第4話:脱出!
「フム。実に退屈な演説だ。君の思想は凡庸だね」
縛られたままのエラーラが、玉座にふんぞり返る長老を挑発した。
「ほざくがいい、ドクター・エラーラ」
長老は優雅にお茶をすする。
「私の新世界秩序のため、君には実験体として永遠に貢献してもらう。光栄に思うがいい」
「長老! この女、私に!」
側近のジェネラル・スカージが、エラーラに詰め寄った。先ほどのエラーラの訳のわからない反論が、まだ頭に響いているらしい。
「この私が! 直々に! 貴様のその生意気な口を……!」
スカージが、黒曜石のガントレットを振り上げ、エラーラの褐色の頬を殴ろうと手を伸ばした。
その時だった。
エラーラの指先で、ピクリと魔力の火花が散った。
(……フム。魔力封じ、タイムリミットだ。計算通り!)
スカージの拳がエラーラの顔面に迫る。
「遅い」
ブチッ!
エラーラは、拘束していた魔力封じの縄を、戻ってきた腕力と魔力でいとも簡単に引きちぎった。
そして、スカージの拳を片手で受け止めると、
「フム!」
そのまま、もう片方の拳を、スカージの兜のど真ん中に叩き込んだ!
ゴッ! という、実に鈍い音が響く。
「なっ……!?」
スカージが、信じられないというように数歩よろめく。
「馬鹿な! 貴様の魔力は!」
「うるさいぞ、兜男。君の息は非科学的な匂いがする」
エラーラは、よろめいたスカージの腰から、大げさな装飾のついた魔導剣を抜き取った。
「長老! おのれ、エラーラ!」
スカージが体勢を立て直し、エラーラに飛びかかろうとする。
「フハハハ! 無駄だ、エラーラ! スカージを倒しても、私がいる限り……」
玉座の長老が、高笑いを始めた。
「誰がコイツを倒すと言ったかね?」
エラーラは、突進してくるスカージを華麗なステップでかわすと、その勢いのまま、玉座に座る長老に向かって剣を振り抜いた。
ザシュッ!
長老の胴体が、綺麗に一閃された。
「……え?」
スカージが、振り向いた体勢のまま固まった。
玉座の長老は、自分の胴体が斜めにズレていくのを、ゆっくりと見下ろした。
「……フム。実に、合理的な判断だ」
長老は、それだけを言い残し、光の粒子となって消滅した。
「ちょ、長老ーーーーー!? 貴様、何ということを! 私という最強の側近がここにいるのに!」
スカージが、今度こそエラーラに斬りかかろうと向き直る。
「何を言っている! 長老は不死身ではなかったのか! 私こそが本体で、長老は私の……あれ?」
スカージは、自分の手を見つめた。
黒曜石のガントレットが、シュワシュワと泡立ち始めている。
「あ? 体が……あわ……あわわわわわわわ……」
「フム。なるほど」
エラーラは、剣の血糊を振り払い、分析を始めた。
「長老が魔力基盤の本体で、君はその魔力で作られた、ただの出張アバターだったわけだ。実に興味深い。私はてっきり、逆だと思っていたよ」
「そんな馬鹿なああああああああ!」
ジェネラル・スカージは、断末魔を上げ、最後には床にこぼれたジュースのような、無害な泡のシミになって消えてしまった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
その瞬間、玉座の間全体が、激しく揺れ始めた。
「いかん!」
エラーラは剣を放り投げた。
「コアである長老を破壊したせいで、この施設全体の魔力基盤が崩壊を始めている!」
天井から瓦礫が降り注ぐ中、美少年たちが「ギャー!」と叫びながら逃げ惑う。
「この建築設計は最悪だ! 耐震性が皆無だぞ! 私の研究所の爪のアカでも煎じて飲むがいい!」
エラーラは、文句を言いながら出口に向かって全力疾走を始めた。
「侵入者だ! 待て! 長老はどこだ!」
廊下で、残っていた聖騎士団の連中がエラーラを囲もうとする。
「今それどころじゃないだろうが、この低知性生物どもが! お前の職場が崩れるぞ!」
エラーラは、彼らの間をすり抜け、崩れ落ちる柱をスライディングで回避する。
途中、アジトの中枢にある、巨大な魔力装置が目に入った。
ゴウが奪い返したクリスタルが、今や制御を失い、不気味な紫色の光を放ちながら、メルトダウンを始めている。
「ああ! 私の80枚のクロノス・クリスタルが! ……は、どうでもいいが、あの魔力装置! 暴走している! このままでは、この区画一帯が吹き飛ぶぞ!」
エラーラは、前方に銀行の地下金庫へと続く、見覚えのある光を見つけた。
「フム! 脱出ルート確保! あとは私自身の推進力の問題だね!」
一方その頃。地上。
『王立アバロン銀行』の真ん前にある、薄汚れたジャンクフード屋台『ゴブリン・バーガー』。
バルガ、ミャオ、ゴウの三人は、無事に脱出した祝杯として、ジュースを飲みながらポテトを囲んでいた。
「だから、ポテトにはケチャップが最適だって言ってるでしょ!」
ゴウが、自分のポテトを守りながら主張する。
「馬鹿を言え小僧! 塩だ! 素材の味を殺すな! それがライオンの流儀だ!」
ミャオが、ゴウのポテトに勝手に塩を振りかける。
「お前ら二人とも分かってねえな! ポテトっつったら、マスタードたっぷり塗って、ジュースで流し込むんだよ! ガツンとよぉ!」
バルガが、ミャオのポテトをひったくり、マスタードを塗りたくった。
「「あ! こら!」」
三人が、テーブルの上でポテトの奪い合いを始めた。
「……はぁ」
ゴウは、二人の食い意地に呆れ、ジュースを一口飲んだ。
「……エラーラさん、大丈夫かなぁ」
「ああん?」
バルガは、口いっぱいにポテトを頬張りながら答えた。
「あいつだろ? 大丈夫に決まってんだろ。アイツ、ゴキブリよりしぶといぞ」
「そうだぞ。それに、捕まってる間に、こっちでお宝の山分けの相談ができる。好都合だ」
ミャオが、報酬の計算を始めている。
「ひどい……」
ゴウがため息をついた、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……
地面が揺れた。
「ん? 地震か?」
バルガが、空になったジュースのカップを見つめる。
「いや、なんか、銀行の方から……」
ミャオが、耳をピクピクさせた。
三人が振り返った先。
彼らの背後にある、格式高い『王立アバロン銀行』の、美しい大理石の建物が、風船のように内側から膨らみ始めた。
窓ガラスが、スローモーションのように弾け飛ぶ。
ドッガーーーーーーン!
王都の静寂を切り裂き、銀行が大爆発した。
「「「うわあああああああっ!」」」
凄まじい爆風と衝撃波が、三人の座る屋台を襲う。
その爆心地、銀行の正面玄関から、黒い煙と瓦礫と共に、一つの影が物凄い勢いで射出された。
「やはり! 計算通りの脱出角度だーーーーーっ!」
ボロボロの白衣をマントのようになびかせたエラーラが、完璧な放物線を描き、三人の頭上を通過し、
ドッシャアアアアアン!
三人の背後にある『ゴブリン・バーガー』の屋台のど真ん中に、看板もろとも突っ込んだ。
「「「…………」」」
三人は、ポテトを持ったまま、あんぐりと口を開けて固まった。
屋台の残骸の中から、エラーラが、ケチャップと油と野菜クズにまみれて、ゆっくりと起き上がった。
銀髪は、爆発の熱風で、芸術的なアフロヘアーになっている。
「……フム。待たせたね、諸君」
エラーラは、何事もなかったかのようにカウンターだったものを乗り越えると、ゴウが唖然として持っていたポテトの袋に手を突っ込み、一本つまんで口に放り込んだ。
「……塩が足りん」
「あっ! ボクのポテト!」
ゴウが我に返った。
「ていうか、エラーラさん! 大丈夫なんですか!? 銀行が!」
「おい! おい! それよりアタシらの報酬はどうなったんだよ! アジトごと爆発したぞ!」
バルガがエラーラの胸ぐらを掴んだ。
「そうだ! 報酬! お宝! 私の取り分は8割だ!」
ミャオがエラーラの足に噛みついている。
エラーラは、もう一本ポテトをつまみながら、面倒くさそうに言った。
「ああ、報酬かね? フム。あの爆発による貴重な損失データと、私の研究費、それと君たちに貸していた武器代を相殺して、君たちの取り分は、マイナス金貨100枚だ。おめでとう。つまり、明日から君たちも私の助手、というわけだ」
「「ふざけるなーーーーー!!」」
「……あの、ウチの店……」
屋台の残骸の向こうから、涙目になったゴブリンの店主が、震えながら勘定書きを差し出していた。
エラーラは、それを見てニヤリと笑った。
「フム! 勘定は、そこの銀行に付けておきたまえ!」




