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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集
26/208

第22話:中央駅の怪!

私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。未知の現象、未知の法則、そして、未知なる人間の狂気。それらは全て、私にとって最高の研究対象に他ならない。


空には、魔力を帯びた鉱石で造られた巨大な浮遊島が浮かび、そこから流れ落ちる滝が、酸性雨の霧に虹を架けている。東洋の魔都、龍港ロン・ガン。この街は、そびえ立つ黒曜石の塔々を、エーテルで編まれた幻影の龍が縫うように泳ぎ、街路には、錬金術師が焚く薬草の匂いと、絶え間なく流れる魔力のオゾン臭が混じり合う、混沌の坩堝だ。

私の目的は、この街のとある喫茶店で観測されているという、「局所的な時間流の淀み」という、実に興味深い現象の調査だった。


目的の喫茶店「追憶茶館」は、龍港の心臓部…巨大交通網の魔術回路網である「九龍中央駅」の構内にあるという。

駅に足を踏み入れた私は、その光景に思わず口元を歪めた。天井からは、無数の魔力伝導管が蔦のように垂れ下がり、壁一面の水晶板には、幻影魔術による広告が明滅している。何百もの言語が入り混じるテレパシーのアナウンスが、洪水のように脳を打つ。そして、瞳に情報表示用のルーンを刻んだ人々が、まるでゴーレムの行軍のように、互いにぶつかることなく、淀みない流れを形成していた。


「フム…本題の前に、面白い前座が始まったじゃないか」


私が「さて、例の喫茶店はどこかねぇ」と、空間に投影された魔術的な案内図を読み解くため、一瞬だけ足を止めた、その瞬間。ぞくり、とした感覚。駅全体を制御する、巨大な人工精霊が、私という「流れを乱す不純物」に気づいたかのような気配がした。


「いいだろう。この巨大なモルモットのデータも、ついでに採取してやろうじゃないか」

私は、自らが怪異の罠にかかったことを即座に理解し、むしろ楽しげにその挑戦を受けた。


次の瞬間、駅は牙を剥いた。「追憶茶館」と書かれた案内ルーンに従って進むと、その先は、変成魔術が不発に終わったかのように、ただの岩壁に行き止まる。下りたはずの魔法仕掛けの動く階段を上ると、なぜか先ほどと同じ場所に戻っている。空間に浮かぶ幻影の案内板は、存在しないはずの駅名を表示し始め、やがて、私の思考を読み取ったのか、私の研究ノートの一節を、嘲笑うかのように映し出した。


(「喫茶店」へ向かおうとすれば、喫茶店への道が消える。「出口」を探そうとすれば、出口が無限に遠ざかる。なるほどな…)


私は、パニックに陥るどころか、歓喜と共にその現象を観測・分析する。この怪異の正体は、この駅を利用する、数億、数十億という人々の、「目的地へ効率的にたどり着きたい」という集合的無意識が、土地の龍脈と結びつき、駅の管理システムとして組み込まれた人工精霊に、自我を与えてしまったものだった。

この怪異は、ただ一つの単純なルールで動いている。「明確な目的地を持ち、効率的に移動する魂は通し、そうでない不純物は、迷宮へ引きずり込んで魔力源として吸収する」。


「フム…システムの欠陥は、見えた」


この怪異が理解できるのは、「駅の魔術的地図に存在する、物理的な座標」だけだ。逆に言えば、地図に存在しない、あるいは物理的な場所ですらない「概念的な目的地」を、このシステムは処理できない。


私は、駅の中心、最も多くの魔力が行き交う巨大な吹き抜けで、ぴたりと足を止めた。そして、目を閉じ、自らの強大な精神力を、ただ一つの「目的」へと収束させていく。それは、場所ではない。意志そのものだ。私は、人工精霊の思考回路に、直接、高位の言霊を叩きつけた。


「私の『実験』は、ここで終わりだ。私は、ここから出て、次の『観測』を始める。それが、この宇宙における、今の私の、絶対的な『目的』である」


駅の人工精霊は、その命令を理解しようと、全機能でスキャンを開始する。

[ERROR: 座標 "観測" ハ 発見デキマセン]

[ERROR: 座標 "絶対的目的" ハ 定義サレテイマセン]


これは、「どこかへ行きたい」という、システムが処理できる「願い」ではない。「私は、こうする」という、人工精霊の基本法則を上回る、絶対的な「宣言」だった。

行き先を提示できないことで、駅のシステムは、致命的なエラーを起こす。全ての案内ルーンが乱雑な記号の羅列と化し、空間を歪めていた魔術が、一瞬だけ停止する。

そして、私の目の前、それまで幻影広告を映していた巨大な壁面の一部が、ノイズと共に消え、古びた「ゴーレム整備通路」の扉が、うっすらと光を放って現れた。システムが、理解不能な命令に対し、唯一可能な「物理的な外部」への最短経路を、魔術回路のバグとして提示したのだ。


私は、その扉をゆっくりと開け、蒸し暑い、魔晶石の光がきらめく龍港の裏路地へと、何事もなかったかのように歩き出した。

その裏路地の先に、ひっそりと佇む、古びた喫茶店「追憶茶館」の、魔法の光ではなく、本物の炎で灯された、古風なランプを見つける。どうやら、この通路は、私の「本来の目的地」への最短ルートでもあったらしい。


私は、研究日誌を取り出す。

「結論。人間の『集合的指向性』によって形成された空間怪異は、そのシステムが理解できない、より高次の概念的な『目的』を提示することで、論理的矛盾を引き起こし、一時的な機能不全を誘発できる。フム…実に美しいバグだった。さて、」


私はペンを止めると、喫茶店の、年季の入った木製の扉に手をかけ、不敵な笑みを浮かべた。

「やれやれ、ずいぶん時間を食ってしまった。さて、本題の実験を始めようじゃないか」

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