たぬきよたぬき
平成生まれの皆さんは、昭和40年代周辺というと、どういうイメージを持っているでしょうか。
漫画で言えば「三丁目の夕日」あるいは映画で言うと「クレヨンしんちゃん モーレツ!大人帝国の逆襲」あたりですね。
どちらも見たことも読んだこともないという方のためにまず、私が「野放図な小学生時代」を過ごしたその時代の印象を最初に書いておきますね。
まず車と言えばオート三輪、バスはバスガールと言われる車掌さんの乗った鼻の突き出したボンネットバスでした。バスガールさんたちは黒い鞄を下げて、バス代の徴収、停留所の案内、ドアの開閉までしてくれます。
電柱にはどぎついポルノ映画やプロレスショーのポスターが貼られ、その根元には立ちション禁止の鳥居のマークが書かれていました。(もちろん対象は人間)
犬や猫は飼われていようといまいと自由にそこらを歩き、家々はサザエさんのような木造で煙突付き、塀は板塀か垣根。そして十字路ではたいてい買い物かごを下げた奥さんたちが立ち話をしていました。
その横でレレレのおじさんみたいな人が葉っぱやごみを掃き集め、そのまま焚火してたりしました。
商店街には個人商店が立ち並び、卵は卵屋さんで、(値段の違う卵がそれぞれおがくずに埋まっている)野菜は八百屋さんで、魚は魚屋さんで肉は肉屋さんで、お豆腐はお豆腐屋さんで買います。当然、お客とお店の人とのやり取りもにぎやかで、お客とお店の人、あるいはお客同士もすぐに顔見知りになり、人との距離が近かったぶん、今よりも和やかな空気が流れていたように思います。
子どもたちはドラえもんのように空き地の土管や積まれた材木に潜って遊び、路上では道路にろうせきで丸を描いて石けりをしたりゴム飛び(輪ゴムをつなげてゴムひもを作り向かい合った垣根に止めるのです)をしたり花いちもんめをしたり、毎日にぎやかに外で遊んでいました。
そこに野良犬野良猫も加わるとどうなるか。
気のいい遊び好きの犬ならいいのですが、噛み癖のある犬や気の荒い犬に突然襲われて逃げて帰らなければならないおまけつきのデンジャラスな毎日でした。
特に、ヨダレ垂らして白目をむいて子供を追っかけまわす「白い狂犬」と呼ばれる白犬が近所にいて、子どもたちの恐怖の的でした。
「今日白い狂犬見た奴いる?」「出会ったらとにかく走るしかないぜ」と口々に言いあいながら登校していると、うわーッという叫び声が後方から犬の吠え声交じりに聞こえてくることがあります。それはもうヤツに違いないので、皆振り向かずに全速力で学校まで走るのでした。おかげで小学校の間足腰は相当鍛えられたと思います。
鳥が糞を垂れ落としながら飛んでいくように、人は酔っぱらえば立ションをし、駅では痰を吐き、所かまわずタバコを吸いポイ捨ては当たり前、猫は木登りをして鳥やネズミを食らい、犬は人に愛でられたり噛みついたりしながら野を走り空き地に糞をし、人々は鳩にもすずめにも鯉にも餌を投げていました。
そんな風に、良くも悪くもあの時代、街中のいきものの命は平等に野放しでした。
子どもたちは(大人もですが)今よりはまあまあお行儀が悪く、大声で騒ぎボールを他人の家に投げ込み時にガラスを割り、逃げ足が遅い子は家のご主人に襟首つかまれて拳骨を食らっていました。しかし翌日には子ザルのように電柱に上って、自分が一番高いと叫び吠えていました。日の暮れるころにはだれもが泥と傷だらけで家路をたどりました。
その猿の一匹が、私でした。ボールでガラスは割りませんでしたが。
総じて子ども時代の記憶は「豊かででたらめで不潔で自由だった」そんな印象です。
(ちなみに、よく 古き良きセピアの時代と言われますが、他殺による被害者の推移、でグラフ検索をしてみると分かるようにこのころの凶悪犯罪は今の倍ではすみません。実を言えば物騒な時代でした。私がここで思い出すのはただ子供の視点からの印象です)
さて。タイトルにあるたぬきの話をしましょうか。
彼は大型のムク犬で、私の無二の親友でした。
たぬきは近所のぼろぼろの民家で「外飼い」されており、いつも私の顔を見るとしっぽをちぎれんばかりに振って寄ってきては顔をなめてくれるのです。
飼い主も近所の人も「たぬき」と呼んでいましたが、確かに「大型のたぬき」のようなのんびりとした風情と間抜けぶり、人懐こさどんくささは、猫で言うとスコティッシュが近いかな。とにかく真ん丸の黒い目が愛らしい、あどけない顔をした「いかんともしがたいぐらいけしからん奴」でした。
飼い主は三十代後半ぐらいのおじさんで、両親と同居していました。酒屋にお酒を買いに行く酒好きおじさんの横を、たぬきはしっぽを振りながら寄り添って歩いていました。
そしてこのたぬきはよく「家族のためのお使い」を頼まれて買い物に行っていたのです。
口に買い物かごを下げて、その中にはお財布と、買う品物を書いた紙が入っています。その姿で商店街に行くと,「おお、たぬき」「よく来たね」と店の人々に声をかけられ、いろんな店の前で立ち止まると店のおばちゃんはその紙を見て注文の品をかごに入れ、お財布を取ってお釣りを入れて家に帰すのです。たぬきは一通り買い物をすますと、すたすたと重くなった買い物かごを咥えておうちにまっすぐ帰ってゆくのです。
映画で見るようなシーンですが、私には日常の風景でした。
ある時私は「白い狂犬」に追い詰められ、たぬきの住んでいる家の近くまで全速力で逃げておりました。
そいつは私が小食ゆえにときどき食べ残す給食のパン目当てでどこまでも追ってくるのです。
歯茎を剝きだしてウーウー威嚇する犬を前に、私は疲れ果てて立ち止まり、ランドセルからパンを取り出して
「はいっ」
「今あげます」
「どうかおゆるしください」となぜか敬語を使いながら、震えつつ残したパンをちぎって投げます。でもそれが尽きると、貪り食っていた彼奴はもっとよこせと牙を剥きだして向かってきます。
「もうないの」「やめて、許して」と半べそをかいていると、たぬきがひょいと出てきて私と白い犬の間に立ち塞がり、「ウウウウワンッワン!」と凄い顔で威嚇してくれました。そういうときだけ、温厚なたぬきは狛犬のような形相になるのです。
体格差で即座に負けを認めた犬は慌てて後退し、たぬきに追いかけられながらしっぽを丸めて逃げていきました。
何度たぬきに助けられたかわからない私が、駆け戻ってくるたぬきを抱きしめてお礼を言ったのはもちろんです。
「ありがとうたぬき、いつもいつも、ほんとにありがとね。大好きだよ」
たぬきは嬉しそうに私の顔をなめまわします。
言葉は通じないけれど、むくむくのたぬきの全身からはいつも、一緒にいようよ、守ってあげるよ、大好きだよ、という優しいオーラがあふれていました。
そのころ、いわゆる「犬狩りトラック」が時々現れ、先が輪っかになった道具で捕獲員が野良犬を捕まえていくのを何度か見ました。
犬たちは輪っかに首をとられてキャンキャン言いながらトラックに放り込まれていきます。
あの白犬みたいな危険な犬が捕獲されるのは歓迎だけど、たぬきや、隣の人のいいおじさんが飼っているなつっこい柴犬の伝平なんかが一緒くたに連れていかれないか、私はいつもドキドキしながら犬取りの様子を見ていました。
そして、ちょうどそのころから、たぬきの姿を見かけなくなったのです。
いつもはたぬきの家のある界隈で「たぬき、来たよー」と呼ぶとすぐ出てきてじゃれついてくれるのに。
たまたま今日いないだけだ、と思う日が増え、でも一向にたぬきは姿を見せません。近所名物だったお買い物姿も見ることがなくなってしまいました。
もしかして、犬狩りトラックに捕まえられたのでは。そう思うと、気が気ではありませんでした。あの白犬もそのころから姿を消していましたから。
そのころ、たぬきの飼い主のおじさんがお嫁さんをもらったらしいと聞きました。
それと同時に、たぬきを飼っていたぼろ家はたいして改装することもなく表通りに面した入り口だけお店っぽく変えて、「カレー〇〇」と看板を上げました。(〇〇にはお侍のような名前が入っていたと思います)
インドカレーなどまだなかった時代、おうちカレー専門?のお店は珍しい感じでしたが、とにかく店全体が黒くすすけた色で傾いてるようなありさまだったので、あまりお客が入っていくのを見かけたことはありませんでした。風情で言うと、つげ義春の旅漫画に出てきそうな、梶井基次郎が好きそうな、あんな感じです。(小説「檸檬」参照)
聞くところによれば奥さんはたいそうな美人で、おじさんは一目ぼれだったようです。
おじさんは人づきあいを嫌うタイプの人だったので、すぐに大人に話しかける私も、おじさん、たぬきはどうしたの? と訊くことはなかなかできませんでした。
美人の奥さんも、時々洗濯物を干しているのを見かける程度で、一切近所づきあいを拒否している風情でとても犬の会話などできそうにありませんでした。
ある日、母が赤い顔をして不機嫌そうに買い物から帰ってきました。そして乱暴に台所に買い物を置くと
「ふざけるんじゃないわよ。今お隣の奥さんに聞いたわ。なんなの、あそこのバカ息子。いくらお嫁さんが大事だからって、そんなことが飼い犬にできる? あんないい子に」と父に向ってまくし立てています。
「何の話? たぬきのこと?」と私が急いで聞くと
「いつかはわかることだから言うけどね。あのね、あそこに来たお嫁さんは犬が大嫌いで、お嫁入りする条件は“今飼っている犬を捨てること”だったんですって」
私は驚愕しました。
「ええっ。たぬきを? それでまさか…… おじさんはたぬきを捨てたの?」
「そうよ、捨てたのよ。お嫁さんが来てくれるならと、借りた車に乗せて捨てに行ったんですって。あんなによく言いつけを聞いてお行儀もよくてお買い物もしていたのに。よくそんなことができたもんだわ」
私はショックで頭がくらくらしました。そんなこと、信じられない、信じたくない。あんなにお行儀よくお買い物していたあの可愛いたぬきを、捨てた?
「どこに、どこに捨てに行ったの?」食らいつくように聞きました。母は、かなり詳しく聞いてきたようで、場所を教えてくれました。
「I通りを南にまっすぐ行った3丁目の、A交差点らしいわ。角にある牛乳屋さんが、いつまでも同じところで誰かを待っているような大きなムク犬がいるって言っていたそうよ」
私は、近所の上級生と一緒に「隣町探検」をして遊んでいたので、その牛乳屋のある角はすぐにわかりました。
「そこならここからせいぜい1.5キロだな。犬の帰巣本能で帰ってくることだってできるんじゃないか」と父が言います。
確かに、帰巣本能のある犬なら、悠々帰ってこれそうな距離です。たぬきは、どうしておいていくの? と懸命に車を追って走ったことでしょう。
でも人の情を信じているたぬきは、そこにいればきっとご主人が迎えに来ると信じて、戻ったのかもしれません。
「たぬきは人を信じるいい子だったから、ここで待っておいで、迎えに来るよ、とご主人に言われたと思ったのかもしれないよ。そして、雨の日も風の日も、おとなしくそこにいるのかもしれないじゃん。そんなの、ひどい。ひどすぎるよ!」私は感情のままに叫び散らしました。
もしかしてたぬきは、おじさんが一目ぼれした美人のお姉さんにののしられて、でて行けと邪険に扱われて、大好きだったご主人に車に乗せられ外に捨てられたとき、もう戻っても自分の居場所はない、と本能で悟ったのかもしれません。でもご主人だけは様子を見に来てくれるかもと、期待していたのかもしれません。
実際、帰巣本能に従って家に帰りついたとしても、さらに帰ってこられない遠くに捨てられるだけだったでしょう。
私は涙を浮かべて激怒したのち、同じくたぬきをかわいがっていた友達のYちゃんといっしょにその牛乳屋さんのある交差点まで行きました。
名前も覚えています、M牛乳。(森永でも明治でもありません)
たぬきの姿はありませんでしたが、そのお店のおばさんが、いろいろと教えてくれました。
「何日も交差点に座り込んでいる茶色いわんちゃんがいてね。見かねて、ある人が連れて行ったの、車でね」
「ある人ってどういう人ですか? 犬捕りの人ですか?」と焦る私たちに向かっておばさんは答えました。
「いいえ、犬好きの優しいおじさんよ。おうちに連れて行って飼うと言っていたわ」
それをきいてどんなにほっとしたことか。
でも可哀そうなたぬき、飼い主に来てほしかっただろうに。
無駄と知りつつ、おうちってどこでしょう、と尋ねたら、多分M団地の人よ、M団地からよく車で立ち寄ってくれたお得意さんなの、と教えてくれました。
どうでもいい情報ですが、そのM牛乳店の瓶入りヨーグルトは絶品で、そりゃ遠方から来てでも買いたいだろうと思うぐらい美味だったのを覚えています。
M団地は、うちから東方向に2キロほど行ったところにある巨大団地でした。
そのころ、犬を飼うと言えば放し飼いか、鎖でつないで門のところで番犬をやらせる、の二択でした。日本犬を室内で飼っている家などほとんどありません。鎖につないで玄関先で飼うのは、「番犬」として役に立つからです。
でも、そう考えると、一体あの大柄のムク犬を団地の室内で飼うことができるのだろうか。そこが一番の疑問でした。
室内で飼うなんて団地の管理組合がまず許さないだろうし、放し飼いとなるともう「飼っている」ことになりません。あの巨大団地でどこの家が自分の家か、いったん外に出ればたぬき自身がわからなくなるでしょう。
たぬきが出会いたいのは唯一、あの「人でなしのおじさん」であるはずです。いつまでも。
団地に住んでいるというその人の名前までは聞くことができなかったけれど、私はひと目たぬきの元気な姿が見たくて、矢も楯もたまらずそのM団地に行くことにしました。Yちゃんも、ついてきてくれました。
たぬきに会えるかもしれないことを思えば2キロなんて大した距離じゃありません。現代ではこの年ごろの子供がそんな離れた場所まで出かけていくと「放置子」と呼ばれたことでしょう。
でもその時代、とにかく大勢いた子どもたちは「子供は風の子、外で遊んどいで!」と母親に箒で吐き出され、遊び場は主に路上で「隣町への探検隊」ごっこがはやっていました。
年齢性別構わず、「〇〇町まで行ってみたいやつ―!」と、「自称隊長」の男の子がこの指とまれ状態で路上で人差し指を伸ばすと、本当に指に絡みつくような状態でどんどん指が重なっていきました。探検ごっこは小学生の遊びとしてはポピュラーになっていたのです。私は常に参加していたので、たいていの道はわかりました。
有名な上水と公園、広大なキャベツ畑と牛のいる農家と、学校と、団地。子どもなりに地図が頭の中に出来上がっていたのです。
M団地に到着して、私たちはすぐ「聞き込み」を始めました。特に、犬とみるとすぐ寄っていく子供たちに。
砂場で遊んでいる子や児童公園で遊んでいる子たちに片っ端から声をかけました。
「ねえ、この辺で体の大きな茶色のムク犬、みかけなかった?」
けれど子どもたちは、さあ、とかうーん、というだけで、犬なら時々見かけるけどどれがそれかわかんない。という答えがほとんどでした。そりゃあ、路上に犬がいるのは当たり前の時代だったので、無理な質問です。
だんだん暗くなるにつれて、私の胸に、抑えていた感情がこみあげました。
もう二度と、多分、たぬきには会えないんだ。あのかわいい、大事な親友のたぬきに。
団地に連れて帰ったとはいっても、こんな環境で飼えるわけがない。団地全体のアイドルとしてみんなにご飯をもらって生きているかも、というわずかな希望は、大人たちでさえ「そんな犬は見かけたことがないわねえ」と答えてくることで、だんだんしぼんでいきました。
連れて帰ってくれたとしても、知人か親戚に譲ったのかもしれない。その人が犬好きのいい人であればそれでいい。
でもそれを確かめるすべが今はない。
事実は一つ、たぬきは信頼していた飼い主に捨てられて、何日も飼い主のお迎えを待っていた。今どこにいようとも、あの人でなしのおじさんがいつか迎えに来ることを願っているに違いない……
たぬきは何も、何も悪いことをしていないのに。
犬を捨てるなら結婚してあげる、などと非情なことをいう女性を、なんでたぬきを捨ててまでおじさんは選んだのだろうか。そんなに結婚っていいものなんだろうか。
腹が立つのは、犬が捨てられるのを見て見ぬ振りしたおじさんの両親も、やっと息子に嫁が来た、と喜んでいたということでした。
あの家は誰も彼も人でなしだ。私は腸が煮えくり返る思いでした。
そのとき、視界の端に、男の人が茶色の犬を散歩させている姿が映りました。首輪をつけられてリードで散歩させられている犬は、当時たいていが血統書付きでした。
「Rちゃん、あれ見て、団地の中で犬を散歩させてる人がいるよ!」私の肩をたたいてYちゃんはいいましたが、すでに目じりに涙がたまっていた私の目にも、それは明らかでした。
たぬきじゃない。体つきも顔つきも大きさも全然違う。鼻先もとがっている。たぶん、あれは柴犬だ。
「あの犬は違う。細すぎるし、体つきが違う。行こう」と言って、私はYちゃんの手を引っ張って団地から出ようとしました。
「なんで? なんで近寄って確かめないの?」Yちゃんは言います。
確かめたら、あれがたぬきではないと確認するだけ。最後の幻の希望も絶たれてしまう。だから見ない。それが心の中の答えでした。Yちゃんは食い下がりました。
「だってだって、しばらく交差点で待ってたんだから、それで痩せちゃったかもしれないじゃん。近くで見ないとわからないじゃん」
「うん、そうかもね」と私は涙を拭きながら答えました。
「そうだとしても、私たちが引き取って育てられるわけでもないんだから、確かめてもしょうがないよ」
「え、だって、そのためにここまで……」
「もういいよ。あれは、じゃあ、たぬきだ。たぬきがやせただけ。今はかわいがられてる。そう思うことにしよう。そう思えば、いろいろと」私はまた涙を拭きました。
「……がまんできる」
Yちゃんは私の思いを汲んでくれたように、「……そうだね」とだけ答えました。そして、同じように両手で目を覆いました。
私たちは夕やけに照らされた道を、のぼってきた三日月の下を、とぼとぼと帰りました。
それから三か月ほどたったころ、あの人でなしおじさんとお嫁さんが早くも離婚したことを知りました。
あの忠犬たぬきを、お嫁さんの言いなりになっておじさんが捨てたたことは近所のうわさになり、相当きつい嫌味を言われたようです。一家は非難の的になりました。たぬきは近所のアイドルだったのです。おまけにカレー店は評判が悪くて人が入らないし、お嫁さんは性格がきつくて喧嘩ばかりだし、結局出て行ってしまったということでした。
店がつぶれた後も、筆で直接描いたようなカレー店の看板は色あせたままそこにぶら下がっていました。
あのM牛乳に再び行って、あのM団地の、たぬきを連れて行ったおじさんが来たらどうしているのか聞いてみて、とおばさんに頼みましたが、あれからぷっつり来なくなった、ということでした。
還暦過ぎた今でも、丸い顔に丸っこい目をした「たぬき」の姿は、人のよき友である、疑いを知らない「愛すべきいのち」の原型として、私の瞼に焼き付いているのです。
たぬきが優しい人に愛されて生涯幸せに生きたという物語を、自分の中で真実にしたい。
そういう位置に今もたぬきはいて、人の罪深さと犬の無償の愛が、いつまでも癒えない痛みとして、私の胸に凝っているのです。
どうして犬というイキモノは、全身全霊で人間に好意をぶつけてくるのだろう。ひとたび犬好きに頭をなでられれば、身も世もないという風情で寝っ転がっておなかを見せたりする。
ひとは、無条件で犬に愛されるに値しない罪深い存在なのに。
それやこれやで、私は散歩中しっぽを振りながら寄ってくるわんこを見ると笑顔を向けずにはいられません。
いつもたぬきの面影を重ねては、「元気ね」「いい子ね」と声をかけながら、この飼い主がいい人で、このわんこが愛されて生涯を幸せに生きますように、と祈らずにはいられないのです。




