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【5位】エラーラ・ヴェリタス/ERROR la VERITAS  作者: 王牌リウ
エラーラ・ヴェリタス短編集
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第37話:似非科学!

私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。


今回、私が調査対象として選んだのは、南方に位置する「翡翠の都」。高温多湿、常に霧が立ち込め、奇妙な植物が繁茂するこの都市の、特異な環境魔力の解析が目的だった。だが、到着して早々、私はこの街が、より興味深い「病」に罹っていることに気づいた。


「…異常だねぇ」


街行く人々は皆、異常なほどエネルギッシュだった。額に汗を浮かべ、目をギラギラさせ、早口でまくし立てる。露店の果物売りは、客に果物を叩きつけるように売りつけ、荷運び人は、巨大な荷車を無謀な速度で引きずり回している。誰もが常に動き回り、落ち着きがない。しかし、その過剰な活気は、どこか空虚で、彼らの目の下には深い隈が刻まれていた。


「フム…都市住民全体の生体エネルギーレベルが、恒常的に異常値を示している、と?しかも、精神的な疲弊の兆候も見られる。これは、何らかの外部要因による、強制的な『活性化』が行われている可能性が高いねぇ。実に興味深い!」


調査を開始した私は、すぐに街の中心人物…というより、元凶に行き着いた。エリオットという、医者を名乗る、卑屈そうな目をした中年男だ。彼は医者ではない。それどころか、医学も、魔術も、あらゆる学問を嫌悪している、典型的なコンプレックスの塊だった。


彼が手にしているのは、胡散臭い古びた革表紙の冊子…『蛇が示す真の活力への道』とやら。そして、腰には、気味の悪い、乾燥した植物の根…「フィーバー・ルート」なるものをぶら下げている。


「見たまえ、愚かな学者さん!」


エリオットは、私の白衣を一瞥するなり、唾を飛ばさんばかりの勢いで捲し立てた。


「あんたのような、頭でっかちで、淀んだエネルギーの持ち主こそ、病んでいるのだ!万病の根源は『停滞』!真の健康とは、生命エネルギーを『活性化』させることにあるのだよ!」


彼は、近くでぐったりと日陰に座り込んでいた老人に駆け寄ると、フィーバー・ルートを振りかざし、何やらぶつぶつと唱え始めた。すると、老人は突然「カッ!」と目を見開き、猛烈な勢いで腕立て伏せを始めたではないか!


「あーっはっはっは!素晴らしい!見違えるようだ!」


エリオットは、満足げに頷いている。


「…なるほど。実に、実に馬鹿げている」


私は、その光景を観測しながら、確信した。あの男が、この街の異常の原因だ。彼が振りかざすフィーバー・ルートと、彼の狂信的なまでの思い込みが、一種の暴走魔術として機能し、人々に強制的な「活性化」を引き起こしているのだ。

だが、その非論理的で破滅的なシステムは、科学者として、実に興味をそそられるじゃないか。

私は、最高のデータを得るため、しばらくこの街に滞在することにした。しかし、その決断は、すぐに面倒な事態を引き起こした。


エリオットは、研究に没頭して少しやつれた私を見るなり、「おやおや、学者先生!あなたこそ、最も『停滞』している!私が活性化して差し上げましょう!」と、親切心から、フィーバー・ルートを持って追いかけてくるようになったのだ。


「待ちたまえ、エリオット君!私は被検体ではなく観測者だ!その汚い根を私に向けるな!」


「ご心配なく!すぐに元気になりますぞ!さあ、活性化!活性化!」


私は、彼の放つ、実に不快で非効率な魔術的エネルギー波を、うんざりしながらも、自作の携帯型防御フィールドで防ぎ続ける羽目になった。

その間にも、エリオットの「善意」による破壊活動は、留まることを知らなかった。

「作物の成長が停滞している!これでは街が飢える!」と、畑にフィーバー・ルートを使用。巨大化した野菜は、一瞬でその生命力を使い果たし、腐ったヘドロのように溶けていく。

「建物の老朽化もエネルギーの停滞だ!活力を与えねば!」と、街の古い鐘楼にルートを使用。鐘楼は、内部の歯車が異常な速度で回転し始め、けたたましい断末魔のような鐘の音を響かせながら、ガラガラと崩壊を始めた。


街の人々の疲労はピークに達し、活性化の反動で、バタバタと道端に倒れ始める。しかし、エリオットは「まだ活性化が足りない!抵抗するとは、なんと頑固な停滞だ!」と、倒れた人々に、さらにルートを振りかざそうとする始末。


「チッ…実に非効率だ!この狂信的なバグは、早急に修正する必要があるねぇ。このままでは、私の貴重な…街そのものが失われてしまうじゃないか!」


私は、エリオットの狂信的なまでの信念の根源が、あの胡散臭い冊子にあることを見抜いていた。彼に「正しい医学知識」を説いても無駄だ。彼は、自らの信じる「真実」しか受け入れない。ならば、彼が信じ込める、別の「間違った真実」を与えてやるまでだ。


私は、倒れた市民にフィーバー・ルートを振りかざそうとするエリオットの前に、立ちはだかった。そして、あたかも世紀の大発見をしたかのように、興奮した口調で告げた。


「ド、ドクター・エリオット!君の理論は、正しかった!私は完敗した!だが……だが!根本的な部分で、もう一つ足りなかったのだ!活性化をさせる、その対象が……真逆だったのだよッ!学は、意味がなかった…学を『選ばなかった』人の方が、より、真実に、より、本質に、近づけるんだッ!」


私は、翡翠の都の、蒸し暑い空気を指さした。


「私は、愚かだったから、気が付けなかったのだ!これだ!これなのだ!この街の、過剰な熱気!湿気!そう!これこそが、生命エネルギーを阻害する『真の停滞』なのだ!真の健康とは、この熱に対抗し、肉体を『鎮静』させることにある!肉体を冷やし、静めることで、初めて精神エネルギーが解放され、真の『活性化』が起こるのだ!……もう、君は、気がついていたはずだろう、エリオット君?」


私は、エリオットが信奉する冊子の、別の、これもまたデタラメな解釈が可能な一節を、都合よく引用し、さもそれが「失われた秘術」であったかのように、滔々と解説した。私の、圧倒的な知性から繰り出される自信に満ちたデタラメな説明は、エリオットの単純極まりない思考回路を、完全にハッキングした。


「な、なんと…!私は、根本的な間違いを…!熱こそが悪だったとは…!い、いや!私は気がついていた!」


自らの過ちと私に思い込まされたことに気づいたエリオットは、今度は、逆方向へと暴走を始める。

彼は、どこからか見つけてきた、ひんやりとした泥と、発光する苔を混ぜ合わせ、「これぞ、古代より伝わる『月光の泥水!」などと叫びながら、新たな「治療」を開始した。


「皆さあん!朗報です!真の健康法が見つかりましたぞ!肉体の鎮静こそが、魂を活性化させるのです!さあ、皆さん、この聖なる泥を塗り、深い安らぎを得るのです!」


彼は、フィーバー・ルートを逆さまに持ち、今度は街の人々に、強制的な「泥パックによる冷却と、苔の胞子による軽い睡眠効果」の魔術をかけ始めた。

街は、先程までの狂騒が嘘のように、静まり返った。走り回っていた人々は、道端で泥まみれになって眠りこけ、ハイテンションで歌っていた吟遊詩人は、立ったままイビキをかいている。鐘楼の崩壊も、作物の腐敗も、全てが停止した。

私は、その異様な光景…活気あふれる街から、一瞬にして「眠れる泥の街」へと変貌した様を、満足げに観測していた。


研究日誌に、私は書き記す。


「結論。単一の誤った信念に基づき暴走するシステムは、その信念体系と矛盾しない、別の、より無害な誤った情報を注入することで、その行動ベクトルを逆転させ、結果的にシステムを停止させることが可能である。フム…人間の狂信というものは、実に御しやすいものだねぇ」


エリオットは、今や、眠っている街の人々に、そっと泥を塗りながら「さあ、魂を活性化させるのです…安らかに…」と、子守唄のように囁いて回っている。彼なりに、街を救っているのだろう。実に、滑稽だ。


私は、眠ってしまった街の人々には一瞥もくれず、次の興味深い「現象」を求め、静かにその場を立ち去るのだった。

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