第1話:美男子失格!
ネオンの光が、濡れた路地裏を気だるげに照らしている。
『クソッ…しつこい…!』
制服姿の愛川 凪は、荒い息を吐きながら壁に背を預けた。足元の小さな水たまり。その水面が、ありえないことに波立ち、三角のヒレが突き出ている。
この世界では、男は『イケメン』でなければならない。
水たまりからサメが飛び出す! 凪は間一髪で転がり避ける。
イケメンにふさわしくない行動──『フツメンムーブ』をとった瞬間、サメがどこからともなく現れる。布団の中、教室のロッカー、そして、こんな水たまりからでも。
今度は、ひび割れたコンクリートの壁が、水面のように揺らぐ。巨大なサメが半身を乗り出し、凪を闇に引きずり込もうと牙を剥いた。
俺たち『探偵』は、サメを撃退し、フツメン堕ちした者を『イケメン』として諭す、選ばれし存在。
…だった、はずだ。
凪は懐の『探偵許可証』を見る。『B級』の文字が赤く点滅し、冷たい『抹殺対象』の宣告が浮かび上がっていた。
俺は、『イケメンにあるまじき行動』をとった。人道的には、正しいことだったと今でも思う。だが、システムは俺を『フツメン堕ち』と認定した。
「ここまで、か…!」
サメが、凪の喉元めがけ、最後の跳躍をする。
その瞬間。コツン、と。
サメの頭上に、磨き上げられた高級な革靴が、音もなく乗せられていた。
「……見苦しい」
冷たい声。凪は目を見開いた。
「お前は…学園の…!」
「サメに食われる姿までブサイクとは。イケメン失格どころか、生物失格だな」
天城院 律は、硬直するサメを一瞥した。
「フツメンが。俺の視界に入るな」
律が、ただ、完璧な角度で前髪をかきあげた。
「(((マ、マブシイイイィィ!!!)))」
サメは悲鳴と共に闇に溶けて消えた。
「チッ。汚れている」
律は、凪の破れた襟首を無造作に掴み、引きずり上げる。
「は、離せ! 何するんだ!」
「黙れ。お前は俺の『玩具』だ。拾ったのは、俺だ」
・・・・・・・・・・
探偵育成学園・最高会議室。重厚な空気が支配していた。
「──よって、元B級『愛川 凪』の扱いは『抹殺』と決定する。異論は?」
生徒会長の冷徹な声が響く。
「異論はない。彼の『人道的な行動』は、我々が最も忌むべき『感情の露出』だ。秩序を乱した」
教員の一人が同意する。
「フツメンは伝染する病だ。彼が学園の外でサメに処理されれば、全て解決…」
その時。会議室の重い扉が、凄まじい音を立てて開け放たれた。
「な、何者だ!会議中だぞ!」
逆光の中、天城院 律が立っていた。
彼は、掴んでいた凪を、会議室の中央へゴミのように放り投げる。
「がはっ…!」
床に転がった凪を見て、生徒会長が目を見開く。
「あ、愛川! なぜここに!お前は今頃サメの餌に…!」
「この野郎…!」
凪は律を睨みつける。
「ああ、こいつか。街角で、無様な『フツメンムーブ』を晒していたぞ。もう少しで見苦しく食われるところだった」
律は平然と答えた。
「そ、そうだ!そいつは『フツメン堕ち』した抹殺対象だ!早く学園から…!」
教員が叫ぶ。
「黙れ。」
律の冷たい一言が、会議室を静まり返らせる。S級イケメンの威圧に、誰も逆らえない。
律は、床に這いつくばる凪の顎を、靴の先で軽く上げた。
「…面白いモノを拾った」
そして、驚愕する全員に、宣言する。
「こいつは俺が身柄を預からせてもらう」
「なっ…!何を言っている!そいつは『フツメン』だぞ!我々イケメンの格を下げる!」
生徒会長が反論する。
「だからいい。これは俺の『玩具』だ。俺がどうしようと、お前たちに口を出す権利はない」
律は、心底つまらなそうに言い放った。
「――この学園で、俺の決定が覆るとでも?」
・・・・・・・・・・
そこは、生徒の寮室とは到底思えない、ホテルのスイートルームのような天城院 律の私室だった。
凪は床に放り出された。
「なんだよ、ここ…」
内側から鍵がかかる音。
「立て。汚れた『玩具』は、まず清掃しないとな」
「ふざけるな! なんでお前なんかに…! 俺は『抹殺対象』だぞ!お前も道連れだ!」
律はフッと鼻で笑った。
「道連れ? 俺が? お前のようなフツメンと?」
「いいか。お前は『フツメン』だ。俺がいなければ、とっくに食われていた」
「うるさい! 俺は…俺は正しいことをした!イケメンとかフツメンとか関係なく、人として…!」
凪が感情的に叫んだ、その瞬間。
ガシャン!と、部屋の壁に掛かっていた高価な絵皿がひとりでに割れ、その破片からサメが実体化しようと顎を覗かせる!
「ひぃぃ! また出た!」
凪は恐怖で顔を引きつらせ、無様に後ずさった。
「…それだ」
律は溜息をつく。
「その『恐怖で引きつった顔』。それがお前をフツメンにする」
律はサメを一瞥もせず、凪に歩み寄る。
そして、おもろに、凪の頬についた泥を、自分のシルクのハンカチで拭った。
「汚れていると、俺の美意識が乱れる」
その、あまりにも完璧な『イケメンムーブ』。その、あまりにも近すぎる『距離』。
放たれたS級イケメンオーラに、出現しかけたサメは「マブシッ!!!」と断末魔を上げ、破片ごと消滅した。
「え…?」
凪は顔を赤らめ、混乱する。
律は汚れたハンカチを捨て、凪を見下ろした。
「分かったか? 凪」
「お前のその『他人を蹴落とさない』という地道な生き方、俺は最高に反吐が出る」
律は、逃げ場のない凪を、壁際に追い詰めた。
完璧な角度の『壁ドン』。
「だが」
律は、凪の耳元で囁いた。
「お前が、俺の『玩具』としてふさわしい『イケメン』になれるのかどうか」
「この俺が、直々に『教育』してやる」
『最悪だ…。この学園で一番いけ好かない、冷徹な男に『所有』されるなんて…! 俺の人生、どうなっちゃうんだよ!』




