表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第1話 兄妹の名前は(挿絵あり)

 ──レイトルニア帝国暦339年

 培養槽での目覚めから、しばらくの時が経った。

 暗い宇宙を漂う鉄の箱舟、マーテェルナビス4号機『レグフォーツ研究所』。


 ここはマーテェルナビス船団の中でも最高峰の技術力を誇る施設であり、帝国の命運を握る軍事技術の研究開発が行われている場所だ。


 その最新鋭の研究施設の中枢部に位置する場所には、重武装の兵士が巡回する厳重な警備が敷かれた部屋がある。


 そこで一人の女性が、何重にもロックされた分厚い扉の前で苛立たしげに佇んでいた。


「はぁ、全く。私が視察しに来たって言うのに、誰も出迎えてくれないなんて、どうかしてるんじゃない?」


 愚痴をこぼしながら、彼女──科学・開発を統括する五賢老(ペンタクラート)の一人、レイリー・レグフォーツは、扉の横にある端末に近づき、首から下げていた特権階級のペンダントをかざした。


 重厚な扉が、油圧の音を響かせて左右に開く。

 彼女は堂々とした足取りで中へと入っていった。


 無機質な白で統一された空間には、様々な高次元解析機器が置かれており、その奥で一人の研究員らしき白衣の男性が、青白いホログラムを見ながらせわしなく作業していた。


 レイリーはその研究員の後ろへと歩み寄り、冷ややかな声をかける。


「研究の方は進んでるの?」


「れ、レイリー・レグフォーツ様!? どうしてここに! それと研究と言っても、どの計画事をおっしゃっているのか……」


 突然の背後からの声に驚き、研究員は慌てて振り返り、少し困った顔をしながら誤魔化そうとした。


「決まってるじゃない、【エクセラー】についてよ」


 レイリーは少し怒ったような表情で、研究員へとヒールを鳴らして詰め寄る。


「勿論順調です。奇跡的にエクスマターを適合させる事ができたあの二人は、元気に成長していますよ。ええ、施設の一部を破壊するくらいに」


 研究員は溜息をつきながら、隣のホログラム映像を指し示した。レイリーがそれを覗き込む。


 そこには、六歳ほどの少年と、五歳ほどの少女の姿。それに加えて、莫大な生体データと識別番号が事細かく映し出されていた。


 Codeneme【AERS-01】

 Gender【male】

 Age【Estimated 5 years old】

 (白銀色の髪に紫色の瞳)


 Codeneme【AERS-02】

 Gender【female】

 Age【Estimated 5 years old】

 (白銀色の髪に水色の瞳)


「それは中々扱い辛くて大変ね」


 呆れたように答えるレイリーに、研究員は言葉を濁した。


「ただ、片方はちょっと問題と言うか……その、自我の発達が想定以上でして」


「問題? 戦闘において何かしらの問題があるなら、それはただの欠陥品ね。即刻処分すればいいじゃない。別に代わりはいくらでも作れるのでしょう?」


 レイリーは氷のような冷酷さで言い放った。彼女にとって、命とは培養液から造り出せるパーツでしかない。


 しかし、研究員は珍しく首を横に振って反論した。


「それは、簡単な命令に従うだけの使い捨ての人形の場合です。ですが、それでは高度な魔力(エクスマター)戦闘ではまるで役に立ちません。今、帝国に必要なのは、新型の同調型機動兵器アルマティスを扱える【エクセラー】です。そのためには、子として生まれ、人間と同じように経験と『感情』を積み重ねて、脳の神経網とシナプスを複雑に発達させる必要があるのです」


 研究員は、ホログラムの二人の子供の姿を見つめた。


「この少年は、初めてアルマティスとの高い適正を持ちあわせ、エクスマターを体内で自己生成し、完全に制御できる最初の存在なのです。おいそれとは処分する事は出来ません。それに……いえ、なんでもありません」


「そう」

 何処か必死さの感じられる口調で長々と語った研究員だったが、レイリーは特に興味も無いようで、彼が最後に飲み込んだ言葉に対しても気にとめることはなかった。


「レイリー様、あまり興味が無い様ですね?」


 研究員の探るような言葉に、彼女は少しだけムッとした顔をして口を開く。


「そんな事ないわよ。私はただ、優秀なアルマティスの騎士(操縦者)を育ててくれればそれでいいのよ。彼らが無機物だろうが有機物だろうが構わない。圧倒的な成果を上げる事で、私たちレグフォーツ家がこの帝国内で高い発言力と権力を保有できている事を忘れないでよね?」


「はい。レグフォーツの名にかけて、必ず最強の剣に仕立て上げて見せますよ」


 レイリーの威圧的な言葉にも臆することなく、研究員は自信満々な表情で答えた。


「ふーん、まあ良いわ。それなら私も、その子達に一回会ってみたいのだけれど」


「残念ながら今は会えません。もうすぐしたら、地下の演習場で戦闘訓練を始める予定なのです」


「そう。じゃあ私はこれで失礼するわ。また来るわね」


 少々残念そうな表情をしたのち、レイリーは身を翻してその場を後にしようとした。


 その時。突如として、研究所の奥から重低音の響きが聞こえてきた。その音は、徐々にこちらへ近づいてきているように思えた。


「何の音かしら?」


 レイリーは不思議そうな顔を浮かべた。

 直後。


 ──ドゴォォォォンッ! ガシャーンッ!!


 凄まじい破壊音と共に、分厚いチタン合金の自動ドアが、内側から木っ端微塵に砕け散った。


「はぁ、折角修理したばかりなのに……」

 研究員はその光景を見て、頭を抱えて大きなため息をついた。


 もうもうと舞い上がる土煙の中から、一人の少年が見た目に似合わない凄まじい速度で走ってきた。そして、その後を追うように、一人の少女が懸命に追いかけてくる。


「兄さん、待ってよ」

「いやだねー! 痛いことばっかりするから、もう嫌だ!」


 呼び止めようとする少女に対して、少年はそう答えるも、その顔には無邪気な笑顔が浮かんでいた。エクセラーとしての筋力制御がまだ未熟なため、彼が床を蹴るたびに鋼鉄のパネルがひしゃげている。


 そして、少年はレイリーたちの前で急ブレーキをかけて立ち止まると、元気よく挨拶した。


「こんにちは! ……お姉さん、誰?」


 見知らぬ豪奢な服を着た人物に戸惑い、少年は可愛げに首を傾げた。紫色の純粋な瞳が、レイリーを真っ直ぐに見つめている。


 レイリーは何も言わず、ただ黙ったまま、その完成された『素体』の美しさに見入っていた。


「また抜け出して来たのか、全く……」


 研究員が呆れ返っていると、

「そうだよ! 訓練なんてしたくないからねっ……うわぁ!」


 少年が得意げに話す途中で、その声がひっくり返った。


 遅れて追いついた少女が、少年の首根っこを無表情のままガシリと掴み、そのままズルズルと引き摺り始めたからだ。


「捕まえた」

「離せよ!」


 首根っこを掴まれたまま、少年は振り向いて怒りの目を向ける。


「はあ、はあ……よく、捕まえたな」

 さらに遅れて、息切れしながら軍服姿の男性教官が走って来た。膝の上に手をつき、荒い息を整えている。


「止まってたから」


 少女は教官へ目を向けると、淡々とした声で囁くように言った。


「よし、二人とも戻るぞ」

「はい」


 教官が声をかけると、少女の方は素直に応じた。しかし少年は、床に寝転がって手足をバタバタと振った。


「嫌だ、嫌だ! あのおじさん、すぐ僕のこと殴るんだもん!」


 それを見ていた研究員は再びため息をつき、レイリーはというと、二人のやり取りをどこか微笑ましいものを見るような目で静かに見守っていた。


「兄さん、これは命令」


 少女が冷たく言い放つと、途端に少年はシュンとして大人しくなり、俯いてしまった。彼にとって、この無機質な世界で唯一の理解者である「妹」に怒られることだけは、何よりも堪えるらしかった。


「こい!」

 教官が少年の腕を乱暴に掴み、強引に引っ張り上げる。もと来た通路を歩き始める教官の後ろを、少女がトコトコとついて行った。


「待ちなさい」

 レイリーの凛とした声が、通路に響いた。


「貴方は!? ……レ、レイリー・レグフォーツ様! 先程の御無礼をどうかお許しください!」


 教官はその人物を見た途端、一瞬戸惑うも、すぐに五賢老(ペンタクラート)の証である漆黒の軍服に気づき、少年の腕を掴んだまま深く頭を下げる。


「良いわ。それより、その子の手を離しなさい」


 少年の細い腕をきつく掴む男性の手を見下ろし、レイリーは冷たく命令した。


「は、はい」

 教官が慌てて手を放す。


「二人とも、名前はなんて言うの?」


 レイリーはその場でしゃがみ込み、豪奢な軍服の裾が汚れることも厭わず、二人の子供と目線の高さを合わせて優しそうな声で尋ねた。


 すると、少年が不思議そうに目を瞬かせながら口を開いた。


「なまえ? こーどねーむならあるよ。僕は『えー・いー・あーる・えす』のゼロワン。そしてこっちが、妹のゼロツーだよ」


 辿々しく答えた少年と、それに頷いた少女を交互に見つめ、レイリーは微かに眉をひそめた。


AERSアース計画の素体だから、AERS-01と02……。私の『最高傑作』を呼ぶには、あまりにも味気なく、貧相だわ」


 少しして、彼女は何かを思いついたように口を開く。


「貴方達、今日からそのコードネームをそのまま名乗るのを辞めなさい。私が『A・E・R・S』の文字を並べ替えて、名前を創ってあげるわ」


「「ええ!!」」


 レイリーの突拍子もない提案に、研究員と教官が驚愕の声を上げる。兵器に名前を与えるなど、帝国においては異例中の異例だったからだ。


 一方で、少年と少女二人はキョトンとした表情を見せた。周囲の動揺を気にする事なく、レイリーは優雅に続ける。


「そうね……貴方が『ARESアレス』、妹は『SREAスレア』。そして苗字に、二人とも『レグフォーツ』を名乗りなさい」


挿絵(By みてみん)


 レイリーは二人の頭にそっと手を置くと、その柔らかい銀糸の髪を優しく撫で始めた。


 すると、今まで氷のように無表情だった少女──スレアの顔がほんのりと赤くなり、照れ臭そうに下を向いてしまった。


 一方、少年は。

「アレス……アレス」

 新しく付けられた自分の名前を、宝物でも手に入れたかのように静かに呟き、アメジストの様な紫色の瞳をキラキラと輝かせた。


「お姉さん、ありがとう!」

 花が咲くような純朴な笑顔。それに続いて、スレアも静かに、


「……ありがとう」

 と、蚊の鳴くような声で囁いた。


「ふふっ。これからはちゃんと訓練を受けて、立派なアルマティスの騎士になるのよ?」


 レイリーは満足気に笑い、自らの手で生み出した最高傑作の二人を、優しく抱きしめた。温かい体温。それは間違いなく、ただの鉄の部品ではなく『生きている命』の感触だった。


「分かったよお姉さん。ボク頑張るね!」

 アレスと名付けられた少年は、力強く返事をした。一方、スレアと名付けられた少女の方は、恥ずかしそうにしながら小さくコクっとだけ首を縦に振った。


「すみませんがレイリー・レグフォーツ様、そろそろ失礼させて頂きます。さあ、戻るぞ」


 教官はひどく恐縮した様子でそう告げ、頭を下げた。


「はーい」

 渋々と言った感じでアレスが返事をする。しかしながら、その口元には、名前をもらったことへの確かな笑みが浮かんでいた。


 そうして三人は、破壊された扉の向こうの暗い通路へと去っていった。


「……AERSのアナグラムですか。なるほど、ARESアレスSREAスレア。洒落た真似をしますね」


 彼らの背中が見えなくなった後、研究員がポツリと漏らすと、レイリーが鋭い目つきで睨んだ。

「何か言ったかしら?」


 あからさまに不機嫌な表情で問い詰められ、研究員は慌てて誤魔化す様に言葉を続けた。


「いえいえ、何でも無いです。それより、急にどうしたんですか? 貴方様が兵器に名付けを行い、しかも高貴なるレグフォーツの苗字を名乗ることまで許すなんて」


「ただの気まぐれよ。名前、そして苗字にレグフォーツを名乗れば、あの子達が将来、他の派閥の愚か者たちに蔑まれることは無いでしょう」


 レイリーは、三人が去っていった暗い通路を見つめながら、静かに話す。


「それと、さっき言った事は撤回するわ。たとえ培養槽から作られた存在であろうとも、私にはあの子達がただの人形には見えないわ。あれはもう……人間そのものじゃない」


 研究員は黙って彼女の言葉に耳を傾けていたが、暫くの沈黙が続いたのち、重い口を開いた。


「そうですね。しかし、本物の人間では無いのもまた事実。あまり感情移入し、深入りしない方が良いですよ」


「それはどういう意味かしら?」


 レイリーの問いに対し、研究員は少し間を空けてから、残酷な真実を口にした。


「奇跡的に適合させる事が出きたエクスマターは、彼らに強大な力を与え、いずれ新型アルマティスを自在に操ることを可能にするでしょう。しかしながら……その莫大なエネルギーは、確実に彼らの肉体を内側から蝕みます。おそらくですが、寿命は短く、人間のように長く生きる事はできないのです」


「それ、本気で言ってるの?」


 レイリーの目が僅かに見開かれた。

「はい。しかし、人類の未来を切り拓くために、この犠牲は仕方のない事なのです。あの子達に与えられた使命は重く、帝国の剣として、彼らは血に塗れた苦悩の人生を送る事となるでしょう」


 研究員は目を背けつつも、悩ましい表情で嘆いた。


「そう。私はこれで失礼するわ」

 レイリーは短くそれだけを告げると、表情を再び冷徹な支配者のそれに戻し、静かに立ち去っていった。

 研究員はそんな彼女をただ見守る様に見送った。その瞳は、やがて来る残酷な運命を思ってか、どこかひどく悲しげに見えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ