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第8話:Killer Force

主題歌:ダイヤモンドの犬たち サウンドトラック

https://youtu.be/wtqPOVRECrM

世界は、またしても、終わった。


私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。


だが、今、私の知的好奇心を満たすべき対象は、灰と瓦礫、そして腐臭を放つ砂漠しか残っていない。

あの『第三次抗争』…転生者たちの憎悪による自爆テロは、最終戦争の引き金となった。

都市は半壊し、我々王国軍と、エルフやドワーフたち旧種族の連合は、ついに『汚染の浄化』…すなわち、転生者の根絶やしを決意した。


だが、我々は奴らを、あの『サンプル』どもを、あまりにも侮っていた。

彼らの悪意は、我々の想像を絶していた。

小競り合いは、瞬く間に世界大戦へと発展した。

転生者たちは、我々の兵站を狙い、都市の魔導炉を暴走させた『魔道爆弾』を投下した。爆心地には、数百年消えぬ汚染が残った。


対抗して、王国軍は禁忌を破った。


「奴らも同じ『人間』だ。ならば、封印されし『対人兵器』が最適解であろう」


王国の最深部に眠っていた『キメラ・プロジェクト』が、再起動された。

それは、地獄の解禁だった。

兵士の遺伝子情報を瞬時に書き換え、理性を失った怪力無双の『怪物』に変えるガス兵器。

培養槽で人工的に『殺意』だけを刷り込まれ、敵味方の区別なく、ただ殺戮と捕食を繰り返す生物兵器。

空は、翼を持つ異形のキメラに覆われ、大地は、遺伝子汚染によって生まれた得体の知れぬ怪物たちの狩場と化した。


私は、前線の崩壊データを、ただ冷静に記録していた。だが、本当の終わりは、転生者側がもたらした。彼らは、我々旧種族の力の源泉…この世界の物理法則の根幹である『魔法』そのものを標的にした。


「いや、だって、まじさ、魔法があるから、俺たちが差別されてんだよ。まじさ、本来なら偉い俺たちが『チート』側じゃないのが悪くね?」


「いや、お金と同じ!魔法だってなくなれば、全員『平等』だろ?じゃあ低い方に合わす!」


彼らの言う『ハッカー』なる知識体系を持つ者が主導し、彼らは王国軍の魔導兵器工廠を占拠し、そして、想像を絶する『兵器』を完成させた。


『魔法停止爆弾』


それが、世界中の地脈の結節点に投下された時。

魔導飛行船が、浮遊術式を停止され、空から墜落した。魔導通信が途絶え、指揮系統は麻痺した。警備ゴーレムは、ただの石像と化した。私の研究室の、あの膨大な演算を担っていた魔導頭脳も、今は沈黙した鉄屑だ。魔法に関わる全ての魔道具が、その機能を停止した。それは、我々旧種族が、数千年かけて築き上げた『文明』の死を意味した。


そして、それは、『異世界転生者と、元々いた我々に、差がなくなった』ことを意味した。

私は、時間遡行ができなくなった。

ついに、世界の観測者ではなくなったのだ。

魔法という『特権』を失った今、残されたのは、原始的な『暴力』だけ。

そして、彼らには、我々が持ち得なかった、圧倒的な『数』と、圧倒的な『悪意』、そして、圧倒的な『嫉妬』があった。


世界は、破滅した。

魔法という絶対的な力の差を失い、さらにはキメラ兵器によって大地がまたしても汚染され、疲弊しきった獣人や人間たちは、もはや……王国を信じなかった。


「王国は我々を見捨てた!」


「キメラを放ったのは王国軍だ!」


「転生者の『指導者』は、安全を約束してくれた!」


旧来の政治体制や、失われた魔法の『特権』に未だにしがみつく王国軍に嫌気がさし、民衆のほとんどが、そう、本当に、ほとんど全ての人種や民族の垣根を超えて、秩序を再編し始めた転生者側…彼らが自称する『新人類解放軍』へと、つまり、「反知性主義」へと、雪崩を打って寝返っていった。

言い換えるならば……馬鹿から嫉妬されることに疲れて、自ら、馬鹿になることを選んだのだ。

世界は、放棄したのだ。

私は今まで、暴力や、殺意や、憎悪や、愛や、無関心や、関心や、同調や、破滅願望や、欲望など、様々な敵と闘ってきた。彼らには、一応の美学があり、知性があった。

だが、今回の敵は……違う……

いまや、この星全体が、殺戮の荒野と化したのだ。


そして、私、エラーラが所属する『王国軍残党・第三機動研究部隊』は、日増しに劣勢へと追いやられていた。

カビと、オイルと、汗の匂いが混じり合う、地下シェルター。

ここは、かつて「砂漠の真珠」と呼ばれた都市の、地下配管路を無理やり改造した、我々の最後の「基地」だ。

「会議室」という名の、薄暗い倉庫。動力源は、ドワーフが辛うじて維持している、旧式の化学反応バッテリーだ。チカチカと明滅する裸電球が、集まった士官たちの絶望に満ちた顔を照らしている。


「…以上だ」


私の副官である、歴戦の老兵士、ヴァラス隊長が、乾いた声で報告を終えた。


「化学電池残量、残り48時間。水リサイクラー、機能停止。残り備蓄飲料水、一人当たり500ミリリットル。食料…キメラ肉燻製、残り三日分」


沈黙が、墓石のように重くのしかかる。

私は、壁に広げられた『紙』の地図を、ただ無言で見つめていた。魔導ディスプレイが死んで以来、これが私の唯一の情報端末だ。


「…エラーラ司令」


一人の若い士官が、震える声で口を開いた。


「もはや…選択肢は、降伏しか…。『解放軍』は、投降すれば水は与えると…」


「論外だ」


私は、地図から目を離さずに遮った。


「あの『サンプル』どもに下る?フフ…それは、生物学的な『死』よりも、知性的な『死』を意味する。どちらがマシかね?」


「しかし、司令!」


「ヴァラス」


私は老兵の名を呼んだ。


「お前も、そう思うかね?」


「…司令。俺たちは、兵士です。死ぬまで戦う。だが…」


彼は、布を置いた。


「犬死に、は、納得が、いかん」


「同感だ」


私は、地図の一点を、指先で強く叩いた。


「ここだ。旧王国領『ウエストランド』。第三次抗争以前に放棄された、旧時代の自動備蓄倉庫群」


会議室の空気が、さらに冷え込む。


「…司令。本気ですか」


ヴァラスの声が、かすかに震えた。


「ここから700キロ。魔法が死んだ今、徒歩で?砂漠を?……砂漠を、ですか?……自殺行為だ」


「物資が必要だ」


私は、まるで夢遊病者のように、ぽつりぽつりと呟いた。


「水。食料。そして何より…化学バッテリーと、旧時代の『火薬』だ。魔法がダメなら、化学反応で戦うまで。我々には、まだ『知性』が残っている」


「夢物語だ…」


若い士官が、うなだれた。


「そんなものを取りに、誰が行くというんです…」


「私が行く」


その言葉に、ヴァラスが弾かれたように顔を上げた。


「司令!あなたを失えば、我々は…」


「フン。魔法を失った私は、もはや『天才』ではないよ、ヴァラス。ただの、情報処理能力が少々高いだけの『サンプル』だ。そして、この『脳』こそが、生存の最適解は、ウエストランドにあると弾き出している」


私は、皮肉な笑みを浮かべた。


「これ以上……絶望に浸るのは、私の……心が許さん。私は…地上で風に当たってくる」


私は、ヴァラスの制止の声を背に、重い鉄の扉を押した。

絶望感が、澱んだ空気となって、倉庫に漂っている。

キィィ…という、錆びた蝶番の音を立てて、地上へと続くハッチを開く。

熱風が、砂と共に頬を叩いた。

地上は、どこまでも続く、灰色の砂漠だった。

空は、魔道爆弾とキメラの胞子のせいで、不気味な黄土色に淀んでいる。

かつて二つあった月の一つは、大戦初期に魔導兵器の誤射で砕け散り、今は無残な『輪』となって、空に浮かんでいる。


「…フム。実に、破滅的な光景だねぇ」


私は、シェルターの入り口に腰掛け、地平線を眺めた。

全てが死に絶えた、静寂の世界。

風の音だけが、文明の墓標を撫でていく。

その、時だった。

地平線ではない。

空。

私の真上、数千メートルの上空で、何かが「歪んだ」。

空気が、水面のように波打つ。


「…!?」


次の瞬間、空間そのものが『裂けた』。

それは、魔法ではない。物理法則の『断裂』。

空に、黒い亀裂が走り、そこから、凄まじい「光」が溢れ出した。


轟音。

いや、それは音ではない。空間が破裂する『衝撃波』だ。

シェルター全体が、地震のように激しく揺れる。

閃光が、灰色の砂漠を、一瞬、純白に焼き切った。

光の奔流が触れた砂漠の表面が、瞬時に沸騰し、溶解し、黒いガラスとなって固まる。


「ぐっ…!」


私は、衝撃波に吹き飛ばされそうになるのを、必死でハッチの縁に掴まって耐えた。


「司令!!」


ヴァラスが、血相を変えてハッチから這い出してきた。彼は、旧式の火薬式ライフルを構えている。


「今の爆発は…!『解放軍』の新型か!?」


私は、目を細めて、爆心地…空から、地上へと続く、光の柱を見つめた。


「…エネルギー反応がない…!魔法ではない…純粋な…『次元の断裂』…!?」


光の柱の中から、何かが「落ちて」くる。

それは、燃え盛る鉄の塊だった。

鉄の塊は、我々の基地から数百メートル先の砂漠に、地響きを立てて『着地』した。

だが、それは墜落ではなかった。

それは、凄まじい砂埃を巻き上げながら、止まらない。

我々の知る、どの魔導車とも似ていない。

獣のような、甲高い『咆哮』…化学燃料が燃焼する、耳障りな爆音を上げている。

品のない、実に品のない鉄の塊だ。

車体には、理解不能な、しかしどこか原始的な『龍』と『鳳凰』の絵が、ケバケバしい色彩で描かれている。

それが、砂漠を猛烈な勢いで疾走し、我々の目の前で、急停止した。

凄まじい急ブレーキが、砂を津波のように巻き上げる。


「…退避!退避!!!」


ヴァラスが、私を庇うように前に出る。


「司令、あれは…我々の、知らない……」


私は、呆然と、その鉄塊を見つめた。

魔法の痕跡が、一切ない。

ただ、熱と、圧力と、化学反応だけで動いている。

なんという、非効率で、原始的で…そして、


(…なんと、美しい…)


魔法が死んだこの世界で、唯一、自律して『走る』ことができる、鉄の塊。

ガコン、と、軋むような音がして、その鉄塊の『扉』が開いた。

中から、一人の女が、よろよろと降りてきた。

疲れ果て、油とすすにまみれ、この世界のどの民族衣装とも違う、奇妙な灰色の、くたびれた服を着ている。

その女は、燃え尽きたような、虚ろな目をしていた。

だが、その瞳の奥には、地獄の業火そのもののような、凄まじい『意志』の光が宿っていた。

女は、砕けた月が浮かぶ黄土色の空を見上げ、

次に、灰色の砂漠を見渡し、そして、旧式のライフルを構えるヴァラスと、私の顔を、じっと見つめた。

女は、乾ききった唇を開き、この世界で、最初の言葉を発した。

その声は、全てを失った者の、地獄の底からのような、かすれた声だった。


「…………ここが、『異世界』って、やつかい」


ミヨのその言葉は、乾いた砂漠の熱風に吸い込まれて、消えた。

エラーラは、目の前の、油と煤にまみれた中年女性を、ただ無言で観測していた。サンプルだ。これまで流入してきたどの『転生者』とも異なる、異質なサンプル。

転生者の目には、例外なく「傲慢」「怠惰」「期待」が浮かんでいた。だが、この女の目には、何もなかった。全てが燃え尽きた後の、灰。いや…灰の下で、まだ赤黒く燻る、熾火。


「司令!!」


ヴァラスが、旧式の火薬ライフルを女に向けたまま叫んだ。


「危険です!あれが、あの鉄の塊が、どのような原理で…」


「ヴァラス」


エラーラは、老兵の銃口を手で制した。


「銃を下ろせ。脅威はない。彼女は…『客』だ」


エラーラは一歩前に出た。


「客、と言ったが、歓迎はできん。見ての通り、ここは『楽園』ではない。地獄の釜の底だ」


ミヨは、エラーラを睨みつけた。その視線は、刃物のように鋭い。


「…地獄なら、慣れてる」


「フム。そうだろうな」


エラーラはミヨの目の中の熾火を見返す。


「その目をしている者は、たいていそうだ」


ミヨの体が、ふらりとよろめいた。極度の緊張と、おそらくは次元跳躍の反動だ。

エラーラはヴァラスに目配せした。


「ヴァラス、負傷者として保護。水と食料を。…それと、あの『トラック』とやらも、何としてもシェルター内へ隠せ。『解放軍』の斥候が嗅ぎつける前に」


重い鉄のハッチが、空気を押し出すような音を立てて閉まる。

地上とは比べ物にならない、湿ったカビの匂いと、機械油、そして、大勢の人間の汗が染みついた匂いが、ミヨの鼻をついた。

そこは、迷路のような地下道だった。

壁からは水が染み出し、天井のパイプは錆びつき、所々で火花を散らす化学バッテリーの裸電球が、長い影を作っている。


「エラーラ様、そちらの方は…?」


道の途中で、ボロ雑巾のような軍服をまとった兵士たちが、弱々しく敬礼する。彼らの目は、ミヨが知る「兵士」の目ではなかった。飢えと絶望に光を失った、亡霊の目だ。


「新しく保護した『漂着者』だ。気にするな。お前たちは持ち場に戻れ」


エラーラは、冷徹なまでに無表情に、兵士たちを下がらせる。


「…ひどい有様だね…まるで、下水道のネズミの巣だ」


「フン。的を射た評価だ。ネズミは、地上で『キメラ』どもが殺し尽くしてくれたおかげで、ここにはいないがね」


エラーラは、薄暗い通路を迷いなく進む。


「あんたが、ここのボスかい」


「ボス、というよりは『演算装置』だ。この非効率な集団が、一日でも長く生存するための最適解を弾き出すのが、私の仕事でね」


二人は、少しだけ開けた「広場」に出た。

そこは、かつての地下貯水槽だったようだ。数十人の兵士や、その家族らしき民間人が、毛布にくるまり、壁にもたれて座り込んでいる。空気は重く、希望の欠片もない。

ヴァラスが、ミヨにブリキのカップと、硬いビスケットのようなものを手渡した。


「水だ。…いや、リサイクルした泥水の上澄み、と言った方が正確か。飲め」


エラーラが言った。

ミヨは、カップの中の、わずかに土臭い液体を、一気に飲み干した。

乾ききった喉に、生ぬるい水分が染み渡る。

次に、ビスケットを、歯が欠けそうな勢いで噛み砕いた。それは、肉とも穀物ともつかない、不快な味がした。


「…マズイね。人生で食ったモンの中で、一番、だ」


「光栄だね。それは『キメラ・ミート』。我々を殺すために作られた生物兵器の、成れの果てだ」


エラーラの言葉に、ミヨの眉がピクリと動いたが、彼女は黙って二口目を頬張った。


「…ずいぶん、冷静じゃないか」


エラーラが、壁にもたれかかったミヨを見下ろす。


「普通の『サンプル』なら、ここで泣き叫び、元の世界に帰せと喚き散らすところだが」


「泣いたところで、腹は膨れない。それに…」


ミヨは、空になったカップを握りしめた。


「あたしは、帰る場所なんて、とっくに、燃やしちまった」


「フム…」


エラーラは、ミヨの目の中の熾火が、わずかに強くなったのを感じた。


「あの魔導車。あれは、お前の世界では一般的なのかね?純粋な化学燃焼機関…実に、原始的で、美しい」


「魔導車?知らないね。あれは『トラック』だ」


「トラック…」


「あんた、知らないんだね」


たわいもない会話。

いや、互いの生存確率を探り合う、尋問に近い会話だった。

エラーラは、ミヨが、これまで観測してきたどの転生者とも違うことを確信した。彼女は「要求」しない。ただ、「観察」している。

ミヨもまた、エラーラが、ただの軍人ではないことを見抜いていた。この地獄の底で、唯一、理性の光を失っていない、冷徹な知性。

二人は、基地の最奥、「司令室」という名の、ただのコンクリートむき出しの倉庫にたどり着いた。

そこには、紙の地図と、旧式の無線機だけが置かれていた。


「さて」


エラーラは、チカチカと明滅する電球の下で、ミヨに向き直った。


「本題だ、漂着者ミヨ。お前は、一体『何』を求めて、あの光の柱を突き破ってきた?魔法の楽園が欲しかったのか?」


ミヨは、ゆっくりと顔を上げた。

その目には、この地獄に到着してから、ずっと抑え込んでいた疑問が、怒りとなって浮かんでいた。


「…あんた、さっきから『魔法』『魔法』と、うるさいね」


「この世界の物理法則の根幹だったものだ。うるさくもなるさ」


「じゃあ、聞くが」


ミヨの声が、低く、ドスを帯びる。


「…なんで、魔法がねえんだ?」


「…」


「なんで、楽園じゃないんだ!?」


ミヨの声が、狭い司令室に響き渡った。


「あたしの世界じゃ、噂になってた!あんたらの世界は『楽園』なんだってな!魔法があって!王様がいて!働かなくても、チヤホヤされて、生きていける!…そう言って、あの馬鹿どもは…!」


ミヨの肩が、小刻みに震え始めた。

エラーラは、ただ、事実を告げた。


「…フン。お前は、根本的な事実誤認をしている。お前の言う『馬鹿ども』…我々が『転生者』と呼ぶサンプルどもは、その『楽園』にやってきたのだよ!」


「…何…?」


「彼らは、この世界に確かに存在した『魔法』という名の秩序を、その手で奪い、破壊し尽くした」


エラーラの言葉が、ミヨの理解の範疇を超えていく。


「…奪う…?破壊する…?」


「そうだ。彼らは、お前の言う通り、働かなかった。怠惰だった。だが、彼らは『特権』を求めた。自分たちが、この世界の主人公であると信じて疑わなかった」


エラーラは、壁の地図…今はキメラの汚染区域を示す赤いインクで塗りつぶされた、かつての世界地図を指差した。


「だが、この世界の魔法は、厳格な法則と、血の滲むような『研鑽』の上になりたつ知性だった。彼らには、それが理解できなかった。そして、彼らが手に入れられないものを、我々が持っていることが、許せなかった。彼らは、理解するという過程を経ずに、他人の努力の結果のみを我々に求めたのだ!何もせず、ただ、嫉妬をし続けたのだ!」


エラーラは、ミヨの目を真っ直ぐに見据えた。


「彼らの堕落が、この世界を破滅させた。彼らが『平等』を求めた結果が、この『魔法のない』地獄だ。彼らは、手に入らないならばと、全てを道連れに、この世界を『殺した』。…これが、お前の求める『答え』だ。相手のものを盗めなかったら、腹いせに、壊してしまう。地球という場所の人間は、あまりにも、幼稚だった。」


静寂が落ちた。

ミヨは、目を見開いたまま、動かなかった。

カチリ、と、壁に備え付けられた旧式の時計の針が動く音だけが響く。

そして。


「…………あ……」


ミヨの唇から、乾いた空気が漏れた。


「……フフフ…ハハ…ハハハハハ…!」


ミヨは、その場に崩れ落ちるように、膝をついた。


慟哭。

それは、魂が引き裂かれる叫びだった。

司令室の外にいたヴァラスや兵士たちが、何事かとライフルを構えて飛び込んでくる。


「下がれ!」


エラーラが、彼らを制止する。

ミヨは、コンクリートの床に両手をつき、嗚咽を漏らし続けた。

涙が、汚れた床に染みを作っていく。

それは、悲しみだけではなかった。

憎しみ。

絶望。

そして、この世の全ての理不尽に対する、煮えたぎるような、怒りだった。


「…そうか…そうだったのかよ…」


ミヨは、震える声で、床に爪を立てた。


「…あいつら…あの馬鹿どもは…!…楽な方へ…楽な方へ逃げるために…ただ、死んだ…!…あたしのタケシを…!真面目に、必死に生きてた、あたしの旦那を巻き添えにして…!…リナを…!あの子の未来も、笑顔も…全部奪って…!」


ミヨは、顔を上げた。

その顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったが、その瞳は、もはや熾火ではなかった。

地獄の業火そのものとなって、エラーラを射抜いていた。


「…誰かが地位や名誉や金をくれないからって、死ねば助かると思い込んで、他人を巻き込んで死んで、そうして、この世界へ来ても、ほしいものが手に入らないからって、今度は世界ごと死ぬつもりなのか!結局、やってることは同じじゃねえか!!」


「…怠けて!奪って!文句を言って!自分たちが手に入らないものは、全部ぶっ壊す!!…どこまで行っても…!どこの世界に行っても…!あいつらは、寄生虫だ!!幸せを食い荒らす、ただの害虫だ!!」


ミヨは、よろめきながら立ち上がった。

そして、エラーラの胸倉を、凄まじい力で掴み上げた。


「おい、エラーラッッッ!!」


「…!」


「あんた、さっき、会議室とかいう薄暗い倉庫で、呟いてたな!」


「…盗み聞きとは、趣味が悪い」


「『物資』!『ウエストランド』!『危険地帯の先』!」


ミヨの目は、血走っていた。


「あんたたち、このままじゃ、ここで飢え死にだ!違うか!?」


「…確率論的には、そうだ」


「だったら、あたしを使え!!」


ミヨは、エラーラを壁に叩きつける。


「あたしは、もう、失うものは何もない!!タケシもリナも、もういない!!」


「だがな…あたしには、まだ、やることがある!!」


「あいつらに…!二つの世界を、しあわせをぶっ壊した、あの怠惰な馬鹿どもに…!落とし前をつけさせてやる!!」


ミヨは、エラーラを睨み据えたまま、叫んだ。

その声は、この死にかけたシェルターの、全ての亡霊たちの魂を揺さぶる、戦士の咆哮だった。


「あたしの『トラック』は、魔法がなくても走るんだろう!?」


「…理論上は」


「だったら、あたしがはしる!!」


「あんたの言う『ウエストランド』とやらまで、この『一番星』で、道を作ってやる!!」


「だから…!」


ミヨは、泣きながら、しかし、この世で最も恐ろしい笑顔を浮かべて、エラーラに懇願した。


「あたしを、戦わせてくれッ!!!!」

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