第5話:勝利する美男子!
体育館は、異様な熱気に包まれていた。
ステージ上には、派手なオープンシャツを着こなし、サメの歯のネックレスをつけた男、『海堂 鯱』が立っている。
体育館のアリーナには、教師や生徒会、そして多くの一般生徒が、鯱の率いる「悪のイケメン」軍団に取り囲まれ、捕らえられていた。
鯱は、アリーナで怯える「二軍のイケメン」たちを見下ろす。
「諸君! これから俺様が、この学園最強の『S級イケメンムーブ』を披露してやろう!」
「な、何をする気だ…!」
生徒会長が、拘束されながらも鯱を睨む。
「フン。簡単なことさ」
鯱は、ステージ上で完璧なバク転と、華麗なダンスムーブを決めてみせる。
「(((おお…! なんて完璧なムーブ!)))」
二軍の生徒たちから、思わず感嘆の声が漏れる。
だが、その瞬間。
(((フツメンムーブ:他者のS級ムーブに対し、感嘆(=敗北宣言)をした)))
「(シャァァァ…!)」
アリーナの床が、海のように波立ち、無数のサメが彼らの足元に出現し始めた!
「ひぃぃ! な、なんで!」
「簡単なことさ!」
鯱が高笑いする。
「相対性イケメン理論だ!完璧なイケメンの前では、お前ら二軍は『フツメン』に堕ちる! そしてサメの餌となる!」
「そ、そんな…!」
「海の藻屑となるがいい!」
・・・・・・・・・・
保健室の扉が開き、一人の生徒が転がり込んできた。
「はぁ、はぁ…! 愛川くん! 大変だ! 海堂 鯱が、体育館でみんなを…!」
計画を聞いた凪は、ベッドで眠る律を一瞥する。
『(天城院さんは、昨日の頬白 零との戦いで、まだ命を削った状態だ…! 連れて行けない!)』
「…わかりました! 俺が、行きます!」
凪は、保健室を飛び出した。
・・・・・・・・・・
体育館。
扉を蹴破り、凪が飛び込む。
「そこまでだ、海堂 鯱!」
「あ! 愛川くんだ!」
「天城院さまの『玩具』が助けに来てくれたぞ!」
捕らえられた生徒たちの間に、安堵の空気が流れる。
「フン。天城院の『玩具』が、何のようだ?」
鯱は、凪を冷たく見下ろす。
「お前たちの卑劣なやり方は、俺が止める!」
「やれ」
鯱の合図で、悪のイケメン軍団が凪に襲いかかる。
「くそっ!」
凪は、教わった『B級セーフティ・ガード』や『冷却ムーブ』で応戦するが、多勢に無勢だ。
脇腹に蹴りを入れられ、凪はアリーナ中央に吹き飛ばされる。
「がはっ…!」
「シャァァァ!」
凪のフツメンじみた無様な姿に、サメたちが群がる!
「たった1人で何ができると言うのかね!」
鯱が、勝利を確信して高笑いした。
その時だった。
「1人じゃ、ないぜ……!」
掠れた、しかし、誰もが聞き間違えるはずのない、絶対王者の声。
体育館の入り口。
壁に肩を預け、荒い息をつきながらも、氷の瞳でステージを睨みつける、天城院 律が立っていた。
制服は乱れ、顔色は青白い。だが、そのオーラはS級のままだ。
「て、天城院…さん!?」
「バカな!? あいつは頬白 零に…!」
鯱が動揺する。
「…フン。俺の『玩具』を、俺の許可なく壊そうとは…」
律は、ふらつきながらも凪の隣に立つ。
「いい度胸だ、フツメンども」
「天城院さん! 無茶です! あんたの体は…!」
「黙れ、凪。お前は俺の『背景』だろ」
律が、ニヤリと笑う。
「──最高の『背景』になれ。」
「…はい!」
凪の覚悟が決まる。
「「(シャァァァ!)」」
サメと悪の軍団が、二人に同時に襲いかかる!
「凪! 左!」
「はい!」
凪が、迫るサメに『冷却ムーブ』を仕掛け、動きを止める!
「甘い!」
鯱の部下が、凪の死角を突く!
「遅い」
律が、凪を庇うように入り込み、完璧な『S級カウンター』で部下を吹き飛ばす!
「(天城院さん!)」
「(フン…!)」
二人の動きが、シンクロしていく。
凪が『人道的な安全策』でサメとフツメン堕ちを防ぎ、律が『冷徹なS級ムーブ』で悪の軍団を叩き伏せる!
「(((マ、マブシイ! ナンダ、コノ カンペキナ コンビネーション ハァァ!?)))」
サメは、二人の放つ『対極のイケメンオーラ』の共鳴に耐えきれず、消滅していく。
「ば、馬鹿な…! 俺の計画が…!」
鯱は、部下が全滅し、一人ステージで震える。
「終わりだ、鯱」
「ひぃぃ!」
律と凪の同時『イケメンビーム』を受け、鯱はフツメン堕ちし、気絶した。
「「「「うおおおおおお!!!!」」」」
体育館は、解放された生徒たちの、割れんばかりの大歓声に包まれた。
「…や、やりましたね!」
凪が、興奮冷めやらぬ様子で、律に向き直る。
そして、彼は、ごく自然に、右手を差し出した。
「あんたのおかげです、天城院さん!」
「…!」
律は、差し出された『握手』の手に、一瞬、戸惑った。
フツメンが、S級に?
『玩具』が、持ち主に?
律は、凪の真っ直ぐな目と、自分のボロボロの手を見比べる。
そして、かつての相棒、「タカシ」の、最後の笑顔を思い出す。
「……フン」
律は、照れを隠すように顔をそむけ、だが、力強く、その手を握り返した。
「お前の『背景』にしては、まあまあだった」
「「「「うおおおお! 握手したぁぁぁ!!」」」」
体育館のボルテージは、最高潮に達した。
頬白零は、その光景を、物陰から満足そうに眺めていた。
「海堂鯱がやられたか。…だが、計画は全て、予定通りに進行している……律、そして凪。お前たちのその強さ。これからじっくり『見物』させてもらうよ……!」
・・・・・・・・・・
その頃。
政府機関の一室。巨大なモニターに、体育館の戦いが中継されていた。
「…信じられん。S級の天城院 律が、あの『抹殺対象』の愛川 凪と共鳴しただと?」
「フム…」
影に座る最高幹部が、指を組む。
「『完璧な冷徹(S級)』と『予測不能な人道(B級)』…。サメの脅威から、この国を救う鍵は…」
モニターに映る、照れくさそうに手を握る二人の姿。
「…あの二人が握っているのかもしれんな」
・・・・・・・・・・
次の日。
放課後。校舎の屋上。
金網越しに、夕日に染まる街を二人で見下ろしていた。昨日の体育館での激戦が嘘のように、学園も街も静かだ。
「…凪」
天城院 律が、冷たく、しかし真剣な声で切り出した。
「え?」
「お前は、昨日の戦いを『勝利』だと思って浮かかれているか?」
「そ、そんなことは…!」
「フン。だが、お前はもう、ただの『フツメン堕ち』でも、俺の『玩具』でもない」
律は、凪を真っ直ぐに見据える。
「…探偵として、この先どうする。お前の『覚悟』を聞け」
凪は、律の真剣な瞳に一瞬息を呑む。だが、彼は迷わなかった。
「やりますよ。俺は、あんたみたいに冷徹にはなれないし、博打だって言われるかもしれない」
凪は、屋上のフェンスを強く握る。
「でも、俺は俺のやり方で…『人道的なイケメン』として、フツメン堕ちした人も、あんたも、守ってみせる!」
「……フン。愚かな覚悟だ」
律は、街並みに視線を戻す。
「だが、覚えておけ。頬白 零や、海堂 鯱のような連中は、学園の外にもゴロゴロいる」
「…!」
「この学園、いや、この街を守れるのは、俺たち『探偵』だけなんだぞ。お前のようなB級の覚悟で、どこまで持つか…」
屋上の扉が開く音。
凪が慌てて振り返ると、そこには、完璧な黒いスーツを着こなした、サングラスの男たちが数人立っていた。
「なっ…! だ、誰ですか、あんたたち!」
「…来たか。」
律は、予期していたかのように、動じない。
「天城院 律くん。そして…愛川 凪くん」
黒服のリーダー格の男が、完璧なイケメンスマイルで一歩進み出る。
「昨日の体育館での戦闘、我々は拝見させてもらった。実に見事なコンビネーションだった」
「政府の人間…!」
凪が、昨日の体育館の中継を思い出し、息を呑む。
「我々の監視によれば、現在、頬白 零の暗躍により、国家規模でフツメン堕ちが誘発され、サメの出現レベルが『カテゴリー4』に迫っている」
「カテゴリー4…!」
「そして、知っての通り、サメの脅威に対抗できるのは、諸君らの『イケメンムーブ』によって発生する高次元オーラ以外に存在しない」
黒服の男が、仰々しく説明を続ける。
「そこで、国家としては、君たち二人に…」
「御託はいい」
律が、黒服の言葉を遮る。
「用件だけ言え。俺の『イケメン指数』が下がる」
「…フ。失礼した」
黒服の男は、懐から二つのケースを取り出し、開いた。
中には、黒く輝くカードが収められている。
「君たち二人を、本日付で『特S級探偵』に任命する」
「…とく…Sきゅう…?」
黒服は説明する。
「特S級探偵許可証。所持者は、国内に片手で数えるほどしかいない、最強のライセンスだ。サメ退治の際は、あらゆる交通機関の無制限使用、および、作戦遂行における『少々の破壊行為』すら免責される」
「(ゴクリ)…」
「や…やったぁぁぁ!」
凪が、許可証を受け取り、子供のようにはしゃぐ。
「見てくださいよ天城院さん! 『抹殺対象』だった俺が、『特S級』です!」
「……」
律は、自分の許可証を無言で受け取ると、それを一瞥し、凪を睨みつけた。
「天城院さん?」
「……気に入らんな」
「え?」
「お前が昇格したことなど、どうでもいい」
律は、自分の黒いカードと、凪の黒いカードを指差す。
「俺が、お前のような『元フツメン』と、同じランクに堕ちたことが、気に入らん」
「(あ、この人、素直に喜べないだけだ…!)」
凪は、律の不器用な照れ隠しに、思わず笑みがこぼれる。
「ま、まぁまぁ! これで俺たち、名実ともに『コンビ』ってことですよ!」
「フン! 誰がコンビだ! お前は俺の『背景』兼『玩具』だ!」
黒服の男が、二人のやり取りを咳払いで遮る。
「…その許可証が渡された、という意味を、理解したまえ」
男たちの笑顔が消え、冷たいプロフェッショナルの顔になる。
「頬白 零の『淘汰計画』は、すでに学園の外…この街全域で始まっている。君たちの、新たなる戦いだ」
凪と律は、顔を見合わせる。
夕日が、二人の手の中にある『特S級ライセンス』を、赤く照らし出していた。




