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第2話:Day of the Dead

主題歌:死霊のえじき サウンドトラック

https://youtu.be/KUCzXtzqJ9Y

インカムから響くエラーラの声は、苦渋に満ちていた。


「第5管区。『キチュ』のフロント企業、『王都魔導配給公社』の第3倉庫だ。今夜、テロに参加する聖騎士団の第一陣が集結する。人数は12名」


「……そこを潰す」


「情報を奪うんだ!」


エラーラは、工房の武器庫からカスタマイズされた魔導銃と、数本のアンプルをカイドーに投げ渡した。


「青いのは鎮痛・興奮剤。赤いのは緊急用の心肺蘇生剤だ。……使わずに済むことを祈る」


カイドーは無言でそれを受け取り、夜の闇へと飛び出した。

第3倉庫は、魔導ガスのパイプラインが集中する工業区画にあった。

カイドーは、もはや刑事としての潜入捜査などしなかった。彼は、倉庫の正面ゲートに、エラーラから渡された試作型の魔導擲弾を叩きつけた。

凄まじい爆音と閃光。


「何事だ!」


「侵入者!」


中から聖騎士団が飛び出してくる。

カイドーは、その爆炎の中から姿を現した。


「……王都警備隊だ。」


「何!?」


カイドーは、遮蔽物に隠れることすらしない。

聖騎士団が放つ魔導弾の弾幕の中を、一直線に突っ込んだ。

数発の魔導弾が、カイドーの左肩と脇腹に着弾する。肉が焦げ、骨が軋む。

だが、カイドーは止まらなかった。


(痛い。死ぬほど痛い。だが、この街を守る。ヒロミのような犠牲者を、もう出さない)


エラーラの薬が、痛覚神経を麻痺させている。肉体が破壊されても、脳がそれを「致命傷」として認識しない。

彼は、まるで自分が使命感だけで動く鋼鉄のゴーレムになったかのような錯覚の中、突撃を続けた。


「化け物か!」


怯んだ聖騎士団の一人の懐に潜り込み、魔導銃の銃口を顎の下に突き刺す。至近距離で引き金を引いた。

すぐさま、二人目の腕を掴み、関節を逆方向にへし折る。悲鳴を上げる男を盾にしながら、残りの団員に向かって銃を乱射した。


「カイドー君! すぐに遮蔽物を! 痛覚が麻痺しているだけなんだぞ!」


インカムから響くエラーラの悲痛な声が、カイドーの唯一のブレーキだった。

彼は、傷だらけだった。

左腕はもはや上がらない。脇腹からは、どす黒い、凝固しきらない奇妙な血が流れ出している。

だが、彼は、その痛みすらも使命感に変えていた。


(そうだ。痛みこそが、俺がまだ戦える証拠だ!)


最後の聖騎士団員を壁に叩きつけ、カイドーはその男の魔導通信機を奪い取った。


「イワナガはどこだ……吐けぇえええ!」


カイドーが男の首を絞め上げ、とどめを刺そうとした、その瞬間だった。


(……あ)


指先から、急激に力が抜けていく。

視界が白む。

沸騰していた血液が、一瞬にして氷に変わったかのような、絶対的な悪寒。

エラーラの薬が切れたのだ。


「ぐ……っ、が、なあああ……っ!」


カイドーはその場に崩れ落ちた。

全身の痛みが、一斉に、何十倍にもなって彼に襲いかかった。

撃たれた肩。焼かれた脇腹。そして、身体の芯で疼く、KR13による「融解」の痛み。


「あ……ああ……あああああっ!」


痛みで意識が飛びそうになる。

胃が痙攣し、カイドーは床に黒い胆汁を吐き出した。


「マズい! 予想より3分早い! 激しい戦闘で薬物の代謝が促進されたか!」


エラーラの声が、地獄の底から響くように遠い。


「カイドー君! 聞こえるか! 今すぐ青いアンプルを打て!」


(青い……アンプル……)


カイドーは、震える手でベルトのポーチを探った。

指が動かない。痛みで、自分の指がどこにあるのかも分からない。

聖騎士団の生き残りが、カイドーが倒れたのを見て、ニヤリと笑いながら魔導銃を拾おうと手を伸ばす。


(……ヒロミ……いや……街が……)


娘の顔と、王都の街並みが脳裏をよぎる。

カイドーは、折れた左腕の骨が軋む音を無視し、ポーチを掴み、アンプルを抜き取ると、そのまま自らの太ももに突き刺した!


「うおあああああああああああっ!」


彼は、自分を撃とうとした聖騎士団員の頭を、躊躇なく踏み潰した。


「……ハァ……ハァ……」


倉庫は、死体と血と胆汁の匂いで地獄と化していた。

カイドーは、生きているのが不思議なほどの深手を負っていた。左腕はだらりと垂れ下がり、脇腹の傷は、もはや止血する意味もないほどに開いている。

KR13は、彼の治癒能力すら奪っていた。傷は、傷のままだった。


「……第一フェーズ完了…」


エラーラは満足げではなかった。声は、同情と焦燥に満ちていた。


「カイドー君。君の身体は、私の想定より脆いらしい。次のブーストからは、薬の量を調整しなくては……」


「……うるさい」


カイドーは、倉庫の壁に、どす黒い血の跡を擦り付けながら、外に出た。


・・・・・・・・・・


エラーラの工房の重い扉が開き、崩れ落ちるようにカイドーが転がり込んできた。

彼は、もはや人間の形をかろうじて保った「肉塊」だった。

床に、彼の「痕跡」がべっとりと引きずられていく。

エラーラは、床を汚すカイドーに駆け寄り、その惨状に絶句した。


「……左腕の機能は神経レベルでほぼ喪失。腹部の熱傷は……『壊死』が始まっている。……」


「……水……」


カイドーは、焼けた喉から絞り出す。


「……ああ、すぐに!」


エラーラは、かつての冷酷な様子など微塵も見せず、慌てて医療用の水溶液をカイドーの口元に運んだ。


「だが、君の内臓はすでに融解が始まっている。飲んでも吸収できるか……!」


カイドーは、もはやエラーラの優しさに反応する余裕もなかった。

彼は、工房の壁に寄りかかり、自らポーチを探った。だが、震える右手では、アンプルを掴むことすらままならない。


「……ブーストの反動と毒の進行が重なって、運動野に障害が出ている……仕方ない」


エラーラは、苦渋の表情で、今度は銀色の注射器を取り出した。


「これは特別製だ。君の脳幹に直接作用し、壊死しつつある肉体を強制的に『接続』させる。…… もう、後戻りはできなくなる……!」


「……頼む」


カイドーは、人間としての尊厳を捨てて、懇願した。


「……打て!」


針が首筋の脊椎に突き立てられる。


「ぐ……ぎ……あああああああああっ!」


その絶叫と共に、彼の垂れ下がっていた左腕が、痙攣しながらもわずかに動いた。脇腹の痛みも、再び脳の片隅に押しやられる。

カイドーは、震える右手で左腕を掴み、無理やり肩の関節にはめ込むように固定した。


「……すまない。私には……」


エラーラは、その惨たらしい姿から目をそむけた。


「……次の、情報は」


カイドーは、壁に血糊をつけながら立ち上がった。

エラーラは魔導モニターを操作する。


「次の標的は、王都魔導公社・中央管理室の副所長、『ギドー』だ」


モニターに、神経質そうな男の顔が映し出される。


「ドクター・イワナガの側近でね。奴が、地下導管の全区画ロックを解除する『魔導鍵』を管理している。鍵を奪え」


「……場所は」


「公社ビルの最上階だ。もちろん、護衛はいるだろうね。正面から行けば、君のその半壊した身体では1分と持たないだろう」


彼は、予備の魔力カートリッジをベルトに詰め込み、血で滑る魔導銃のグリップを握り直す。

左腕は動かない。

彼は、エラーラの工房にあった魔導テープで、左手と魔導銃の前部をぐるぐる巻きに固定した。


(これでいい。左手は、銃を支える『台』だ)


もはや、それは「戦う」姿ではなく、ただ「破壊」のためだけに最適化された、惨たらしい異形だった。


「行ってくる」



魔導公社ビル。

彼は、隣のビルの屋上から、一本のワイヤーロープを公社ビルに向けて射出した。

カイドーはワイヤーにぶら下がると、ビルとビルの間を飛び移った。

副所長室の窓ガラスを、カイドーは全身で突き破って侵入した。


「何者だ!」


中にいた『ギドー』と、護衛の聖騎士団二名が即座に魔導銃を構える。

だが、彼らの目に映ったモノに、一瞬の動揺が走った。

そこに立っていたのは、血と泥にまみれ、左腕を銃に縛り付けた、明らかに「死んでいる」男だったからだ。


「……カイドー!? 馬鹿な……!」


その一瞬の隙が、カイドーにとっての全てだった。

カイドーは、右腕一本で魔導銃を乱射しながら突進する。

聖騎士団の魔導弾が、カイドーの右脚と腹部に新たに着弾する。

肉が抉れ、骨が砕ける。

だが、彼は、撃たれながら、前に進み続けた。


「死ね! なぜ死なん!」


聖騎士団の一人が恐怖に顔を引きつらせる。

カイドーは、その男の魔導銃の銃口を、左腕で殴りつけ、弾道を逸らした。

そのまま、右腕で持った銃の銃口を、男のバイザーの隙間にねじ込み、引き金を引いた。

カイドーは、二人目の聖騎士団員に、銃を縛り付けた左腕ごと体当たりした。

男がよろめいた隙に、魔導銃を捨て、右手のナイフで男の首筋を何度も、何度も突き刺した。

返り血で、カイドーの顔が真っ赤に染まる。


「……ハァ……ハァ……」


部屋には、副所長の『ギドー』だけが残された。


「ひ……ひぃ……! 」


カイドーは、ギドーの言葉を遮り、その首を掴んでデスクに叩きつけた。


「……鍵」


「……あ……」


「……『魔導鍵』」


カイドーの声は、血反吐が混じり、もはや人間の声ではなかった。

ギドーが震える指で、デスクの隠し金庫を示した。

カイドーはギドーを投げ捨て、金庫を魔導銃で撃ち抜き、中から小さな魔導ディスクを奪い取った。


「……これで、終わりだ」


カイドーは、ギドーにとどめを刺そうと、銃口を向けた。

その時、


(……あ?)


視界が、歪んだ。

KR13による、本格的な「融解」の第一波が来た。

自分の右手が、まるで蝋細工のように、わずかに歪んで見える。指先の感覚が、完全に「消えた」。

魔導銃が、手から滑り落ちる。

カイドーは、その場に膝から崩れ落ちた。


「カイドー君! 意識を保て! 毒が脳幹に達し始めているぞ!」


エラーラの必死の呼びかけが響く。


(……ヒロミ……)


いや、違う。


(……王都……)


床に倒れ込みながら、カイドーは奪い取った魔導鍵を、血まみれの手で握りしめた。

意識が、暗転した。

彼の身体は、もう限界だった。

意識が、氷の海に沈んでいく。

死だ。

ようやく訪れた、安らかな「終わり」。

娘の元へ逝ける。

もう、痛くない。

もう、戦わなくていい。

闇。

闇……


……。


……。


暗黒の海の底に、エラーラの甲高い声が突き刺さった。


『カイドー君! 聞こえるか! カイドー君! 聞こえているなら、胸のポーチの「赤いアンプル」を打て! 心肺蘇生剤だ! 今すぐ打て!君の使命を果たすんだ!』


(……え、らあ、ら……?)


使命感という名の呪詛が、安らかな死を拒絶する。

カイドーは、血まみれの床の上で、うっすらと目を開けた。

自分の右手を見た。

指が、ない。

いや、ある。だが、まるで熱で溶けた蝋細工のように、五指が歪み、癒着し、もはや「掴む」という機能を失っていた。KR13が、末端の肉体を完全に「融解」させ始めていた。


「あ……が……」


声にならない。

右手が動かない。


『何をしている! 心停止まで、あと15秒! 思い出すんだ! 君がなぜ戦っているのかを!』


(……左手だ……!)


カイドーは、魔導銃に縛り付けられたままの、折れた左腕を、最後の意志の力で持ち上げた。

壊れた義肢のように動かない左腕を、床に叩きつける反動で振り回し、胸のポーチにぶつける。

アンプルが、血溜まりの床に数本転がり落ちた。


(……赤……)


溶けた右手で、床を「掴む」のではなく、「粘り着ける」ようにして、赤いアンプルを手繰り寄せる。

そして、それを自らの心臓めがけて、突き立てた。


「……がああああああああああああああああっ!」


もし彼にまだ体力が残っていれば、その場で跳ね起きていたであろう、凄まじい電気的ショック。

全身の血管が、内側から破裂するような激痛。

カイドーは、床に大量の黒い血を嘔吐した。

心臓が、無理やり鼓動を始める。


「さて、カイドー君。感傷に浸っている暇はないよ。聖騎士団の増援が、あと5分でビルに到着する」


カイドーは、床から立ち上がろうとして、崩れ落ちた。

右脚が、動かない。

魔導弾で撃ち抜かれた大腿骨が、完全に折れていた。


「……上等だ」


彼は、床に転がっていた聖騎士団の死体から、魔導ナイフを引き抜くと、自分の折れた右脚に突き立てた。


「ぐっ……!」


激痛で、再び意識が飛びそうになる。

彼は、そのナイフを梃子にして、床に転がっていた魔導ロープを引き寄せると、折れた右脚を、かろうじて動く胴体にぐるぐる巻きに固定した。

そして、カイドーは「這い」始めた。

それは、もはや刑事の姿ではなかった。

ビルの非常階段。

彼は、階段を「降りる」ことなどできない。

一段、一段、折れた身体を「落とし」ていく。

ガン! ガン! と、肉体がコンクリートに打ち付けられる鈍い音が響く。

そのたびに、全身の骨が軋み、新たな傷口から黒い血が溢れ出した。


(……父さん、頑張るからな……)


ビルの裏口から、王都の闇に這い出る。

冷たい雨が、彼の腐りかけた肉体を打った。

彼は、自分の臭いで吐き気を催した。

彼は、自分がすでに「死んでいる」ことを、その臭いで自覚した。

裏通りで、酒に酔った浮浪者が、闇から這い出てきた「それ」を見て、悲鳴を上げた。


「化け物……! 悪魔だ!」


カイドーは、その浮浪者に見向きもせず、ただひたすらにエラーラの工房を目指して、アスファルトの上を這いずっていった。


ラボの扉が、外から叩かれる音。

いや、違う。

這いずってきた肉塊が、最後の力でドアに体当たりしている音だ。

エラーラが扉を開けると、そこには、もはやカイドーだったモノが、泥と血と壊死した肉片の塊となって転がっていた。


「……おかえり、カイドー君。よく、戻ってくれた」


エラーラは声を震わせ、その場に膝をついた。

カイドーは、声も出せず、ただ、溶けて癒着した右手を、エラーラに向かって差し出した。

その手のひらには、魔導鍵が、融解した皮膚と肉に「融合」して張り付いていた。


「……これを……」


エラーラは、カイドーの溶けた右手の肉を、鍵ごと「切り剥がし」始めた。

エラーラは、血肉の付着した魔導鍵を、安堵と悲痛に歪んだ表情でそれを魔導分析器にセットした。


「……さあ、これでテロの最終実行座標が判明するぞ……」


エラーラが分析を急ぐ傍らで、カイドーは、床に広がっていく自らの血溜まりの中に、再び意識を沈めていった。


「……おっと、いけない。また死にかけている」


カイドーの意識が、再び強制的に浮上させられた時、彼は自分が「モノ」になったことを悟った。

彼はエラーラの工房の作業台に、冷たい金属の拘束具で固定されていた。


「……カイドー君。最後の準備だ」


エラーラは、目の下にくっきりと隈を作り、それでもなお、カイドーを案じる目で見下ろしていた。


「喜べ。君が持ち帰った『魔導鍵』の解析が完了した。ドクター・イワナガの最終座標と、テロの全貌が確定したよ」


カイドーは答えなかった。

声帯が、KR13による融解で半ば癒着し、まともな音を発せなくなっていた。


「さて」


エラーラは、工房の隅から、無骨な金属のフレームを引きずってきた。

それは、拷問器具のようにも、出来の悪い義肢装具のようにも見えた。


「君の脚はもう動かない。だが、脊髄反射は生きている」


エラーラは、カイドーの折れた右脚と、かろうじて動く左脚を、その金属フレームにボルトで固定し始めた。


「ぐ……!」


骨に直接響く振動に、カイドーの身体が跳ねる。


「これは、外部装着型の強制歩行補助具だ。」


エラーラは、カイドーの身体の数カ所に、銀色の太い注射針を突き立てた。


「……これが、私にできる、最後の『延命』だ。KR13の融解作用を、一時的に『停止』させる代わりに、君の残った全生命力を、今から60分間だけ燃焼させる劇薬だ。……もちろん、60分後、君の魂は、完全に解放される」


カイドーは、作業台の上で痙攣した。

腐りかけた肉体に、最後の燃料が投下される。

彼は、もはや人間ではなかった。

エラーラという友人の助けを借りて、刑事の使命という魂だけで動く、死の操り人形。



王都の地下導管。

そこは、魔導ガスの配管が唸りを上げる、迷宮だった。

暗闇の中、金属と肉が擦れる、おぞましい音が響く。

カイドーだ。

エラーラの強制歩行補助具は、彼の腐った脚を、まるで機械のように前後に動かしていた。

彼は歩いているのではない。

身体を「動かされて」いるのだ。

一歩進むたびに、折れた骨が軋み、壊死した脚の肉が裂け、腐臭を伴う黒い体液を撒き散らした。


(……寒い……)


KR13と劇薬の副作用で、彼の意識は朦朧としていた。

ヒロミの幻影が、暗い通路の先で手招きしている。


(……ヒロミ……今、行く……)


『……行け、カイドー君。君の『正義』を、見届ける』


インカムから響くエラーラの声だけが、彼を現実に繋ぎ止めていた。


『その角を曲がれ! 最終制御室まで、あと500メートル。……おっと、警備だ。聖騎士団が3名。どうやら、君の予想外の「帰還」に、ドクターも焦っているようだねぇ』


カイドーの濁った視界が、白い装甲服の3つの影を捉えた。


「……止まれ! 貴様は……あの時の!? 馬鹿な!なぜ生きている!」


彼らは魔導銃を構えた。

カイドーは、止まらなかった。

いや、止まれなかった。

エラーラの魔導パルスが、彼の脚を強制的に前進させ続ける。


「撃て! 殺せ! そいつは人間じゃない!」


魔導弾の閃光が、暗闇を切り裂く。

数発の弾丸が、カイドーの胸と腹部に深々と突き刺さった。

もし生きていれば、即死だった。

だが、カイドーは倒れない。

彼の内臓は、すでにKR13によって半分融解していた。

弾丸は、腐った肉を貫通し、黒い体液を飛散させただけだった。


「……う……お……」


カイドーの喉から、空気の漏れるような音が響く。

聖騎士団が、目の前の「それ」が死なないことに恐怖し、怯んだ。

その隙を、カイドーは見逃さない。

引き金を引く。

弾は数発しか出ない。

一人が倒れる。

残る二人。

カイドーは、そのまま「歩き」続けた。

撃たれながら、前に進み続けた。


「……く、来るな! 化け物!」


一人が、恐怖のあまりナイフに持ち替えた。

カイドーは、そのナイフを自らの肩に受けながら、溶けた右手を、男の顔面に叩きつけた。

もはや「手」ではない、骨と肉が癒着した「塊」だ。

男の顔面が陥没する。

最後の一人。

カイドーは、男に体当たりし、二人もつれて床に倒れ込んだ。

脚の補助具が、ガシャリと音を立てて火花を散らす。

カイドーは、床に這いつくばったまま、ただひたすらに、男の首筋に噛みついた。

腐った歯で、肉を食いちぎろうとする。


「ぎゃああああああああ!」


その悲鳴を最後に、通路は静まり返った。


『……ああ。肉体は、とっくに死んでいる。だが、魂は、まだ戦っている……! ……カイドー君。目標は、あの扉の向こうだ』


王都地下鉄・旧司令室。

ドクター・イワナガは、壁一面の魔導モニターを満足げに眺めていた。

モニターには、王城、中央議会、アストリア地区の地下導管の圧力計が表示されている。


「……完璧だ。KR13の充填、完了」


イワナガは、中央のコンソールに手をかけた。


「あと1時間。教祖ルジブ様の理想郷が、この手で……!」


その時。

背後で、重い鋼鉄の扉が、地響きのような音を立てて開いた。


「何者だぁ?…はあ、警備の者は何をしている……」


イワナガが振り返り、そして、絶句した。

そこに立っていたのは、人間ではなかった。

血と泥と、自らの内臓の残骸を撒き散らし、

壊れた金属の補助具に身体を固定され、

左腕は魔導銃と融合し、

右手は溶け落ち、

腐臭を放つ、死体。

その死体の、濁りきった瞳だけが、灼けつくような憎悪と、刑事としての「使命」の光を放ち、イワナガを捉えていた。


「……え……?」


イワナガは、自らの最高傑作であるKR13をバケツ一杯飲ませた男が、なぜ「動いている」のか理解できず、科学者としての理性が恐怖に変わった。


「うわああああっ!!!あ、ありえない! KR13は完璧なはずだ! なぜ……なぜ、貴様はまだ『存在』している!」


カイドーは、答えない。

彼は、壊れた脚を引きずり、一歩、また一歩と、イワナガに近づいていく。


「……やめろ……来るな! この、化け物が!」


イワナガが、護身用の魔導銃を抜き、カイドーに向けて乱射した。

弾丸が、カイドーの腐った肉体に、無意味な穴を次々と開けていく。

だが、カイドーは止まらない。

彼は、もう痛みも感じなければ、生命維持の概念すら超えていた。

彼の肉体は死んでいる。

だが、彼の魂が、王都を守るという使命感が、この死体を動かしていた。


(……ヒロミ……)


(……見つけたぞ……イワナガ……)


イワナガが、恐怖に後ずさる。

カイドーが、その目の前に立った。


「……カイドー君! データは、私が確かに王都全域に送信した! 君の勝ちだ!」


その瞬間、カイドーのインカムから、エラーラの声が司令室の全スピーカーに響き渡った!

壁一面の魔導モニターが、一斉に切り替わる。

『キチュ』のテロ計画の全貌。

そして、あの廃工場で、イワナガがカイドーに高笑いしながら毒薬について語る、録音音声。

それらすべてが、エラーラによってハッキングされ、王都の全報道機関、および警備隊本部のサーバーへと、一斉送信され始めた。

イワナガは、スピーカーに向かって叫んだ。


「エラーラ!貴様あああ!」


警報が、司令室全域に鳴り響く。

データ送信が完了し、イワナガの計画は、もはや実行不可能となった。


「……おのれ……おのれぇ!」


イワナガは、怒りと恐怖で顔を歪め、最後の標的であるカイドーに銃口を突きつけた。


「畜生!畜生畜生畜生!もう、おしまいじゃないかあああっ!くそっ!くそっくそっ!………もう、いい。…貴様だけは! 貴様だけは許さない!……『消滅』させてやる!」


カイドーは、朦朧とする意識の中、エラーラの声を聞いていた。


(……ああ。ヒロミ。……王都は、守ったぞ……)


エラーラの最後の劇薬が、その効果を終えようとしていた。

カイドーの身体が、急速に「融解」を再開する。


「死ね! 死にぞこないが!」


イワナガが、引き金を引こうとする。

カイドーは、最後の力を振り絞り、もはや動かないはずの身体を、その魂だけで、イワナガに向かって投げ出した。

二人はもつれ合い、司令室の床下にある、巨大な「原液タンク」の真上へと、転落していった。

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