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第12話:Those Who Protected the Future

主題歌:ローレライ サウンドトラック

https://youtu.be/2fHWT_w_geA

戦いは、終わっていなかった。

エラーラは、旧時代の通信網を部分的に復活させ、各地に散らばる「生き残り」へと、コンタクトを開始した。 獣人の隠れ里。ドワーフの地下都市。エルフの避難船団。 彼らは、エラーラの『知性』と、ウエストランドの『物資』を頼り、続々と、この最後の砦へと集い始めた。


そして、世界の『定義』が、塗り替えられていった。


「…エラーラ様。また、連中が来ました」


ウエストランドの分厚い防壁の上で、獣人の斥候が、苦々しげに吐き捨てた。 地平線の彼方。 かつて『解放軍』を名乗った者たちの、統制を失った集団が、バイクや、粗末なバギーで、威嚇するように砂埃を上げている。 彼らは、もはや『軍隊』ではなかった。 略奪と破壊だけを目的とする、純粋な暴力の権化。知性による対話や、交渉の余地を、一切持たない者たち。


「…フン。あれは、もはや『人間』ではない」


エラーラは、スナイパーライフルのスコープを覗きながら、冷ややかに呟いた。


「あれは、知性を放棄した『獣』だ。あるいは、この星の『病原菌』だ。つまり……」


エラーラは、集まった、多様な種族の兵士たちに向かって、静かに宣言した。


「…そう。これより、我々は、ああした『暴力的な反知性主義者』全てを、『異世界転生者』と呼称する」


彼女は、自分の胸を指した。そこには、エルフも、ドワーフも、獣人も、そして、ミヨやリナのような『漂着者』もいた。


「…そして、我々だ。種族は問わん。肌の色も、耳の形も、牙の有無も関係ない。ただ、『知性』によって対話し、明日を築こうとする者。…それこそが、これより、この世界における、唯一の『人間』の定義とする」


『人間』。 その言葉は、重い響きを持って、彼らの胸に落ちた。 この日、世界は、二つに分かたれた。 破壊するだけの『異世界転生者』と、生きようとする『人間』とに。


ウエストランドの、巨大な整備工場。 そこは、ミヨの新しい『城』となっていた。 ドワーフの工兵たちと、エラーラの設計図を元に、ミヨは、死んだはずの『一番星』を、蘇らせていた。


リナは、その傍らで、エラーラから譲り受けた旧式の端末を、必死に操作していた。 彼女は、あの『バベルズ・ダスト』での贖罪のため、エラーラの『目』と『耳』となるべく、通信技術とハッキング技術を、寝る間も惜しんで学んでいた。


「…お母さん」


リナが、油まみれのミヨに、水を差し出した。


「…ありがとうよ」


ミヨは、娘の顔を見ずに、水を呷った。 二人の間には、あの再会の日から、ずっと、ぎこちない空気が流れていた。


「…エラーラさん、言ってた。この『一番星』が完成したら、西の採掘場まで、資源を獲りに行くって。…お母さんも、行くの?」


「…当たり前だろ」


ミヨは、スパナで、巨大なタイヤのボルトを締め上げる。


「あたしは、こいつの『運転手』だ。それ以外に、能はねえからな」


「…そんなことないよ!」


リナが、声を荒げた。


「お母さんは、英雄だよ!みんな、そう言ってる!」


「やめな」


ミヨの、低い声が、工場の鉄骨に響いた。


「…英雄だの、聖母だの…反吐が出る。あたしは、ただの、冴えない中年女だ。…それに」


ミヨは、リナの目を、初めて真っ直ぐに見た。


「…あんたも、あたしも、『転生者』だ。あの、地平線の向こうで、バイクを乗り回してる『獣』どもと、同じ穴の狢さ」


「違う!」


「違わねえよ!」


ミヨは、スパナを床に叩きつけた。


「あいつらが、あたしのタケシを殺した。あいつらの『噂』が、あんたを殺した。そして、あんたは…!あんたは、この世界で、あたしを裏切った!」


「…!」


「…理由は、どうであれ、な」


ミヨは、うなだれるリナから、目をそらした。


「…もう、いいんだ。あたしは、もう、ただの『運転手』だ。…あんたも、『通信士』として、エラーラ様の役に立ってな」


それは、ミヨなりの、娘を『戦場』から遠ざけようとする、不器用な『愛』だった。

だが、『異世界転生者』たちは、そんなミヨたちの葛藤を、許しはしなかった。 ウエストランドの防壁が、敵の『声』によって、包囲された。 拡声器から、あの『ボス』の演説を模倣したかのような、甲高い、ヒステリックな声が響き渡る。


「「「聞け!『旧人類』ども!我々は、知っているぞ!お前たちの『希望』が、まやかしであることを!」」」


「「「お前たちの『英雄』!『荒野の聖母』ミヨ!そして、その娘、リナ!そいつらは、『我々』だ!お前たち『旧人類』を殺して、この世界に来た、『転生者』だ!」」」


ウエストランドの『人間』たちに、動揺が走る。 エラーラが、防壁の上で、冷ややかに、その演説を聞いていた。


「「「そいつらは、裏切り者だ!エラーラに、魂を売った、奴隷だ!我々の『楽園』を汚す、汚物だ!」」」


「「「今すぐ、その『母娘』を引き渡せ!そうすれば、お前たちの命だけは、助けてやってもいい!」」」


「…フン。分かりやすい、分断工作だ」


エラーラが、吐き捨てる。 だが、ヴァラスが、青ざめた顔で、エラーラに進言した。


「…司令。民間人たちが、動揺しています…。ミヨ殿たちが、本当に『転生者』なのか、と…」


「それが、どうした」


「もし、本当に、彼女たちが『引き金』となって、この聖域が攻撃されるなら…」


「ヴァラス?」


エラーラは、老兵の目を、冷たく見据えた。


「お前は、『人間』の定義を、忘れたか?ミヨとリナは、我々と『対話』し、我々と共に『戦った』。ならば、彼女たちは『人間』だ。…それが、私の『知性』の弾き出した、答えだ」


エラーラは、防壁の上の、巨大なスピーカーのスイッチを入れた。 彼女の、凛とした声が、砂漠全体に響き渡る。


「…『異世界転生者』どもに告ぐ…ここには、お前たちの求める『裏切り者』はいない。ここにいるのは、明日を生きようとする『人間』だ!」


「…!」


「…そして、私の『仲間』だ。…仲間たちに、指一本でも触れてみろ。その時は、お前たちの、その非効率な存在そのものを、消し去ってやろう!」


「「「…ぬかしたな、知性カブレが!」」」


「「「あの『裏切り者』の母娘を八つ裂きにしろ!」」」


地平線から、何百という、バイクとバギーの群れが、ウエストランドへと、雪崩れ込んできた。 防衛戦が、始まった。


戦いは、熾烈を極めた。

『一番星』は、もはや、ただのトラックではなかった。 ドワーフの工兵たちが組み上げた、火薬式の『多銃身機関砲』が火を噴き、エラーラが設計した『キメラの甲殻』の装甲が、敵の火炎瓶を弾き返す。

ミヨの運転は、神業の域に達していた。 彼女は、エラーラと、そして、司令室から、必死で敵の動きを『予測』し、伝える、リナの『声』だけを頼りに、敵陣の真っただ中を、縦横無尽に駆け抜けた。


敵の数は、無限とも思えた。 この死の世界で、彼らは、まるで、悪意の『胞子』のように、増殖を続けていた。 三日三晩の戦いの末、転生者たちは、おびただしい数の死体を残して、一旦、撤退していった。 だが、ウエストランド側も、無傷ではなかった。 ヴァラスは、片腕を失った。 『一番星』も、装甲の半分を失い、弾薬も、燃料も、尽きかけていた。


「…ダメだ…」


エラーラは、司令室で、冷たい現実を、生存者たちに告げた。


「…この要塞は、もう、持たん。ここは、もはや『聖域』ではなく、『檻』だ」


絶望が、再び、彼らを包み込んだ。 ミヨも、リナも、血と埃にまみれたまま、うなだれるしかなかった。

その、時だった。


ザ…ザザ…


リナが、必死に守り続けていた、『長距離無線』。 そのスピーカーから、ノイズとは違う、別の『音』が、聞こえてきた。


「…ザザ…こ…るか…生存者…」


「…!?」


リナは、慌てて、ダイヤルを調整した。 ノイズが、わずかに、晴れる。


「…ザ…聞こえるか、生存者…我々は、『アクア・ポリス』。…海上に浮かぶ、最後の『楽園』だ」


ホールにいた、全員が、息を呑んだ。 ミヨも、エラーラも、その『声』に、釘付けになった。 それは、ボスの、あの狂信的な声とは違う。 リナの合成音声とも違う。 疲れているが、確かな『知性』と『希望』を感じさせる、老人の声だった。


「…反知性主義者の汚染は、海には届かない。…もし、この声が、届いているのなら、東の『海』を目指せ。…我々と共に、『知性』の再生を…」


ザザザ… 通信は、そこで、途絶えた。 だが、ホールには、数分前にはなかった『熱』が、確かに、生まれていた。


「…海…」


ヴァラスが、呟いた。


「…そんなもの、もう、この星には…」


「いや、ある」


エラーラが、壁の、巨大な『世界地図』を、指さした。


「…この荒野を、東へ、三千キロ。大戦前は、『大洋』と呼ばれていた場所だ」


「さ、三千キロ…!?」


「正気か、エラーラ!」


「行くんだよ!」


ミヨが、叫んだ。 彼女の目は、再び、あの『業火』を宿していた。


「…ここにいたら、飢え死にするか、あの『獣』どもに、八つ裂きにされるか、どっちかだ。…だったら、道があるだけ、マシじゃねえか!」


ミヨは、エラーラに向き直った。


「エラーラ!あんたは『脳』だろ!三千キロ先まで、このガラクタどもを走らせる『計算』をしろ!」


エラーラは、ミヨの、理屈を超えた『熱』に、初めて、逆らわずに、頷いた。


「…これより、ウエストランドは、放棄する!残った全ての物資、燃料、弾薬を、走行可能な『車両』に集約しろ!我々は、最後の希望…『海』を目指す!」


「「「おおおおおっ!!」」」


ウエストランドの、最後の夜が、始まった。

民間人、兵士、全ての『人間』が、動けるだけの車両…『一番星』を旗艦とする、十数台の、歪な『船団』へと、乗り込んでいく。




夜が、明けようとしていた。 地平線の向こうには、ミヨたちの『決断』を、嗅ぎつけたかのように、おびただしい数の『異世界転生者』の軍団が、再び、集結し始めていた。 彼らは、自分たちの裏切り者であるミヨとリナが、楽園へ逃げることを、絶対に許さないつもりだった。

ミヨは、『一番星』の、高く、傷だらけの運転席に座った。 助手席には、エラーラ。 後部の、通信兼、銃座室には、リナと、ヴァラスが乗り込んだ。


「…リナ」


ミヨは、無線で、娘に告げた。


「…聞こえるかい」


《…うん、聞こえるよ、お母さん》


「…怖がるな。あたしが、必ず、あんたを『海』まで、連れてってやる」


《…!》


「…そして、エラーラ!…あんたの『脳』みそ、フル回転させな!あたしは、あんたを信じて、アクセルを踏む!」


エラーラは、スナイパーライフルを構え、窓の外…地平線を埋め尽くす、敵の軍団を睨みつけた。


「…望むところだ、運転手」


ミヨは、タケシとリナの、あの色褪せた写真を、ダッシュボードに叩きつけるように、貼り付けた。 そして、エンジンに、火を入れた。


地獄の底から響くような、鋼鉄の咆哮。 ウエストランドの、最後のゲートが、開かれる。


「行くぞ、てめえらあああああああ!!!!」


ミヨが、叫んだ。

安住の地を求めて。 最後の『楽園』へと、向けて。

海に向かって、ミヨの『怒りのトラック』が、今、夜明けの荒野へと、走り出す!


ウエストランドの巨大な防爆扉が、最後の唸りを上げて開かれた時、百台あまりの鉄の怪物たちは、地獄の釜から解き放たれるかのように、夜明けの荒野へと一斉に咆哮を上げた。

ディーゼルエンジンの重低音が、死んだ大気を震わせる。 ミヨは、蘇った『一番星』のハンドルを握りしめていた。その手は、怒りで震えていた。 助手席には、スナイパーライフルを膝に置いたエラーラ。 後部の銃座室には、旧式の無線機と、敵影を映すソナー画面に、必死で食らいつくリナと、片腕を失いながらも、多銃身機関砲の弾帯を点検するヴァラスがいた。


「全車、聞け!」


エラーラの冷徹な声が、百台のトラックの、粗末な無線機に響き渡った。


「我々の目的地は、東の『海』!そこに浮かぶ『アクア・ポリス』!最後の楽園だ!」


兵士たちの雄叫びが、無線越しに、ノイズとなって返ってくる。


「だが!」


エラーラは、あえて、その熱狂に、冷や水を浴びせた。


「我々のコンボイの中核を成すのは、六台の『キャリア・トラック』。その中に積載されているのは、計六隻の『巨大ボート』のみだ」


無線の向こうが、一瞬、静まり返った。 誰もが、薄々、気づいていた。 この数百人の『人間』に対して、脱出艇は、あまりにも、少ない。

エラーラは続けた。


「全員は、助からない。目的は、我々全員が、生き延びることではない」


エラーラは、窓の外を流れる、荒野を見据えた。


「……目的は、我々の『誰か』が、我々の『知性』と『意志』を、未来へ繋ぐことだ!そのための『盾』となり、『弾丸』となる覚悟のない者は、今すぐ、ここから去れ!」


数秒の沈黙。 その沈黙を破ったのは、コンボイの後方、五〇番車を駆る、ドワーフの老工兵だった。


《…フン!何を、今さら!》


《そうだ、司令!》


《俺たちは、あんたに、教えてもらった!『人間』の定義を!》


《俺たちは、あの『異世界転生者』どもとは違う!》


《俺たちは、『人間』として、死に場所を選ぶ!》


「…合理的だ」


エラーラは、初めて、その口元に、笑みとも取れる歪みを浮かべた。 「全車、最大船速!海へ向かって、走れ!」


百台のトラック軍団が、砂漠に、巨大な土煙の『川』を作った。 それは、絶望的な、しかし、『愛』に満ちた、最後の『出征』だった。


だが、『獣』たちは、その『知性』の脱出を、許さなかった。

地平線の彼方から、まず『陸』の軍勢が押し寄せた。 それは、もはや「転生者」という、知性のかけらも感じさせない、ただの『群れ』だった。 バイクに跨り、半裸で奇声を上げる、獣のような人間。 四つん這いで、改造バギーよりも速く走る、キメラ化した獣人。


彼らは、理性を捨てた。 「怠惰」を続け、嫉妬を続け、いよいよ、自らの「人間性」までも明け渡してしまった。そして、その「自己嫌悪」は、いま、知性を捨てなかった『人間』への、純粋な『憎悪』となって、襲いかかってきた。


《第一波、接触!右舷、左舷、敵多数!》


「構うな!中央を死守しろ!」


エラーラが叫ぶ。


「近寄るものは、全て、蜂の巣にしろ!」


『一番星』の多銃身機関砲が、火を噴いた。 獣の群れが、血肉の塊となって、吹き飛んでいく。

だが、敵は、波のように、次々と押し寄せた。 コンボイの最後尾を守っていた、数台のトラックが、バイクの群れに追いつかれ、乗り移られ……爆発。 炎上。

コンボイは、自らの『肉体』を切り離しながら、突き進む。


休む間もなく、『空』が、憎悪で覆われた。


翼が、醜く歪んだ、元エルフたち。 彼らは、知性を失った代わりに、原始的な飛行能力だけを得ていた。 その手には、火炎瓶や、旧時代の『手榴弾』が握られている。


《上空!三時方向!四号車が狙われてる!》


リナの、悲鳴のような予測が、無線に響く。


「四号車、回避しろ!」


エラーラが叫ぶ。

だが、四号車の動きは、鈍い。 空からの急降下爆撃が、四号車に、吸い寄せられるように、迫る。


「「「間に合わん!」」」


誰もが、そう、思った、瞬間。


四号車の、左隣を走っていた、護衛トラックが、ハンドルを切り、四号車の前に、強引に割り込み、その『盾』となった。


凄まじい爆発。

護衛トラックは、積載していた予備燃料ごと、巨大な火球と化した。 だが、その犠牲によって、四号車は、無傷で、炎の壁を突き抜けた。


《…『人間』の、勝利…を…》


それが、護衛車の、最後の通信だった。

ミヨは、泣きながら、ハンドルを叩きつけた。


「どいつも、こいつも!勝手に、死にやがって!」


「泣くな!」


エラーラが、スナイパーライフルで、空の敵を、一羽、また一羽と、正確に撃ち抜きながら、叫んだ。


「お前の『怒り』を、アクセルに叩き込め!彼らの『愛』を、無駄にするな!」


コンボイは、ついに、最大の難所、かつて『地獄の顎』と呼ばれた、峡谷地帯へと突入した。 だが、『地底』は、すでに、敵に占拠されていた。


「下だ!」


獣人の斥候が、警告を発した、直後。

コンボイの、ちょうど真ん中。 三号車の真下の地面が、爆発した。 それは、知性を捨てた『ドワーフ』たち。 彼らは、その『穴掘り』の本能だけを、憎悪によって肥大化させ、この峡谷に、巨大な『落とし穴』を掘っていたのだ。

ボートを積んだ、巨大なトラックが、宙に浮き上がり、そして、地底へと、吸い込まれていった。 地底から響く、無数の、咀嚼音。 三号車は、ロストした。


地底から、待ち伏せていた、獣化した『伏兵』どもが、這い出してきた。 彼らは、混乱したコンボイの側面に、鉤爪を立て、よじ登ってくる。


ミヨは、『一番星』を、意図的に、峡谷の壁に擦り付けた。 ガガガガガガガガガガガガッ!!! 凄まじい金属音と共に、トラックの側面に張り付いていた数体の『獣』が、岩と鉄の間に挟まれ、圧殺された。


血と汗と涙と硝煙が、大地を地獄へと変える。 それでも、コンボイは、走り続けた。 峡谷を抜ける頃には、百台いたトラックは、わずか、二十台足らずにまで、減っていた。


そして、最後の平原。 海の匂いが、風に乗って、届き始めた。


だが、彼らの進路を塞ぐように、最後の『絶望』が、立ちはだかっていた。 『ゴルゴタ』の残骸と、無数のトラックの死骸を溶接して作られた、巨大な『移動要塞』。 敵の、最後の切り札だった。


「…あれを、抜けなければ、海には、出られん…!」


エラーラが、歯噛みした。


「全車、各個散開!突撃する!」


「…司令」


その時、ヴァラスが、無線の、別回線で、エラーラにだけ、声をかけた。


《司令。俺は、旧時代の、ただの『兵士』だ。魔法に縋り、魔法に裏切られた。…だが、あんたの『知性』は、未来に、必要だ……》


ヴァラスは、走り出した『一番星』の荷台から、無理やり、小型偵察車を、砂漠に降ろした。


《俺が、あの『鉄クズ』に、風穴を開ける!お前たちは、その隙に、海へ走れ!》


「ヴァラス!よせ!」


ミヨが、絶叫した。

ヴァラスは、ドワーフたちが、最後の切り札として『一番星』に積んでいた、ありったけの『爆薬』を、その小型偵察車の助手席に、積み込んだ。


「エラーラ司令。あんたが、俺に、教えてくれた。『人間』の、在り方だ」


ヴァラスは、片腕で、アクセルを全開にした。 小型偵察車は、コンボイから離れ、ただ一台、敵の巨大要塞へと、特攻していく。


「「「『人間』の、勝利のために!!」」」


ミヨの、エラーラの、リナの、生き残った全ての『人間』の、涙で見送られながら、ヴァラスの小型偵察車は、巨大な要塞の、最も分厚い装甲版に、突っ込んだ。

凄まじい、大爆発が、起きた。敵の要塞は、その中央から、真っ二つに引き裂かれ、炎上した。 敵の指揮系統は、完全に、崩壊した。


「…ヴァラス…」


エラーラは、その爆炎を、ただ、無言で、見つめていた。

『一番星』は、爆炎の脇を、海へと、突き抜けた。


夜が、明けた。

潮の匂いがした。

ボロボロになった、十数台のトラックが、ついに、海辺に、辿り着いた。 生き残った『キャリア』は、六台中、四台。 『一番星』も、片方のタイヤが吹き飛び、満身創痍だった。

背後からは、ヴァラスの犠牲を乗り越えた、敵の『残党』が、憎悪だけで、最後の追撃を仕掛けてきていた。


「…時間がない…!」


エラーラは、トラックから飛び降り、ドワーフたちに、ボートを降ろすよう、命じた。


「リナ!ミヨ!生き残った技術者たち!お前たちは、ボートに乗れ!お前たちが『未来』だ!」


「待ちな、エラーラ!」


ミヨが、ショットガンを手に、運転席から降り立った。


「あんたも、乗るんだ!」


「私は、残る」


エラーラは、スナイパーライフルを構えた。


「司令!」


その時、生き残った、十数名の兵士たちが、エラーラの前に、立ちはだかった。

獣人の斥候が、傷だらけの顔で、笑った。


「あなたこそが、未来に必要な『脳』だ」


エラーラが、絶句した。


「我々は、エラーラ司令の『命令』で、ここに残るのではない」


「我々の、『意志』で、残るのだ」


「死を恐れずに、明日へ繋げる。それこそが、あんたが教えてくれた、『人間』の定義だろうが!」


兵士たちは、ミヨとリナを、半ば、無理やり、ボートに押し込んだ。


「ミヨさん!あんたの『怒り』、確かに、俺たちに、火をつけたぜ!」


「リナさん!その『目』で、俺たちの、最後の戦い、見届けてくれ!」


エラーラもまた、兵士たちに、突き飛ばされるように、ボートに乗せられた。


「エラーラ司令!」


ドワーフが、自分の、油まみれの工具箱を、ボートに投げ込んだ。


「その『知性』、海で、錆びつかせるんじゃあ、ねえぞ!」


十数名の『人間』たちは、浜辺に、最後の防衛ラインを築いた。 押し寄せる、憎悪の『獣』どもに向かって、彼らは、最後の銃弾を、放ち始めた。


「行けえええええええええええええっ!」


「我らが『人間』だあああああああああ!」


四隻のボートが、岸を離れる。 ミヨは、ボートの上で、ただ、泣いていた。 リナは、そのミヨの手を、強く、強く、握りしめていた。 エラーラは、遠ざかる海岸で、仲間たちが、次々と、炎に包まれ、敵を道連れにしていく光景を、その目に、焼き付けていた。


(…忘れない)


エラーラは、静かに、呟いた。


(…お前たちの『愛』という、非合理で、しかし、最も気高い、この『データ』を…)


やがて、水平線の彼方に、巨大な、鋼鉄の影が見えてきた。 『アクア・ポリス』。 海上都市。

エラーラたちは、ついに、目的地へと、辿り着いた。 生き残った、数十人の『人間』だけが、未来へと、繋がった。



鋼鉄の門をくぐり、内部へと向かう。

だが。

そこは、約束の地などではなかった。

白亜に輝く海上都市は、罠だった。

「知性」あるものをおびき寄せて抹殺するための、それも、およそ、人間が考え得る限り、最も悪辣な罠であった。

異世界から転生し、集められた者たち。彼らこそが、この地獄の住人だった。

彼らは、「知性」に対する憎悪を、その存在の限界まで増幅されていた。その結果が、目の前で繰り広げられる狂宴だった。


もはや、人としての原型を留めているものは一つもない。

顔だけが風船のように十倍にも膨れ上がったものが、破裂しそうな頬を震わせ、何かを貪っている。その足の先からは、不釣り合いなほど繊細な五本の指、すなわち「手」が突き出て、地面を不器地に掴んでいた。

頭部の、かつて耳があった場所からは、筋張った腕が二本伸び、虚空を掻きむしっている。

さらに悍ましいのは、手足の全てを失いながら、その代わりに胴体の至る所から昆虫のような小さな「頭」を無数に生やした個体だ。それらは、もはや歩くことも出来ず、肉の塊として地面を蠢き、のたうち回っていた。

腹から顔を突き出し、首からは無数の長い指を生やし、胴から生やした何本もの腕を使って壁をうねる個体。

体を真っぷたつに折り曲げ、背中から六本もの腕を生やし、蜘蛛のようにカサカサと走り回る影。

それらは、もう、この世のものではなかった。


「アハッ」


「コロセ」


「チクショウ」


「モット」


生前の恨み言、上司への愚痴、世界への罵倒。その断片的な言葉を、たどたどしい赤子のような発音で叫びながら、彼らは遊んでいた。

隣の個体に嬉々として噛みつき、その肉を引き千切っては喰らう。あちこちで無差別に交尾し、児を産み、児から喰われ、その場で嘔吐し、排泄する。そして、自らの排泄物を、我先にと啜り、また笑う。何よりも恐ろしいことに、彼らは、心の底から──幸福そうだった。


「う……ッ!おえええッ!」


究極の恐怖が、エラーラたちを襲った。

エラーラも、そして歴戦の仲間であるはずの数人も、その場に膝をつき、胃の中身をぶちまけた。世界が歪むような、猛烈な眩暈。誰かが泣き始めた。嗚咽が漏れ、それは伝染した。

おぞましい姿に恐怖したからではない。

エラーラは理解してしまったのだ。

これこそが、「人間をやめる」「知性を捨てる」ということの、行き着く先の姿なのだ、と。

理性から解放され、本能のままに快楽を貪る。

それは、善も悪もなかった。

それは、もはや救いようのない、「完成された」幸せの形だった。


(もう、だめだ)


エラーラの胸を、鉛を流し込まれたような絶望が満たした。


(我々のような、知性を持って悩み、苦しむ少数派は……もう、生きていても仕方がないのではないか?)


(私たちが守ろうとしていた「人間性」とは、「知性」とは、この「暴力」に比べたら、なんて脆く、不幸なものなのだろう)


これまで、あらゆる困難を完璧な論理と采配で解決してきたエラーラは、今度こそ、本当に、心の底から絶望した。

息ができない。 過呼吸が、喉を鳴らす。絶望で、胸が苦しい。痛い。

もう、おしまいだ。

だが、その地獄絵図の中心で、一切動じない者がいた。

ミヨである。 彼女は、吐き気も涙も見せず、ただ、その「元・人間」たちを冷徹に見据えていた。ミヨは、崩れ落ちたエラーラの肩を乱暴に掴み、引き起こす。


「立てッ!エラーラッ!」


その声は、恐怖に凍り付いたエラーラの鼓膜を突き破った。


「……来るぞッ!」


ミヨが指差す先。

こちらの存在に気づいた「奴ら」が、一斉に、その歪んだ幸福の表情を、飢えた歓喜へと変えた。


『知性を、無碍に、無駄に、食い尽くす。』


様々な形状の化け物たちが、新たな「遊び」を見つけたとばかりに、一斉に襲いかかってきた。


「いかん!エラーラを死守しろ!」


ミヨの絶叫が号令となった。仲間たちが、絶望的な現実を振り払うかのように雄叫びを上げ、襲い来る肉塊どもに応戦する。

だが、エラーラは立てなかった。

ミヨに引き起こされた体は、再び糸が切れたように崩れ落ちる。瞳は大きく見開かれているが、そこにはもう何の光も宿っていなかった。あの、すべてを見通すはずの理知的な輝きは、地獄の光景によって完全に洗い流されていた。


「エラーラ!指示を!」


ミヨが、化け物の一本の腕を切り裂きながら叫ぶ。エラーラを守るように陣形を組んだ仲間たちが、次々とその身を盾にする。


「うわあああっ!」


リナが、あの無数の頭部を持つ肉塊に捕らえられた。小さな頭々が一斉にその仲間に噛みつき、肉を引き千切る。咀嚼音が、また響く。

呆気なかった。

エラーラは、それを見ていた。聞いていた。しかし、理解ができなかった。唇がわずかに震えるが、音にならない。


(……あ……)


声が出ない。思考がまとまらない。脳が、この現実の処理を完全に放棄していた。一時的な失語症。あまりの衝撃が、彼女の知性を内側から破壊したのだ。


「エラーラッ!」


また一人、蜘蛛のように走り回る影に背後から貫かれた。仲間が、エラーラの名を呼びながら絶命していく。


(……わたしの、せいだ)


その認識だけが、麻痺した脳に突き刺さった。私が、指示を出さないから。私が、絶望したから。私が、無能だから。

自己嫌悪の重圧が、彼女の体をさらに押しつぶす。エラーラは、もはや立つことどころか、顔を上げることさえできず、その場に倒れ込んだ。


「エラーラッ!!!」


ミヨの悲痛な声は、もう彼女の耳には届いていなかった。


「ちくしょおおおッ!!!」


ミヨは、残った数少ない生存者に目配せすると、廃人同然となったエラーラを乱暴に肩に担ぎ上げた。


「退くぞ! あの部屋に逃げ込め!」


数名が犠牲となり、凄まじい咀嚼音を背後に響かせながら、ミヨたちは辛うじて近くの小部屋に転がり込み、内側から重い扉をロックした。

すぐに、化け物どもが扉を叩き始めた。肉の塊がぶつかる鈍い音と、キチン質の殻が擦れる甲高い音が、部屋を揺らす。


「はぁっ、はぁっ……クソが……!」


ミヨはエラーラを床に下ろすが、エラーラはただ胎児のようにうずくまるだけだった。残った仲間は、ミヨを含めて三名。皆、深手を負っている。


「おい、エラーラ。聞こえてるんだろ。立てよ」


ミヨは荒い息のまま、エラーラの隣にどさりと座り込んだ。エラーラの虚ろな瞳は、ただ床の一点を見つめている。


「お前がしっかりしねえでどうすんだ。いつもみたいに、皮肉の一つでも言ってみろよ。『あなたの戦闘は非効率的です』って、いつもみたいに……」


ミヨは一方的に、延々と話し続けた。

ミヨは、震えるエラーラの肩を、血に濡れた手で強く抱きしめた。


「なあ、エラーラ……」


その時だった。

極限の恐怖と、扉を叩く振動、そしてミヨの体温。それらが、エラーラの閉ざされた心の、最も深い場所にある古傷の蓋をこじ開けた。


(……いやだ……寒い……暗い……)


幼い日の記憶。冷たい床。


(……だれか……)


扉を叩く音。助けを呼ぶ声。

うずくまるエラーラが、ぴくりと震えた。虚ろだった瞳に、別の恐怖が宿る。


「……おかあさん……」


か細い、掠れた声が漏れた。


「おかあさんっ!うわあああああーん!」


堰を切ったように、エラーラの精神が崩壊した。彼女は幼子のように泣きじゃくり始めた。


「会いたいよ!助けてよ!助けたかったんだよ!」


それは、目の前の仲間たちの死への慟哭ではなかった。それは、はるか昔、守れなかった、救えなかった、たった一人の存在への、遅すぎた叫びだった。


「助けて!助けてよ!ああああああーーー!戻れない!帰れない!助けてよ!」


ミヨは、その狂乱の叫びを黙って聞いていた。そして、エラーラの頭を、優しく撫でた。


「……ああ、お母さんだよ」


その声は、驚くほど穏やかだった。

エラーラは、泣き濡れた顔を上げた。目の前のミヨの顔が、トラウマと狂気の中で歪み、ぼやけ、探し求めていた姿と重なる。


「おかあさん?……おかあさん!おかあさん!」


エラーラは、もはや理性を失い、床に座ったまま、救いを求めるようにミヨの体に抱きついた。母親の温もりを確かめるように、強く、強く。


しかし。

ミヨの体は、エラーラの腕の中で、ゆっくりと力を失っていった。


「……おかあさん……?」


エラーラが顔を上げると、ミヨは穏やかな、諦めたような笑みを浮かべていた。彼女の腹部からは、おびただしい量の血が流れ出ていた。籠城する直前に負った、致命傷だった。

ミヨは、そのままエラーラの肩に寄りかかるようにして、倒れた。


「……あ」


腕の中の温もりが、急速に失われていく。

扉を叩く音が、遠くなる。

現実が、理解が、すべてが、エラーラを置き去りにしていく。


「う……」


エラーラの喉から、獣のような呻き声が漏れた。


「ううううっ!!!ああああああああああっ!!!わあああああああああ!!!」


絶叫。

それは、意味を持つ言葉ですらなかった。ただ、破壊された精神が上げる、最後の断末魔だった。


ついに扉が破られた。

おぞましい化け物たちが、歓喜の声を上げながら部屋になだれ込む。

だが、エラーラは、もうそれを見ていなかった。

彼女は、ミヨの亡骸を抱きしめたまま、大きく目を見開いたまま、静かに横たわっていた。

その瞳には、もう、絶望さえ映ってはいなかった。


意識の暗い水底で、音がする。

何かを咀嚼する音。粘液質の何かが這いずり回る音。

声がしない。

ミヨの声も、仲間たちの悲鳴も、もう聞こえない。

聞こえるのは、あの化け物どもが立てる、不快な雑音だけ。


(……みんな、死んだんだ)


皆殺しにされたらしい。知性ある声が、もう、どこにもないから。

視界は闇に閉ざされている。何も見えない。

ただ、感覚だけが戻ってきた。冷たい床の上、私は横たわっている。腕の中には、もう冷たくなったミヨの感触。そして、全身を覆う、生乾きの血のベタつき。他人の返り血で、私の白衣はとっくに真っ赤に染まっているのだろう。

その時、乱暴な力で腕が掴まれた。

ミヨの亡骸が引き剥がされる。

抵抗する力は残っていなかった。

私は、ゴミのように引きずられていく。

床に擦れる背中が痛い。だが、心の痛みは、もう感じなかった。


(……なぜ?)


思考の残骸が、疑問を形作る。


(なぜ、私は生かされている?)


知性を憎悪するなら、あの場で私を殺すはずだ。仲間たちと同じように、咀嚼され、解体されるはずだ。それなのに、なぜ、わざわざ引きずって、どこかへ連れて行く?

乱暴に、髪を掴まれた。

無理やり頭を持ち上げさせられる。

霞む視界が、ゆっくりと焦点を結んだ。

そこにいたのは、化け物ではなかった。

整った衣服をまとった、二人の男と、二人の女。

彼らは、私を、そして周囲で蠢く化け物どもを、冷ややかに、あるいは満足げに、見下ろしていた。

彼らは口々に何かを言った。

甲高い女の声。低く響く男の声。

なんだろう。

わからない。

私の脳は、もう言語の理解を拒絶している。音は鼓膜を震わせるが、意味として認識できない。

だが。

ああ、なんてことだ。

私の心は、私の「知性」は、死んでいなかった。

絶望に塗りつぶされ、機能不全に陥りながらも、その核は、理解することを、学ぶことを、やめてはいなかった。


(知りたい)


発狂の闇の底で、微かな「興味」が灯った。

目の前にいる、この地獄を作り出したであろう「人間」が、何を語っているのか。

何も聞こえないはずの耳が、意識がないはずの脳が、必死に彼らの言葉を拾い集め始めた。

途切れ途切れの音が、意味を伴って流れ込んでくる。

私の心、その微かに残る知性が、彼らの言い分を再構築していく。


彼らは、もともと「知性」に強い憧れと恨みを持っていた。

知性を持たないことでむしろ、知性ある者を敵視し、蔑むことで、自分たちを慰めていた。

そしてその四人は、知性を持つ者への怒りを、世界中の人間に焚き付けた。知性こそが悪であると、不幸の根源であると、扇動した。

そこまでなら、理解できる。ありふれたルサンチマンだ。


だが、おぞましいのは、それからだった。

四人は、その扇動の裏で、誰よりも貪欲に学び、経験を積み、天才的なまでの「知性」をその身につけていた。

そして、その完璧な才能を、自らの支配のために行使したのだ。

他者が知性を持てなくなるように。

人々が愚かな獣に堕ちるように。

この地獄を、幸福な楽園だと信じ込ませるために。

独占。

知性を誰よりも持ちながら、知性そのものを世界から奪おうとした。

そして。

知性を気づかせた、この私に、恨みを抱いていると。


(……ああ)


その瞬間、エラーラの意識は、氷水を浴びせられたように覚醒した。

絶望は消えていた。悲しみも、恐怖も。

胸を満たしたのは、純粋な、灼熱の「怒り」だった。


私の首を、化け物の一体が掴んでいた。引きずっていたのはこいつだったらしい。五指の爪が、皮膚に食い込んでくる。酸素が遮断され、視界が赤く染まる。

だが、エラーラは笑った。

首を絞められ、死の淵にありながら、彼女は目の前の「天才」たち四人を、真っ直ぐに睨みつけた。


「貴様らは……ここで、終わりだ」


絞り出された声は、掠れていたが、絶対的な確信に満ちていた。


「悪意のために知性を使う者は……必ず、敗北する」


四人は、私を囲んで何かを叫んでいた。

どうでもいい。私はそれを、聞く必要がない。

この、誰だかわからない四人の「支配者」が、愚かにも自ら私の前に姿を現したこと。

それが、こいつらの敗因なのだ。

私は、その粘液まみれの腕をゆっくりと引き剥がす。恐怖も絶望も、ミヨとリナと、全ての仲間たちの死と共に、怒りという純粋なエネルギーに変換された。

化け物を床に叩きつける。原型を留めないほどに。

私は、呆然とする四人の男女に一瞥もせず、歩き出した。

壁に埋め込まれた、青白く光る制御盤。魔導インターフェースだ。

指を触れる。

一瞬の瞬きで、この施設の全構造、魔力の流れ、そして「奴ら」が隠していたものが、私の脳内に叩き込まれた。

男の一人が、私に切りかかってきた。

私はその手首を掴み、剣を奪い取り、そのまま流れるように切り裂いた。

血飛沫がまた、私の白衣を濡らす。

フゥ、と息を吐く。

まるで、一服でもしようかといった雰囲気で。

私は、奪った剣を肩に担ぎ、とことこと、落ち着きながら、目的地まで歩き始めた。

廊下に残っていた化け物どもが、新たな獲物を見つけたとばかりに襲いかかってくる。

全ていなす。切り捨てる。

ただ、歩く。

たまには伸びをしたり、首を鳴らしたりしながら。

後ろから四人がついてくる。

ようやく、私の思惑に気づいたようだ。

だが、もうおしまいである。

私のミスは、初手で気を動転させたこと、ただそれだけだった。


あそこまでの怪物を、あれほどの数を生み出せるということは、まず、ここに、魔力があるという証拠だ。

それどころか、強力な魔力増幅装置が、今この瞬間も稼働している証拠に他ならない。

そして、先ほど彼らが言っていた。


『他人に魔力を与えず、自分たちだけで使う』


そうしたら、当然、場所はこの部屋しかない。

私は、重厚な隔壁扉の前に到着した。


『中央魔力制御室』


扉を蹴り開ける。

部屋の中心。

そこにあったのは、四人の独裁者のためだけに稼働する、おぞましいまでに肥大化した「プライベートな魔力増幅装置」だった。


襲いかかる四人。

私は、振り返りざま、それぞれを、きちんと、真っ二つにして差し上げた。


装置は、不気味な重低音を響かせている。

私は、何も言わずに、その制御中枢に手を置いた。

時間遡行魔術を起動する。

そして、装置を――限界まで作動させた。

装置が火花をあげ、煙をあげ、爆発し、轟音と共に、劫火が私を燃やし尽くし、全てを焼き尽くし……世界が、白く塗りつぶされる。


「──さようなら」


時間が、逆流する。

私は、異世界転生者が増え始めたあの日の前へと、向かう。



私は、まだ「探偵」をしていた頃へと、戻った。

目星をつけていた、とある山奥。

そこには、大気の歪みがあった。時空の切れ目。

全ての始まり。

私は、未来の4人組から拝借したただ一つの「剣」に、増幅させた全魔力を込めて、その切れ目を


――叩き切った。


裂け目が閉じ、世界が安定する。

ミヨも、リナも、あの地獄の未来に辿り着くことは、もう、ない。

私は、赤く血に染まった白衣を、脱ぎ捨てた。

私は、何も言わずに、山を下りた。

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