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Sweet hug  作者: 響かほり
貴方の胸で眠りたい
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貴方の胸で眠りたい(前篇)

短編小説を連結して長編小説式に掲載しています。このため、お話が増えると時系列が前後する場合がありますので、ご注意ください。また、三人称と一人称のお話があります。



 眠れない夜がある。

 それは決まって同じ時。

 紫苑しおんが隣で眠る、宵の深まりの中。

 彼はいつも私を抱擁したまま、眠りこけていく。

 逃げられないように、私をつかまえたまま。

 最近は、朝までその手が緩むことはない。


「離してっ」


 何度も何度も同じ手を食らうものかと、うとうとし始めた男の頬を軽くつねる。


「顔は駄目だよ。一応、商売道具だから…」


 眠りの邪魔をする私の手を掴んだ紫苑は、重たげに瞼を片方だけ開く。

 灰青色の瞳が、眠りを邪魔されて恨めしそうに私を見る。


吉良きらぁ、俺…あと三時間したら、仕事なんだけど?」

「私だって仕事なの。ほら、くっつくと寝れないから離れてよ」

「俺はこうしないと眠れないんだけど?」

「もう、毎回毎回、人を抱き枕代わりにするんじゃないの!抱き枕、買ったんでしょ?」

「いいじゃん…たまにしか会えないし…」


 相手を押し退けようと、めいっぱい抵抗するけど、紫苑は微動だにしない。

 規格外の均整な骨格をした長身男は、細身なのに力だけはやたらに強い。

 その上、甘い顔貌のこの男は、子供みたいなことばかり言う。


「俺は枕より、吉良が良いんだけど」

「苦しくて寝れないのっ」

「吉良は俺に会いたくなかったの?俺は毎日、会いたいの我慢してるのに…俺が他の女と浮気してもいいの?」

「…しゃ、シャレにならない脅し…しないでよ」


 私は思わずうろたえる。

 惜しげもなく、率直なことを言える相手の言葉に、私はどれだけ経っても打ちのめされる。

 紫苑にしてみれば、夜を共に過ごす女の子を探すのは容易なこと。

 一晩だけの逢瀬でも、彼とのそれを望む女の子が数多にいることも理解しているつもり。

 テレビの中の彼は、クールでスタイリッシュなイケメン俳優。

 紫苑は本名。

 芸名は上坂伊織かみさかいおり

 十代、二十代女性が彼氏にしたい男性№1に、二年連続で輝く男。

 彼の周囲には、常に可愛いタレントさんや美人な女優さんがたくさんいる。

 何も好き好んで、色気もない、可愛げもない、おまけに年上の私を選ばなくても…と、ときどき思う。


「嘘だよ。他の女だとガッつかれて、精気吸い取られるからしないよ……吉良がその気になってくれるのは、大歓迎だけど…どう?」


 耳朶元で甘く囁かれ、ゾクリとする。

 恐る恐る相手を見れば、多くの女性の心をつかむ、挑発的な男の微笑みがある。

 TVドラマで見る、甘美な彼のイメージそのままに。


「夜中に耳元で、エロい顔して、エロい声でエロ話するなぁ!子供ができる!」


 吼えた私の口を、紫苑の掌が優しく塞ぐ。


「喋ってできるって…俺、どれだけ繁殖力旺盛なわけ?…まぁ、そんな事が言えちゃう吉良が、すごく好きなんだけど…」


 好きだと紫苑が口にする時、彼は何かしらの不安を抱えているのだと、最近、わかり始めてきた。


「…俺、吉良のこと、眠る為だけに傍にいてほしいなんて思ってないから…」


 少し前の紫苑は、極度の不眠症だった。

 私が勤めるクリニックに、彼がこっそり時間外で治療に来ていたのが、そもそもの出会い。

 クリニックの院長と紫苑は、年の離れた従兄弟で、院長が融通をきかせていた。

 芸能界に疎かった私は、院長からの“破格の高額時間外手当”という餌につられ、彼の診察時間帯に合わせて超過勤務をしていた。

 出会った当初の紫苑は、本当に疲れきっていて、いまにも倒れて死にそうな顔をしていた。

 と、言うか倒れた。

 出会ったその日、その瞬間に。

 意識を失い、思いっきり顔面から倒れかけた彼の下敷きにされた。

 …思い出すと最悪な出会いだったけど、それは、紫苑の身体は限界に近い状態だったということ。

 薬でも睡眠をコントロールできない彼は、診察に来ると何時も疲れきった顔をしていた。

 食事も満足に食べていない様子で、毎回、点滴治療も受けていた。

 あまりにその姿が痛々しくて、私は気休めのつもりで、自分が使っていたラベンダーとクラリセージを調合したルームフレグランスを、彼にあげた。

 それがいたく気に入ったのか、多少眠れるようになった為か、猛烈な勢いで執拗に求愛された。

 ストカー規制法に引っ掛かりそうなくらい、しつこ…いや、情熱的だってことにしておこう。

 その情熱に根負けして、紫苑と付き合い始めてから、彼が俳優だってことを知った。

 そして同時に、眠る暇もないほど過酷な、彼の日常を知った。

 眠りたくても眠れない多忙な日々が、彼の身体から休息する事を忘れさせていた。





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