表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集2 刑事篇
64/208

第8話:復讐の刑事!

夜霧が、王都の石畳を湿らせていた。 巡回中の警官が、治安の悪い第7地区の路地裏で息を吐く。その白い息が、古い魔導灯の光に溶けた。 その時、瓦礫の奥で不審な物音がした。


「おい、そこで何をしてる! 王都警察だ!」


警官が、規定通りに警棒を抜き、声を張り上げる。


闇から、人影がゆっくりと姿を現す。フードを目深にかぶった男だ。


「……イヌ、か」


男が、軽蔑するように呟き、右手を上げた。


詠唱はない。 警官が反応するより早く、青白い閃光がほとばしった。 《マナ・ブレット》。


「が……っ」


警官は、胸に高圧の衝撃を受け、よろめいた。魔力によって撃ち抜かれた制服が、小さく発火している。 彼は、信じられないという顔で自分の胸を見下ろし、そのまま前のめりに倒れた。 これが、ここ一週間で、3人目の警官殺しだった。



男――タツヤは、冷ややかに死体を見下ろした。 彼は、元・王都警備隊員だった。 正義感が人一倍強く、市民を守ることに誇りを持っていた。だが、3年前、ある貴族が絡む密輸事件を追っていた彼は、上官の命令に背いて貴族を逮捕しようとした。 結果、彼は「上官への暴行」という濡れ衣を着せられ、不当に懲戒免職となった。


彼を切り捨てた上官は、今や王都警察の上層部でふんぞり返っている。


「腐った組織は、俺が裁く」


タツヤは、警備隊時代に叩き込まれた、対魔術師用の速攻型攻撃魔法、《マナ・ブレット》の使い手となっていた。


「無能な番犬どもは、もういらない」


彼の復讐のリストは、まず現場の警官たち、そして目障りな魔導犯罪捜査課、最後に、自分を陥れた幹部へと続いていた。


魔導犯罪捜査課のオフィスは、通夜のように重苦しい空気に満ちていた。 ケンが、やり場のない怒りで壁を殴りつける。


「クソッ! また仲間が獲られたぞ! 俺たちがノロマだからだ!」


「3人目よ……。完全にわたしたちを狙ってるわね」


キョウコも、いつもの軽口を叩く余裕なく、硬い表情で爪を噛む。


「……許せねえ。どこのどいつだ」


リュウの怒りは静かだった。だが、革ジャンの下で握りしめられた拳が、彼の内面の激しさを物語っていた。


「現場の魔力残滓、一致しました。すべて同一犯です」


分析官のアイダが、震える声で報告する。


「使用魔術は……警備隊制式魔術。非常に速射性が高い、対人魔術です」


「警備隊の……? 内部犯か、あるいは元関係者か」


書類の山から顔を出したボス、クラタが、苦い薬草茶を飲み干した。


「フム……」


部屋の隅で、ドリップポットから立ち上る湯気を眺めていたエラーラが、口を開いた。


「面倒なことになってきたねぇ。組織への怨恨。一番厄介な動機だ。ワタシは組織論には興味ないんだがね。……だが、警官だけを狙う合理性が、まだ見えない」


「ワタシは物置でいい。外は空気が悪いからね」


エラーラは、アイダの資料室に陣取っていた。


「《マナ・ブレット》の登録使用者リスト。ここ10年分、すべてだ」


「そ、そんな膨大な…! タナカ巡査の葬儀の準備も……」


「死んだ人間はデータを更新しない。だが、生きてる犯人は、今も動いている。……さあ。やるんだよ、アイダくん。ワタシの脳が『退屈だ』とアラートを鳴らしている」


膨大な羊皮紙のリストを、エラーラは常人離れした速度で精査していく。


「……いた。3年前に『不祥事』で懲戒免職になった元隊員。タツヤ・キリシマ。……フム。免職の理由が『上官への暴行』。だが、当時の記録が妙に曖昧だ。これは……隠蔽ねぇ」


エラーラは、淹れたてのコーヒーを一口すする。


「ボスに伝えてくれたまえ。3年前のタツヤの件、当時の担当官を洗い出すように、と。どうせ、今頃は上層部でふんぞり返っているんだろうがね。……ああ、それと。その幹部の、今日のスケジュールもだ」


「タツヤだと!? あいつ、こんなことを……」


リュウはタツヤを知っていた。警備隊時代、合同訓練で会ったことがある。


「真っ直ぐすぎるヤツだったが……」


すぐにタツヤの潜伏先が割れた。


「行くぞ!」


リュウ、ケン、キョウコが、怒りを胸に魔導四輪車に飛び乗る。 アジトの古びたアパートに踏み込むが、もぬけの殻だった。


「しまった! 罠だ!」


リュウが叫んだ瞬間、床に描かれた魔力式のトラップが起動した。


「伏せろ!」


三人は、窓ガラスを突き破って外に飛び出す。直後、アジトが大爆発を起こした。


「あの野郎、俺たちごと!」


「……あそこ!」


キョウコが、爆風の向こう、路地裏を走る人影を発見した。


「逃がすか!」


キョウコが魔導二輪を起動させ、エンジンを唸らせる。リュウとケンも走る!


王都のダウンタウンで、ハードな追跡劇が始まった。 タツヤが振り返り、キョウコのバイクのタイヤに《マナ・ブレット》を撃ち込む!

バイクが火花を散らして転倒。キョウコは、爆発の魔力で蕁麻疹が出始めた腕で、警棒を構える。


「行け! リュウ! ケン!」


「タツヤァァ!」


リュウがリボルバーを抜き、タツヤを追う。 タツヤも、リュウに向かって《マナ・ブレット》を連射。リュウは、遮蔽物に身を隠しながら、的確にリボルバーで応戦する。 魔法の青い閃光と、火薬の赤い火花が、路地裏で激しく交錯した。


「お前も腐った警察の一人か!」


「テメェにダチを殺す権利はねえ!」


激しい撃ち合いの末、タツヤはリュウの肩を魔法で撃ち抜き、ケンを蹴り飛ばして、王都の下水道へと姿を消した。


「クソッ……! 待て!」 ケンが、マンホールに手をかけた。


「そこへ、一台のタクシーが、場違いにゆっくりと到着した。 エラーラが降りてくる。


「……見事にやられたようだね」


「うるせえ! あいつ、この下に……!」


「いや、違うね」


エラーラは、タツヤが逃げた方向とは逆、爆発したアジトの方角を指差した。


「ボスから連絡があった。タツヤの本命は、おそらく、奴を免職にした『上層部の幹部』だ。そして、その幹部が、今、爆発現場の視察に来ている。……タツヤは、君たちをここで引きつけ、本命を仕留めるつもりだ」


「何!?」


リュウが、撃たれた肩を押さえながら目を見開いた。


「……戻るぞ!」


爆発したタワーの現場。 野次馬の規制線の中、上層部の幹部が、ボス、クラタの護衛を受けながら現場を視察していた。


「……なんだ、このザマは! ホシはまだ捕まらんのか!」


「申し訳ありません。ただいま全力で……」


その時、瓦礫の影からタツヤが飛び出した!


「裏切り者! 裁きを受けろ!」


タツヤが、幹部に向かって《マナ・ブレット》を放つ。


「危ない!」


ボスが、咄嗟に幹部を突き飛ばした。


「ぐあっ!」


ボスの肩を、青白い魔力弾が貫いた。


「ボス!?」


駆けつけたケンとキョウコが叫ぶ。


「タツヤ!」


リュウが、負傷した肩の痛みをこらえ、リボルバーを構えた。


「どけ! リュウザキ! お前には関係ない!」


「関係なくねえ! ボスも、殺されたダチも、俺の仲間だ!」


リュウとタツヤが、同時に銃口と掌を向け合った。 静寂。


パンッ!


先に火を噴いたのは、リュウのリボルバーだった。 銃弾は、タツヤの魔力を放つ右腕を、正確に撃ち抜いた。


「ぐああああっ!」


魔術を封じられたタツヤが崩れ落ちる。ケンとキョウコが、一斉にタツヤを取り押さえた。 リュウは、硝煙の匂いの中、静かに銃を下ろした。


夜が明け始めた、王都警察病院。 ボスの手術室のランプが消える。「命に別状はない」と医者が告げた。 ケンもキョウコも、アイダも、安堵で廊下にへたり込む。


リュウは、一人、病院の屋上でタバコに火をつけていた。 そこへ、エラーラが自販機のぬるい缶コーヒーを持ってやってくる。


「……フム。仲間思いも結構だが、非効率な撃ち合いは感心しないねぇ」


「うるせえ。……お前のおかげで、ボスは助かった」


「ワタシはデータを解析しただけだ。組織の膿をどうするかは、君たちの仕事さ」


エラーラは、リュウに缶コーヒーを押し付ける。


「……だが」


エラーラは、朝日が昇り始めた気だるい王都の街並みを見下ろす。


「正義だの、復讐だの……組織に組み込まれた人間というのは、いつの時代も、実に面倒で、実に……興味深い観測対象だ」


リュウは、慣れない缶コーヒーの苦さに顔をしかめながら、静かに煙を吐き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ