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【5位】エラーラ・ヴェリタス/ERROR la VERITAS  作者: 王牌リウ
エラーラ・ヴェリタス短編集2 刑事篇
57/206

第1話:Bad City

主題歌:探偵物語/Bad City

https://youtu.be/A3BJ-DwMikk

王都の朝は、いつも気だるい霧に煙っている。

石畳は夜露に濡れ、古い魔導灯がチカチカと不規則に瞬いては、頼りない光を吐き出している。市場へ向かう荷馬車の車輪が軋む音だけが、やけに大きく響いていた。


ガシャン!


その気だるさを叩き割るように、王都警察・魔導犯罪捜査課のオフィスで、魔導伝声管の受話器が叩きつけられた。


「クソッ! また《幻惑》だ! 目の前で姿を消しやがった!」


デスクを蹴飛ばさんばかりの勢いで吠えたのは、ケン。この課で一番の若手で、体力と情熱だけが取り柄の熱血漢だ。だが、その自慢の足も、魔法という理不尽な壁の前では、ただ空回りするばかりだった。


「落ち着け、ケンタ。血圧が上がると魔力が乱れるぞ」


冷静に報告書の羊皮紙をめくっているのは、分析官のアイダ。皆が「プロフェッサー」と呼ぶ、捜査課の頭脳担当だ。


「僕の分析によれば、最近の魔法犯罪は明らかに組織化されている。この術式の波形、先週の宝石強盗と酷似しているんだ」


「データで犯人が捕まるかってんだよ!」


ケンタが吼える。

窓際で腕を組み、街を睨みつけていた男が、静かに煙を吐き出した。エース格のリュウザキだ。


「……小細工ばかり覚えやがって」


彼は、魔法という「小細工」を何よりも嫌っている。過去に、それで相棒を失っていた。


「あら、その足で逃げられてるじゃない、リュウ」


バイク用の革ジャケットを羽織った紅一点、キョウコが、磨いていた警棒を置いて皮肉を飛ばす。彼女は極度の魔力アレルギーで、強い魔力に近づくと蕁麻疹が出るため、誰よりも犯人を物理的に叩きのめしたがっていた。


「またやってるか、お前たちは」


部屋の奥。山積みの書類という名の砦の向こうから、課長のクラタが顔を上げた。彼は、濁りきった薬草茶を音を立ててすする。


「ボス! このままじゃ、魔法使いどものやりたい放題ッスよ!」


ケンが詰め寄る。

クラタは、ギシリと椅子を軋ませ、重々しく口を開いた。


「……分かっている。だから、呼ぶぞ」


その一言で、オフィスの喧騒がピタリと止んだ。

リュウザキが忌々しげに舌打ちする。


「……本気ですか、ボス。あの『腑抜け』を?」


「他に手があるか。王宮から『特別協力令状』はすでに取り付けてある」


クラタは、三人を順に指差した。


「リュウ、キョウコ、ケン! 行って、引っ張ってこい。もし嫌がったら?」


「「「公務執行妨害でひっとらえます!!」」」


三人の声が、この日初めて、綺麗に揃った。




その頃、王都の郊外。とある獣病院の敷地の片隅にある、物置同然の空き部屋。

ベッドの上で、白衣を着たままの女が、マグカップを片手に天井のシミを眺めていた。

エラーラ。

かつて何をしたのか、誰も詳しくは知らない。ただ今は、この部屋に居候し、腑抜けた日々を送るだけの女だ。


(……フム。実に、論理的で美しいシミだ。カオス理論を彷彿とさせる。ああ、ダメだ。何も沸いてこない。ワタシの脳は、完全にスリープモードだ)


カチリ、とマグカップを置く。中身は、とっくに冷え切った苦いコーヒーだ。彼女はこれがないと、思考が始まらない。たとえ、その思考が腑抜けたものであっても。


ドンドン! ドンッ!


鉄の扉が、壊れそうなほど乱暴に叩かれた。


『エラーラ! 王都警察だ! 開けろ!』


『センセイ! お迎えに来やしたよー!』


エラーラは、心底面倒くさそうに、ゆっくりと立ち上がった。


「……はぁ。何の用だい、刑事くんたち。ワタシは今、カフェインが代謝機能に及ぼす影響について、非常に重要な考察の最中なのだがねぇ」


ガチャリ、と重い音を立てて扉が開く。三人の刑事が、狭い部屋になだれ込んできた。


「よぉ、センセイ! 今日も顔色悪いッスね!」


「フム。それは君の主観的観測だ。ワタシのバイタルは、低空飛行だが安定している。それより、ワタシの実験室の空気を乱さないでくれたまえ。ホコリが立つ」


「ふざけてんじゃないわよ!」


キョウコが、エラーラの胸元に羊皮紙の令状を突きつける。


「『特別魔導犯罪協力令状』! 今日からアンタは、我々『魔導犯罪捜査課』の特別協力員! いいわね、これは『命令』よ!」


「ほう……国家権力による強制労働とは、実に前時代的で非効率なシステムだねぇ」


エラーラは、冷めたコーヒーを一口すすると、再びベッドに寝転がろうとする。

その肩を、無言でリュウザキが掴んだ。


「……立て。魔術師!」


その目には、魔法という存在そのものへの、強烈な嫌悪が宿っている。


「……フム」


エラーラは、掴まれた肩とリュウザキの顔を興味深そうに見比べる。


「君のその、単純な思考回路は、興味深い。だが、ワタシに触れるな」


エラーラは、リュウザキの手を冷ややかに振り払った。

一触即発の空気を、ケンが慌てて割って入る。


「まあまあ、リュウさんもキョウコさんも! ボスが待ってるんスから! 行きましょうよ、センセイ!」


「……もし、ワタシが『行かない』という実験結果を選んだら?」


「『逮捕』する」


キョウコが、カチリ、と魔力封じの手錠を鳴らした。

エラーラは、天井を仰ぎ、この日一番の深いため息をついた。


「……ハァァ。分かった、分かったよ。行こうじゃないか。この腑抜けたワタシを、君たちがどう『運用』するのか。その実験結果には、少しだけ、ほんの少しだけ興味が湧いてきたからねぇ」


「やったー!」


「チッ……」


「……」


ボロボロのパトカーが、王都の石畳をガタガタと走る。

運転はキョウコ。助手席にリュウザキ。

エラーラは後部座席で、ケンにがっちりガードをされている。


「センセイ! これで俺たちも、あの魔法使いどもを!」


「フム。威勢がいいのは結構だがね、ワタシはコンサルタントだ。肉体労働は専門外だぞ?」


「……おい、魔術師」


リュウザキが、ルームミラー越しにエラーラを睨んだ。


「署に着いたら余計なことはするな。ボスに会うだけだ。お前の小賢しい魔法なぞ、当てにはしていない」


「それはどうかな」


エラーラは、窓の外を流れる気だるい街並みを見ながら、ニヤリと笑った。


「君たちのその『当てにしていない』という前提が、どれほど脆いものか……。ああ、いけないねぇ。少しだけ、脳が回り始めてしまったじゃないか」


魔導犯罪捜査課まで、あと十数分。

まだ誰も、エラーラの淹れるコーヒーが、署の備品室で一番高価な豆を要求することを知らない。

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