会ってみようか
「坂入君、なんだか上機嫌だね。何か良い事あったのかい?」
「そう見えます?」
「うん、いつもより仕事も張り切ってるし、眉間の皺が薄いしね。」
「あはは……。」
浩介と電話をした次の日、仕事の休憩で斎藤さんと一緒になって、一緒に煙草を吸いながら、話をしてる。
俺の表情が違う、って言うのは、多分浩介の事だろうな、とは思うんだけど、そんなに表情に出やすいタイプだったっけか、なんて考える。
「それで、何かあったのかい?」
「文通相手、浩介が、電話番号を手紙に書いてくれたんですよ。それで、電話して声を聞いて、一緒になってやろうって約束したんです。」
「ほうほう、それは良かったね、坂入君、ずっとそうしたがってたからね。それで、何を約束したんだい?」
「一緒に、小説を書こうって約束したんです。俺、高校時代はよく書いてたんですよ。それで、浩介も本をたくさん読むって言ってたので、その流れで書いてみないかって話になりまして。」
嬉しそうに笑ってる、そうみられても仕方がないだろうな。
実際、浩介が電話番号を書いてくれた事は嬉しかった、それに、一緒に共同作業をする、それも心が少し踊った。
浩介が、ちゃんと前を向いて歩こうとしてる、それも嬉しかった。
文通を一年続けた位で何を知ってるつもりなんだ、って言われたらそれまでなんだけど、浩介は辛い目に合った反動か、内向きになっちゃってて、多分本来は溌溂とした性格なんだろうな、っていう片鱗は見えてて、それが失われたのだとしたら、悲しかったから。
「小説って、坂入君小説書いてたのかい?」
「はい、素人ですけど、学生時代は文化祭に短編を出したりしてましたよ。」
「へー!凄いねぇ!坂入君って文系の才能はあると思ってたけど、間違いじゃなかったんだねぇ。」
「書けるってだけで、才能があるかはわからないですよ。」
懐かしい、もう三年くらい前になるのか。
虐められた反動で、思いっきり小説を書きなぐって、それを文化祭に出してみないかって、部長に言われて。
出したら出したで、意外と好評だったらしい、っていうのは、後から聞いた。
そう言えば、卒業以来あいつらとも連絡を取ってない、ラインを交換してたはずだけど、社会人になるにあたって消しちゃったから。
今思えば、ビジネスライクな関係だったけど、残しておいても良かったのかもしれない、たまに連絡を取って、なんて事をする価値はあったのかもしれない。
ただ、あの頃は結局、社会っていう新しい場所に行って、過去の関係を殆ど清算したかった、って言うのが本音だった、嫌な思い出を思い出さない事、その為に、その為だけに、あいつらの連絡先を消去したんだ。
「才能あると思うよ?坂入君の申し送り、何時も丁寧だし、わかりやすく書いてあるし、それでいて難しい言葉も使ってるからね。お客さんのご家族に対する感じとか、言葉遣いとか、そう言うのも丁寧だしね。才能、あるんじゃないかな?ただ、仕事が忙しくて出来てないだけ、だと思うよ?」
「そうですかね。」
「まあ、それは坂入君が決める事であって、俺達外野が何かやいのやいの言う事でもないか。そうだ、今週の金曜日から、新しい人入ってくるって話、聞いた?施設長、坂入君に任せる気満々だって言ってたけど。」
「お、意外と早かった。もうちょっと心の準備をしたかったんですけどね……。」
先週その話をされたばっかりで、まだ先の話だと思ってたけど、思ったより早く人が見つかったみたいだ。
俺が指導する、って言うのが想像出来ないって言うか、ちゃんと出来るかな、って不安だ。
「大丈夫だよ、坂入君ならちゃんと教えられるって。」
「だと良いんですけどね……。」
ちゃんと指導出来るか、我流でやってる俺のやり方で教えられるか、なんて考えながら、そろそろ休憩時間が終わる。
「それじゃ、俺行きますね。」
「はい、行ってらっしゃい。」
斎藤さんはまだ休憩時間だから、煙草に火を点けて一服してる。
俺は、休憩を終えて、午後の勤務に入る為に、喫煙所を出た。
「悠介、電話したらダメかな……。」
「もう夜だし、大丈夫じゃない?ライン、してみたら?」
「なんていえば良いんだろう?悠治、こういう時ってどうやってお誘いするの?」
「うーん、今暇?電話しよー、でいいと思うけどなぁ。」
夕食を食べ終わって、浩介は悠治に相談をしに来ていた。
スマホを持つ前に虐めにあった浩介は、こういった友達がいない、誘い方を知らない、と言う訳だ。
だから、悠治は友達が多いから、と相談しに来ていたのだ。
「えっと、今時間ある?って言えば良いんだよね?」
「うん、それで良いと思うよ。」
それを聞くと、浩介は部屋に戻る。
悠治は、その後ろ姿が少し嬉しそうで、少し不安げに見えた。
「あ、悠介……?」
「連絡ありがとうな、今丁度飯食い終わった所だったから、良かったよ。」
「迷惑、じゃなかった……?」
「迷惑なんかじゃないよ、嬉しい。」
晩飯を食べ終わったタイミングで、浩介からラインが来て、電話を掛ける。
まだ警戒されてるのか、すらすらと言葉は出てこないけど、でも構わない、それに時間がかかるのは百も承知だ。
「ちょっと水の音入るかもしれない、うるさかったらごめんな。」
「えっと……、洗い物……?」
「そうだよ。独り暮らしだからな、誰かがやってくれる、なんて事もないから。」
「そう、だよね……。」
夕飯の洗い物をしながら、浩介が何か言いたそうな感じって言うか、躊躇ってるのがわかる。
えっと、えっと、って言ってて、何かが言いたいんだろうな、とは察する事位は出来る。
「浩介、誰も急かさない、誰も浩介を傷つけようとしてない、だから大丈夫だ。思ったっ事、ゆっくりで良いから言ってごらん?」
「えっと……、その……、うん……。あのね……、あのね……。ありがとう、悠介……。僕と、お友達に、なってくれて……。」
「それはお互い様だろう?俺だって嬉しかった、浩介から手紙をもらった時、電話番号を教えてもらった時、こうして連絡をくれてる事、嬉しいよ。ありがとう、勇気を出してくれて。」
「えっと……、うん……。」
お互い様、俺も、浩介と文通を始めた事で、前を向けたって言うか、希望が出来た。
それは悲しいと言われるかもしれない、他者に依存する事は間違いかもしれない、でもそれでも良いと思えた、浩介が前を向いて歩ける様になる、その手伝いをする、それが今の希望だ。
だから、浩介のペースで歩いて行こう、って思ったんだ、それは、浩介を支えるのと同時に、俺自身の心の支えにもなってる。
「そうだ、昨日の今日であれだけどさ、書きたい事、見つかったか?」
「えっとね……、うん……。」
「何が書きたい?」
「えっと……。男の人同士の、恋愛って、変かな……。」
男の人同士の恋愛、つまりボーイズラブって事だ。
俺だけがそう思ってた、じゃないのかな、なんて期待して、でもそうと決まった訳じゃないもんな、なんて思い返す。
「良いんじゃないか?ボーイズラブ、俺も書いてたし、アドバイスは出来ると思うよ。」
「そう、なの……?」
「あぁ。同性愛者だから、そう言う話の方が書きやすかったんだよ。知り合いに恋愛のアドバイス貰って、した事ないなりに書いて、って感じだったな。恋愛なんて縁がなかったし、これからどうなるかもわからないけど、けど、書くのは楽しかったな。」
「悠介も……、ゲイなの……?」
「も、って事は浩介もなのか?そうだよ、俺はゲイだよ。ゲイ友達に相談してて、それで話を聞いて、書いたんだよ。」
もって事は、浩介もゲイなんだ。
なんとなく違う気がしてたから、そうだったのは驚きだ、なら、踏み込んだ話も、そのうち出来る様になるかもしれない。
そんな淡い期待を持ちながら、話を続ける。
「それで、浩介はボーイズラブでどんな話が書きたい?」
「えっとね、えっとね……。」
一つ楽しみが増えた、と思いながら、浩介の言葉を待つ。
浩介は、これを言ってしまって良いのだろうか、って躊躇ってるみたいだけど、俺は言えなかったとしても構わないし、言ってくれても構わない。
「えっとね……。僕達、の……。」
「俺達の?」
「う、うん……。僕達、の……、お話を、書きたいな、って……。」
「俺達の話か……。それは楽しそうだな、一年間の事を書くのか?」
「えっと……。そうなんだけど……、これから、の事も……。」
これからの事、それは期待しても良いんだろうか。
浩介も、この関係性を発展させる事を望んでる、そう言う言い方をしてる、それは鈍感でもわかる。
ただ、浩介の心がそれを許容出来るのか、耐えられるのか、それが心配だ。
「えっと、ね……。僕……。悠介の、事が……。」
「……。それはきっと、俺もだ。俺は、顔も知らなかった、何も知らなかったはずの浩介に、恋をしてる。電話して、声を聞いて、それを確信したよ。恋だ愛だなんて、縁がないと思ってた、俺はそう言う事に疎いと思ってたから、びっくりした。でも、その気持ちは、この一年間で芽生えた、大事な感情だと思う。」
「悠介……、も……?」
「そうだな。なんて言えば良いんだろうな。浩介の事を守りたい、浩介の笑顔が見たい、顔を知らない相手に何を思ってるんだ、って思った事もある、顔も知らない相手の笑顔が見たいなんて、って言われた事もある。ただ、俺は浩介に笑顔でいてほしい、そう思ってるよ。」
「悠介……。」
思い切って言葉で伝える、浩介は、また泣き出しちゃう。
「浩介?大丈夫か?」
「うん……、嬉し……、くて……。」
それは良かった。
きっと、俺達の想いは一緒なんだろう、お互い好き合ってて、お互い想いあってて。
きっと、だから浩介は、そう言う話を書きたいと思ってくれたんだろう。
「……。なぁ浩介。」
「なあに……?」
「会わないか?会いたいって言ってくれてたし、俺も会いたい。今すぐにとか、すぐにって無茶を言うつもりはない、浩介のペースで構わない、でも、俺も会いたい。」
「えっと……、僕、も……。」
「会おうな、きっと。」
「うん……。」
いつ会うか、と言う予定を立てたわけではない、いつ会うのか、と約束をしたわけでもない、ただ、浩介にとって、会おうと言いあった事、それは大きな進歩だった。
悠介と同じ想いだった、想いあっていた、と言う事実、そして、会おうと言う約束。
それらが、浩介にとって、嬉しさと言う涙を流させる。
何時からだっただろうか、人と関わるのが怖くなって、コンビニでさえ挙動不審になり、学校では友達もおらず、独り孤独だった。
それが、今はこうして、悠介と言う人がいてくれる、勿論悠治や母は一緒に居てくれたが、家族でもない、なんでもなかったはずの人が、こうして寄り添ってくれる、それが嬉しい、と浩介は泣く。
「あのね……、えっとね……。」
「落ち着いて、浩介。誰も急かしやしないから、ゆっくりで良いんだよ。」
「うん……。あのね……、会いたい、って言ったら、いつ会える……?」
「何時でも良いぞ?仕事が休みの日なら、一日空けられるし、そっちに遊びに行こうか?」
「えっと……。僕、悠介の、お家に、遊びに行きたいな……。」
「そうか。電車乗るのとか大丈夫か?怖くないか?」
怖くない、と言えば嘘になるだろう、浩介は、普段から電車に乗ってこそいれど、怯えていた。
ただ、そのままでいてはいけない、変わろうとしなければ、何も変えられない。
それは、良く知っている、それを、実践しなければならないだろう、と考える。
「迷惑、じゃ、ない……?」
「ん?そんな事考えようとも思わないな。片付けだけして待ってるよ。」
「うん……。じゃあ、お休みの日、会いたい……。」
「オッケー。休みの日休みの日……。明後日と土曜日が休みだけど、どっちか来るか?」
「じゃあ……、明後日……。」
「わかった、電車の最寄駅は後で送るか。休みの日だから、何時頃でも良いけど、浩介は大学は講義ないのか?」
「えっと……、明後日は、朝だけ……。」
明後日、木曜日は午後の講義がない、悠介と会うには丁度良いだろう。
浩介は、勇気をふり絞って、ありったけの勇気を出して、悠介に会いに行くのだ。
受け入れてくれている、支えてくれている、それはわかっている、ただ、それでも怖い事に変わりはない。
だから、勇気が必要なのだ。
「じゃあ、俺明日仕事で早いから、今日はここまでだな。……。ありがとう、浩介。勇気を出して、会うって言ってくれて。嬉しかった、楽しみにしてるよ。」
「うん……、僕も、楽しみ……。」
「それじゃ、お休み。」
電話が切れる。
浩介は、これで良かったのか、本当に会えるのか、と期待と不安の中で、緊張していた。
憧れの人、に会う楽しみ、恋をした人に会う緊張、そして、知らない人に会うという恐怖。
それらが混ざり合って、浩介の中でぐるぐると回っている。
「……。」
でも、嬉しい。
浩介は、喜んでいた。
こんな気持ちになったのは何時ぶりだろうか、わくわくしている自分がいて、それに驚いている。
悠治に報告しよう、と部屋を出て、浩介は悠治の部屋のドアをノックする。
「はーい。」
「悠治、あのね、悠介と合うお約束したんだ。」「そうなの?良かったね!浩にぃ、会いたいって言ってたもんね。」
「ありがとう、悠治。僕、ちょっとずつ変われるかな。」
「きっと大丈夫だよ。浩にぃは素敵な人だから、きっと悠介さんも気に入ってくれるよ。手前味噌みたいな話になっちゃうかもしれないけど、僕のお兄ちゃんは素敵な人なんだから。」
悠治は、驚くと同時に、嬉しそうに笑う。
浩介が、やっと自分達以外に心を開ける相手を見つけられた、まだそれは恐怖心が残っているのかもしれないが、それでも心を開いて、会おうとしていると言う事が、嬉しいと。
「それでね、悠介のお家にお邪魔する事になったんだけど、こういう時って、何かお土産持って行った方が良いのかな……?」
「そうだね、初めて会うんだから、手土産はあった方が良いかもね。何が良いのかな……。ケーキとか良いんじゃない?」
「うん、分かった。ありがとう、悠治。」
「いえいえ、応援してるからね、浩にぃ。」
浩介が出ていく、悠治はホッとした表情を見せて、悠介はどんな人なのか、と考える。
性格的な面で言えば、浩介と相性は良いのだろう、でなければ、会おうという話にすらならなかっただろう。
見た目的な部分、浩介は確か、悠介は太っているかぽっちゃりしているか、どちらかと言っていただろうか。
ガタイの良い男性、浩介と同い年で、と想像してみるが、いまいち想像がつかない。
浩介が恋をしている相手、顔も知らない、名前しか知らない、そんな相手に、悠治は想いを馳せる。
きっと、優しい人なのだろう。
きっと、浩介を守ろうとしてくれている人なのだろう。
だから、大丈夫だ、と。




