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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集2 刑事篇
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第4話:疾走する賢者!

「……フム。これは?」


魔導犯罪捜査課のオフィス。エラーラは、リュウが彼女のデスクに無造作に放り投げた、冷たく重い鉄の塊を眺めていた。


「ボスからの『お達し』だ。持ってけ」


それは、火薬式のスタンダードなリボルバーだった。


「……銃? 原始的な化学反応で金属片を射出する、前時代的なオモチャじゃないか。ワタシの『魔術』があれば、こんなナマクラは不要だがねぇ」


エラーラは、油の匂いがするそれを、汚れたものでも触るかのように指先でつついた。


「うるさい。王宮から通達が出たのよ」


キョウコが、魔力アレルギー用の軟膏を塗りながら言う。


「近頃の魔法犯罪の凶悪化に伴い、現場に出る『全捜査員』は、対魔法装甲を貫通し得る『物理的装備』の携帯が義務付けられた。……アンタも、『捜査員』よ」


「よっ、センセイ! カッコいッスよ!」


ケンが、無邪気に囃し立てる。

エラーラは、この日一番の深いため息をついた。


「……白衣のシルエットが崩れる。第一、重い。非効率だ。……ああ、最悪だ。ワタシの繊細な嗅覚が、この鉄臭さで鈍ってしまう」


文句を言いながらも、彼女は渋々、そのリボルバーを白衣の下のホルスターに収めた。

その直後、署内の警報ベルがけたたましく鳴り響いた。


「緊急事態だ!」


ボスのクラタが、受話器を叩きつける。


「旧魔導大学の塔が、何者かに占拠された! 王都全域の魔力供給が、不安定になっている!」


タワーの最上階。

一人の男が、複雑な魔導装置のコンソールを操作していた。


「……聞こえるか、エラーラ。君の愛する、その『便利な』魔術は、今日ここで終わる」


彼は、魔力の「乱用」を憎んでいた。


「人々は魔法に頼りすぎ、怠惰になった! ワシは、この王都の魔力を一度『ゼロ』に戻す!『魔力無効化爆弾』で、すべてをリセットする!」


「魔力無効化爆弾!? バカな!」


アイダが、真っ青な顔でデータをめくる。


「もしそれが作動すれば、王都中の治癒魔法は止まり、防壁も消滅、流通もすべて停止します!」


「フム……」


エラーラは、窓の外で不規則に明滅する魔導灯を見ていた。


「……この独特の周波数。間違いない、ゼインだ。あの男、まだあの非現実的な理論を諦めていなかったのか」


「センセの知り合いッスか!?」


「知り合い、というか……ワタシが『非論理的だ』と学会で叩き潰した、哀れな男さ」


エラーラが、冷ややかに言った。


「だが、厄介だねぇ。あの男の理論は、一つだけ正しい。彼の装置が作動すれば、この王都は『魔術が使えない』ただの石の箱になる」


「おしゃべりはそこまでだ!」


リュウが、リボルバーのシリンダーを回す。


「行くぞ! ヤツを止める!」



オールドタワーのロビー。

リュウ、ケン、キョウコが突入する。


「そこか!」


ケンが、階段を駆け上がろうとするゼインの背中を見つける。

だが、ゼインはコンソールを叩いた。


「《トラップ、起動》」


「うわっ!」


ケンが踏み込んだ床から、魔力の衝撃波が迸る。ケンは壁に叩きつけられ、足を負傷して動けなくなった。


「ケン!」


「アタシが行く!」


キョウコが、別ルートで回り込もうとする。


「《マグネティック・ケージ》」


ゼインの第二のトラップ。キョウコの警棒や装備が、凄まじい魔力磁場で壁に吸い寄せられ、彼女自身も身動きが取れなくなる。


「クソッ、体が……!」


「小細工を!」


リュウ一人が、ゼインに肉薄する。


「終わりだ、ゼイン!」


リュウが、対魔術用の特殊弾をリボルバーで撃ち放つ。

だが、弾丸はゼインの手前で、カラン、と力なく床に落ちた。


「な……!?」


「無駄だ、刑事」


ゼインは、不気味な笑みを浮かべていた。


「このタワーは、すでにワタシの『魔力無効化フィールド』の中だ。お前たちの『魔法』は、もう届かん!」


ゼインは、隠し持っていた鉄パイプで、リュウの腕を強打した。


「ぐあっ!」


リボルバーが手から滑り落ちる。リュウもまた、戦闘不能に陥った。


「……やれやれ。だから脳まで筋肉の刑事くんたちは……」


エラーラが、コーヒーの入った水筒を片手に、遅れて現場に到着した。


「ゼイン。君の実験は、ここで終わりだ。その非効率な爆弾を、ワタシが解体してやろう」


エラーラが、解析魔術を発動しようと手をかざす。

……しかし。

何も起こらなかった。


「……フム?」


エラーラは、もう一度試す。だが、魔力が指先に集まる感覚が、まったくない。


「ハハハ! 気づいたか、エラーラ!」


ゼインが、タワーの奥の扉に後ずさりしながら高笑いする。


「君のその魔術も、このフィールドの中では、ただの空虚なポーズだ! さらばだ!」


ゼインは、重い鉄の扉の向こうへと消え、内側から厳重に鍵をかけた。


「……マジかよ、センセイ」


ケンが、うめき声を上げる。


「魔術がなけりゃ、あんた……」


「ただの白衣の女、か」


エラーラが、動かない自分の指先を見つめた。

爆弾のカウントダウンを示す魔導計が、赤く点滅を始めている。


(ゼインの『無効化爆弾』は、魔力を消すだけではない。その過程で発生する膨大な『負の魔力』が、街の地下水脈と反応し、数万人の命を奪う『猛毒の瘴気』に変わる。それを知っているのは、ゼインの論文を唯一、最後まで読み解いたエラーラだけ。爆弾の停止には、ゼインが持つ『物理的な停止キー』が絶対に必要だ)


「……チッ」


エラーラは、白衣の裾を翻した。


「刑事くんたち。ボスには、『ワタシが走る羽目になった』と、莫大な賠償金を請求しておけ!」


エラーラは、負傷した三人を残し、ゼインを追って走り出した。


「ハァ……ハァ……!」


エラーラは、タワーの裏口から飛び出したゼインの背中を追って、王都の裏通りを走っていた。


「待て、ゼイン! その爆弾は……!」


「うるさい!」


ゼインも、学者崩れで体力はない。だが、狂気が彼を走らせている。

彼は、エラーラを妨害するために、路地裏のゴミ箱や屋台を、手当たり次第に倒していく。


「この……!」


エラーラは障害物を飛び越え、ショートカットのために細い路地に入る。

角を曲がった瞬間。

ゼインが、物陰からエラーラに向けて、魔術ではない、原始的な「クロスボウ」を構えていた。


「!」


ヒュン!と、矢がエラーラの頬を掠める。


(殺す気か! あの男!)


ゼインが、次の矢をつがえようとする。

その瞬間、エラーラは、ホルスターの『それ』を、半ば無意識に引き抜いていた。


「……なっ……非効率な!…だが!」


エラーラが放った銃弾は、狙いなど定まっておらず、ゼインの足元の石畳を砕いた。

だが、その轟音と衝撃に、ゼインは怯んだ。


「ひっ!」


ゼインは、再び逃げ出す。

エラーラも、自分の撃った銃声に耳を鳴らしながら、後を追う。


(うるさい! 汚れる! まったく、最悪だ!)


数分間の追跡の末、ゼインは、古い教会の廃墟に飛び込み、その重い扉に内側から鍵をかけた。


「ハァ、ハァ……ゼイン! 開けろ!」


エラーラは、分厚いオーク材の扉を叩く。爆弾の起動まで、あと3分。


「いやだ! ここで、すべてを終わらせる!」


中から、ゼインの狂った声が聞こえる。


(魔術は使えない。扉は、物理的に厚すぎる……!)


エラーラは、自分が握りしめているリボルバーに視線を落とした。


(……こいつで? まさか。こんなもので、この扉が……)


いや、と彼女は首を振る。


(扉を破壊する必要はない。……こういう原始的な鍵は、その機構もまた、原始的だ)


エラーラは、扉の『鍵穴』のあたりに、銃口を押し当てた。


「ゼイン! 君の理論は、前提が間違っている!」


そして、躊躇なく、引き金を引いた。

轟音が響き、銃弾が木材を、そして内部の原始的な錠前そのものを粉砕する。

エラーラは、煙の上がる銃口で、壊れた扉を押し開けた。

祭壇の前。

ゼインが、爆弾の起動キーに手をかけようとして、呆然と立ちすくんでいた。


「……なぜだ。魔術なしで、なぜ……」


「言っただろう。君は、前提を間違えている、と」


エラーラは、銃口をゼインに向けたまま、静かに言った。


「ワタシは、『魔術師』である前に、『研究者』だ。……道具は、選ばん」


そこへ、けたたましいサイレンと共に、負傷を引きずったリュウとケンが、肩で息をしながらなだれ込んできた。


「センセイ!」


「エラーラ!」


リュウは、ゼインがまだ爆弾を諦めていないのを見て、叫ぶ。


「動くな! 動けば撃つ!」


エラーラが銃でゼインの動きを止め、リュウとケンが飛びかかってゼインを取り押さえた。


「確保!」


エラーラは、その場で爆弾の停止キーを操作し、カウントダウンを止めた。



夜が明け始めた王都。

教会の外の階段で、エラーラは一人、座り込んでいた。

その手には、火薬の匂いがこびりついた、空のリボルバーが握られている。


(……まさか)


彼女は、自分の手を見つめた。


(この、前時代の遺物が……ワタシの命を救い、王都を救い、事件を解決に導いた……?)


魔術こそが万能。

物理など、原始的な蛮族の行為。

そう信じていた彼女の論理が、ガラガラと音を立てて崩れていく。


「フム……」


エラーラは、空になったリボルバーを、カチャリ、と弄んだ。


「……データは、多いほどいい、か。なるほど。これもまた、一つの『解』だ」


彼女は立ち上がり、白衣についた硝煙の汚れを、忌々しそうに、しかし、どこか不思議な感慨と共に、払い落とした。


「……ああ、コーヒーが飲みたい。ただし……最悪な味の豆でも、今は、我慢してやろう」

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