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第4話:悪の美男子!

中庭。

雲一つない青空の下、天城院 律が優雅にテーブルにつき、アールグレイを飲んでいる。その向かいで、愛川 凪はイケメンの作法に則って、窮屈そうにサンドイッチを食べていた。


「…天城院さん」


「なんだ」


「俺たち、なんでこんな白昼堂々、お茶会なんか…」


「フン。探偵活動の一環だ。イケメンの秩序が保たれているか、S級探偵が監視するのは当然の責務だ。お前は俺の『背景』として、そこにいろ」


「俺だって、B級探偵として、少しは…!」


「口を動かす前に手を動かせ、凪。お前のカップを持つ小指の角度が、0.3度フツメンだ」


「ひゃい!」


『くそっ! 相変わらずいけ好かない! でも…この学園、こうして見ると平和だな…』


凪が、律の厳しい『教育』にも、ほんの少し慣れを感じ始めた、その時だった。

中庭を、生徒会会計の『相葉』が、大量の書類を抱えて慌てて横切ろうとしていた。


「(あっ!)」


相葉は、中庭の小さな段差につまずき、盛大にバランスを崩す。

抱えた書類が、宙を舞う!


「(やばい! フツメン堕ちする!)」


相葉は、探偵候補生としてのプライドで、即座にリカバリームーブに入った。


『イケメンムーブ! 『ダンシング・ペーパー・リターン』!』


彼は、宙を舞う書類を、回転しながらすべてキャッチするという、アクロバティックな技を繰り出そうとした!


(スッ)


「え?」


相葉が回転を始める、コンマ0.1秒前。

一人の見知らぬ生徒が、相葉の目の前に立っていた。

銀髪。氷のように冷たい美貌。


「──遅い。」


その生徒は、相葉が繰り出そうとしていた『ダンシング・ペーパー・リターン』を、完璧な『S級ムーブ』で先取りした。

彼は、宙を舞う全ての書類を、相葉の回転よりも速く、美しくキャッチ。

それだけではない。

彼は、その場で書類を完璧に整列させ、つまずいた相葉の足元を蹴り払って体勢を無理やり立て直させた。


「あ…」


相葉は、固まった。

自分がやろうとしたイケメンムーブを、目の前で、それも完璧に『上書き』された。

残ったのは、中途半端な体勢で固まる、無様な自分だけだ。


(((フツメンムーブ:イケメンムーブの実行失敗、および、他者のイケメンムーブの『背景』以下の存在への成り下がり)))


「(シャァァァァ!!!)」


来た。

相葉の足元のタイルが、海のように波立ち、巨大なサメが彼を闇に引きずり込もうと飛び出した!


「ひぃぃ! な、なんで! 俺は今、イケメンムーブをしようと…!」


「フン」


銀髪の生徒は、サメに襲われる相葉を、虫ケラを見るような目で見下ろす。


「弱い。S級のムーブの『背景』にすらなれないとは。食われる価値すらない」


彼は、助ける素振りも見せず、完璧な所作で書類を相葉の胸に叩きつけた。


「(なっ…! あいつ、わざとだ!)」


凪が叫ぶ。


「相葉くんのイケメンムーブを先にやって、意図的にフツメンに仕立て上げたんだ! なんて卑劣な!」


律が、アールグレイのカップをと、強くソーサーに置いた。

その瞳には、かつてないほどの冷たい怒りが宿っていた。


「…頬白ほうじろ れい


「え?」


「奴の名だ。探偵許可証を持ちながら、学園への叛逆を繰り返す、『イケメン狩り』のホオジロだ」


「(((シャァァァッ!)))」


サメが、相葉に食らいつく寸前!


(ガシャァァン!)


律が投げたティーカップが、サメの眉間に直撃する。


「(((マブシッ!? ティーカップ!?)))」


サメが、S級の完璧な投擲に怯む。


「立て、フツメン。お前を食うのは、サメではない」


「え…」


「この俺だ」


「ひぃぃぃ!」


律の『恐怖による矯正』で、相葉はイケメンとして復活し、逃げていく。

サメは、標的を見失い、律と、中庭の端で冷たく笑う頬白 零を睨む。


「フン…」


律が立ち上がる。

「相変わらず、反吐が出るやり方だな、頬白」

頬白 零は、肩をすくめる。


「おや、天城院 律。まだそんな『フツメン救済ごっこ』をしていたのか」


彼は、律の隣に立つ凪を一瞥した。


「…しかも、新しい『玩具』まで拾ったとは。お前も、随分と『フツメン』に堕ちたものだ」


「(なっ…!)」


凪が、その侮辱に激昂する。


「(シャァァァ!)」


サメが、二人のS級イケメンの対立のオーラに耐えきれず、中庭の闇に撤退していった。


「…まぁいい。俺の目的は、弱いイケメンを淘汰し、真のS級イケメンだけが残る、完璧な世界を作ることだ」


頬白 零は、律に背を向ける。


「お前も、その『玩具』も、いずれ俺が『淘汰』してやる。せいぜい、無様なイケメンごっこを楽しむんだな」


銀髪の悪魔が去っていく。


「なんなんだ、あいつは! 最低だ!」


凪が、怒りに震える。

律は、答えなかった。

ただ、頬白 零が消えた空間を、氷点下の瞳で見据えていた。


「凪」


「は、はい!」


「あいつには、近づくな」


「え…」


「…これは、お前の『保護者』としての、絶対命令だ」


・・・・・・・・・・


放課後の廊下。愛川 凪は、一人で掃除用具入れの点検をしながら、昨日の出来事を反芻していた。


『…あいつには、近づくな』


天城院 律の、あの絶対命令。


『なんであんなに…? ただの「イケメン狩り」ってだけじゃ、あの天城院さんが、あんな顔するはずない。頬白 零と、天城院さんの間に、一体何が…』


その頃。学園の裏手、人目につかない旧焼却炉前。

天城院 律が、壁に背を預け、誰かを待っていた。

影から、銀髪の生徒が音もなく姿を現す。


「来たか、天城院 律。律儀に呼び出しに応じるとは」


「フン。お前のような卑劣漢に何の用だ。頬白 零」


「相変わらず口が減らないな」


頬白 零の目が、氷のように律を射抜く。


「今日は、お前を『淘汰』しに来た」


空気が凍る。

二人のS級イケメンのオーラが激突し、空間が歪む。

先に動いたのは、零だった。

零は、近くにあった錆びた鉄パイプを拾い、律めがけて投擲した。


「!」


律は、最小限の動作でそれを回避する。完璧な『S級回避』だ。


「遅い」


零の声が、律の背後から聞こえた。

鉄パイプは陽動。零は、律が回避した瞬間に、その回避動作を完璧に先読みし、その隙を突く『悪のイケメンカウンター』を叩き込もうとしていた!


「チッ!」


律は、強引に体勢を反転させ、零の蹴りを受け止める。

凄まじい衝撃。


「フン。イケメンとは、他者を蹴落とすことだ。お前のように『守る』などというフツメンじみた感情を抱えたままでは、俺には勝てん!」


零の、常軌を逸した連続ムーブが律を襲う。

律のムーブは「正統派」で「完璧」。零のムーブは「卑劣」で「相手の行動を上書きする」ことに特化している。


『守る…?』


その言葉に、律の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。


『イケメンは、爆発すら芸術だ!』


『やめろ、タカシ!』


律の完璧なオーラが、コンマ0.1秒、揺らいだ。


「…もらった!」


頬白 零は、その一瞬の隙を見逃さなかった。

彼は、律のイケメン指数の核そのものにダメージを与える、最大級の『悪のイケメンムーブ』を放つ。


「ガハッ…!」


律の身体が、くず折れるように倒れた。

完璧に整えられていた制服は乱れ、髪が顔に張り付く。S級イケメンにとって、最大の屈辱。


「終わりだ、天城院。お前もフツメンに堕ちたな」


零が、倒れた律にトドメを刺そうと、ゆっくりと手を振り上げる。


「待てぇぇぇぇ!!」


愛川 凪が、息を切らして駆けつけた。


「天城院さんに! 何するんだ!」


「…玩具か」


零は、凪を一瞥する。


「ちょうどいい。二人まとめて『淘汰』してやる」


零が、凪に『イケメン狩り』ムーブを仕掛けようと踏み込む。


「くそっ!」


凪は、律から教わったことを思い出す。


『博打じゃない! 安全策だ!』


凪は、焼却炉の扉を掴み、盾にする。完璧な『B級セーフティ・ガード』だ。


「フン、B級の小技が」


「これは小技じゃない! あんたの卑劣なやり方とは違う、天城院さんから教わった…守るためのイケメンムーブだ!」


凪の必死のムーブが、律を守ろうとする強い意志に呼応し、一瞬だけ、S級にも匹敵する眩い輝きを放った。


「チッ…!フツメンのくせに、このオーラは…」


零は、その眩しさに一瞬怯む。


「…まぁいい。今日はここまでだ。次はないぞ、天城院の『玩具』」


零は、闇に消えた。


「天城院さん! しっかりしてください!」


凪は、倒れた律を必死に抱きかかえる。


・・・・・・・・・・


保健室。

ベッドに横たわる律の額の汗を、凪が濡れたタオルで必死に拭いている。


「…無茶をしおって」


保健医(超絶イケオジ)が、溜息をつく。


「S級同士のイケメンムーブのぶつけ合いは、命を削るんだ。あいつはそれを分かっているはずだが」


「命を…削る…?」


凪は、保健医の言葉に戦慄する。


「……バカ、が…」


律が、うっすらと目を開けた。意識が朦朧としている。


「なぜ、来た…」


「当たり前じゃないですか! あんたが心配だったから…!」


凪が、目に涙を浮かべて叫ぶ。


「……そうか…」


律は、焦点の合わない目で、必死の形相の凪を見つめる。


「お前も、そう言うんだな…タカ…シ…」


「え? タカシ?」


律の目に、必死で自分を手当てする凪の姿が、かつて無茶なムーブをした自分を、泣きながら叱ってくれた、昔の相棒の姿と重なって見えていた。


「…俺を…置いていくのか…」


律の手が、力なくベッドに落ちる。彼は再び意識を失った。


「…天城院、さん…?」


凪は、初めて見る絶対王者の弱さに、ただ立ち尽くすしかなかった。

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