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その魔法、誤字だらけですよ? 追放令嬢は辺境を書き換える  作者: 秋月 もみじ


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第6話 王宮の「システムダウン」が止まらない


「……見えませんね」


砦の城壁の上。

私は単眼鏡オペラグラスを覗き込みながら呟いた。


「何がだ?」


隣で大剣を構えるカイル様が問う。


「いえ、敵の知能指数のことです。この『認識阻害結界』に気づかず、同じ場所をぐるぐると回り続けています」


眼下には、王家の紋章を掲げた豪華な馬車と、護衛の兵士たち10名ほどがいる。

彼らは砦の正門からわずか50メートルの場所にいるのだが、そこから一歩も進めていない。


彼らの視界には、この白亜の魔導都市は映っていないはずだ。

私が都市の外周に施したのは『存在定義の欠落ヴォイド』。

許可なき者の網膜には、この場所が「底なしの崖」か「何もない荒野」として構築されるよう、視覚情報を書き換えている。


「おーい! エヴリン! いるのは分かっているぞ!」


馬車から降りてきた男が、誰もいない虚空に向かって怒鳴っている。

見覚えがある。

あれは王太子の側近、宰相補佐のベルンだ。

いつも私を「可愛げのない魔導人形」と陰口を叩いていた男だ。


「……返事をしなくていいのか?」


「放っておきましょう。どうせ、用件はロクなものではありません」


私は冷淡に答えた。

彼らがわざわざこんな辺境まで、しかも王家の馬車を使って来た理由は明白だ。


計算してみよう。

私が王都を追放されてから、ちょうど2週間。

王宮の魔導インフラ――特に「環境維持システム」の更新サイクルは、平均して14日だ。


「カイル様。お食事中でしたら申し訳ありませんが……王宮の『下水浄化システム』をご存知ですか?」


「は? 下水? ……いや、知らんが」


「ええ。あれは非常に繊細な術式でして、気温や汚水濃度に合わせて、毎日『流速』と『分解係数』を微調整しないと、すぐに配管が詰まるんです」


私は指を折りながら、淡々と解説する。


「他にも、シャンデリアの『照度調整』、大浴場の『湯温管理』、王太子殿下の部屋の『防音結界』……。これらは全て、私が毎晩こっそりと整律メンテナンスしていました」


「……お前、公爵令嬢だろ? なんでそんな雑用を?」


「気になったからです。術式が乱れていると、背中が痒くなるので」


バグを見つけたら直す。

エンジニアとして当然の条件反射だ。

だが、その「保守担当者」はいなくなった。

そして、無能な王宮魔導師たちが、マニュアル通りの魔力を流し続けたとしたら?


「今頃、王宮はパニックでしょうね。トイレは逆流して汚物が廊下を走り、照明は点滅し、お風呂は熱湯か氷水になっているはずです」


「……うわぁ」


カイル様が顔を引きつらせて、持っていたサンドイッチをそっと置いた。


「……つまり、あいつらは『トイレを直してくれ』と言いに来たのか?」


「正確には、『お前がいなくなってから呪いがかかった! すぐに戻って解呪しろ!』という逆ギレでしょうね。彼らの思考回路は単純ですから」


私は溜息をついた。

自分たちでシステムを管理できないくせに、不具合が起きると施工主(私)のせいにする。

典型的な「質の悪い発注者」だ。


「ふざけるな!」


カイル様が激昂し、剣の柄に手をかけた。


「そんな身勝手な理由で、お前を連れ戻そうとしているのか! 俺が斬り捨ててやる!」


「待ってください、カイル様。物理攻撃は最終手段です」


私は彼を制止し、万年筆を取り出した。


「せっかくのお客様です。我が都市の『防衛プロトコル』を体験してもらいましょう」


私は空中に、巨大な星紋を描いた。

『幻影投影(Projection)』起動。


城壁の外、ベルンたちの目の前に、巨大な私の幻影アバターを出現させる。


『――お引き取りください』


空から響く私の声に、ベルンたちが仰天して腰を抜かした。


「ひっ、ひぃぃ!? き、巨大なエヴリン……悪魔か!?」


『現在、この都市は関係者以外立ち入り禁止となっております。事前の予約なき訪問は受け付けておりません』


「な、何を言っている! 王太子殿下の命令だぞ!」


ベルンが泡を飛ばして叫んだ。


「王宮が大変なんだ! 貴様がいなくなってから、下水が溢れ、悪臭が充満している! これは貴様がかけた呪いだろう! 直ちに戻って解除しろ!」


やはり。

予測通りの台詞だ。一字一句違わない。


私は幻影越しに、冷ややかに告げた。


『それは呪いではありません。単なる整備不良(スペック不足)です。現地の魔導師にマニュアルを読ませてください。では』


「ま、待て! ふざけるな! 衛兵、その幻を捕らえろ! いや、その奥にある崖を登れ! そこに砦があるはずだ!」


ベルンがヒステリックに命令を下した。

兵士たちが剣を抜き、私の結界――彼らにとっては「断崖絶壁」に見えている場所へ、半狂乱で突撃してくる。


「……愚かですね」


私は手元の万年筆を、クルリと回した。


『空間座標の再帰(Loop)』

『物理法則の拒絶(Reject)』


――実行。


ズザザザッ!


兵士たちが、見えない境界線を踏み越えた、その瞬間。


「な、なんだ!?」


兵士の一人が叫んだ。

走っているのに、進んでいない。

全力で足を動かしているのに、景色が全く変わらないのだ。

まるで、空間そのものがベルトコンベアのように逆走しているかのように。


「あ、足が……沈む!?」


さらに、物理演算の書き換えが発動する。


地面を踏みしめたはずの足が、まるで水面に触れたかのようにズブズブと石畳に沈んでいく。

そして次の瞬間、ゴムまりのように「ボヨン」と空中に弾き出された。


「うわぁぁぁッ! 地面が、地面じゃない!?」

「助けてくれ! 体が……壁に吸い込まれる!」


ある者は空中で手足をバタつかせ、ある者は地面に半身が埋まったまま泳いでいる。

上下左右の概念が消失した空間で、彼らは物理法則という鎖から解き放たれ――そして、発狂した。


「ひぃぃぃッ! なんだここは! 悪魔の巣だ!」

「呪いだ! 近づくと時空の彼方に飛ばされるぞ!」


恐怖許容量(パニック値)が限界を超えたらしい。

兵士たちは武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「お、おい待て! 置いていくな!」


ベルンもまた、顔面蒼白で馬車に飛び乗った。

去り際に、私の方を――何もないはずの空間を睨みつけ、捨て台詞を吐く。


「お、覚えていろよ! 次は殿下御自らがいらっしゃる! その時こそ、貴様の首を刎ねてやるからな!」


ガラガラガラ……。

馬車は車輪を軋ませ、地平線の彼方へ消えていった。


「……あっけないですね」


私は万年筆をしまい、幻影を解除した。

カイル様は、ポカーンと口を開けて、兵士たちが「バグった」場所を見つめている。


「なぁ、エヴリン」


「はい」


「あいつら、最後……地面に半分埋まって、弾き飛ばされてなかったか?」


「目の錯覚です。空間座標を少し『定義し直した』だけですから」


私は何食わぬ顔で答えた。


とりあえず、第一波は撃退した。

だが、ベルンの言葉が本当なら、次はもっと厄介な相手が来る。

王太子アデル。

あのプライドの塊のような男が、自らここまで来るというのか。

汚物にまみれた王宮から逃げ出したいだけかもしれないが。


(……面倒ですね)


私は眉をひそめた。

彼が来れば、間違いなく高出力の攻撃魔法をぶっ放してくるだろう。

この都市の結界強度が耐えられるか、再計算が必要だ。


「カイル様。次回の防衛戦は、もう少し派手になるかもしれません」


「……はぁ」


カイル様は深くため息をつき、そしてニヤリと笑って剣を担ぎ直した。


「上等だ。俺の飯と、この街の平穏を奪う奴は、王子だろうがなんだろうが追い返してやる」


頼もしい言葉だ。

物理的な防衛力は、彼に任せておけば問題ないだろう。


私は都市の中央にそびえる管理塔を見上げた。

そろそろ、この都市の「心臓部」――古代の中枢魔導機コア・モノリスにアクセスする準備を急がなければ。


王太子が到着する前に、この都市を「難攻不落の要塞」へとアップデートするために。

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