉良を好きになって、自分が本当に誰かを好きになったことがなかったのだと、俺は思い知った。

 プレイボーイだとマスコミが騒ぎ立て、週刊誌のゴシップ記事の常連になれる程度には、話題性のある芸能界関連の女と何人も付き合ってきた。

 それでも、己のテリトリーでもある家に入れた事はない。まして、一緒に暮らしたいと思う相手も、指輪を渡したいと思う相手もいなかった。

 自分の心が揺らいで不安になるほど好きだという感情も、誰にも芽生えなかった。

 上っ面だけの恋愛を、ゲームのように繰り返していたから。

 互いに割り切った関係として付き合っても、本気になる相手も居たから短い期間しか付き合わない。俺の嫉妬を煽ろうと他の男と戯れに付き合った相手もいたが、俺には嫌悪の対象でしかなかった。それを理由に簡単に切り捨てて別れた。

 失って怖いと思う女なんて、何処にもいなかった。吉良に出会うままでは。

 だからこそ怖いもの知らずで、奔放で身勝手な生き方ができた。

 今は、吉良にそんなろくでもない恋愛をしてきた自分を吉良に知られてしまうのも怖い。

 吉良に嫌われる事が酷く怖い。


“まさか吉良を泣かせるなんて…”


 泣かせるつもりなんて、一切なかった。

 ただ、まとまった休みが久しぶりに取れたから、いつも待たせてばかりの吉良と、一緒にどこかに出掛けたかっただけ。

 それに、この指輪を渡したかった。

 でも、吉良に休みを取って欲しいとは言えなかった。

 彼女は普通の社会人で、好き勝手に休みが取れるわけではない。

 いくら吉良の雇用主が俺の従兄弟でも、無理を通せば職場での立場がなくなる。

 看護師として生きる事を生きがいにする彼女の大切なライフワークを奪う事だけは、したくなかった。

 だから吉良の負担にならず、人の目をあまり気にしないでいける場所を探した。

 結果、夜の花見に誘ったのだけど…それでまさか喧嘩になるとは思わなかった。

 桜が大嫌いだなんて、思いもしなかった。

 日本人は、美しい桜の花が好きなものだとばかり思っていた。

 桜が嫌いなんて言うのは、ひねくれた従兄弟の健斗だけじゃなかった…。




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