3話 守ってきたもの
この村に来て、もう何日かが過ぎている。
最初にここを訪れたとき、村の近くに出た魔物を追い払った。
それがきっかけで、空いている家を貸してもらい、
しばらく滞在してほしいと頼まれた。
見返りを求められたわけじゃない。
村にとって、魔物から身を守れる者が近くにいる。
それだけで、十分だったらしい。
朝、剣を手に取る。
村の外れを一周する見回りと、軽い稽古を兼ねた時間だ。
村人たちも、それを知っている。
畑の脇を通ると、作業をしていた男が顔を上げた。
「今日も頼みますよ、勇者様」
そのたびに、少し困ったように笑ってしまう。
「僕は、ただの旅人ですよ」
そう返すと、相手は苦笑して首を振った。
この世界では、魔物と戦える者は勇者と呼ばれる。
珍しい存在ではないらしい。
年寄りが、酒の席で話していた。
昔も、時折、強い旅人が現れては村を助けたという。
しばらく滞在し、やがてどこかへ去っていく。
村では、そういう者をまとめて「勇者様」と呼ぶのだそうだ。
村の外れに着き、剣を構える。
周囲を確かめながら、刃を振る。
前の世界では、剣に触れたことなんてなかった。
それでも、ここでは不思議と身体がついてくる。
理由はよく分からない。
それでも、剣は振れた。
今は、この村が無事でいれば、それでよかった。
「おにいちゃん!」
声がして、剣を止める。
振り返ると、少し息を切らせた小さな女の子が立っていた。
年の頃は七つくらいだろう。
両手で、布に包んだ何かを大事そうに抱えている。
以前、魔物に追われていたところを助けてから、
この子は見かけるたびに声をかけてくるようになった。
「いま、稽古中?」
「うん。すぐ終わるよ」
女の子は安心したように頷き、
それから、思い出したように包みを差し出してきた。
「これ、あさごはん!」
焼きたてのパンの匂いが、かすかに漂った。
そのときだった。
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
空気が張りつめる。
女の子が、不安そうにこちらを見る。
木々の間から姿を現したのは、狼型の魔物だった。
黒ずんだ毛並みと鋭い牙。
赤く光る目が、こちらを捉えている。
ストレイウルフ。
群れから外れ、人里近くまで現れる下級の狼型魔物だ。
……三匹か。
女の子が息を呑む。
小さな手が、僕の袖をきゅっと掴んだ。
いったん剣を下ろす。
しゃがみ込み、女の子と目の高さを合わせる。
「大丈夫だよ」
できるだけ、やさしい声で言う。
「すぐ終わるから。
だから、あそこまで下がってて」
指で、少し離れた場所を示す。
女の子は一瞬ためらったあと、小さく頷いた。
掴んでいた袖をそっと離し、言われたとおり後ろへ下がる。
それを見届けてから、立ち上がった。
背後に、守るものができた。
最初の一体が地を蹴る。
剣を振る。
牙を受け流し、喉元を斬る。
すぐに、別の一体が飛びかかってくる。
かわしきれず、腕をかすめられた。
残りの一体が、横から距離を詰めてくる。
無理に前へ出ず、位置をずらす。
二体目を斬り伏せ、最後の一体と向き合う。
一瞬の間。
次の瞬間、踏み込み、剣を振り抜いた。
最後の一体が地に伏したとき、
剣を支えに立ち尽くした。
……終わった。
振り返ると、女の子が、恐る恐る近づいてくる。
足元の死骸を見て、
一瞬だけ目を伏せた。
それから、ぱっと顔を上げる。
「……すごい」
小さな声だったが、はっきり聞こえた。
「やっぱり、勇者さまだね」
少し誇らしそうに、そう言ってから、
思い出したように包みを差し出してくる。
「……これ」
受け取ると、まだ温かかった。
「ありがとう」
そう言って、軽く頭を撫でる。
女の子は、ほっとしたように息をつき、
「お昼も、あとで持ってくるね!」
そう言って、村の方へ駆けていった。
その背中を見送った、そのときだった。
――視線を感じる。
村の端。
崩れかけた石壁の影に、立つ影がある。
黒い外套。
背に、人のものではない翼。
こちらを見ている。
敵意は感じられない。威圧もない。
ただ、何かを確かめるように――
静かに、勇者と呼ばれている僕だけを見ていた。




