第3話:時限爆弾!
王都の真夜中を、轟音が引き裂いた。
場所は、王都の魔力供給を担う『中央マナ・リレイ・タワー』。市民が寝静まる中、タワーの低層部が凄まjい爆発によって吹き飛んだ。
「何事だ!?」
「テロか!」
爆心地は、ただの火薬による黒いススではない、青白い魔力の残滓が、オゾンの異臭と共に立ち込めていた。
それは、ギルドが厳重に禁じている「マナ圧縮爆弾」特有の痕跡だった。
幸い、爆発はタワーの基部を逸れ、魔力供給は止まっていない。
だが、これは明らかに、王都そのものへの「宣戦布告」だった。
タワーを見下ろす丘の上。一人の男が、満足げにその炎を眺めていた。
男の名はキド。
かつては王立魔導研究所に所属した、エリート魔術師だった。
彼は「魔力の純粋性」に取り憑かれ、制御不能なほどの高圧縮技術を研究していた。10年前、その研究が暴走事故を引き起こし、彼は同僚数名を死なせた。
研究所を追放され、魔導師ギルドからも破門。すべてを失ったキドは、地下にもぐった。
(……足りん。まだ足りん!)
キドの目は狂気に満ちていた。
(俺の理論は間違っていなかった! 悪いのは、俺の純粋な魔力を恐れた、あの腐った研究所だ!)
彼は、追放された技術を使い、復讐の爆弾を作り続けていた。
(あのタワーは、奴らの腐敗の象徴だ。次は、王都の心臓部……貴族どもがふんぞり返る、あの劇場を浄化してやる!)
彼は、次の爆弾を仕掛けるため、闇へと消えた。
「爆弾魔だぁ!? まったく、派手な野郎だぜ!」
魔導犯罪捜査課のオフィス。朝から叩き起こされたケンが、欠伸を噛み殺しながら叫ぶ。
「冗談じゃないわよ。爆発の魔力残滓のせいで、現場に近づいただけで全身ブツブツよ!」
キョウコが、腕に塗った薬をパタパタと乾かしながら毒づく。
「……火薬だろうが魔法だろうが、やることは同じだ。足取りを追う」
リュウは、革ジャンの襟を立て、リボルバーに弾を込めている。
「そ、それが……!」
分析官のアイダが、真っ青な顔で解析結果の羊皮紙を握りしめている。
「この魔力波形……10年前に使用が禁止された『純粋マナ圧縮』のものです! 制御が不可能で、下手をすれば半径一マイルを吹き飛ばす、非常に危険な……!」
「フム……」
オフィスの隅で、朝一番のコーヒーを淹れていたエラーラが、湯気をふぅと吹き飛ばした。
「原始的だが、それゆえに強力なエネルギーだねぇ。だが、この残滓……ずいぶん『ムラ』がある。犯人は、完璧な制御には至っていない。……ああ、それより、この安物の豆は最悪だ。ワタシの繊細な味覚が爆発してしまうよ」
「ワタシは現場には行かない。粉塵は白衣の大敵だからね」
エラーラは、アイダから渡された現場の魔力残滓サンプルを、光に透かしていた。
「この不均一な圧縮パターン……見覚えがある。これは『キド式圧縮理論』だ」
「キド!? あの、10年前の研究所爆発事故の!?」
アイダが息をのむ。
「ああ。彼は、魔力を『純粋』なまま爆発させることに固執していた。愚かなことだ。不純物こそが安定を生むというのに」
エラーラは、コーヒーカップを置いた。
「10年間、地下で研究を続けていたと見える。だが、この男は『純粋性』にこだわる。次のターゲットも、ただの破壊じゃない。奴が『不純』とみなす、魔力の集積地だ」
エラーラは、王都の地図を広げる。
「アイダくん。10年前、キドが研究所で訴えていた『魔力の商業利用の是非』に関する論文、至急探し出してくれたまえ。奴の『浄化』リストが、そこに書いてあるはずだ」
・・・・・・・・・・
「論文が出たぞ!」
「『魔力は芸術のためにのみ使われるべきである』だと!?」
アイダの分析で、次のターゲットが絞られた。
今夜、王侯貴族が集う『王立オペラハウス』だ。
「間に合わねえ!」
ケンがオフィスを飛び出す。
「こっちの近道を使うわよ!」
キョウコがバイクに火を入れる。
「正面は騒ぎになる。裏口から突入するぞ」
リュウが、パトカーのサイレンを鳴らした。
オペラハウスの豪華なロビー。
キドは、すでに清掃員に変装し、客席の真下に位置する『魔力調整室』に潜入していた。
「時間だ……!」
キドが、時限式の魔力爆弾を起動させる。
そこへ、扉を蹴破ってリュウとケンが飛び込んだ!
「王都警察だ! 動くな、キド!」
「邪魔をするなぁ!」
キドが、懐から小型の爆弾を投げつける!
「危ねえ!」
ケンがリュウを突き飛ばす。爆風が室内を荒れ狂う。
「この野郎!」
ケンが、爆風の中を突進し、キドにタックルを仕掛ける。
「ウオオオオ!」
「離せぇ!」
二人がもつれ合い、床を転がる。リュウが体勢を立て直し、キドに銃口を向けた。
「そこまでだ!」
「リュウさん! ダメだ! こいつの爆弾、止まんねえ!」
ケンが叫ぶ。時限式の魔力針が、ゼロに向かって急速に進んでいた。
「クソッ! アイダ! どうなってやがる!」
リュウが通信機(伝声管)に怒鳴る。
『だ、ダメです! あれは物理的な解除は不可能! 魔力の流れを直接断ち切らないと!』
その時、けたたましいサイレンと共に、一台のパトカーがオペラハウスの正面に乗り付けた。
「まったく……これだから脳まで筋肉の刑事くんたちは、騒ぎを大きくする」
エラーラが、コーヒーの入った水筒を片手に降りてくる。
その後ろから、珍しくボスのクラタが、重い体を揺すって降りてきた。
「エラーラ! どうにかならんのか! 王都のド真ん中だぞ!」
「……やれやれ。ワタシはコンサルタントであって、爆弾処理班じゃないのだがねぇ」
魔力調整室。
ケンがキドを羽交い締めにし、リュウが銃を突きつけている。
だが、爆弾は不気味な青い光を放ち、ゼロまであとわずか。
「ハハハ! もう遅い! これで、腐った貴族どもも、俺の才能を無視した世界も、すべて浄化されるんだ!」
キドが狂ったように笑う。
そこへ、エラーラがゆっくりと入ってきた。
「……フム。実に醜悪な魔力波形だ。君の理論は、10年前から一歩も、進歩していないねぇ」
「な、何者だ、貴様は!」
「通りすがりの研究者さ」
エラーラは、光り輝く爆弾を一瞥すると、まったく関係のない壁の『配電盤』に手をかけた。
「君の爆弾は、この劇場の魔力そのものを起爆剤にしている。つまり、エネルギーを外部から供給されている、実に非効率なシロモノだ」
「それがどうした! もう止められん!」
「つまり。止める必要はない。供給を断てばいいだけだ」
エラーラは、配電盤の中枢魔石を掴むと、冷ややかに言った。
「《全系統、シャットダウン》」
パツン。
次の瞬間、オペラハウスの豪華なシャンデリアが一斉に消え、光り輝いていた爆弾も、ただのガラクタになった。
「あ……あ……」
キドが、その場で崩れ落ちる。
「……そんな、バカな……俺の、俺の10年は……」
リュウが、そのこめかみに、静かに銃口を押し付けた。
夜が明け始めた王都。
オペラハウスの屋上で、エラーラは白み始めた空を眺めていた。
彼女の手には、すっかりぬるくなったコーヒーの水筒がある。
「センセイ! マジですげえッスよ!」
ケンが興奮気味に駆け寄ってくる。
「あの爆弾、どうやって……」
「だから言っただろう。プラグを抜いただけだ、と。彼は、自分の魔力だけでは、あの規模の爆発を起こす自信がなかった。だから外部電源に頼った。それが奴の限界であり、敗因さ」
「……チッ。結局、魔法がなけりゃ解決できなかったってことか」
リュウが、革ジャンのポケットに手を突っ込んで、そっぽを向く。
エラーラは、呆然と連行されていくキドの背中を見つめた。
「……純粋なエネルギーなど、この世には存在しない。光があれば、必ず影ができる。その影の扱い方こそが、本当の『科学』なのだが、ねぇ」
彼女は、ぬるいコーヒーを一口すすると、誰よりも先に、現場を後にした。




