文通相手
「浩にぃ、お手紙届いてたよー。いつもの人?」
「うん、そうみたい。」
「なんて書いてあるの?」
「うーん、秘密。」
東京の郊外に住んでいる坂崎浩介、彼は、
今年で二十歳になる大学生だ。
弟の悠治は今年で十八歳、高校三年生で、受験を控えた春、と言う事で少し根を詰めて勉強をしていた。
そんな悠治の勉強を見る傍ら、浩介は手紙を受け取って、それを嬉しそうに読んでいた。
ー拝啓、浩介。
手紙のやり取りを始めて、そろそろ一年くらいかな,こっちは仕事がちょっとずつ落ち着いてきたって言うか、お局さんが退職して、待遇も良くなってきたよ。浩介はどう過ごしてる?弟君はそろそろ大学受験だろう?勉強、頑張る様に言ってくれ、応援してるよ。
悠介よりー
手紙の中身はシンプルで、坂入悠介と言う同い年の青年とのやり取りをしていた。
悠介は高校卒業後、介護の仕事に就いた、と言っていた、それを知ったのは半年前、文通を始めてから半年経った頃だ。
ー拝啓、悠介。
僕は元気だよ、悠治も大学に行こうって頑張ってる、悠介の方は仕事を頑張ってるんだよね、凄いと思うよ。僕はまだ、何の仕事をしたいかもわからない、迷ってばっかりだから。一度、悠介の話を聞いてみたいな、きっと、為になると思う。えっとね、悠介。僕、大学を卒業したらどうしようか、って考えた時に、真っ先に思いついたのが、悠介に会う事なんだ。この一年、ずっと励ましてくれてた悠介に会って、一回でいいから会ってお礼がしたいなって。まだ勇気が出ないけど、でも、きっと悠介は素敵な人だと思うから、いつか会いたいな。
浩介ー
返事を書いて、封筒を用意する。
スマホが普及している時代、こんな文通をする事に大した意義はない、ただ単に、文通から始まった関係だから、それを続けていると言うだけで。
ただ、浩介は何処かで怯えていた、もしも、悠介が怖い人だったらどうしよう、そんな事はないのだろうけれど、と。
どうしても一歩が踏み出せない、電話番号やラインのIDでも書いて送れば良いものを、そうせずにいた。
「浩にぃ、返事書くの早いね。」
「もう一年位続けてるからね、だいぶ悩まなくなったと思うよ。」
「でも、会わないの?だって、家そんなに遠くないんでしょ?」
「うーん……。何だろう、会うのがちょっと怖いんだ。どんな人か、文章では素敵な人だなってわかるんだけど……、実際会ってみたらどう変わるか、わからないから。」
浩介は、中学時代にいじめを受けていた、それ以来、他人と関わる事に関しては慎重、と言うより、臆病になっていた。
文通を始めたきっかけ、それはラジオ番組での交換会の様な催しでのスタートだったのだが、大学に入っても人間不信が治らなかった浩介に、悠治が文通でもしてみたらどうか、と勧めたのがきっかけだった。
結果として、悠介と言う話相手、文通相手と一年間やり取りをしている、会いたいと願う気持ちがやっと湧いてきたが、しかし、過去が枷になって会えない、と言うのが現在だ。
手紙のやり取りをしている限りでは良い人だが、その良い人が出会ったら豹変するかもしれない、と思うと、会おうにも会えないのだ。
「お手紙出してくるね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
浩介は、封筒に封をすると、切手を買いにコンビニに行く。
道中、悠介はどんな人なんだろうか、会って怖い人じゃなかったら良いな、と思いながら、コンビニへ歩いていく。
「ふー……。」
「坂入君、休憩入っちゃってー!」
「はーい。」
春の初め、桜が咲いてる中、俺は仕事の真っ最中だ。
介護の仕事を高校卒業してから始めて二年、あっという間に過ぎたって言うか、もう成人なんだって思うと、高校時代が懐かしく感じる、様な気もする。
「お、坂入君お疲れー。」
「斎藤さん、お疲れ様です。」
喫煙室に行って、煙草を一吸いして呼吸を置く。
先客は先輩の斎藤さん、俺より二年早くここに勤め始めて、今では中堅の管理職として動いてる人だ。
「佐々木さんがやめてから、少し楽になった?」
「そうですね……。あの人、何がしたいのかわからない人でしたから。場をひっかきまわすのが好きだったのか、それともただ単に自分勝手だったのか、それは今になっちゃわかんないですけどね。」
浩介に手紙で書いた、お局って言う存在だった佐々木さんが、結局横領でクビになって、それから一週間位経ったけど、なんだか職場の空気が変わったって言うか、やりやすくなったな、とは感じてた。
お客さんもスタッフものびのびとやってる、忙しい事に変わりはないんだけど、それでもあの人がいるのといないのとでは、違ってくる。
認知症、って一言に言っても、いろんなタイプの人がいる、勿論、物忘れがまだ激しくなくて、覚えてる人だっている。
その人達も、佐々木さんがいなくなって喜んでる、それは良かったのかどうか、って感じだ。
「そうだ、坂入君、例の文通の子とは続いてるのかい?」
「そうですね、昨日返事を書いたので、また何日かしたら、向こうから返事が返ってくるんじゃないですかね?」
「そう言うの、俺達の時代でもなかったなぁ。ほら、携帯電話があったからさ、もう殆どメールだよ。坂入君の世代だと、スマホが当たり前だろ?窮屈だったりしない?」
「そうですね……。ものを書くって言うのは嫌いじゃないですし、向こうがそれが良いって言ってくれてるので、そうしたいなって。」
文通相手、浩介って言うんだけど、浩介は同い年で、大学生をしてる子だ。
なんでも、中学の頃に先輩と同級生に虐められてたらしくて、それ以来人間不信で、って話は聞いてた。
だから、じゃないけど、軽く文通から始まった関係、って言うのもあって、今でも文通を続けてる。
いつか会えたらな、とは思ってるけど、それは今じゃない、とも思う、浩介が心を開いてくれないと、会おうにも会えないと思う。
「坂入君、まるで恋してるみたいだよ?なんていうか、雰囲気が。」
「そうですかね?うーん……、そうだな……。もしかしたら、してるのかもしれませんね。手紙でしか通じてない、一年ちょっとの付き合いですけど、優しい子だって言うのはよくわかるので。守りたいって言うか、なんていうか。」
「坂入君らしいね。介護の仕事を始めた理由も、おばあさまを守りたかったから、って言ってたもんね。坂入さんがここに入居してて、それでここに面接に来たんだって。坂入さん、喜んでたねぇ。孫にちょいちょい会えるって言うのは、認知症になったとしても嬉しかったんだと思うよ?」
「って言っても、殆ど覚えて無かったと思いますけどね。息子と間違われてたり、時々孫として認識してくれたり、そんな感じでしたから。」
ばあちゃん、九十で亡くなったばあちゃんは、去年までここの施設に入居してて、俺が就職した頃にはだいぶボケてきてて、親父と間違われる事がよくあった。
似てる親子、って話で終わりなんだろうけど、ばあちゃんが施設に入ってから、碌に顔も出さなかった親父の代わりになってた、って言うのは、ちょっと切ない。
結局、ばあちゃんは最期まで俺を俺だと認識出来なかった、最期の三か月は認知症が進行しちゃって、もう誰が誰かもわかってなかったから。
ただ、俺はそれでも良かった、世話になった人だったから、最期を看取りたい、って思ってここに就職したんだし、それは本望だった。
ちょっとだけ切なかったけど、それでも、見送れた事は嬉しいと思ってた。
「さて、俺はそろそろ休憩上がるから。坂入君、煙草の吸いすぎは喉痛めるからね?」
「わかってますよ、斎藤さん。」
そう言って、斎藤さんは休憩室を出ていく。
残った俺は、浩介からどんな返事が返って来るか、なんて考えながら、煙草に火を点ける。
煙草、じいちゃんが吸ってて、それに憧れて、高校卒業位から吸い始めて、もう二年位になるか。
最初は職場で吸うのは怒られてた、未成年なんだから当たり前だけど、そう言う事をしっかりと叱ってくれる上司がいてくれて良かった。
俺自身実感してるけど、世間知らずって言うか、常識知らずって言うか、そう言う部分があると思ってるから、世間と浮いてる、って言う自覚もある。
俺の通ってた高校が、所謂バカ高で、不良なんかが平然と煙草吸って停学にー、なんて話が良く上がってて、それが当たり前だと思ってたから、未成年喫煙が怒られる事だとも思ってなかった。
高校を出てすぐに独り暮らしを始めた、って言うのもあるかな、そう言う事を叱ってくれる人が周りにあんまりいなかったから、浮世離れしてるとはよく言われる。
母ちゃんとは連絡を取ってる、妹とも連絡は取ってるけど、親父は結局妹が在学中に離婚して、それ以来連絡すら取ってない。
「ふー……。」
そんな背景はあるんだけど、とにかく俺は世間知らずで、お坊ちゃまではないんだけど、って感じで、浩介と手紙のやり取りをしてる中で、色々と世間知らずな所があるんだな、って自覚したって言うか、それと職場で注意されて、やっと認識したって感じだ。
離婚ってなって、あーやっぱりな、って感じだった覚えがある、親父が不倫しての離婚だったんだけど、あの人ならやりかねないなーって言う感想しか思い浮かばなかった、仕事に逃げて家庭をおざなりにしてた人だったし。
「……。」
もう少し休憩して、また午後も仕事だ。
昼食介助は終わった、俺は昼飯を抜くタイプだから、飯は食べない。
の割に太ってるって言うのは、多分食べ方の問題なんだろうけど、昼飯をそもそも食べない生活が長かったから、なんてことはない。
腹が減ったら水を飲む、それで良いと思ってるから。
「ただいまー。」
誰もいない1Kの部屋、帰ってきて電気を点ける。
独り暮らしには丁度良い、今日は春先だけど冷えるから、鍋にしようと思って、食材を買い込んできた。
普段なら冷凍庫にストックしてる肉でってなるんだけど、今日はちょっと気分が違った、白菜は高かったけど、まあいいか。
仕事着を洗濯機に放り込んで、洗濯を回して、回してる内に一服して、それで調理開始だ。
トントントン、なんて小気味のいい音をならしながら、食材を切って、鍋に放り込んでいく。
今日の具材は白菜、人参、椎茸、豆腐、豚肉に、あっさりした昆布だしのスープだ。
コトコトと煮込みながら、そう言えば浩介はそろそろ手紙を受け取った頃だろうか、なんて思い出す。
恋愛、なんてした事が無いから、感覚がわからないんだけど、もしかしたら俺は、浩介に恋をしているのかもしれない。
手紙での文通しかした事はない、顔も知らない相手なのに、変な話だ。
俺は所謂ゲイって言う類の人種で、SNSでもそう言うアカウントを持ってるし、それなりに色んな人と交流を持ったり、友達がいたりするけど、恋をした事はなかった。
恋愛は億劫って言うか、めんどくさいって言うイメージしかなかった、高校では、不良連中が惚れた腫れたで悶着があって、みたいな噂をよく聞いてて、それもあいまって恋愛をする気になれなくて。
「ふー……。」
そんな俺が、恋をした気がする、それは変な感覚って言うか、ドキドキはしないんだけど、何だろう、守りたいって言うか、そんな感じだ。
守りたいのが恋愛なのか?って聞かれると、俺は本当に恋愛に縁がなかったから、わからない。
でも、なんとなくそんな気がする、俺は、顔も知らない文通相手に、恋をしてる。
SNSでも話をしてて、皆不思議がってる、基本的に人間って言うのは、見た目から好きになっていくもんだ、それに、ゲイっていうのは、それが顕著だって言う話もされた。
だから、俺みたいにそう言う相手に恋をする、って言うのは、異常だとも。
でも、なんでかそれを許容するだけの心持ちがある、って言うか、それを許容しても良い位、好きなんだなって言うのはわかる。
東京の郊外に住んでるって言う話だし、俺は千葉の松戸に住んでるから、近いっちゃ近い、会おうと思えば会えなくはない。
ただ、浩介の事情も知ってる、虐めにあってから、人間不信になっちゃって、って言う話も聞いた、だから、無理して会おうとは思わない。
ただ、いつか会えたらな、って思ってる。
「そろそろ良い感じか。」
鍋が煮えてきた、そろそろ良い感じだ。
ちょっと部屋があったかくなってきた、さ、食べちゃおう。
「ごちそうさまでした。」
「浩ちゃん、まだお友達と連絡は取っているの?」
「うん、手紙だけど、やり取りしてるよ。会いたいと思ってる、けど……。」
「わかってるわ、貴方の心が怯えているのよね。」
浩介は、夕食を終えて皿と茶碗を片づけていた、そこに母美智子が声をかけてくる。
浩介と悠介の事は知っている、浩介が、友達が出来たと嬉しそうに報告していたのを覚えている、ただ、浩介の心がまだそれを許さない事、怯えている事も知っていた。
だから、無理に会えとは言わなかった、ただ、会わずにいるのは悲しい、とも思っていた。
「母ちゃん、浩にぃも会いたがってるんだよ。きっと、悠介さんって人に会いたがってる。ただ、まだ辛いんだと思うよ。」
「そうね。悠ちゃんは浩ちゃんの事をよくわかっているものね。……。会えるのなら会いたい、それが叶うと良いのだけれど……。」
「そうだね。悠介さんも良い人みたいだし、浩にぃの心の傷が癒えてくれれば良いんだけどね……。」
食事をまだ食べていた悠治と、母美智子は、ため息をつく。
母子家庭になってから暫く、浩介の面倒をきちんと見れていないと言う感覚の美智子と、浩介の心を良く知っている悠治は、互いに浩介の事を心配している事を知っていて、それは浩介には言っていなかった。
心配しているよ、とは言っていたが、しかし、二人が悩んでいる、と浩介が捉えてしまう可能性もある、そうなってしまうのは、本心ではないと。
「うーん……。」
大学の講義の復習をしながら、浩介は悩んでいた。
悩みの種は手紙の事、悠介に送った手紙の内容だ。
会いたいと思ってる、それは本心だ。
ただ、怖いというのも事実だ。
虐めを受けて、人が怖くなってしまった浩介は、高校と大学でも浮いていて、友達がいなかった。
だからこそ、一年間も手紙のやり取りを続けている悠介を友達だと思っているのだが、向こうが本心ではどう思っているのかがわからない以上、下手に会いにはいけない、と思っていた。
人間の汚れた部分、汚い部分をまざまざと見せつけられてきた浩介は、人と関わる事に消極的、怯えている。
それは自分でもわかっている、それを何とかしないと社会人としてやっていけない事もわかっている、ただ、今はまだ、それが出来ない。
「うーん……。」
一人悩む、会っていいのか、それとも会わない方が良いのか。
自分が恋心に似た感情を持っているのはわかっている、手紙でしかやり取りをした事はなかったが、悠介はとても優しく、浩介に寄り添ってくれている。
そんな悠介に恋をしている、ただ、怯えてもいる。
そんな二律背反の中で、浩介は悩んでいた。




