April foolに嘘の花束を 4
紫苑は短く息をついて、携帯電話をスーツの胸ポケットから抜き出す。
「…健斗?」
サブディスプレイを見て、紫苑は眉根を寄せて電話に出る。
「え?吉良?…あぁ、わかった」
紫苑は、何言か電話口で話をした後、私に携帯電話を差し出す。
「吉良、健斗が代われって」
何故、自分が指名されたか分からないまま、携帯電話を受け取り、耳に当てる。
「はい、吉良です」
『お前、携帯電話に何遍、電話したと思ってんだ!』
その怒声に、私は思わず耳から携帯電話を遠ざけて空いた手で耳を押さえる。キーンと耳の奥が変な金属音がして痛い上に、音が良く聞こえない。
そういえば、携帯電話をマナーモードにしたままだった。
ソファに投げ出された私の携帯電話は、着信ランプが点滅していた。
携帯電話をもちかえて、反対の耳に当てる。
「すいません…何か急用ですか?」
『…別に?』
思わず、紫苑の携帯電話だということを忘れて、投げそうになる。
用事もないのに電話をかけてきて、出なかったから怒鳴るなんて。
いつもながら、院長は自分の感情に自由すぎる。
どうして院長の下で三年も自分は働いているのか、自問自答したくなる。
怒りを飲みこみ気持ちを落ち着けて、私は彼に問うべき疑問を投げかける。
「院長、紫苑になんで変な嘘つくんですか」
『あぁ、あれか?April foolだからに決まってんだろ』
「エイプリル…フール?」
無駄に素敵な活舌で言われた言葉を、私は復唱する。
そういえば、今日の日付は…四月一日。
紫苑は、もしかしなくても院長に騙された?
電話口から、愉快そうな男の笑い声が聞こえる。
「お前も気付かなかったのか?」
「笑い事じゃありません!変な波風立てないでくださいよねっ!」
『その様子だと、まんまと紫苑の奴、騙されたな?』
私は頭が痛くなって、額を押える。
もしかして昼の愛人になるかの話も、エイプリルフール絡みのネタだったのかしら?
いずれにしても…。
「嘘にしたって、性質が悪すぎます」
『当たり前だろ。紫苑は切羽詰まった状態にならねぇと、素直にならねぇ。ちゃんと、あいつからしおらしく謝ってきただろ?』
紫苑の行動をしっかり読んでいる。
もしかして院長、仲直りする手助けをしてくれたのかしら…。
そう思いかけて、即座に思考が否定をする。
恐らく院長の主たる目的は、己のドS嗜好を満たすため。
院長のそんな行動を渋々ながらも許せるのは、ちょっとした幸せの付加価値が必ずあるから。
これを計算してやっているから、院長は恐い人だ。
『お前にあんな顔をさせて悩ませたんだ。当然の報いだ』
「…院長、人をダシにしないで下さいよ?」
勘違い女子を量産しそうな発言を普段からさらりと言う院長に、私はそう釘を刺した。
『ばれたか』
「…で、仲直りしたのか確認するために連絡したんですか?」
『確認は必要だろ?礼を後できっちり徴収する為にはな』
「人をだまして礼をせびるって、貴方はどれだけ阿漕ですか…」
こんな事を言われたら、素直にありがとうというタイミングさえ失くしてしまう。
突然、携帯電話を紫苑に取り上げられる。
「お前、何してくれてるわけ?喧嘩売ってるのか?」
電話口に向けて、紫苑がむっとした表情をして冷徹な声音でそう言い放つ。
普段、穏やかな喋り方しかしない紫苑の豹変に、耳を疑う。
熟睡している紫苑を起こした時のアレに似ている。アレは本当に怖いの。
しばらく無言で相手の話を聞いているらしい彼の額に、青筋が浮かぶ。
「あ?ふざけんな!この礼、きっちりしてやるから、首洗って待ってろ!くそったれ!」
紫苑はドスの聞いた声でそう言い放ち、電話を切った。
紫苑の悪態に、恐怖で心臓がドキドキする。
怒りをたたえた紫苑の表情は、逃げ出したいくらい怖い。