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この世界のどこかできっと  作者: 悠介


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8/9

家族との邂逅

「榎本さん、入浴介助ってやった事あります?スクールでは、模擬的な事はしました?」

「はい!他のクラスメイトと、交代交代で入ってもらう方法を習いました!」

「ふむ。じゃあ、取り合えず今日は俺のを見てもらって、かな。スクールとやり方が違ったり、他の人に教わった方が正しいと思ったら、そっちを優先してもらって構わないですからね。」

 今日は早番、朝七時からの始業で、榎本さんは九時に出勤して、俺と合流する。

 まずは風呂の介助、一日六人を三人のスタッフで、合計十八人、一日に風呂に入ってもらわないといけない。

 ここの職場は、八割が女性スタッフ、二割が男性スタッフ、それでいて、お客さんは九割が女性で、一割が男性拒否を示してる。

 老人ホームって一言に言っても、ボケてる人がいればしっかりしてる人もいる、中には、ボケてても男性は無理っていう人もいる。

 今日担当する人はそうじゃない、いつもニコニコしてる真鍋さんって言う女性のお客さんをスタートにして、六人風呂に入れる事になる。

「真鍋さーん、お風呂入ろー?」

「はいよぉ。」

「この方は、基本的には認知症が進んでいらっしゃるので、なんでもこうやって返事をされます。ので、体調不良等に気をかけて差し上げてください。さ。真鍋さーん。お風呂入るから車いす乗るよー?」

「はいよぉ。」

 真鍋さんはぽっちゃり体型の小柄な女性のお客さんで、基本的にニコニコしてるか寝てるかのどっちか、みたいな人で、あんまり感情の起伏がわからない。

 だから、嫌だって言うサインを見逃さない様に、細心の注意を払わないといけない人だ。

 基本的にはいよぉって返事をくれるから、なんでもしていいって思われがちだけど、ストレスから来る胃腸炎にかかった事もあったっていう話で、認知症だからって言って、何でもかんでも忘れてる、ってわけでもない、って教わった。

「はい、せーの。」

「ありがとうねぇ。」

「いえいえ、じゃあ行こっか。榎本さん、今の俺のやり方、多分普通じゃないので、あんまり真似しないでくださいね?基本に忠実な方が、腰をやりにくいですから。」

「はい!」

 俺のやり方、車いすへの移乗のやり方とかは、基本的に我流、人のを見て真似た結果だから、基本に忠実じゃない、とは言われる。

 だから腰を痛めやすいし、あんまり真似して欲しくない、って言うのが本音だ。

「じゃあ、入浴介助のやり方を説明しながらやるので、榎本さんはついてきて頂く形で。最初は俺のやり方を見てもらって、それからスクールで学んだ方法を実践してもらえれば、それでいいので。」

「はい!わかりました!」

「じゃ、真鍋さん行くよー?」

「はいよぉ。」

 真鍋さんと榎本さんを連れて、風呂場まで向かう。

 途中、真鍋さんの特徴とか、どういう気質の方なのかとか、そう言う話を少しずつして、榎本さんはそれをメモ帳に熱心に書き込んでる。

 勉強熱心な人だな、って感心しながら、俺は仕事に集中しなきゃ、と思って頭を切り替えた。


「でさ、真鍋さんはニコニコしてて可愛らしいんだよ。」

「そうなの?悠介が可愛らしいって言うって事は、その人は本当に可愛らしいんだろうね?」

「俺の美的感覚を参考にされると、ちょっと恥かしい気もするけどな、でも、真鍋さんは本当に愛らしい方だよ。」

 夜、仕事が終わって飯を食い終わって、浩介と電話してる。

 借りた小説を読みながら、浩介と話をしてると、ついつい本音って言うか、ポロっと言っちゃうのは、きっと心を許してる証拠だろう。

「そうだ、今聖獣達の鎮魂歌読んでるんだけどさ、これ一人で書いたんじゃないっぽい?」

「えっとね、キャラクターの原案をサークルで考えて貰って、それで書き始めたって言うお話だったかな。良く分かったね?」

「なんか、ディンと竜太って言うキャラクターは似てるんだけど、他のキャラは全然毛色が違うなって、そんな感じがしたんだよ。」

「悠介、見る力があるんだね。そうだって言ってたよ?一人の力じゃ書くにも限界がある、それに、色んな色を加えた方が楽しかった、だからサークルの人達と一緒に原案とキャラクターを考えた、って巻末の所で言ってたよ。」

「そう言うやり方もあるんだな。」

 今の所、出てきてるキャラクターは六人、ディン、竜太が同じ人が考えたっぽい感じで、それにリリエル、外園、セレン、ウォルフってキャラクターが出てて、それぞれ違う人が考えたのかな?って言う毛色って言うか、この作者さんじゃないんだろうな、って感じのキャラクターが出てきてる。

 同じ表現者としての勘って言うか、そんな感じだ。

「キャラクターの原案者は合わせて六人だったかな、竜太も本当は弟さんの作ったキャラクターなんだって書いてあった気がするよ?弟さんから、骨組み以外は任されたから、キャラの感じが似てますって、そう言う事だった気がする。」

「ほうほう、そうなのか。それで、主人公の蓮君っていう子は、これから出てくるのか。」

「悠介が読んでるのって、零章?次の序章の最初に、蓮君は出てくるよ。」

「それは楽しみだ。」

「ちょっと衝撃的なお話だけどね、悠介ならショック受けないかなぁ……。でもどうだろう、酷い目にあってる子、だからなぁ。」

 酷い目に合ってる、それがどの程度の話かによって、感想は変わってくるだろうけど、俺が書いてたのも、大概主人公が酷い目からスタートしてたし、部活のメンバーに原案投げる時も、良いって言ってきた奴の作品には酷い目に合ってるキャラクターを出してるし、どうだろうか。

 ちょっと零章をさっさと読んで、序章のスタートを読み始める。

「うーん……。これは確かに酷い目に合ってる子だな、現実に居たら、多分俺は許せないタイプだ。」

「悠介はそう言うと思ったよ。僕も最初、なんでこんなにひどい描写を書くんだろう、って思ったけど、最期まで読むと、必要な事だったんだなって、わかる気がするんだ。」

「最初はわからない描写、なんていうのは往々にしてあるからな。あの時のあれがそうだった、伏線だった、なんて話もある。そう言う類かな?」

「うん、そうだと思う。」

 島の人柱、人畜無害な少年が、虐めを受けて虐待を受けて、人によってはそれだけで読むのをやめてしまいそうな程、惨酷な描写。

 でも、それが必要だったんだろう、この蓮って言う少年を書くにあたって、必要不可欠だったから、こういう描写にしたんだろう、それはなんとなくわかる。

「うーん……難しい作品だな。これ見て読むの諦める人とか居そうだ。なんか、この先もこの展開が続く、って考えると、中々二巻には手が行かないかもしれないな。」

「そう言う展開、暫く無いんだけどね。蓮君も、序章以外は基本的に幸せそうだよ?ただ、その幸せの為には、そう言うスタートが必要だったんじゃないかなぁ。」

「成る程、そう言うのなら納得だ。ただ単に加虐心で書いてるって言うのなら、ちょっと趣味を疑うレベルだけど、これがあってからの幸せなら、納得出来る。」

 丁度蓮とディンが出会った所、ディンは何かを知っていそうな様子を見せて、蓮はディンを殺そうとして、中々な出会いだ。

 読むカロリーが高いって言うか、読み応えはあるけど、辟易する人もいるだろうな、って言う感想だ。

「さて、読んでるのも良いけど、俺も浩介の書ける材料を書き始めないとな。明日は仕事だから、そろそろ寝るけど、浩介今週末は予定入っているか?」

「ううん、何もないよ。」

「じゃあ、週末はデートしようか。」

「良いの?」

「良くなかったら話を振ってないって。何処に行くかはまだ決めてないけど、そうだな……。ちょっと電車で何処かにでも行くか。」

 デートの誘いをして、電話を切る。

 明日は遅番だから、、まだ少し時間がある、ただ、俺は小説を書く時は集中しちゃうから、話が出来なくなる、浩介と話をしてたい気持ちはあるけど、でも浩介の為にも俺自身が書き始めないと、進まない話でもあるから、と思って、パソコンを起動する。

「うーむ……。」

 ワードを開いて、何処から書き始めたもんかな、なんて悩む。

 入りが大事、それは痛感してるから、始まりにインパクトを持っていきたい。

 カチャカチャと音を立てて、キーボードの打鍵音が部屋に響く。

 俺はヘッドホンをしてるから聞こえない毛ど、打鍵音が強い方だ、とは言われてるから、結構な音が鳴ってるんだろう。

 まあいいか、壁が薄い部屋でもないし、キーボードの打鍵音位で苦情が来る様な事もないだろう。


「ん、電話だ。」

 暫く小説を書いてたら、スマホが鳴る。

 相手は母親で、珍しい事があるもんだ、なんて思いながら、ヘッドホンを外して、電話に出る。

「もしもし?」

「悠介?あんた連絡も寄こさないで、ちゃんとやってるの?」

「ちゃんとやってるよ。仕事だって続けてるし、恋人が出来たんだ。」

「恋人?あんたに恋人ねぇ、明日は雪が降るかしらね。」

 相変わらず口が悪いって言うか、ざっくばらんとした口調の母親、俺は昔から、そんな母親の姿を見て来たから、自然と似る様になったんだろうな。

「それで、その恋人は男の子?女の子?」

「男だよ。浩介って言って、俺と一日違いの同い年。手紙のやり取りをしてたんだけど、今週会って付き合い始めたんだ。」

「へぇ。人間なんて嫌いだ、って言ってたあんたが、ホントに恋人なんて作るとはねぇ。どんな心変わり?」

「人は移ろいゆくものだから、いつか恋の一つでもするかもね、なんて言ってたお母が、それを疑問に思うとは思わなかったな。」

 母親、お母は、昔から気が強くて、何かと問題を起こしがちって言うか、問題に巻き込まれがちって言うか、そう言う体質の人だった。

 俺が虐めを受けたって相談した時も、学校に連絡するのは最初として、教育委員会とか、警察にも、って言いだして、俺が自分の力で何とかするから、見守っててほしいって言った時には、珍しく心配してきて。

 仲が悪いわけじゃないけど、自然と距離が出来たって言うか、俺が家族との繋がりって言うのが希薄なタイプ、一緒に暮らすと仲が悪くなる、って言うタイプだから、早めに独り暮らしを始めて、それからはこうしてたまに連絡を取る様になった。

 中学の頃は関係が悪くて、碌に会話もしなかったりした時期もあったけど、今では違う。

「それで、紹介してくれるの?」

「お母が良ければ、後は浩介次第かな。」

「何よ、訳アリ?」

「中学の頃に虐めを受けてから、引っ込み思案になっちゃったんだよ。俺とは普通に話せるけど、まだ他の人と話すってなると怯えちゃうんじゃないかなって。だから、紹介したとしても、あんまり話は出来ないかもな。」

 会わせるのは吝かじゃないけど、浩介がどう反応するか、って考えると、ちょっと不安だ。

 まだコンビニに行くのにも怯えちゃう、って言ってたから、浩介は根本的には、他人との関わりに怯えてる。

 だから、俺の関係者だからって言って、すぐに話が出来る様になるとも限らない。

「虐めねぇ。ホントに、くだらない連中よね。あんたを虐めてた奴らは結局、退学にしたって言ってたっけ。それで、その浩介君は、虐めに立ち向かえなかった、そんな感じ?」

「有体に言えばそう言う感じだよ。浩介は俺と違って優しい、だから、抵抗するだけの反骨神って言うのが無かったんだと思う。」

「ふーん……。でも、あんたとなら相性良いのかもね、守ってくれるって思ってるんじゃない?あんた、なんやかんやでそう言う子見つけるの得意だったしね。自分の虐めの解決のついでだ、って言って、何人か助けてなかった?」

「あれは本当についでだよ。俺だけが虐めから開放されて、なんていう都合のいい話は無しにしよう、って思ったから、あいつらが虐められてる事も知ってたし、それも巻き込んだ方が色々と一掃出来そうだった。簡単に言えば、利用しただけだ。」

「そうかしらね。あの頃は殆ど話してなかったけど、あんたは昔っから、そう言う子だったって言う記憶があるけど?なんやかんや、弱い人を助ける立場になるって言うか、そんな感じ?そう言う星の元に生まれてきた、なんて言われてたじゃない。生涯、そう言う人を助ける為に動き続けるんだって、お義母さんが言ってたわよ?その言葉、間違ってなかったと思うんだけどね。だって、私からしたら縁がなくなって、自分達を捨てていった父親の親であるお義母さんを、最期まで看取ったでしょ?そう言うお節介って言うか、人が良すぎる所は、私もそう思うけどね。」

 この人、褒めるのが苦手なのか、毒舌故なのか、一言多いって言うか、それが昔は苦手で、愛されてないと思ってた時期があった。

 妹が世話の掛かるタイプで、そっちに構ってたって言うのと、父親が碌に帰ってこない人だったから、家庭を守るのに必死だった、って言うのは今ではわかってるから、蟠りはないんだけど、当時はそうもいかなかった。

 反抗も沢山したし、意見の対立からばあちゃんの所に入り浸って、ばあちゃんっ子だった俺だったけど、高校の時に、そろそろ向き合ってあげても良いんじゃない?って言うばあちゃんの言葉で、話をした覚えがある。

「そうだ、真由美は元気してる?俺から連絡取る事もないけど、そろそろ大学進学を考える時期だろ?」

「ん?そうだね、今は受験勉強に専念してるわよ。特待生枠で入るんんだ、って言って、頑張ってるわ。」

「そっか、それは良かった。今度、何か手土産でも持っていこうか。」

「言う様になったじゃない。それもこれも、仕事先が良かったからかしらね。あんた、煙草吸ってるの怒られたんでしょ?怒ってくれる人がいて、良かったじゃん。私は、独り立ちした時点でもう、怒ったり慰めたり、なんて事もしないもんだと思ってたから、職場で常識を教えてもらってるんだから、有難い話じゃない。」

「そうだな。世間知らずだった俺に、色々と教えてくれたり、世話焼いてくれたり、有難い限りだよ。そうそう、俺も教える側になってさ、新人の研修やってるんだよ。」

 なんて事のない会話、中学の頃は一切しなかった会話を、こうしてするようになったのは、ばあちゃんのおかげだろう。

 じいちゃんが死んじゃって、ばあちゃん独りで暮らす様になって、一人息子の親父は当てにならない、週末に来る俺位しか相手が居なかったばあちゃんは、俺の事をずっと心配してくれてた。

 母親と仲が悪い事も知ってて、でもそれを咎める訳でもなく、何も言わず受け入れてくれて、俺が少し大人になった頃に、そう言った助言をしてくれて。

 その言葉が無かったら、今頃俺は家族と縁を切ってたと思う、それ位、家族との繋がりって言うのが希薄だったから。

「じゃ、俺明日早いから。」

「はいよ、彼氏君連れてくるなら、早めに連絡しなさいよ。」

「わかった。」

 電話が切れる、俺はそろそろ寝ないと、明日の仕事に支障が出る。

 ベッドに入って、目を閉じる。

 懐かしい想い、そう言えば、俺が巻き込んで虐めを解消した子達は、今元気にしてるんだろうか。

 ガラケーの方に電話番号が残ってただろうか、連絡、してみようかな、なんて考えながら、眠りについた。


「それでさ、お母が、浩介に会ってみたいって言ってるんだけど、どうかな。無理そうだったら断っておくけど、浩介的にはどうだ?」

「うーん……。まだ、知らない人とお話するのは緊張するけど、でも、悠介は僕の家族に挨拶をしてくれたのに、僕が挨拶をしないのは、ちょっと違うと思うんだ。だから……。だから、頑張ってみたい。」

「そっか。じゃあ、今週末のデートの時に、会ってくれないか?」

「うん。」

 仕事は何の滞りもなく終わって、榎本さんも少しだけ職場の空気になれてきた感じだ。

 今日は早番で、明日は夜勤だから、夜遅くまで起きてないと、逆に辛くなる、だから、浩介と電話をしながら、また小説を読み進めてた。

 今は一章を読んでて、聖獣の守り手、って言う青年達が、それぞれ異世界に運ばれて、それで自分達の運命を知って、そして戦いが始まる、って感じで、何の力も持ってなかったはずの一般人が戦う事になる、って言うのに、少し気の毒に感じてた。

 って言う事を浩介に話した後、そう言えば昨日お母から連絡が来てた事を伝えて、浩介の意思を確認する。

「悠介のお母さんって、どんな人?」

「うーん……。よく言えば快活、悪く言えば無神経、だな。ただ、情に厚い人だよ。俺が虐めを受けてる事を初めて話した時には、怒ってくれた。それまで、家族って何だろうって思ってた俺に、家族の意味を教えてくれたんだ。妹が手がかかるタイプでさ、親父は仕事に逃げて、父親と母親の役割を独りで背負わなきゃならなかったんだから、手がかからない俺には、冷たく見えるのも当たり前だったんだ。ただ、それ勘違いだった、ちゃんと、俺の事を見てくれてる人だったよ。」

「そうなんだ。悠介のお母さんだから、きっと優しい人なんだろうな、って思うよ。」

 良い人か、って言われると、自分の母親の事だからわからない。

 良い人だって言っても手前味噌になっちゃうし、客観して見れてるわけでもないと思うから、なんとも言えない。

 ただ、浩介がそう言うのであれば、そうなのかもしれない、とは思う。

「ちょっと怖いけど、楽しみだなぁ。悠介の家族に会うのって、なんだかわくわくする気がするよ?怖いのは変わらない、まだ、悠介にも怖いと思ってる事も……、ううん、何でもない。」

「大丈夫だよ、怯えがあるのは当たり前だと思ってるから。大丈夫だ。浩介の素直な気持ち、それを伝えてくれるのが、俺は嬉しい。」

「ありがとう、悠介。」

 浩介は、まだ必死になって恐怖心と戦ってるんだろう。

 それだけの経験をしてきた、それが事実なんだから、それだけ怯えてしまうのも、無理筋な話じゃない。

 でも、そんな浩介が、一歩ずつ前に踏み出して、歩こうとしてる、それが嬉しい。

 たった一年の関わり、付き合い始めてまだ一週間程度の仲って言えばそれまでなんだけど、浩介の事情を知ってる身として、嬉しい。

「じゃあ、週末の予定はこっちに来るって感じで良いか?」

「うん、楽しみにしてる。」

「分かった。じゃあ、そろそろ浩介は寝る時間だろう?」

「そうだね、明日も大学があるし、寝ないとかな。悠介は明日夜勤なんだよね?まだ起きてるの?」

「そうだな、夜勤に合わせて寝る時間変えないと、徹夜する事になるから、もうちょっと起きてるよ。」

 そっか、って言って浩介は電話を切る、俺は小説を読むのをやめて、今度は書く方に頭を切り替える。

 の前に、お母に連絡をしておかないとか。

「……。もしもし?」

「あら、昨日の今日で何かあったの?」

「週末、浩介連れて行きたいんだけど、空いてる?」

「週末?空いてるけど、大丈夫なの?心の準備がどうのって話じゃなかった?」

「それも含めて、大丈夫だって、浩介が言ってくれたから。だから、週末に帰省するよ。」

「はーい、リビング片づけて待ってるわ。」

 それだけ話をして、電話を切って小説書くのに集中する。

 さわりの部分だけだから、って考えてはいるけど、それでも、浩介が書く為の材料を与えられるだけ、って想定すると、意外に量を書かないといけない気がする。

 まあ、幸いにも今日はまだ寝るまでに時間がある、夜中の三時位までは書き続けられそうだ。

「……。」

 浩介との出会い、それは一年前、ラジオのコーナーで。

 そこからスタートして、俺達が手紙のやり取りをして、そして出会って。

 付き合うに至るまでの、俺の感情を思い出しながら、書き進める。


「浩介、待ったか?」

「ううん、今着いた所。」

 日曜日、今日は休みで、浩介とお母に挨拶をしに行く日だ。

 浩介が緊張してるのが良くわかる、はた目にも緊張して汗をかいてるし、ちょっとそわそわしてるから。

「取って食う様な人じゃないから、大丈夫だよ。それに、俺が隣にいる。」

「うん、ありがとう。」

 手を繋いで、一緒に歩いてお母の住んでるアパートまで向かう。

 昔は実家は一軒家だったんだけど、離婚に伴って引っ越して、今では駅近くのアパートに妹と住んでる。

 親父が何処にいて、何をしてるのかは知らない、離婚以降没交渉って言うか、連絡も来ないし、こっちから連絡する意味もないし、所在不明だ。

 ばあちゃんの葬儀だって、親父の弟のおじさんがメインで動いてて、焼香を上げにも来なかった人だ、どうなってたところで興味はない。


「お母、来たよー。」

「はーい。あら、あなたが浩介君?随分と可愛い子を捕まえてきたのね。」

「えっと……、はじめ、まして……。」

「……。入って入って、外はまだ寒いでしょ?」

「おじゃま、します……。」

 浩介は、悠介の母に怯えながら、しかし自分で会う事を決めたのだ、と勇気を出して挨拶をする。

 その様子を、悠介の母は見て何か言いたそうな顔をしたが、悠介から聞いていた話を思い出して、それをひっこめて中に案内する。

「これ、どうぞ……。」

「あら、ケーキ?じゃあ、皆で食べよっか。真由美ー、悠介が彼氏君連れてきてくれたわよー?」

「はーい。お兄が彼氏って、信じらんなかったけど、ホントだったんだね。初めまして、浩介さん。あたしは真由美、悠介の妹だよ。」

「はじめ、まして……。」

 悠介によく似ている母親と、その母親にそっくりな妹が出てきて、浩介はある種感動をする。

 悠介と母親は、顔にあるほくろの場所と鼻の形が一緒で、体型は少しぽっちゃりしているか、程度なのだが、妹は、その母親を若くして、やせ型にした様な顔をしている。

 似ている親子、自分と悠治も似ている兄弟だとは思っていたが、ここまで似ている親子と言うのも珍しい、と感動していた。

「虐められてたんだって?お兄と一緒だね、でも、お兄と違って気が強くなさそう。」

「えっと……、ごめん、なさい……。」

「貶してるんじゃないよ?優しそうだなって思っただけ。お兄は気が強いから、大変じゃない?振り回されて愛想つかされないか心配だわ。」

「真由美……。まったく、その口の悪さは誰に似たんだか。」

「お母とお兄でしょ。二人揃って気が強いんだから、それを見て育ったあたしだって気が強くなるもんでしょ?浩介さん、こんなお兄だけど、よろしくね?人間不信だ、なんて言って、人と関わろうとしてなかった人だけど、こうして彼氏さんが出来たって言うんなら、あたしの肩の荷も降りるわ。」

 ざっくばらんとした真由美や悠介の母親の言葉を聞いて、悠介とはだいぶん性格が違うのか?と浩介は疑問に思ったが、それは違うのだろう。

 悠介の本来の性格、それは快活なもので、それが虐めによって変質した、自分と違う様で同じな変わり方をした、それが正しいのだろう。

「悠介、似てる、んだ……?」

「優しい時は優しいけど、敵になったら容赦しないよ?お兄は、誰かを守る事に必死になって、いっつも怪我して帰ってきて、お母にそこまでする必要があるのか、って怒られて。それが原因で、中学生の頃は冷戦状態だったからね。でも、あたしも学校で同級生にちょっとやられた時は、相談乗ってくれたよ?やり返すならこの方法が良いとか、お前は悪くないんだから堂々としてれば良いとか、あーこの人って、やっぱりお母の子供で、あたしのお兄なんだ、って再認識したもん。気が強くて、優しくて、それでいて戦う事を知ってて。誰かが傷つくのを見る位なら、自分が傷ついた方がマシだ、なんて言って。」

「真由美、言いすぎだ。それに俺、そんな事言ってたか?」

「言ってなかったよ?ただ、そう見えた。お兄もお母も、誰かの為に一生懸命な人で、自分の事に不器用な人。似た者親子だなって、思ってたの。あたしも、それを受け継いでるのかな、なんてね。」

「……。悠介は、優しいよ……?……、えっと……、えっと……。……。悠介は、とっても優しい。真由美ちゃんから見た悠介がどんな人かはわからないけど、僕にとっては、とっても優しくて、好きな人なんだ。」

 浩介は、真由美の言葉を聞いて、覚悟を決めたのか、言葉を早める。

 つっかえつっかえで話していても意味がない、勇気を出して、いつもと同じ様に喋りたい、そう願い、それを実行しようとする。

 心臓がバクバクと音を立てている、顔が真っ赤になる、こんな風に勇気を出すのは、虐められてからは悠介に会った時以来だ、まだ慣れていない、ずっと内向きでいた浩介が、慣れないながらに、頑張ろうとしていた。

 それに気づいた悠介は、リビングのテーブルに座っていて、母と真由美が対面している中、テーブルの下で浩介の手を握り、大丈夫だと伝えようとする。

「悠介は……。悠介は、とっても良い人、気遣ってくれて、好きになってくれて、僕も大好きで、それで、それで……。」

「浩介君、無理しなくても良いのよ?あなたの過去はなんとなく悠介から聞いてる、辛い想いをしてきて、心が臆病になっちゃってるのもわかってるわ。だから、無理しなくて良いのよ?」

「大丈夫です、お母さん。僕は、前を向いて歩いて行こうって、決めたから……。まだ、悠介が居てくれないと、それは出来ないのかもしれません、ただ、悠介がいてくれてる時位、頑張りたいんです。」

 悠介の手を強く握りながら、浩介は勇気を出す。

 それは、まだ悠介が居ないと出来ない事なのかも知れない、独りきりでは出来ない事なのかも知れない、ただ、悠介が隣にいてくれる時位、そうしたい、と。

「僕は、悠介に救われたんです。だから、いつかは、僕が悠介を守れたら良いな、って思うんです。悠介が傷ついてしまった時、今度は僕が支えてあげたいな、って。まだ会ってから二週間も経ってない、付き合いだしてすぐの人間が何を言ってるんだって、思われるかもしれないですけど……。でも、一年間、悠介と手紙をやり取りしてて、悠介に勇気を貰って、だから、今度は僕が。」

「浩介……。ありがとう、そう言ってくれるのが、嬉しいよ。」

「素敵な子だね、浩介君。悠介、あんたこんな良い子捕まえたんだから、ちゃんと幸せにしてあげなよ?二度とない位、素敵な縁なんだから。」

「わかってるよ、生涯これ以上の縁は無いと思ってるから。」

 そんな親子の会話を聞いて、浩介は心臓をバクバクとさせながら、少し安心していた。

 この人達は、自分を傷つけようとはしない、この人達は、安心して関わる事が出来る。

 そう考えると、心臓も落ち着いてくる。

「あたし、お兄の彼氏ってどんな人なんだろうなーって思ってたけど、良い人じゃん。俺は恋愛に縁がないからー、なんて言ってたけどさ、案外良い人捕まえちゃってさ。」

「そう言う真由美はどうなんだ?彼氏君とは上手くやってるのか?」

「勿論、素敵な人だからね。」

「真由美ちゃんも、彼氏さんがいるの?」

「うん、哲夫って言って、高校の後輩なんだけど、部活が一緒でさ。向こうから去年告白されて、それからずっと一緒かな。将来的には、結婚しても良いかな、って思ってる。あたしさ、お母とお父見てたから、結婚なんてしないと思ってた、縁がないって言うか、そう言うのは面倒だと思ってたの。でも、哲夫は、そんな事を考えなくなる位、良い子なんだよね。」

 結婚に縁がない、と言う言葉は、悠介からも聞いていた。

 父親が小学生の頃から不在気味で、結局不倫をして出ていった、と言う話を聞いていて、それは仕方のない事だとも思っていた。

 結婚に未来を見出せない、明るい未来を見る事が出来ない、それが原因だ、と悠介は言っていた。

「哲夫君、元気してるのか?俺が独り暮らし始めて以降、会ってないからな。」

「元気だよ?元気すぎる位元気で、こっちまで元気になっちゃいそうだもん。」

「それは良かった、あの子の明るさは眩しい位だからな、その良さが無くなっちゃったら、残念だからな。」

「そう言うお兄は、なんだか明るくなったよね。家出る前、もうちょっと陰気じゃなかった?」

 真由美の言葉に悠介は苦笑いをする、浩介の前では見せたくなかった姿なのだろう、それは浩介にも想像出来た。

 ただ、今の悠介しか知らない浩介からしたら、悠介が陰気だったと言うのは、信じられない事だ。

 何時も前を向いていて、優しくて、暖かくて、そんな悠介が、暗い性格だった、と言うのは、少々信憑性に欠ける話なのだろう。

「色々とあったからな、暗いばっかりじゃ居られなかったんだよ。仕事の都合上、明るく振舞うのにも慣れてきてるし、そもそも、もう陰気でいる理由がないからな。」

「ふーん……。でもま、そのおかげで浩介さんと会えたんなら、良かったじゃん。お兄はそれで幸せなんでしょ?なら、あたしがとやかく言う理由もないしね。」

 悠介と真由美の返答、それは、きちんと兄弟として関わってきたからこそ、出来る問答だろう。

 悠介は、家族との繋がりが希薄で、と言っていたが、浩介から見た二人は、きちんと兄弟をしている。

 表に出さないだけで、互いに想いあっていた、ツンデレなだけで、面倒くさいと表では言っていただけで、本心では認め合っていた。

 そんな兄弟なのだろう、と浩介はホッとしていた。


「んじゃ、今日は帰るわ。」

「浩介君、またいらっしゃいな。悠介が悪い事したら遠慮なくやっちゃっていいからね?」

「ありがとうございます、またお邪魔させて貰いますね。」

 そろそろ夕飯時、ってなって、俺と浩介はお母の家を出て、夕飯を食べに行こうって話をして、ファミレスに向かう。

「浩介、頑張ったな。」

「え……?」

「浩介は頑張った、誰が何と言おうと、頑張った。偉いな、浩介は。」

「……。そうかな、僕、頑張れてたかな。」

「あぁ、勿論だ。」

 浩介は、気が抜けたのか一回ため息をつく、それだけ緊張してただろうし、それだけ頑張ったんだろう。

 少し泣きそうになってる声で、確認してきた。

「……。俺はさ、浩介と違って気が強い、お母譲りなんだろうな、やられたらやられた以上にやり返す、って言うのが信条だったから、ここまで怯えてない。だけで、浩介が人と関わるのに怯える理由は良くわかるよ、それでも、浩介は頑張ってくれた。俺は、嬉しいし誇らしい。」

「悠介……。」

「ありがとう、俺と出会ってくれて、俺と付き合ってくれて。俺は、浩介の事が誇らしいよ。まだ付き合いだして少しも経ってないかもしれない、たったそれだけしか付き合って無い、浩介の事をちゃんと見てなかったかもしれない。でも、俺は誇らしい。」

「……。僕も、嬉しかった。悠介に出会えて、本当に良かった。会おうってきっかけを作ったのは、僕かも知れないけど……。でも、会ってくれて、本当に嬉しかった。」

 浩介の頭を撫でて、浩介の涙を拭って、笑う。

 浩介は、そんな俺の顔を見て、ぎこちなく笑って見せた。

 まだまだ辛い事が多い、苦しい事が多いだろう、これからも、人と関わる事への恐怖は、付きまとうんだろう。

 でも、浩介はそれを克服するだけの勇気を持ってる、俺はそう考えてたし、事実お母と真由美の前でそうしてみせた。

 と言うより、最初は俺に対して、そうしてみせた。

 だから、じゃないけど、出来るんじゃないか、って思ってる、浩介なら、きっと出来るって、俺は信じてる。

「浩介、無理しない様に、って言うのはいっつも言ってるけど、頑張りたいと思った時には、頑張ってみるのも良いかもな。それが浩介にとって良い結果になると思ったなら、頑張ってみるって言うのも、一つ手かもしれないな。」

「……。僕、頑張れるかな?」

「きっと頑張れるさ。だから、俺も傍に居たい。浩介が頑張れる様に、応援出来る様に、傍に居たい。いつか、前を向いて歩いていける様になるまで、出来れば、その後も。」

「ありがとう、悠介。」

 浩介は嬉しそうに笑う、俺は少し恥ずかしくて笑う。

 いつもなら逆なんだろうな、俺が浩介を励まして、浩介が恥かしそうにそれを受け取って、っていう姿が想像出来る、容易に想像がつく。

 ただ、たまにはこういう事もあっても良いのかな、なんて思う。

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