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この世界のどこかできっと  作者: 悠介


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書き始めてみよう

「今日から一緒に働く、榎本さんだ。坂入君、予定通り、指導の方よろしくね。」

「はい、榎本さん、よろしくお願いしますね。」

「はい!」

 職場について、申し送りの時間に、若い男性がいるなと思ったら、この人が新しく入ってきた人らしい。

 パッと見俺と同じ位か、ちょっと年下位に見える人だけど、詳しいプロフィールを聞いてないから、取り合えず様子見で敬語を使う。

 榎本さんは緊張してるらしくて、ちょっと返事が上ずってるけど、懐かしい、俺も高卒でここに入った時、そんな風に思われてたんだろうな。

 俺の場合、年齢と顔があってない、所謂老け顔だったから、最初事務員さんに年齢の事で驚かれた覚えがある、その人は出産を期にやめちゃったんだけど、それが去年のいつだったか。

「じゃあ、まずは俺のやり方を見てもらって、そこから覚える感じで……。榎本さん、介護の資格とかは持ってます?」

「はい、初任者研修を受講してました!」

「なら、俺のやり方より習ったやり方でやった方が良いかもしれませんね。俺の場合、自己流が入ってて、腰を悪くしやすいって言われてるので。間違ってるやり方だ、って思ったら、無理に俺のやり方に倣わなくても大丈夫ですよ。」

 がちがちに緊張してる榎本さんは、俺の言葉をメモに取ってて、そうかもう指導は始まってるのか、って感覚だ。

 俺もいつまでも新米じゃいられない、もう施設の中では中堅位の立ち位置にはなるんだから、いつまでも新入り気分でいちゃ駄目だな。


「松本さん、こちら今日から配属になった、榎本さんね。榎本さん、こちらの松本さんは、認知症は患ってなくて、身体的にも介助は殆ど必要ない方なので、コミュニケーションの入りとしては優しい方です。あ、俺は敬語使わない事が多いんですけど、基本的に敬語でお願いしますね。俺の場合、信頼関係が出来上がってるって言うのと、上からのお目こぼしで敬語を使ってないだけなので、基本的にはお客さんと話す時は敬語で、です。」

「はい!松本さん、よろしくお願いします!」

「あらあら、元気な人が入ったのねぇ。佐々木さんの代わりでしょう?あの人、本当に何がしたかったのかわからなかったものねぇ。榎本さん、取って食べたりしないから、いつでもいらっしゃいな。」

 まずは松本さんの居室に行って、挨拶をしてもらう。

 松本さんは所謂ボケてない人で、体調的にも何の問題もない、ただ、独り暮らしをするには少し年齢が、って事で入ってる人だから、とっかかりやすいと思う。

 そう言う俺も、最初は斎藤さんに松本さんを紹介されて、がちがちに緊張してて、でも松本さんの顔自体は知ってた、みたいな感じだ。

 そもそも、ここの施設にばあちゃんが入ってたのがスタートだったから、なんとなく顔見知りで、みたいな感じだったけど、榎本さんはそうじゃないから、緊張しても仕方がないと思う。

「それじゃ、松本さん、朝の体操は出る?」

「もちろん参加させて頂くわよぉ?体操は健康の第一ですものね!」

「はい、了解。それじゃ、榎本さん、行きましょうか。」

「はい!」

 松本さんの居室を出て、まずは朝の体操の時間の為にお客さん達を迎えに行く。

 食堂の横のスペースでやるから、認知症だったり身体介助が必要な人を連れていく、それが日勤だった場合、申し送りの後のルーティーンだ。


「榎本さん、歳はいくつなんです?若く見えますけど。」

「はい、僕、十八になりました!高校卒業と同時に働きだそうと思ったんですけど、資格の取得が間に合わなくて……。それで、少し遅れての就労になったんです。」

「あ、じゃあ俺より年下なんですね。」

「坂入さんは三十歳位ですか?」

「そう見える、ってよく言われますけどね、まだ二十歳ですよ。」

 休憩時間になって、俺は煙草を吸いに行こうと思ったんだけど、未成年を一緒に連れていく訳にはいかないし、と思って年齢を聞いたら、やっぱり俺より若かった。

 逆に、榎本さんは俺の事を三十代だと思ってたらしくて、驚いてるんだけど、この反応ももう慣れた。

 何せ、学生時代に文化祭で部活のブースにいたら、スーツを着てる先生と間違われたり、何だったりが色々とあったからだ。

「すみません!お歳を間違えてしまって……。」

「大丈夫ですよ、年上に見られるのは慣れてますから。じゃあ、今年高卒で?」

「はい、自由登校の期間に資格を取りまして。」

「そうでしたか。なら、覚えたてだから新鮮でしょう。現場って、思った通りには動いてくれないですからね。学校で習った様にしたところで、そうもいかない事もたくさんある、ただ、習う事は間違いではない、って感じですよ。俺なんかは、資格自体は取りましたけど、働き出して暫く経ってからなので、体がやり方を判断しちゃうんですよ。だから、先生には怒られてました。」

 デブなのに昼飯を食べない俺をほえーって見ながら、榎本さんは飯を食べてる。

 榎本さん、華奢な感じの好青年って印象だけど、食欲は伊達に十代じゃないのか、弁当箱も大きめだ。

 俺は腹は減っても平気、って言うか、長らく昼飯を食わない生活をしてたもんだから、逆にちゃんと昼飯を食えって言われると、食えない。

「午後は入浴介助か。男性拒否の方は……、今日はいないですね。」

「男性拒否って、やっぱりあるんですか?」

「お客さんによりけりですよ、認知症が進んでも、そこだけは変わらない方がいらっしゃれば、それすらわからなくなってしまう方もいらっしゃる、そんな感じです。ただ、何名かは明確に男性が駄目だって方もいるので、そういう時は、女性のスタッフさんに相談してください。皆優しいので、代わってくれますよ。」

「それは有難いですね!」

 ただ一人を除いて、って言おうとしたんだけど、そう言えばその一人はクビになったんだった。

 今のご時勢クビになるなんて珍しいって言うか、相当な事してないと懲戒免職になんてならないと思うんだけど、俺達の感覚が麻痺してただけで、傍から見たらあの人はやりすぎだったんだろう。

 横領もしてたって話、細かい事だけど、でも十年間で合計十万円位にはなる、って言う噂は聞いてたし、何よりお客さん殆どからの評判が悪くて、それでいて職員からの評判も地の底、なんて人だったから、辞めてもらって有難かったな。

「俺、ちょっと一服だけしてきて良いですか?一人にしちゃいますけど。」

「はい、行ってらっしゃいです。」

「どうも。」

 榎本さんに断りを入れて、煙草を吸いに行く。

 俺も珍しく緊張してる、それをほぐすにも煙草は良いだろう。


「それでな、新人さんの面倒見る事になったんだよ。良い子そうだから、こっちとしてはやりやすいかな。」

「そうなの……?悠介、教えるの、上手そうだから……、大丈夫、だよ……。」

「ありがとな、浩介。」

 夜、仕事が終わって飯を食い終わってから、浩介と電話してる。

 浩介は今日は大学の講義があったって言う話で、俺は俺で新しい体験をした、って言う報告だ。

「それで、そろそろ書き始めるか?」

「えっと……、小説?」

「そうだよ、浩介。俺達の事を書きたいって言ってくれたろう?なら、俺も手伝えると思うんだ。俺から見た浩介の事とか、俺の想いとか、手紙をやり取りしてた頃の感情とか、そう言うの。」

 ちょっと恥かしい気もする、でも、浩介が書く為には必要なエッセンスだろうし、こればっかりは隠しようがない。

 腹をくくる、って程の覚悟も必要ないけど、他人に感情とか想いを曝け出す、って言うのも久しぶりだから、出来るかどうかが心配だ。

「まずはプロットからだな。何処から書いて、何処に着陸したいのか、を確認しない事には、何も書けない。俺みたいに、フィーリングだけで書く人間にとってはあんまりプロットっていらないものだけど、初心者ならあった方が良い。」

「うん……。プロットって、どう書くの……?」

「そうだな、俺達の話を書きたいって言うんなら、まずはラジオを聞いていた所から、かな?それより前から書きたいって思うのなら、そこをスタートラインにして、そこから手紙のやり取りの内容とか、その時に感じてた事とか、悠治君やお母さんとのやり取りとかを書いて、それで、最後に会う所、かな?それとも、こうして今電話をしてる終わり方、って言うのもありかもしれないな。」

「わかった……。えっと……、じゃあ……。」

 どうしたいのか、によってスタート地点は変わってくるだろう、それを浩介に伝えると、浩介は何か案があるみたいだ。

 暫く悩んでたけど、それをいう決心をするまで待つ。

「じゃあ……。僕が、虐められてた、所から……。」

「……。それを書くのは、過去の追体験になる。辛いぞ?止める権利は俺にはないけど、でも、辛い事に変わりはないぞ?」

「でも……。誰かが、読んだ時に……。僕は、こうやって、生きたんだって、伝えたいから……。」

「……。そっか。浩介がそう言うのであれば、俺が止める権利は勿論ないな。辛かったら手を止めて、深呼吸をするんだ。無理に書かなくても良い、これから書くお話は、誰かの為の物語じゃない、浩介の為の物語なんだから。だから、浩介が思う様に書いて行けば良い、俺はどんな形であれ、それを応援するよ。辛かったら、俺が傍にいる、浩介独りで苦しませたりしない、俺がいる。」

「悠介……。ありがとう、僕の事を、想ってくれて……。」

「良いんだよ。俺達、恋人だろ?」

 恋人、なんて言葉を使う日が来るとは思わなかった、ただ、俺の想像するに、恋人って言うのは、お互い想いあって、支え合って、そうやっていくんだと思う。

 だから、今は俺が浩介を支える、それが俺の、俺達の役目だ。

 きっと、浩介の弟の悠治君も、お母さんも、同じ事を考えてるんだろう。

 浩介に前を向いてほしい、ただ、無理はしてほしくない。

 話した訳じゃない、ただ、それは俺達の中の共通認識である気がしてた。

「えっと……、じゃあ、どうやって、書き始めたら良いんだろう……?」

「最初の語り口って言うのは、読者に与える印象としては第一歩だからな。うーん、そうだな……。例えば、だぞ?例えば、浩介の一人称は僕だから、僕が、手紙を通じて恋をするまで、なんて書き口はどうだ?」

「うん……、それ、良いね……。」

「じゃあ、最初の書き口はそれをスタートにして……。後は、何を書きたいかを順序立てて書いていくんだ。時系列順でも良し、書きたい順番でも良し、まあ、正当に書くのなら時系列順かな?」

 浩介がパソコンでメモをしてる音が聞こえる、浩介は勤勉なんだろう、俺の言葉を一つ一つ丁寧にメモしてるのがなんとなく想像出来る。

 俺は浩介がメモを終えるまで、少しコーヒーを飲んで待ってる。


「えっと……。じゃあ、それで、書き始めれば、良いのかな……?」

「そうだな。俺の話は参考程度に聞いてくれれば良いかな。フィーリングで書いてた人だから、あんまり参考にしちゃうと、基礎が疎かになりかねないから。小説のハウトゥー本とか、そう言うのを読んでみるのもありかもしれないな。」

 浩介は、悠介の言葉をパソコンのワードに纏め、ここからどうすれば良いのかを問う。

 悠介は、自分は感覚で書いていた人間だからあまり参考にならない、と考えている様子で、書き方のレクチャーまでは門外漢、と言うのが正直なところだ、と話している。

 後は浩介次第、浩介が思うがままに書いて行けば良い、と思っているのだが、それを投げっぱなしにするのも違う、とは頭の片隅で考えていた。

「うーん……。じゃあ、俺が最初こっちでの出来事を書くから、それを参考にしてみるって言うのはどうだ?俺の場合、ラジオを聞いてたところからスタートする感じになるから、それは参考程度にして、後は浩介の書きたい様に書くって、そう言う感じでどうだ?」

「えっと……、やって、みる……。」

「じゃあ、仕事終わりにでも書きだすかな。ちょっとだけ時間貰えるか?」

「わかった……。」

 そんなこんな話をしている内に、時間が経っている。

 浩介は、そろそろ寝る時間だが、悠介ともう少し話がしたい、と眠気をこらえていた。

「そうだ、浩介明日は空いてるか?」

「え……?うん、空いてる……。」

「じゃあ、そっち遊びに行っても良いか?悠治君とお母さんにも挨拶しておきたいんだよ。」

「挨拶……?」

「付き合うに当たって、挨拶って必要じゃないのか?あれ?そう言うのは結婚する時だっけか?まだまだどうすれば良いのかがわからないな。」

 浩介は、悠介が付き合いを真剣に考えている、これから先の事も見据えている、と感じた。

 結婚、と言うのは同性同士では成立しないが、しかし、そう言った関係性でありたいと願っている、そう感じた。

「えっと……。じゃあ、母ちゃんと、悠治に、伝えておくね……。」

「頼んだ。午後に行くから、駅前まで迎えに来てくれるか?」

「うん……。」

 そう言うと、悠介はそれじゃあと電話を切る。

 浩介は、まだ寝ていないであろう母と悠治に、この事を伝えようと部屋を出た。


「母ちゃん、悠治、お話があるんだけど、良い?」

「あら浩ちゃん、寝る時間じゃないの?」

「うん、これだけ話したら寝ようと思って。あのね、悠介が、二人に会いたいって。明日、挨拶をしたいって言ってくれたんだけど、大丈夫?」

「僕は良いけど、母ちゃんは?」

「えぇ!大丈夫よ!浩ちゃんの恋人さん、だなんて会ってみたいもの!きっと、素敵な人でしょうから!」

「ありがとう、じゃあ、明日の午後連れてくるね。」

 そう言うと、浩介は自室に戻る。

「悠ちゃん、浩ちゃんの恋人さん、なんてホントに出来たのね。私、信じ切れてなかったわ?浩ちゃんは色んな事に怯えているから、恋人を作れる状態だとは思えなかったの。」

「僕も聞いた時は驚いたよ。でも、浩にぃも一歩ずつ前に進もうとしてる、それだけで僕は嬉しい。……。ちょっとだけ、悔しい様な気もするけど、それでも、嬉しい。」

 そう言うと、悠治も自室へと戻る。

 美智子は、もう寝る時間だ、明日が楽しみだ、と考えながら、部屋に戻り眠りについた。

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