会えるのなら
「坂入君、これどうぞ。」
「わぁ、ありがとう。いただきます。」
浩介からの手紙の返事を待ちながら、今日も仕事だ。
昨日はちょっと考え事をしてて寝付けなかった、ちょっと寝不足だけど、エナジードリンクも飲んだし、目は覚めてる。
今は、入浴介助を終えて、まだボケてない松本さんの部屋に呼ばれたから来てて、風呂の介助のお礼にって、和菓子を貰ってる。
「これあそこの?」
「そうよぉ?まだ私は足腰も大丈夫だからね、行ける内は行っておこうと思ってるの。坂入さんにはいつもお世話になってるから、お礼に、ね?」
「甘いのは好きだからね、助かるよー。ただ、上に言われちゃったら困るから、それは内緒でね。」
「わかってるわよぉ!坂入さんだけなのよ?」
練り切りを頂いて、久々に食べる和菓子の味を堪能したいところだけど、次のお客さんの入浴介助があるから、急いで食べる。
「美味しかった、ごちそうさまでした、松本さん。」
「いえいえ、こちらこそ、よ!さ、行ってらっしゃい!」
「はーい!」
元気をもらって、次の仕事に向かう。
その前に一服と思ったけど、まだ休憩時間じゃないから我慢だ。
「ふぅ。」
「お、坂入君休憩?」
「あ、施設長。そうですよ。」
「お疲れ様だねぇ。人手がいないからって、無理してないかい?」
「そう言うんなら人手を増やしてほしいですよ?」
休憩時間、煙草を吸ってると、施設長が入ってくる。
施設長も煙草を吸う、管理職は現場と違った悩みがあるんだよ、って言ってたっけか、そう言えば、佐々木さんがやめた穴を埋めなきゃなってぼやいてたっけ。
この人、まだ三十位なんだけど、大学卒業以来ずっとここの系列で働いてたらしくて、若くして施設長に選ばれた、って言う話だ。
ただ、年上で施設にいた時間が長かった佐々木さんが目の上のたん瘤って言うか、やりづらそうだなーとは思ってた。
「そうだ、新しい人が求人来てるんだけど、坂入君教育係やってみる?」
「俺がですか?俺、素行不良の類ですよ?」
「まあまあ、それも上に上がる為の一歩だと思ってさ。坂入君はお客さん達と仲が良いし、良い見本になると思うんだ。勿論、基本的に敬語を使いなさい、は変わらないけどね。」
「あ、ばれてました?」
お客さん相手には基本敬語で、って言われてるけど、俺は殆どためぐちって言うか、基本的にフランクな人でいたいから、って思って、敬語を使ってない。
それは上からも注意されてる、でも、それでこそだって言ってくれる人がいたり、お客さん達からも孫と会ってるみたいだ、って好評で、中々止められずにいた。
施設長もそれだからって言って黙認してくれてる、勿論、お客さんのご家族相手には敬語を使うし、わきまえてはいるつもりだ。
「そうだ、例の文通相手はどうなんだい?手紙、続いてるんだろう?」
「はい。一昨日だったか三日前だったかに送って、今返事待ちです。会いたいって言ってくれてはいるんですけどね、向こうが中々勇気が出ないみたいで。」
「東京の郊外に住んでるって言ってたっけ。……、会おうと思えば会えない距離じゃないだろうに、虐めって言うのは、惨酷だね。」
「そうですね。俺も虐められてた経験がありますけど、結構来るって言うか、人間不信になってもおかしくはないと思います。実際、俺高校の時の連中と連絡先すら交換してませんから。」
実の所、って言う程勿体ぶる事でもないんだけど、俺も学校では虐められてた。
ただ、デブで汗臭いから、って言う理由で、ヤンキー達に目を付けられて、ただ、俺はやられてもただじゃ起きないタイプって言うか、気が強かったからまだ何とかなったし、最終的に退学に追い込んで終わったんだけど、それでも人間不信にはなったし、高校の友達なんていう存在もいない。
むしろ、高校の頃からSNSで知り合った人達と会ってる方が気楽、基本向こうの方が年上だったから、そっちのが楽だった。
浩介は、きっと優しすぎたんだろう。
文面でわかる優しさ、それは気の弱さと言い換えても良いかもしれない、優しすぎる位に優しいから、やり返せなかったんだろう。
「複雑な関係なんだね。坂入君、まるで恋人の事話すみたいに話すからさ、とっくのとうに会ってるもんだと思ってたよ、最初。文通相手だ、って聞いて驚いたんだから。」
「あはは……。でも、多分恋してますよ、俺。顔も知らない、会った事もない相手ですけど、でも、好きだと思います。守りたいって言うか、なんていうか。」
「まるで昭和の人みたいだね。俺がぎりぎり平成生まれだから、ドラマでしか見た事ないけど、そう言うのは素敵だと思うよ。ただ、時間は有限なんだ、会いたいと思ううちに会っておかないと、そのうち気持ちが冷めちゃうかもしれないね。」
「そんなもんだったら、そこまでって事ですよ、きっと。」
ドライだな、とは思う。
ただ、冷めてしまう位だったら、それまでの関係だったんだな、で済むし、それで冷めなかったら、会える時に会えばいい。
結局、どっちを取ったとしても構わない、浩介次第な所があるから、俺がどうこうするって事もない。
「なんだか、達観してるんだね、坂入君は。知ってたつもりだったけど、びっくりだよ。」
「そうですかね?」
「うん、そうだね。達観してるって言うか、諦めてるって言うか、何だろう、人間に期待してないって感じがするかな。でも、それでも好きだって思える位なら、それは素敵な事だよ。その気持ちが無くなっちゃう前に、会えると良いね。」
お節介、とも思える言葉だけど、施設長は、俺が高卒で入った頃からずっと、心配してくれてた。
浮世離れした性格の事も指導してくれたし、独り暮らしを始めた頃は良く外食に連れて行ってくれたり、何かと必要だろうって言って、ちょっとお金を包んでくれたり。
気に入られてる、って感覚はあんまり無いけど、好いてくれてるんだろうな、とは思う。
「じゃ、俺は次の仕事があるから。」
「はい、頑張ってください。」
「ありがとね。」
施設長は、煙草の火を消すと、喫煙所から出ていく。
俺はもう一服してから休憩室でだらだらしよう、と思って、煙草を取り出してもう一服する。
「ふー……。」
いつか、この気持ちが冷めてしまったら。
それは悲しいと思う、でも、それも仕方ないのかとも思う。
人間の心っていうのは移ろうもので、それを必死になって止めようとした所で、止められる訳じゃない。
だから、熱してる内に会っておきたい、そうは思った。
「ん、手紙だ。」
アパートに帰ってきて、郵便受けを見ると、浩介から手紙が来てた。
これが一番の楽しみ、と思いながら、部屋に入って、封を開ける。
「……。」
浩介も、会いたいと思ってくれてるんだ。
でも、やっぱりまだ怖いんだろうな、でもそれは仕方がない、浩介が悪いわけじゃないんだ。
さて、返事を書かないと。
ー浩介へ
会いたい、でも、無理はしないでくれよ。浩介が人の事を怖いと思う気持ちはよくわかる、俺も虐められてた事があるから、その気持ちは痛いほどわかる。だから、無理をしちゃ駄目だ。気長に待ってるよ、浩介が本当に会いたいって言ってくれるの。それまでは、今のままでいい、この形が、俺達にとって正しい形なんだろうさ。だから、無理はしちゃ駄目だぞ。
悠介ー
返事を書いて、もう夜になってるけど、切手はコンビニに買いに行けばいい、と思って家を出る。
ついでに夕飯も買っちゃおう、なんて思って、コンビニに立ち寄る。
「ふーむ……。」
唐揚げ弁当も良いけど、あれは弁当屋さんの唐揚げ弁当の方が美味しいし、ちょっと葉野菜もとらなきゃな、って思って、サラダを眺める。
マカロニサラダ、ベーコンが入ってて美味しいし、これにしよう。
後は……。
筋子とわかめまぜとツナマヨのおにぎりを選んで、飲み物はコーラで良いか。
「お願いしまーす。あ、これとチキン一つお願いします。」
「かしこまりましたー。袋はご利用ですか?」
「はい、お願いします。」
レジに行って、切手も買って、夕飯も買って、切手を封筒につけて、近くの郵便受けに突っ込んで、家に戻る。
「さむ……。」
四月だって言うのに、まだ冷え込んでるって言うか、夜になると寒い、まだまだパーカーを脱げない。
十五度位はいってるはずなんだけど、まだ冬の名残って言うか、風が冷たい。
暖房を入れる程ではないけど、まだ寒いって言うのは、冬の名残があるみたいで、俺は好きだ。
「んま。」
チキンをおかずに、おにぎりを食べる。
仕事終わりにこういうジャンクな食べ物を食べるのは好きだけど、毎日やってたら食費が高くなるし、たまにしかできない贅沢、ってやつだ。
外食も良いんだけど、こういうのが落ち着くって言うか、外食するにはちょっと行かないと何も店がないし、そう言えば近くにでかいモールが出来たのが最近だったか。
ショッピングモールのフードコート、って言うのも良いかもしれない、ただ、それは休みの日にしよう。
飯を食べ終わって、ごみを片付けて、今日はもうやる事がない。
寝るには早い、ちょっと散歩でも行こうかな。
「ふー……。」
悠介に返事を出して、今は悠介からの返事を待っている浩介は、どういう反応をされるかを気にしていた。
毎回の事なのだが、浩介は自分が書いた手紙に対する反応を気にしている、悠介がどう思って、何を返してくるのか、いつもドキドキしている。
最初は単に緊張していて、文通などをした事が無かったから、だったのだが、今では少し意味合いが違う、心拍の乱れ、それは悠介がどう思っているか、だろう。
それは同時に、悠介をどう思っているか、何を感じているか、でもあると言えるだろう。
浩介は、悠介に恋をしている、淡い恋心を抱いている、しかし、それを許容するだけの心の余裕が無い。
自分が抱いて良い感情なのか、そして抱いてしまって良い感情なのか、抱いたとして叶う感情なのか、何時まで持っている感情なのか、それすらわからない。
普通の人間であれば、恋心があれば大抵の事は許容出来る、と言うのがありそうなものだが、浩介にとって、些細な綻びが、辛い未来へと変わってしまう様な気がしていて、浩介はそれを恐れていた。
「あの……、肉まん、一つ……。」
「はい、肉まん一つですね。」
今はコンビニに来ている、コンビニの店員と言う、人畜無害な対象にさえ、浩介は怯えている。
声は小さくなり、心拍は乱れ、逃げ去りたくなってしまう。
慣れていかなければ、自分は社会でやっていけないだろう、それはわかっていた、ただ、それが出来ないでいた。
「お待たせしました。」
「あ、ありがとう、ございます……。」
小さい声でお礼を言い、その場を立ち去る浩介。
昔は溌溂としていたはずなのに、虐めに合って以降、こうなってしまった。
人と関わるのが怖い、人と話すのが怖い、家族以外の人間と関わる事を、拒絶してしまっている。
そんな中で、悠介とだけは手紙のやり取りをしている、それは浩介の中では、奇跡に近い感情だった。
始まりはラジオのネーム、悠介がラジオに投稿した、過去の虐めに関して、と言う話からだった、それから、浩介も虐めを受けていたと言う話を投稿して、ラジオパーソナリティが、良かったら連絡先か手紙のやり取りでも、とラジオの中で話し、そこからやり取りが始まった。
虐めを受けていたのは自分だけじゃなかった、そして、それに立ち向かった、正面から虐めっ子とやり合ったと言う経験を持つ悠介、その悠介に憧れた、と言うのが、浩介の感情の始まりだった。
その憧れから、自分が変わるきっかけを貰えるんじゃないか、と浩介は考え、パーソナリティの言葉に乗って文通を始めた。
悠介に詳しい話はまだ聞いていない、突っ込んだ話は会った後に、と思っていた浩介だったが、徐々に悠介の言葉に惹かれて、今では淡い恋心を持っている、と言うのが現在だ。
「美味しい。」
歩きながら、少し肌寒い夜を歩く。
肉まんは暖かくて、冷えた体を温めてくれる、少しだけ、気持ちが落ち着く。
会えるのなら会いたい、悠介がどう返事を書いてくるか、そしてどう思っているのか、それはわからないが、出来る事なら会ってみたい。
浩介はそう考えながら、家に帰った。




