表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sweet hug  作者: 響かほり
April foolに嘘の花束を
13/68

April foolに嘘の花束を 2




                §



 マンションに戻ると、部屋には誰もいなかった。

 紫苑は外に出てしまっているみたいで、人の気配はないし真っ暗。

 帰り道によぎったネガティブな考えが不意に脳裏をよぎって、いけないと思う。


“とりあえず、作るだけ作って待ってみようかな”


 紫苑と同棲するにあたって彼の事務所と私との約束で、私から彼に連絡をしないという約束事がある。

 帰ってくるか確認が取れないけれど、何もせず待つのも嫌なので、普段と同じように、食事の支度をしながら、お風呂も沸かしておく。

 今日のメニューは、『お子様ランチ』。

 紫苑は美形でクールなイメージを売りにした俳優だけど、素の彼が好む食べ物は、子供が好きなメニューが多い。

 特に、ハンバーグと海老フライ、から揚げ、プリン。

 既製品は嫌いで、手作り限定というこだわりがある。

 しかも同じプレートに、全部が乗っていないと絶対に駄目。

 一品だけとか、別皿での盛り付けは不機嫌になる。

 だから、お子様ランチ風に、白い大皿に盛り付ける。

 栄養が偏るので、ミモザサラダとミネストローネも付けて。

 食事の支度を終えて、待ってみても紫苑は帰ってくる気配がない。

 もう、二十二時を回っているのに。

 仕方がないので、先にお風呂へ入った。

 お風呂から上がっても、紫苑は帰ってきた様子がない…。

 リビングでTVをつけて見るけど、全然、内容は頭に入ってこない。お笑い番組が流れてテレビの向こう側は楽しそうなのに、全然、笑えない。

 手に握りしめた携帯電話からは、彼からメールも電話も来ない。

 紫苑の仕事の関係上、交際は内緒にするよう、事務所側から言われている。

 同棲は紫苑が事務所の反対を押し切って強行してしまったけど、それがいかにハイリスクなことか、 事務所の社長さんや紫苑のマネージャさんから懇々と説明をされた。

 恋多き男なんて言われていた紫苑だけど、それでも、恋人が一般人でしかも同棲しているとなれば、 彼の人気に大きな支障になると教えられた。

 その上で、電話やメールは絶対に私からはしないという約束をした。何が原因で交際がばれてしまうかわからないから、出来る限りの紫苑にかかるリスクを減らす為に。

 今となっては、その制約から自分から何も出来ないことが、もどかしい。

 紫苑を待つことが、こんなに不安になるなんて初めてで…。

 気を紛らわすために、ご飯を先に食べてしまおうかとも思ったけど、お腹もすかない。

 待つ時間が長くなればなるほど、どんどん、気持ちが滅入ってくる。


“修復…出来ないのかな?”


 紫苑はモテる上に、女性に執着するタイプじゃない。

 上坂伊織の時はフェミニストとして振る舞っているけど、素の榊紫苑は女性がどちらかと言えば苦手。

 これまでの恋人も家に上げたことがないって言っていたし、上坂伊織として女性との交際の噂がひと月と続いたことはない。

 一般人で、お世辞にも可愛いとは言えない身長と容姿で、しかも年上で、恋愛から逃げて仕事ばかりだった三十路目前の私を口説いてくれた紫苑。

 不眠症が私と眠ることで落ち着くから一緒になったわけじゃないと、紫苑は言ってくれるけど、それなら私の何が彼の琴線に触れたのか、私には正直わからない。

 自分の取り柄なんて、恋愛とは無縁の仕事関係スキルしか浮かばない。

 だから、余計にこの状態が怖い。

 もう、紫苑は私に飽きて嫌になってしまったのではないかと。

 仕事も私生活も自由にならない事が、紫苑にとって苦しい事だと分かっていたのに、私は彼の気持ちを汲んで上げられなかった。

 我慢して、花見へ一緒に行くと言えばよかった。

 彼に不快な思いをさせるくらいなら…こんな苦しい気持ちになるくらいなら。

 全ては、自分の狭量のせい。

 私は両親を見捨てるような、冷たい人間だから…きっと知らないうちに、これまでだって紫苑をたくさん傷つけていたのかもしれない。

 愛想を尽かされても、しかたないのかも。

 知らず、頬に涙が伝う。


“駄目…どうしよう…私…紫苑のこと…すごく好き……”


 別れることを想像するだけで、胸を引き裂かれるほどの悲しさが募る。

 たまにしか戻らない紫苑を待つことは平気。

 彼は一日に一度は連絡を入れてくれるし、必ず帰ってくるから。

 紫苑に大切にされているのがわかるから、寂しくても我慢できる。

 けど、本当に戻ってくるかも分からない不安、彼がいない日々への恐怖は耐えられない。

 最初は、本当に仄かな気持ちだけで、強引な紫苑に翻弄されてばかりだったのに。

 付き合ったこの半年で、いつの間にか紫苑は代えがたく大切な人になっていた。

 もう一度、私に人を好きになる事を教えてくれた人。

 こんなに人を好きだと思えたことなんて、一度もない。

 溢れてくる涙を、零れ出そうになる声を必死に堪えてみるけど、止めることなんて出来なくて。

 嗚咽が出そうになった瞬間、不意に家の鍵が開く音が耳に届いた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ