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第7話:And you will live in terror. The hereafter.

主題歌:ビヨンド サウンドトラック

https://youtu.be/VAK9xGyfej8

探究者エラーラ・ヴェリタスは、今、冷たいパイプ椅子に座らされ、無機質な取調室の空気を吸い込んでいた。

彼女が『エラーラ探偵事務所』と称する雑居ビルの一室は、数時間前、警察によって踏み込まれたのだ。

罪状は、『公衆の面前における、許可なき魔術行使』……ではなく、『イケメンムーブの不適切な使用、及びそれに伴うフツメンムーブ誘発によるサメ召喚容疑』であった。


(魔術を使えば、こんな拘束具や鉄格子は紙同然だが…)


エラーラは、カチリと鳴る手錠の感触を確かめる。


(だが、この『社会』が、私という『異物』にどう反応し、どう処理しようとするのか。実に興味深いじゃないか)


彼女は、自ら捕まることを選択した。


「名前は、エラーラ・ヴェリタス……?職業は『探偵』…で、いいんだな?」


目の前の、くたびれたスーツを着た刑事が、調書を読み上げる。


「フム。認識に相違ないね」


「あんた、あの路地裏で何をした? サメを召喚した挙句、妙な手品で消し去ったそうじゃないか。あれはB級か? いや、系統が違いすぎる…」


刑事たちは、エラーラを『未知のイケメンムーブの使い手』と勘違いしているようだった。


「手品?……私の行使した力は、君たちの理解の範疇にはないよ。」


「ふざけるな! お前のような得体の知れないムーブ使いが、秩序を乱すんだ!」


問答は繰り返された。だが、エラーラの探究心は、別の場所に向いていた。

エラーラは、目の前の刑事に問いかけた。


「一つ聞きたいのだがね、刑事くん。君たちは、あの『サメ』という存在を減らしたいんだろう?」


「…当然だ。あれは市民の安全を脅かす害獣だ」


刑事は、不機嫌そうに答える。

だが、刑事は調書から目を離さず、独り言のようにつぶやいた。


「……まあ、本当はサメよりも、減らしたいのは、悪い…人間の方だがな」


エラーラの分析と思考が、その一言で一点に収束する。


(減らしたいのは、人間?)


エラーラが、その仮説を検証すべく、魔力を集中させて目の前の刑事の「本質」を観測した、その瞬間。

刑事が、ゆっくりと顔を上げる。


「(シャァ…)」


そこにあったのは、人間の顔ではなかった。

スーツを着た胴体の上に鎮座していたのは、紛れもない、『サメ』の頭部だった。濡れた灰色の肌、黒く淀んだ瞳、そして、鋭い牙が並ぶ顎。


「――ッ!?」


いかな探究者エラーラ・ヴェリタスといえど、この現象は予測の範囲外だった。

彼女は、魔術的な防御反応よりも早く、純粋な驚愕によって、椅子ごと派手にひっくり返った。


「(シャァ?)」


サメ頭の刑事は、何が起こったのか理解できない、という顔で、床に転がるエラーラを見下ろす。


「おい、どうした急に。腰でも悪いのか?」


エラーラは、サメ人間が、自分が驚いた理由に全く気づいていないことに、更なる衝撃を受ける。


「おい! 何を騒いでいる!」


隣の取調室から、別の刑事が駆け込んできた。

エラーラは、転がったまま叫ぶ。


「き、君たちには見えていないのか!? 」


だが、別の刑事は、怪訝な顔でサメ刑事とエラーラを見比べる。


「はあ? 何言ってんだ、この女。刑事、大丈夫ですか?」


「問題ない。こいつは、例の『イケメンムーブ誤用』の件で、少々錯乱しているようだ」


別の刑事も、よく見れば『サメ人間』だった。

彼らは、互いに完璧に人間として振る舞い、コミュニケーションを取っている。エラーラが彼らの正体を見抜いているとは、微塵も思っていない。

エラーラは、自分がこの世界に来て初めて、本物の『恐怖』に近い感情を抱いた。


『私の認識が狂っているのか? いや、違う。彼らが、何かで偽装している…!』


結局、エラーラは「精神錯乱によるもの」として、証拠不十分で釈放された。

研究所に戻る気にもなれず、彼女は夜の街をさまよう。

そして、気づいてしまった。

街を歩く人々。カフェで談笑する人々。車を運転する人々。

その、そこそこの数が、『サメ人間』だった。

彼らは人間と会話し、人間と肩を寄せ合い、人間社会に完璧に溶け込んでいる。

そして、エラーラ以外の『人間』は、誰一人として、彼らの正体に気づいていない。


「そうか…」


エラーラは、自らのこめかみを押さえた。


「なんてことだ……これは、『魔力』だ」


「私には、マギア・ワールドの住人としての『魔力』が備わっている。だから、彼らの認識阻害を透過して、真の姿が見える」


「だが、この世界の住人には、魔力が一切ない。だから、彼らを『人間』としてしか認識できない…!」


この世界は、エラーラが思っていたような、フィクションの世界などではなかった。

これは、『すでに侵略が完了した世界』だ。


エラーラは、ふと、街頭の大型ビジョンを見上げた。

そこでは、厳かに『国会中継』が映し出されていた。


『我々は、国民の皆様の生活を第一に考え…!』


カメラに映し出される、国の指導者たち。

そのほとんどが、『サメ人間』だった。


「フフ…」


エラーラの口から、乾いた笑いが漏れた。


「……面白いじゃないか!」


絶望的な状況は、探究者エラーラの知的好奇心に、最大の燃料を投下した。


「『イケメン物理学』だと? そんな表面的なものは、もう、どうでもいい!」


彼女の瞳が、狂気的な探究の光に満ていく。


「解明すべきは、この世界の『真の支配構造』そのものだ!」


「なぜサメは人間を装う? なぜ人間はサメを召喚する? 『イケメンムーブ』とは、この偽装社会において、一体何を意味するのか?」


エラーラ・ヴェリタスは、研究所へと踵を返した。

彼女の新たな、そして真の『探偵』活動が、今、始まった。


雑居ビルの一室、エラーラの「研究所」に、乾いた笑い声が響く。壁は、彼女の魔力によって可視化された無数の数式と相関図で埋め尽くされていた。

中心には、こう書かれている。


【仮説:『イケメン』=『保護対象』】


「この世界は、狂ったコメディやゲームなどではない。完璧に管理された『牧場』だ」


エラーラは分析を続ける。


「『支配層』と『家畜』。そして、『サメ』という『処理装置』。実に機能的な社会じゃないか」


「イケメンではなくなったら、サメが出る」という、この世界の「常識」。

なんと曖昧なルールだ。だが、その曖昧さこそが、この社会の核心だ。


(おそらく、こうだ)


エラーラは新たな仮説を壁に書き殴る。


(『サメ』は、無差別に人間を襲うのではない。『サメ人間』が管理する『イケメン』という曖昧なステータスを失った個体のみを捕食する。その『ステータス喪失』こそが、『捕食の許可』なのだ)


(S級ムーブやB級ムーブは、「イケメン」であり続けるための「行為」であり「証明」だ。それを維持し続ける限り、彼らは保護される……だが、ひとたび失敗し、「イケメンではない」と認定された瞬間、その個体は「不良在庫」として処理される)


「だが。仮説は実証されてこそ、真理となる。」


エラーラは白衣を翻し、魔力を研ぎ澄ませながら、探偵として、この恐るべき「牧場」の調査に乗り出した。


夕暮れの広場。二人の若者が、大勢の観衆と、それに紛れたサメ人間の前で、ストリートダンスのバトルを繰り広げていた。

一方は華麗な『B級ムーブ』を決め、歓声を浴びている。

もう一方は、焦りからか、致命的なミスを犯した。回転に失敗し、無様に尻餅をつく。


(((フツメン堕ち:他者との比較に敗北し、『イケメン』の地位から陥落した)))


観衆から失笑が漏れる。「ダサい」「あいつはフツメンだ」という囁きが広がる。

エラーラの魔術視覚は、その「認識」がトリガーとなったのを明確に捉えた。

観測対象Aの身体から、これまで彼を守っていた微弱な『保護オーラ』が、フッと消え去ったのだ。

直後。


「(シャァァァ!)」


広場のアスファルトが海面のように波立ち、『地面サメ』が観測対象Aの足元だけを狙って飛び出した!


「ひぃぃ! サメだ!」


周囲の人間はパニックに陥り、逃げ惑う。

だが、エラーラは見逃さなかった。

群衆の中にいた数人の『サメ人間』は、一切動揺していなかった。彼らは冷徹な目で「事故」を眺め、一人が情報デバイスを取り出し、何かを事務的に打ち込んでいる。


(「処理確認:1名」…とでも報告しているのかね? フフフ)


高級ブランドが立ち並ぶ大通り。

明らかに場違いなフツメンの男が、ショーウィンドウを眺めていた。彼は「イケメン」であろうと努力はしているが、そのセンスは『基準』に達していない。

彼が、自らの容姿に絶望し、「俺なんて…」と呟き、自己評価を下げた瞬間。


(((フツメン堕ち:自己認識による『イケメン』ステータスの放棄)))


(ステータス喪失を確認!)


彼の足元のアスファルトに、『サメ』の影が浮かび上がる。捕食が始まろうとしていた。

だが、その瞬間。


「(カツン…)」


一台の高級車が止まり、S級のオーラを放つ男が降りてきた。

男は、フツメン堕ちした観測対象Bを一瞥し、こう言った。


「邪魔だ、フツメン。俺の『靴』を汚すな」


(((S級ムーブ:『絶対的格差の提示』)))


その「オーラ」は、強烈な「支配権の主張」だった。


「(シュァァァ…!?)」


観測対象Bを狙っていたサメの影は、まるで王の御前で不敬を働いたかのように怯え、S級のオーラに焼かれて消滅した。


(なるほど!)


エラーラはメモを取る。


(S級ムーブは、単なる『保護』ではない。あれは『所有権』の宣言だ)


「フツメン堕ち」による「サメ被害」が起きたばかりの路地裏。

すでに被害者は「処理」され、現場には警察が到着していた。人間の野次馬は、警察によって遠ざけられている。

エラーラは、魔術で自らの姿を不可視化し、現場に潜入する。

サメ人間たちは、人間には見えない、空間に残った『ステータス変動』の残滓を調べていた。


「処理は完了。対象の『ランク』は、昨日の時点でDマイナスだった」


彼らは、人間にはただの手帳にしか見えないデバイスを操作し、人間の警官と全く同じ動作で、現場を後にしていく。

研究所に戻ったエラーラ・ヴェリタスは、壁の中心に、結論を叩きつけるように書き記した。


「恐るべき真実へと、辿り着いたぞ」


「『イケメンではなくなったらサメが出る』という常識は、サメ人間が人間に刷り込んだ、支配層の定めた基準を満たし続けるよう強制する、恐るべき『管理システム』だったのだ!」


エラーラの研究所。壁に貼り付けられた『サメ被害現場写真』の一枚を、彼女は指でなぞる。サメが、コンクリートの壁から、まるで水面から躍り出るように出現している写真だ。


「この物理法則の無視…。『イケメン物理学』などという表層のルールではない。これは、純粋な『魔術』だ」


エラーラの専門分野だ。


「空間と空間を強引に接続し、位相をずらして物質を透過する…。マギア・ワールドにおける『位相転移』、あるいは『次元穿孔』の術式に酷似している」


『サメ』は、この世界の物理法則に従っていない。

つまり。

『サメ』が、この世界の存在ではないことを示している。


「『支配層』が、この世界の原住民を偽装しているのは分かった。だが、『サメ』は?」


エラーラの探究心は、次なる深淵へと向かう。


「あれは、人間とは別の存在だ。『サメ人間』たちは、どこか別の異世界から『召喚』、あるいは『契約』して使役している『処理装置』…!」


『サメ』もまた、エラーラと同じ『異世界からの来訪者』だったのだ。


「フフフ…ならば、突き止めるまでだ」


エラーラは、狂気的な笑みを浮かべた。


「その『処理装置』が、一体どこの『異世界』から『納品』されているのかをね!」


エラーラの『探偵』活動が、新たな段階に入った。

彼女の目的は、もはや社会構造の分析ではない。『次元』そのものの分析だ。


彼女は『フツメン堕ち』が多発するエリア、かつて歓楽街だった廃墟ビル群に潜入していた。ここは、社会的地位を失った者たちが流れ着く、巨大な『処理待ち』エリアだ。


(来るか)


エラーラは、魔術で自らの気配を完全に遮断し、ビルの屋上から「現場」を見下ろす。

一人の男が、虚ろな目で地面に座り込んでいる。


(ステータス、『フツメン』に完全移行。処理許可、発信確認)


直後、男の目の前の空間が、陽炎のように歪んだ。


「(シャァァァ!)」


サメが、何もない空間からその顎を突き出す!


「今だ!」


エラーラは、出現と同時に魔力の探針を放ち、その『歪み』をスキャンする。


(チッ…! ゲートが不安定すぎる!)


サメが男の「処理」を完了すると、『ゲート』は瞬時に閉じてしまう。得られたデータは、あまりにも断片的だ。


「…高圧…低温…そして、強烈な『飢餓』の残留思念…?」


これでは足りない。もっと巨大で、もっと安定した『ゲート』…。

「処理」のためではなく、『契約』と『供給』の根源となっている場所…。


「フム。……やはり、中枢に侵入するしかないようだね」


エラーラは、国会議事堂の方角を睨んだ。


国会議事堂・地下。

ここは、人間には存在すら知覚できない、サメ人間たちの『聖域』であり、『管理センター』だ。


「フフフ、セキュリティがザルじゃあないか」


エラーラは、不可視化と空間歪曲の魔術を幾重にも重ね、物理的・魔術的な監視網をすり抜けていた。

人間の警備員を彼女を認識できず、サメ人間の警備員も、マギア・ワールドの高位魔術師の潜入には気づかない。

彼女は、エレベーターシャフトを垂直に降下し、地下深くの巨大な空間へと到達した。

そこは、厳かな儀式場であり、同時に、効率化された『屠殺場』だった。


(…! これは…!)


エラーラは、その光景に息を呑む。

広大なドーム状の空間。その中央には、直径50メートルはあろうかという、不安定に揺らめく漆黒の『穴』が開いていた。

『巨大召喚ゲート』だ。

ゲートの前には、ベルトコンベアに乗せられた、意識のない大量の『フツメン堕ちした人間』たちが、次々と運ばれていく。


(「処理」を効率化するため、フツメン堕ちした者を一度ここに集積し、まとめて『餌』として供給しているのか!)


ゲートの向こう側から、無数の『サメ』たちが現れ、ベルトコンベアから落ちてくる「餌」に群がり、捕食していく。

エラーラは、その光景には目もくれず、震える指で『ゲート』そのものから漏れ出す膨大なエネルギーを分析する。

緊迫と興奮が、彼女の思考を加速させる。


(この魔力パターン…! この重く、冷たく、全てを圧し潰そうとするエネルギー特性…!)


(この世界とも、私の世界とも違う、異質な世界の法則…!)


解析が完了する。

エラーラは、その結果に歓喜し、戦慄した。


「フハハハハ! 突き止めたぞ!」


「このゲートの先は、『アビス・オーシャン』だ!」


マギア・ワールドの古文書にのみ記されていた、禁忌の次元。

光も音も届かず、ただ純粋な『飢餓』と『圧力』だけが支配する、液体で満たされた暗黒の異世界。


「『支配層』は、『家畜』を餌として捧げる契約を、『アビス・オーシャン』の住人と結んでいたのだ!」


エラーラ・ヴェリタスの探究は、ついにこの『牧場』の根源的なシステムを暴き出した。

彼女の目は、今や、あの漆黒の『ゲート』そのものに向けられていた。

地球の政治や、人間とサメ人間の密約など、探究者エラーラ・ヴェリタスにとっては、心底どうでもいいことだった。


正義も、悪もない。ただ、観測すべき『現象』があるだけだ。

「地球を救う」などというお節介は、彼女の探究には一切不要だ。

彼女の興味は、ただ一点。あの国会議事堂の地下に開いた『ゲート』の先にある、未知の座標、『アビス・オーシャン』。


「フフフ…! 新たな実験場じゃないか!」


エラーラはマギア・ワールドの高位転移魔術を起動させる。彼女自身の莫大な魔力が、サメ人間たちが維持していた安定した『ゲート』と激しく衝突した。

閃光と爆発が、サメ人間たちの管理センターを吹き飛ばす。だが、エラーラは振り返らない。彼女の身体は、時空の奔流に飲まれ、漆黒の『穴』へと飛び込んだ。

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