第5話 鋼鉄の巨人
──レイトルニア帝国暦354年。
レグフォーツ研究所の第一演習場へと続く無機質な通路には、僅かに焦げたオイルの臭いが漂っていた。
ここはレイトルニア帝国船団の中でも最高峰の技術力を誇り、次世代の殺戮兵器の開発や実験が日夜行われている中枢施設。そして、俺と妹のスレアが培養槽で産声を上げ、幼少期を過ごした場所でもある。
正直なところ、そこは冷たい記憶だけがこびりついている「忌まわしい檻」であり、決して心休まる故郷などではなかった。
分厚い防護扉に近づくにつれて、重金属同士が激しく衝突する、鼓膜を劈くような甲高い音が響いてきた。
(相変わらず、凄い音だ)
網膜スキャンを経て第一演習場へ足を踏み入れた俺は、そこで繰り広げられている光景に息を呑んだ。
広大な空間の中央。三機の汎用人型戦闘兵器アルマティスが、一機の『水色の機体』を取り囲んでいる。一対三の非対称戦闘訓練だ。
水色の機体が、入り口に立つ俺の存在に気づき、カメラアイを僅かにこちらへ向けた。その一瞬の隙を見逃さず、三機のアルマティスが背後の死角から同時に斬撃を仕掛ける。
終わった。誰もがそう思う包囲網だった。
(──消えた!?)
俺の動体視力をもってしても、水色の機体の動きは捉えきれなかった。
水色の機体は、三本の刃が交差する中心から陽炎のようにブレて消失し、次の瞬間には三機の遥か上空へと跳躍していた。空中で優雅に身を翻した直後。
(ゴァァァァァァァァンッ!!)
凄まじい衝撃波と鈍い金属音が演習場に轟き、三機のアルマティスの装甲が内側から爆ぜたようにひしゃげ、地に伏した。
「ぐっ……!」
俺は、巻き起こった突風と粉塵に危うく吹き飛ばされそうになりながら、腕を交差してなんとか持ち堪えた。
(速すぎる。機体の性能だけじゃない。搭乗者の異常な反射神経が、完全に機体と直結しているんだ)
濛々と舞い上がる土煙の中、三機を戦闘不能にさせた水色の機体が、ズシン、ズシンと重い地響きを鳴らしてこちらへ歩いてくる。
俺の目の前で立ち止まった見上げるほど巨大な鋼鉄の巨躯は、重厚な駆動音を響かせながら、ゆっくりと片膝を突いて姿勢を低くした。
プシュゥゥゥと高圧ガスの排気音を立てて機体胸部のハッチが開き、膝を突いた状態でもいまだビルの三階ほどはある高所から、一人の少女がふわりと軽やかに飛び降りてきた。
白銀の髪を揺らし、無表情のまま佇むその少女は、俺の妹であり、この世界で唯一『家族』と呼べる存在、スレアだった。
「相変わらず、容赦ないな」
俺が声をかけると、スレアは短く、感情の起伏を一切感じさせない声で答えた。
「教官からの、殲滅命令だから」
昔から無口な性格だったが、最近は彼女の『無機質さ』がさらに酷くなった気がする。まるで、意図的に人間らしさを削り落としているかのように。
「それにしても、このアルマティスはなんだ? お前の反射速度に完璧に追従していた。いや、それどころか……機体ごと『空間を跳んだ』ように見えたぞ」
「新型の試作機、『スペルチオ』。私たち純血のエクセラーの【魔力】を直接吸い上げて、生身の能力を機体サイズで拡張・反映できるように設計されている」
淡々と話すスレアの言葉に、俺は得心がいった。なるほど、これなら旧型三機が束になっても相手にならないわけだ。
「まさか、一瞬で三機ともスクラップにされるとはな。修理班がまた泣くぞ」
演習場の中央から、訓練教官であるガトニックが、テストパイロットたちと共に苦笑いしながら歩み寄ってきた。
「教官。俺たちをここに呼んだ理由は、この機体のお披露目ですか?」
俺が尋ねると、ガトニック教官の顔から苦笑いが消え、実戦を前にした軍人の厳しい顔つきへと変わった。その殺気めいた雰囲気を感じ取り、俺も自然と背筋を伸ばす。
「単刀直入に言う。帝国軍上層部は近いうちに、惑星アースニアの大地へ向けた『大規模な降下殲滅作戦』を計画している」
「っ! アースニアに……!」
俺は動揺を隠しきれなかった。いずれ人類がそこを奪い取るための戦争が始まるという噂は立っていたが、まさか実際にその時がこれほど早く訪れるとは。
「その作戦に向け、お前たちの力を『実戦投入レベル』まで引き上げておく必要がある。先程の模擬戦で、機体搭乗時のデータは十分に得られた。そこで次は、アレスとスレア。お前たち二人に『生身』でのエクスマター戦闘を行ってもらう」
「生身での、対人戦……」
「そうだ。万が一戦場で機体を失った際、お前たちの異能がどこまで通用するか。限界値のデータが欲しい」
俺は奥歯を強く噛み締めた。
ただの人型ドローンの首を折ることすらためらう俺が、たった一人の妹と、生身で本気の殺し合いの真似事などできるわけがない。だが、ここで拒否すれば「不良品」として廃棄処分が待っているだけだ。
戦いたくない。傷つけたくない。その悲鳴のような葛藤を分厚い壁の奥底に封じ込め、俺はゆっくりと息を吐き出した。
ガトニック教官の指示で運ばれてきたのは、漆黒の装甲板で構成されたエクセラー専用の新武装だった。装備者が自らのエクスマターを注ぎ込むことで機能する代物らしい。
俺は武器として、片手用の『エネルギーブレード』と、あえて実弾を発射する『物理ピストル』を選んだ。
俺のエクセラーとしての固有能力は【重力操作】だ。この能力は、実体を持たないエネルギー兵器には適用できない。だが、質量を持つ「実弾」や、自分が物理的に触れたモノに対してであれば、任意の重力場を付与し、そのベクトルや質量を自在に操作することができる。だからこそ、俺には旧式の物理兵器が手放せない。
ふと横を見ると、隣ではスレアが既に装備を整え、両手持ちの長尺エネルギーブレードを静かに構えて待機していた。
「手加減はしない、兄さん」
「ああ。俺もそのつもりだ」
喉の奥にへばりつくような嘘を吐き、俺とスレアは、演習場の中央に歩み出た。
互いに距離を取り、目を閉じる。自身の奥底に眠るエクスマターを、神経と血管を伝って全身へと巡らせる。
血液が沸騰し、爆発的に駆け巡る様な不思議な感覚。それと同時に、俺の全身から『紫色の粒子のオーラ』が立ち昇り、身体能力が飛躍的に上昇していく。
対するスレアも、全身を『透き通るような水色のオーラ』に包まれ、静かに己の力を限界まで引き上げていた。
俺たちは、互いの能力を熟知している。
スレアの固有能力は【空間転移】。空間そのものを圧縮して移動する、絶対的な奇襲能力だ。ただし、極短距離に限られ、距離が伸びるほど莫大な魔力を消費するため連発はできない。
俺たちエクセラーには、等しく人間の限界を遥かに凌駕する『基礎的な身体強化』が備わっている。だが、彼女の通常能力である魔力による身体強化の適性は、同じ強化を施された俺から見ても明らかな異常値だった。
彼女の神経伝達速度と筋力出力は、俺のそれを次元が違うレベルで凌駕しているのだ。
特に『反射神経』においては人間の限界を完全に超越している。純粋な近接戦闘において、俺が彼女を上回ることは物理的に不可能に近い。
だが、そんな能力差による絶望など、今の俺にはどうでもよかった。
妹を傷つけたくないと願い、兵器になりきれない俺。
感情を凍らせて完璧な兵器として立ち塞がり、一切の手加減をする気がない妹。
互いの思いが決定的にすれ違っているからこそ、この哀しい殺し合いから逃げることは許されない。
「それではこれより、データ収集を目的とした対人戦を執り行う。両者、どちらかの防護シールドが完全に破壊された時点で終了とする」
ガトニック教官の無機質な声が演習場に響く。
俺は剣の柄を握る手に汗を滲ませながら、ただ、開始の合図を待っていた。




