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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
エラーラ・ヴェリタス短編集2 刑事篇
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第7話:英雄の証明!

王都の夜明けは、血の匂いと共に訪れた。 場所は、貴族街の広場。夜警が発見したのは、王都一の悪徳高利貸しとして知られる男、クロクスの死体だった。


だが、それはありふれた死体ではなかった。 クロクスは、広場の中央で、まるで天罰を受けたかのように、一本の『光の杭』によって地面に縫い付けられていた。 杭は、夜明けの光を受けて神々しく輝き、すでに集まった野次馬たちは「天罰だ」「聖なる裁きだ」と囁き合っていた。


その光景を、群衆の後ろで、一人の青年が満足げに、しかし震える手で見つめていた。 レオ。王立図書館の、目立たない司書見習いだ。


彼の手には、一冊のボロボロになった本が握られている。 今、王都の若者たちの間で爆発的な人気を誇る英雄譚、『光の騎士サー・ギデオン』。 レオは、この物語の敬虔な信奉者だった。


レオの家族は、かつてクロクスによってすべてを奪われた。父親は自害し、母親は病に倒れた。 だが、警察は「合法的な取引だ」と動かなかった。 レオは祈った。正義の鉄槌が下ることを。サー・ギデオンが、この世の悪を裁くことを。


「……サー・ギデオンが来ないなら、僕がなる」


彼は、家族の形見をすべて売り払い、闇市場でたった一つ、高額な禁断の魔道具を手に入れた。 物語の主人公が使う必殺技――『裁きの光杭』。 その、一回使い切りの魔導書を。


「悪は、裁かれた。……僕は、正義だ」


レオは、次の「悪」を裁くため、群衆の中に消えた。


「うおお! マジかよ! 光の杭!? カッコいいッスね!」


現場資料を見たケンが、少年のような目で興奮している。


「ついに王都にも、本物の『ヒーロー』が現れたんスよ!」


「あんた、バカ?」


キョウコが、腕に発疹止めの薬を塗りながら、顔をしかめる。


「何がヒーローよ。現場の魔力残滓、質が悪すぎるわよ!『神聖力』だか何だか知らないけど、アタシの魔力アレルギーが最悪に反応してるの! 痒くて死にそう!」


「ヒーローだろうが悪党だろうが、やったことは殺人と変わらん」


リュウは、リボルバーの弾倉を点検しながら、冷ややかに吐き捨てた。


「そ、それどころじゃありません!」


分析官のアイダが、血相を変えて解析室から飛び出してきた。


「この魔力波形……『神聖魔術』分類です! ギルドの最高位神官でも行使が難しい、伝説級の魔術ですよ! 我々にどうしろと!?」


「フム……」


オフィスの隅で、完璧なドリップを実践していたエラーラが、湯気をふぅと吹き飛ばした。


「伝説級、ねぇ。……どうも、臭うね」


彼女は、アイダから現場の魔力残滓が封じられた水晶片を受け取ると、光に透かした。


「……光の純度が高すぎる。収束率が完璧すぎる。まるで、演劇の書き割りだ。本物の『神聖力』というものは、もっと混沌としていて、非効率なものだよ」


「……どういうことだ?」


ボスのクラタが、苦い薬草茶の湯呑み越しに尋ねる。


「犯人は、本物の神官じゃない。これは、高価な『おもちゃ』の光だ。……そう、恐ろしく『物語』に忠実な、ね」


エラーラは、現場には行かず、アイダを連れて署の地下資料室に向かった。


「アイダくん。ワタシが欲しいのは、神官のリストじゃない。王都の『貸本屋』と『魔道具の闇市場』の取引リストだ」


「ええ!? 貸本屋、ですか?」


「ああ。この犯行はおそらく、『力』の誇示じゃない。『物語』の模倣だ。……今、一番売れている英雄譚は?」


「え、ええと……『光の騎士サー・ギデオン』ですね。僕も読んでます!」


エラーラは、アイダからその大衆小説をひったくると、数分で全ページを読み飛ばした。


「……フム。実に、稚拙で非論理的なプロットだ。だが、資料価値はある」


エラーラは、あるページを指差した。そこには、悪徳高利貸し『暗黒卿クロキアス』が『裁きの光杭』で倒される挿絵が描かれていた。


「クロクスとクロキアス……安直なネーミングだねぇ。次のターゲットは?」


エラーラはページをめくる。


「……『強欲の魔女、バルネッサ』か。アイダくん、このクロクスの被害者リストと、『サー・ギデオン』の愛読者リスト、それと闇市場の『神聖系スクロール』の購入者リストを、即時、照合したまえ」


数分後、一つの名前が浮かび上がった。


「レオ……王立図書館司書見習い。父親がクロクスのせいで破産。……そして、この『バルネッサ』と酷似した、悪名高い闇金業者『バルネダ夫人』に、現在母親の治療費の借金がある……!」


「ビンゴだねぇ。急いだ方がいい。ヒーローごっこは、一度始めると、なかなか、やめられないものだからね」


「ターゲットは『バルネダ金融』だ! 急げ!」


リュウの怒号と共に、パトカーが王都を爆走する。


バルネダ夫人の豪奢なオフィス。


「……お、おやめなさい! 金ならいくらでも……!」


「黙れ、悪党め!」


レオが、バルネダ夫人を剣で脅している。


「サー・ギデオンの名において、お前に裁きを……!」


「そこまでだ!」


リュウとケンが、扉を蹴破って突入する。


「け、警察!? なぜだ、僕は正義を……!」


レオは、高価なスクロールはもう持っていない。彼は、自分の力で「ヒーロー」になろうとしていた。


「しまった!」


レオは、完全に錯乱し、バルネダ夫人を人質に取ると、窓を突き破って隣の建物の屋根へと逃げ出した!


「待て!」


ケンが、屋根瓦を蹴散らしながら後を追う。


「キョウコ! 回り込め!」


リュウが、最短ルートで地上を走る。


「邪魔すんな! アタシはアレルギーで死にそうなんだから!」


キョウコが魔導二輪のエンジンを咆哮させ、先回りしようと路地裏を爆走する。 市場の屋台がひっくり返り、果物が飛び散る。王都のど真ん中で、派手な追跡劇が始まった。


追跡の末、レオは王都を見下ろす『暁の橋』の欄干に追い詰められた。 彼は、震える手で、バルネダ夫人の喉元に剣を突きつけている。


「来るな! 来るな! 僕はヒーローだ! 悪を倒すのがヒーローだ!」


「もうおしまいだ、小僧!」


リュウが、リボルバーを構え、ゆっくりと距離を詰める。


「ヒーローごっこは、そこまでだ」


「うるさい! ヒーローは、最後には必ず勝つんだ!」


レオが、錯乱して剣を振り上げようとした、その時。


「フム。どうかな」


一台のタクシーが、のんびりと橋のたもとに停まった。エラーラが降りてくる。


「……だ、誰だ、お前は!」


「通りすがりの研究者さ。……ところで、ヒーローくん」


エラーラは、ゆっくりとレオに近づきながら、あのボロボロの小説を掲げて見せた。


「ワタシも、君のバイブルを読んでみたよ。実に、ひどい出来だった」


「なっ……! 侮辱するな!」


「だが、君は、この物語の一番大事な部分を、読み飛ばしているようだねぇ」


エラーラは、冷ややかに告げた。


「第十二幕、第四十四ページ」


「……え?」


「『サー・ギデオンは、決して無力な者を盾にはしない。それは、我が正義に反する』……だそうだ」


エラーラの言葉に、レオの動きが止まる。


「君は、今、何を、している? ヒーローくん」


「あ……あ……」


「君がやっていることは、君の愛するサー・ギデオンが最も唾棄する『悪役』の所業そのものだ。君は、ヒーローじゃない。」


「ちがう……僕は……僕は、正義で……」


レオの腕から、力が抜ける。剣が、カラン、と音を立てて落ちた。 彼が、その場に崩れ落ちた瞬間。


「確保!」


ケンが飛びかかり、レオの身柄を拘束する。 リュウが、震えるバルネダ夫人を保護した。


「……なんで……」


レオは、子供のように泣きじゃくっていた。



夕暮れ。 魔導犯罪捜査課のオフィス。 エラーラは、窓際で、例の『サー・ギデオン』の小説を、ゴミ箱に捨てる準備をしていた。


「……しかし、アイツも哀れなヤツだったッスね」


ケンが、珍しく落ち込んだ様子で報告書を書いている。


「どいつもこいつも、くだらねえ『物語』に踊らされやがって」


リュウが、苦々しげに吐き捨てる。


エラーラは、小説の表紙を眺めていた。


「……フム。人間とは、実に厄介な生き物だねぇ」


彼女は、小説の一ページを破り取ると、それを折りたたみ、ガタつくデスクの脚の下に差し込んだ。 ガタつきが、ピタリと止まる。


「……ヒーローも、正義も、所詮は主観的な『観測』にすぎない。だが、人間は、その非論理的な『バグ』がないと、立ってさえいられないらしい」


エラーラは、完璧な水平を取り戻したデスクの上で、完璧な香りを放つコーヒーを、静かに一口すすった。

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