2話 処理の後で
森を抜けると、視界が一気に開けた。
樹々の隙間の向こうに、灰色の空が広がっている。
外套の内側で、布が押し上げられる感触があった。
次の瞬間、背中から翼が現れる。
漆黒の羽根が重なり合い、大きく広がった。
地を蹴る。
身体はそのまま空へ持ち上げられ、森の上空へと抜け
ていく。
下に見える木々が、急速に小さくなっていった。
前方に、白い揺らぎが見えてくる。
霧のようでいて、霧ではない。
この一帯に張られた結界だ。
人の視界を曖昧にし、「そこに何かがある」という認
識そのものを薄める。
速度を落とさず、その白の中へ踏み込む。
一瞬、音が遠のいた。
風の感触が消え、空間の輪郭が曖昧になる。
次の瞬間、空気が変わった。
白を抜けると、石造りの城が目前に現れる。
外から見れば、崩れかけの廃城だ。
だが、結界の内側に入った途端、その印象は消える。
城は静かで、整っていた。
外界の音は遮られ、空気は澄んでいる。
翼を収め、地に降り立つ。
城の内部へ足を踏み入れると、さらに空気が変わっ
た。
外とは切り離された、閉じた空間。
回廊に、足音が響く。
奥の部屋から、紙をめくる音が聞こえた。
「お帰りなさい、レイ様」
机に向かっていた女が顔を上げる。
背は高く、姿勢がいい。
無駄なく整えられた黒髪と、落ち着いた眼差し。
リネだ。
この城で、処理の記録を任されている魔族。
「一人だ」
それだけを告げる。
リネは頷き、羽根ペンを取った。
厚手の紙を綴じた帳面に、淡々と文字を書き込んでい
く。
「場所は北の森、ですね」
「ああ」
「分かりました」
それ以上の言葉はない。
必要なのは、事実だけだ。
外套を外し、壁際に掛ける。
布の内側で、翼が静かに収まった。
リネが水差しを差し出す。
「お怪我はありませんか?」
「問題ない」
帳面に視線を落としたまま、リネが口を開く。
「……生かしておく....という選択は?」
「ありえない話だ....」
短く、はっきりと答える。
「転生者はいずれ力を使う。
自分が何者かを知らないままな」
それは推測ではない。
何度も見てきた結末だ。
「その時、傷つくのは周囲だ」
リネは何も言わず、ペンを走らせた。
帳面に、新たな記録が加えられる。
「――記録。
処理担当:レイ・クロウフォード。
記録者:リネ・アルシェ。
対象:転生者一名。
場所:北の森。
結果:処理完了」
椅子に腰を下ろし、天井を見上げる。
石の天井には、細い亀裂が走っていた。
あの男も、最後まで自分を特別だと思っていた。
選ばれた。
与えられた。
だから正しい――そう信じて。
やがて、帳面が閉じられる。
「……記録は終わりました、レイ様」
城の外では、風が鳴っている。
遠くで、獣の声が聞こえた。
世界は今日も、何事もなかったかのように続いてい
る。
「次はどこへ向かわれますか」
「南だ」
人の集落に近い場所。
「承知しました」
また、転生者が来る。
それを終わらせるために、城を後にする。




