咲愛と翔馬 初めてのお弁当
『男性向け恋愛ゲームのヒロインの姉に転生したので、妹もゲーム主人公も幸せにします』の劇中作、原作ゲームのキャラクターたちのお話です。
翔馬と咲愛は学園二年一組在籍。麻菜は二年三組。恋華は三年生。
翔馬に咲愛が初めてお弁当を渡すシーン。
原作恋華は本編の恋華とは中身が別人です。
今日こそ渡そう。
鈴白咲愛は決意すると、鞄の中から丁寧に包んだ弁当を取り出す。
教室の窓側の一番後ろの席。
そこには、ぼんやりと外を眺める一人の男子生徒がいた。
「あ、雨坂くん」
声をかけると、ゆっくりと見上げてきた。
その目に懐かしさを覚える。
小さい頃に一緒に遊んだ「翔馬ちゃん」だ。
「……何か用?」
相手は怪訝な顔をしている。当たり前だ。
彼にしてみれば、突然今まで話したことのない女子から声をかけられたのだから。
「これ、作りすぎたから、よかったら……」
そっと包みを差し出した。男の子が持っても違和感がないものを、と包みもおとなしい色のものにしてある。
弁当を一瞥した翔馬の目が一瞬泳ぐ。
「いらない。もらう理由がない」
「そう……」
やっぱり、持ってくるんじゃなかった。咲愛はぎゅっと包みを握った。
「その、覚えてないかな、昔お隣同士で……ホームルームでも自己紹介したけど、私、鈴白咲愛……」
「鈴白」と聞いた翔馬が一瞬目をすがめた。鋭い目つきに咲愛はびくりと体を震わせる。
「ああ……鈴白、さん。いらない」
明確な拒絶。
「そ、か……」
こらえようと思っても、声が震える。
「邪魔してごめんね。じゃあ……」
席に戻ろうとする咲愛は、「……ちょっと」という翔馬の声に、立ち止まった。
翔馬は少し顔をそらしながら言った。
「……全部食べるか、わからないけど、それでもいいなら」
咲愛はそれを聞くと、翔馬のほうにお弁当を勢いよく差し出した。
「う、うん! 食べられなかったら残して!」
翔馬の反応を見ないようにして、咲愛はクラスをそそくさと出ていった。
咲愛は麻菜のクラスに来ていた。
まだ二年生のクラスでは、咲愛に友人と呼べる子はいない。
つい麻菜の「一緒に食べよう」という言葉に甘えてしまっている。
特に今日は翔馬のいる自分のクラスにすぐ戻る勇気がなかった。
「さーちゃん、雨坂、どうだった?」
学園入学以来の友人、沙月麻菜が何気なく聞いてくれる。
咲愛はこの明るさに、ずっと助けられていた。
「一応渡せた……けど、食べてくれるか、わかんない……」
最後に押し付けがましくなってしまったし、変な子だと思われたかもしれない。
俯いてしまう咲愛を見た麻菜は「そっか……」と咲愛の肩を軽く叩く。
そして、咲愛の弁当の卵焼きを「これもーらい!」と取り上げて食べた。
「……やっぱりうまー! さーちゃん、お弁当、雨坂が食べなかったらあたしがもらうから! 持って帰っちゃだめだよ!」
力強く言う麻菜に、咲愛は小さく「ありがとう」と返した。
弁当を食べ終えた咲愛は職員室に来ていた。
先生からプリントを提出するよう言われているのだ。
職員室を出た咲愛は、生徒会の生徒が、姉の恋華と話をしているのを見つけた。
「鈴白先輩、球技大会の時間割です。これでいいですか」
「……ここ。一年五組男子がサッカーとテニス、同じ時刻ね」
「は、はい」
「同時に出場する生徒がいるなら修正して。問題なければこのままでいいわ」
「はい」
どうやら一ヶ月後の球技大会の確認らしい。
ちらりと咲愛を見た恋華だが、すぐに生徒会の生徒へ顔を戻す。
「他には?」
「ありません」
「そう。何かあればすぐ報告して」
生徒は一礼して去っていった。
「咲愛」
その横を通り過ぎようとした咲愛は、姉の声にぴたりと足を止めた。
「……お姉ちゃん、何?」
「もうすぐ中間考査でしょう。勉強はできているの?」
わかっている。
姉は責めていない。ただ、聞いているだけだ。
それでも、背中に冷たいものが降りていく。
「う、うん。やってる……」
「そう。来年は受験なんだから、そろそろ成績を意識しておいた方がいいわよ」
「わかってる」
姉は帰る時間も遅く、その後も自分の勉強を怠らない。何をしても一位。
それに比べて自分は、勉強でも運動でも、姉にかなわない。
咲愛はどこにいても「あの鈴白恋華の妹」だ。
皆期待して、勝手に失望する。
当然だ。姉は努力している。
私は……どうしてこうなんだろう。
咲愛はぎゅっと無意識にスカートを握りしめていた。
クラスに戻ると、翔馬が立ち上がり、咲愛のほうへ向かって来た。
「鈴白さん、これ。……ありがとう。一応、洗った」
渡された包みの中身は、軽い。
その意味を理解し、頬が熱くなるのを感じながら、咲愛は包みを受け取った。
「ううんっ。その、……迷惑じゃなかったら、また作って来てもいい?」
「……僕は、別にいいけど。鈴白さんが大変じゃないの」
「全然っ。全然、大変じゃないから」
「なら、また作りすぎたら、もらう」
つぶやくように話す翔馬に、咲愛は何度も頷いた。
「翔馬くんの好きなものがあれば、作るから……あ。えっと、雨坂くんの……」
つい口に出てしまった「翔馬くん」を、翔馬は咎めなかった。
食べてくれた。食べてくれた!
私にも、できること、あるんだ。
咲愛は席に戻るまでの間、翔馬から受け取った包みを抱きしめていた。
※『君は見る、僕は瞑る』の登場人物は全員十八歳以上です。




