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この世界のどこかできっと  作者: 悠介


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4/9

会ってみようか

「坂入君、なんだか上機嫌だね。何か良い事あったのかい?」

「そう見えます?」

「うん、いつもより仕事も張り切ってるし、眉間の皺が薄いしね。」

「あはは……。」

 浩介と電話をした次の日、仕事の休憩で斎藤さんと一緒になって、一緒に煙草を吸いながら、話をしてる。

 俺の表情が違う、って言うのは、多分浩介の事だろうな、とは思うんだけど、そんなに表情に出やすいタイプだったっけか、なんて考える。

「それで、何かあったのかい?」

「文通相手、浩介が、電話番号を手紙に書いてくれたんですよ。それで、電話して声を聞いて、一緒になってやろうって約束したんです。」

「ほうほう、それは良かったね、坂入君、ずっとそうしたがってたからね。それで、何を約束したんだい?」

「一緒に、小説を書こうって約束したんです。俺、高校時代はよく書いてたんですよ。それで、浩介も本をたくさん読むって言ってたので、その流れで書いてみないかって話になりまして。」

 嬉しそうに笑ってる、そうみられても仕方がないだろうな。

 実際、浩介が電話番号を書いてくれた事は嬉しかった、それに、一緒に共同作業をする、それも心が少し踊った。

 浩介が、ちゃんと前を向いて歩こうとしてる、それも嬉しかった。

 文通を一年続けた位で何を知ってるつもりなんだ、って言われたらそれまでなんだけど、浩介は辛い目に合った反動か、内向きになっちゃってて、多分本来は溌溂とした性格なんだろうな、っていう片鱗は見えてて、それが失われたのだとしたら、悲しかったから。

「小説って、坂入君小説書いてたのかい?」

「はい、素人ですけど、学生時代は文化祭に短編を出したりしてましたよ。」

「へー!凄いねぇ!坂入君って文系の才能はあると思ってたけど、間違いじゃなかったんだねぇ。」

「書けるってだけで、才能があるかはわからないですよ。」

 懐かしい、もう三年くらい前になるのか。

 虐められた反動で、思いっきり小説を書きなぐって、それを文化祭に出してみないかって、部長に言われて。

 出したら出したで、意外と好評だったらしい、っていうのは、後から聞いた。

 そう言えば、卒業以来あいつらとも連絡を取ってない、ラインを交換してたはずだけど、社会人になるにあたって消しちゃったから。

 今思えば、ビジネスライクな関係だったけど、残しておいても良かったのかもしれない、たまに連絡を取って、なんて事をする価値はあったのかもしれない。

 ただ、あの頃は結局、社会っていう新しい場所に行って、過去の関係を殆ど清算したかった、って言うのが本音だった、嫌な思い出を思い出さない事、その為に、その為だけに、あいつらの連絡先を消去したんだ。

「才能あると思うよ?坂入君の申し送り、何時も丁寧だし、わかりやすく書いてあるし、それでいて難しい言葉も使ってるからね。お客さんのご家族に対する感じとか、言葉遣いとか、そう言うのも丁寧だしね。才能、あるんじゃないかな?ただ、仕事が忙しくて出来てないだけ、だと思うよ?」

「そうですかね。」

「まあ、それは坂入君が決める事であって、俺達外野が何かやいのやいの言う事でもないか。そうだ、今週の金曜日から、新しい人入ってくるって話、聞いた?施設長、坂入君に任せる気満々だって言ってたけど。」

「お、意外と早かった。もうちょっと心の準備をしたかったんですけどね……。」

 先週その話をされたばっかりで、まだ先の話だと思ってたけど、思ったより早く人が見つかったみたいだ。

 俺が指導する、って言うのが想像出来ないって言うか、ちゃんと出来るかな、って不安だ。

「大丈夫だよ、坂入君ならちゃんと教えられるって。」

「だと良いんですけどね……。」

 ちゃんと指導出来るか、我流でやってる俺のやり方で教えられるか、なんて考えながら、そろそろ休憩時間が終わる。

「それじゃ、俺行きますね。」

「はい、行ってらっしゃい。」

 斎藤さんはまだ休憩時間だから、煙草に火を点けて一服してる。

 俺は、休憩を終えて、午後の勤務に入る為に、喫煙所を出た。


「悠介、電話したらダメかな……。」

「もう夜だし、大丈夫じゃない?ライン、してみたら?」

「なんていえば良いんだろう?悠治、こういう時ってどうやってお誘いするの?」

「うーん、今暇?電話しよー、でいいと思うけどなぁ。」

 夕食を食べ終わって、浩介は悠治に相談をしに来ていた。

 スマホを持つ前に虐めにあった浩介は、こういった友達がいない、誘い方を知らない、と言う訳だ。

 だから、悠治は友達が多いから、と相談しに来ていたのだ。

「えっと、今時間ある?って言えば良いんだよね?」

「うん、それで良いと思うよ。」

 それを聞くと、浩介は部屋に戻る。

 悠治は、その後ろ姿が少し嬉しそうで、少し不安げに見えた。


「あ、悠介……?」

「連絡ありがとうな、今丁度飯食い終わった所だったから、良かったよ。」

「迷惑、じゃなかった……?」

「迷惑なんかじゃないよ、嬉しい。」

 晩飯を食べ終わったタイミングで、浩介からラインが来て、電話を掛ける。

 まだ警戒されてるのか、すらすらと言葉は出てこないけど、でも構わない、それに時間がかかるのは百も承知だ。

「ちょっと水の音入るかもしれない、うるさかったらごめんな。」

「えっと……、洗い物……?」

「そうだよ。独り暮らしだからな、誰かがやってくれる、なんて事もないから。」

「そう、だよね……。」

 夕飯の洗い物をしながら、浩介が何か言いたそうな感じって言うか、躊躇ってるのがわかる。

 えっと、えっと、って言ってて、何かが言いたいんだろうな、とは察する事位は出来る。

「浩介、誰も急かさない、誰も浩介を傷つけようとしてない、だから大丈夫だ。思ったっ事、ゆっくりで良いから言ってごらん?」

「えっと……、その……、うん……。あのね……、あのね……。ありがとう、悠介……。僕と、お友達に、なってくれて……。」

「それはお互い様だろう?俺だって嬉しかった、浩介から手紙をもらった時、電話番号を教えてもらった時、こうして連絡をくれてる事、嬉しいよ。ありがとう、勇気を出してくれて。」

「えっと……、うん……。」

 お互い様、俺も、浩介と文通を始めた事で、前を向けたって言うか、希望が出来た。

 それは悲しいと言われるかもしれない、他者に依存する事は間違いかもしれない、でもそれでも良いと思えた、浩介が前を向いて歩ける様になる、その手伝いをする、それが今の希望だ。

 だから、浩介のペースで歩いて行こう、って思ったんだ、それは、浩介を支えるのと同時に、俺自身の心の支えにもなってる。

「そうだ、昨日の今日であれだけどさ、書きたい事、見つかったか?」

「えっとね……、うん……。」

「何が書きたい?」

「えっと……。男の人同士の、恋愛って、変かな……。」

 男の人同士の恋愛、つまりボーイズラブって事だ。

 俺だけがそう思ってた、じゃないのかな、なんて期待して、でもそうと決まった訳じゃないもんな、なんて思い返す。

「良いんじゃないか?ボーイズラブ、俺も書いてたし、アドバイスは出来ると思うよ。」

「そう、なの……?」

「あぁ。同性愛者だから、そう言う話の方が書きやすかったんだよ。知り合いに恋愛のアドバイス貰って、した事ないなりに書いて、って感じだったな。恋愛なんて縁がなかったし、これからどうなるかもわからないけど、けど、書くのは楽しかったな。」

「悠介も……、ゲイなの……?」

「も、って事は浩介もなのか?そうだよ、俺はゲイだよ。ゲイ友達に相談してて、それで話を聞いて、書いたんだよ。」

 もって事は、浩介もゲイなんだ。

 なんとなく違う気がしてたから、そうだったのは驚きだ、なら、踏み込んだ話も、そのうち出来る様になるかもしれない。

 そんな淡い期待を持ちながら、話を続ける。

「それで、浩介はボーイズラブでどんな話が書きたい?」

「えっとね、えっとね……。」

 一つ楽しみが増えた、と思いながら、浩介の言葉を待つ。

 浩介は、これを言ってしまって良いのだろうか、って躊躇ってるみたいだけど、俺は言えなかったとしても構わないし、言ってくれても構わない。

「えっとね……。僕達、の……。」

「俺達の?」

「う、うん……。僕達、の……、お話を、書きたいな、って……。」

「俺達の話か……。それは楽しそうだな、一年間の事を書くのか?」

「えっと……。そうなんだけど……、これから、の事も……。」

 これからの事、それは期待しても良いんだろうか。

 浩介も、この関係性を発展させる事を望んでる、そう言う言い方をしてる、それは鈍感でもわかる。

 ただ、浩介の心がそれを許容出来るのか、耐えられるのか、それが心配だ。

「えっと、ね……。僕……。悠介の、事が……。」

「……。それはきっと、俺もだ。俺は、顔も知らなかった、何も知らなかったはずの浩介に、恋をしてる。電話して、声を聞いて、それを確信したよ。恋だ愛だなんて、縁がないと思ってた、俺はそう言う事に疎いと思ってたから、びっくりした。でも、その気持ちは、この一年間で芽生えた、大事な感情だと思う。」

「悠介……、も……?」

「そうだな。なんて言えば良いんだろうな。浩介の事を守りたい、浩介の笑顔が見たい、顔を知らない相手に何を思ってるんだ、って思った事もある、顔も知らない相手の笑顔が見たいなんて、って言われた事もある。ただ、俺は浩介に笑顔でいてほしい、そう思ってるよ。」

「悠介……。」

 思い切って言葉で伝える、浩介は、また泣き出しちゃう。

「浩介?大丈夫か?」

「うん……、嬉し……、くて……。」

 それは良かった。

 きっと、俺達の想いは一緒なんだろう、お互い好き合ってて、お互い想いあってて。

 きっと、だから浩介は、そう言う話を書きたいと思ってくれたんだろう。


「……。なぁ浩介。」

「なあに……?」

「会わないか?会いたいって言ってくれてたし、俺も会いたい。今すぐにとか、すぐにって無茶を言うつもりはない、浩介のペースで構わない、でも、俺も会いたい。」

「えっと……、僕、も……。」

「会おうな、きっと。」

「うん……。」

 いつ会うか、と言う予定を立てたわけではない、いつ会うのか、と約束をしたわけでもない、ただ、浩介にとって、会おうと言いあった事、それは大きな進歩だった。

 悠介と同じ想いだった、想いあっていた、と言う事実、そして、会おうと言う約束。

 それらが、浩介にとって、嬉しさと言う涙を流させる。

 何時からだっただろうか、人と関わるのが怖くなって、コンビニでさえ挙動不審になり、学校では友達もおらず、独り孤独だった。

 それが、今はこうして、悠介と言う人がいてくれる、勿論悠治や母は一緒に居てくれたが、家族でもない、なんでもなかったはずの人が、こうして寄り添ってくれる、それが嬉しい、と浩介は泣く。

「あのね……、えっとね……。」

「落ち着いて、浩介。誰も急かしやしないから、ゆっくりで良いんだよ。」

「うん……。あのね……、会いたい、って言ったら、いつ会える……?」

「何時でも良いぞ?仕事が休みの日なら、一日空けられるし、そっちに遊びに行こうか?」

「えっと……。僕、悠介の、お家に、遊びに行きたいな……。」

「そうか。電車乗るのとか大丈夫か?怖くないか?」

 怖くない、と言えば嘘になるだろう、浩介は、普段から電車に乗ってこそいれど、怯えていた。

 ただ、そのままでいてはいけない、変わろうとしなければ、何も変えられない。

 それは、良く知っている、それを、実践しなければならないだろう、と考える。

「迷惑、じゃ、ない……?」

「ん?そんな事考えようとも思わないな。片付けだけして待ってるよ。」

「うん……。じゃあ、お休みの日、会いたい……。」

「オッケー。休みの日休みの日……。明後日と土曜日が休みだけど、どっちか来るか?」

「じゃあ……、明後日……。」

「わかった、電車の最寄駅は後で送るか。休みの日だから、何時頃でも良いけど、浩介は大学は講義ないのか?」

「えっと……、明後日は、朝だけ……。」

 明後日、木曜日は午後の講義がない、悠介と会うには丁度良いだろう。

 浩介は、勇気をふり絞って、ありったけの勇気を出して、悠介に会いに行くのだ。

 受け入れてくれている、支えてくれている、それはわかっている、ただ、それでも怖い事に変わりはない。

 だから、勇気が必要なのだ。

「じゃあ、俺明日仕事で早いから、今日はここまでだな。……。ありがとう、浩介。勇気を出して、会うって言ってくれて。嬉しかった、楽しみにしてるよ。」

「うん……、僕も、楽しみ……。」

「それじゃ、お休み。」

 電話が切れる。

 浩介は、これで良かったのか、本当に会えるのか、と期待と不安の中で、緊張していた。

 憧れの人、に会う楽しみ、恋をした人に会う緊張、そして、知らない人に会うという恐怖。

 それらが混ざり合って、浩介の中でぐるぐると回っている。

「……。」

 でも、嬉しい。

 浩介は、喜んでいた。

 こんな気持ちになったのは何時ぶりだろうか、わくわくしている自分がいて、それに驚いている。

 悠治に報告しよう、と部屋を出て、浩介は悠治の部屋のドアをノックする。

「はーい。」

「悠治、あのね、悠介と合うお約束したんだ。」「そうなの?良かったね!浩にぃ、会いたいって言ってたもんね。」

「ありがとう、悠治。僕、ちょっとずつ変われるかな。」

「きっと大丈夫だよ。浩にぃは素敵な人だから、きっと悠介さんも気に入ってくれるよ。手前味噌みたいな話になっちゃうかもしれないけど、僕のお兄ちゃんは素敵な人なんだから。」

 悠治は、驚くと同時に、嬉しそうに笑う。

 浩介が、やっと自分達以外に心を開ける相手を見つけられた、まだそれは恐怖心が残っているのかもしれないが、それでも心を開いて、会おうとしていると言う事が、嬉しいと。

「それでね、悠介のお家にお邪魔する事になったんだけど、こういう時って、何かお土産持って行った方が良いのかな……?」

「そうだね、初めて会うんだから、手土産はあった方が良いかもね。何が良いのかな……。ケーキとか良いんじゃない?」

「うん、分かった。ありがとう、悠治。」

「いえいえ、応援してるからね、浩にぃ。」

 浩介が出ていく、悠治はホッとした表情を見せて、悠介はどんな人なのか、と考える。

 性格的な面で言えば、浩介と相性は良いのだろう、でなければ、会おうという話にすらならなかっただろう。

 見た目的な部分、浩介は確か、悠介は太っているかぽっちゃりしているか、どちらかと言っていただろうか。

 ガタイの良い男性、浩介と同い年で、と想像してみるが、いまいち想像がつかない。

 浩介が恋をしている相手、顔も知らない、名前しか知らない、そんな相手に、悠治は想いを馳せる。

 きっと、優しい人なのだろう。

 きっと、浩介を守ろうとしてくれている人なのだろう。

 だから、大丈夫だ、と。

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