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Sweet hug  作者: 響かほり
April foolに嘘の花束を
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April foolに嘘の花束を 7





 初めて好きだって言われた時は、正直、その言葉を信用していなかった。

 当時の彼が遊び慣れしているのは、何となく言葉の端々に現れていたし、女を口説くのが挨拶みたいな榊一族の人間の言葉を、いちいち真に受けられるほど若くもなかった。

 そもそも、私を口説くなんて冗談半分か、暇つぶしの為だって思っていたし。

 でも毎日毎日、『愛してる』、『好きだ』のメールに電話、高価な花束のプレゼント攻撃がセットで来るようになった時には、嫌がらせかと卒倒しそうだった。

 それでなくても当時、紫苑には私の電話番号も、メールアドレスも教えた覚えはないのに…。結局、情報を横流ししていたのは院長で、院長は『おもしれぇから、そのまま付き合え』とか、意味不明なことを言い出す始末。

 困った挙句、美菜先生経由で院長を嗜めてもらって、紫苑の行動を止めてもらった。

 静かになったと安心した矢先に、紫苑は勝手に人のアパートを引き払って、自分のマンションに住まわせる暴挙に出た。

 ずっと私の気持ちなんて無視で、ずっと振り回されていた。もう、その頃には怒る気力もなくなるぐらい性質が悪かった。

 両親の事があって、自分の中に踏み込まれたくなかったのに、無神経にずかずか踏み込んでくる紫苑が、大っ嫌いだったのに…今みたいに、本当に辛い時に私の心を拾ってくれる彼が、いつの間にか好きになってた。


「…覚えてる……あの頃の紫苑、すごく嫌な人だったもの」

「普通に口説いたって、吉良は全然、気にも留めなかっただろ?だから、形振りなんて構っていられなかった…」

「無茶しすぎよ?」

「分かってる。完全に拒絶されるか、俺の事を好きになってもらえるか、どちらしかないと思った…だから、吉良に見て知ってもらいたかったんだ。ありのままの俺を」


 紫苑は、自嘲気味に笑って見せた。

 遠慮なく私の心に踏み込んで、いつの間にかそこに住み着いていた紫苑。

 彼がただ強引で身勝手なだけなら、絶対に好きにはならなかった。

 ただ優しく節度のある人なら、私の心は死ぬまで紫苑に向かなかった。

 彼だから、きっと好きになった。

 一年も経っていないのに、それがもう何年も前のことみたいに懐かしい。


「無理してくれてありがとう。貴方を好きになって幸せよ」


 本当に、心からそう思う。

 貴方を好きになる幸せをくれて…貴方に愛される幸せを教えてくれて…ありがとうって。

 紫苑は嬉しそうな、困ったような複雑な顔をした。


「恰好悪い所しか見せてない、満足に連絡も取れない、恋人らしいことなんて全然できない俺だけど、それでもいい?」

「紫苑だからいいの。他の人じゃ駄目なの」


 整い過ぎた綺麗な紫苑の顔が、驚いたような表情に変わる。

 わずかに、彼の頬が朱に染まる。


“あ、ちょっと照れてる”


 彼がそんな顔をするのは珍しくて、意外に純粋な反応をしてくれる所に、胸が甘く締め付けられる。


「…今日の吉良、なんだか素直だね?」

「口にして、言いたかったの」

「これからは、文句も遠慮なく言って。我慢なんてしないで」

「…嫌いにならない?」

「ならないよ。俺、吉良が滅茶苦茶わがままになっても、愛し続ける自信あるから」


 その言葉に、自然と笑みが零れる。


「そんなこと言って、私のわがままが過ぎて困っても、知らないわよ?」

「吉良が泣かないなら、それでいい」


 ようやく紫苑は安堵したように微笑む。

 彼の言葉に、心が軽くなる。

 どちらからともなく重ねあった唇は、優しく幾度と離れては触れる。

 が、不意に口付けが止まり、紫苑が私を見下ろす。


「…どうしたの?」

「吉良…ご飯先に食べて良い?腹減りすぎて、このまま最後まで吉良を食べられない…」


 紫苑が真面目な顔をして、突然、そう言う。

 どうしてそういうことを、紫苑は平気で言えてしまうのだろう。

 ちょっと前まで、胸にじんとくるような言葉を紡いだ同じ口で。

 聞いたこちらが、とても気恥ずかしくなる。


「わ、私を食べなくても、いいの!ご飯を食べて、お風呂に入って、大人しく寝なさい!」


 動揺して、お母さんみたいなことを言ってしまった私を見て、紫苑は嬉しそうに笑う。

 それに文句を言おうと思ったけど、『ぐぅっ』と、私のお腹が鳴る。


「もしかして、俺の帰りまでご飯、待っていてくれたの?」


 タイミングの悪さに、恥ずかしすぎて顔が熱くなり、下にうつむきながら頷く。


「実は俺も、朝から何も食べてなくてさ…」

「何も食べてなかったの?」


 驚いて顔を上げれば、紫苑が穏やかに笑っていた。


「喧嘩して、食べる気分じゃなかったから」

「じゃあ、スペシャルプレートは胃もたれしちゃうかも…」


 スペシャルプレートの言葉に、紫苑の目にきらりと光りが走る。


「プリンも作ってくれた?」

「紫苑の好きなカスタードプリンにしたわ」

「マジで?早く食べよ!」


 子供みたいにウキウキしだした紫苑に、手を掴まれ引っ張られる。

 私は彼の手を握り返し、紫苑と共に遅い晩御飯を食べに向かう。




 その温かい手を、いつまでも離さずにいられますようにと、祈りながら。






     END





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