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【5位】エラーラ・ヴェリタス/ERROR la VERITAS  作者: 王牌リウ
エラーラ・ヴェリタス短編集
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第12話:最後の晩餐!

私の名はエラーラ。私の興味を引くのは、常に、常識では説明のつかない「現象」だけだ。

美食の都として名高いこの街で、私は実に興味深い「流行病」のデータを観測していた。名の知れた美食家や料理評論家たちが、ある日を境に、一切の食への興味を失い、廃人同様になってしまうという。肉体的には健康なのに、精神的な飢餓から、緩やかに衰弱していくのだ。


「フム…特定の食体験が、被検体の食欲という根源的欲求を、不可逆的に消去する、と?これは、生命維持の基本プログラムを書き換える、極めて高度な精神干渉じゃないか!」


調査を進めると、被害者たちは皆、発症直前に「人生で最高の食事をした」と恍惚として語り、その部屋からは、銀色のフォークの紋様が刻印された、謎めいた黒いカードが見つかっていた。神出鬼没の幻のレストラン「最後の晩餐」への招待状だ。


私は、被害者たちの精神データを分析し、彼らが共通して抱いていた「食への飽くなき探求心」というパターンを特定。自らの「知的好奇心」をそれに擬態させて増幅し、この怪異を挑発した。狙い通り、その夜、私のホテルの部屋のテーブルに、一枚の黒いカードが、音もなく出現していた。


招待状に記された路地裏へ向かうと、そこには昨日までなかったはずの、古風で小さなレストランが、まるで昔からそこにあったかのように佇んでいた。

店内は、静寂に満ちていた。客は私を含め数人のみ。彼らは皆、何かに憑かれたように、これから始まるであろう食事を、狂的な期待を込めた瞳で待っている。厨房の奥には、顔が影になって見えない、長身の料理人が一人、黙々と調理を続けていた。

メニューはない。席に着くと、やがて、最初の一皿が、音もなく私の前に置かれた。

それは、琥珀色に輝く、シンプルなスープだった。

一口、匙で掬って口に含む。その瞬間、私は、驚きに目を見開いた。


(この味は…!)


それは、私が幼い頃、初めて独力で錬金術の合成に成功し、創り出した栄養食の味。完璧なアミノ酸の配合比、脳が痺れるほどの達成感。私の、最初の「科学的勝利」の味そのものだった。

次々と運ばれてくる料理は、全てが、私の記憶の深淵から直接引き出された、私だけのフルコースだった。

未知の魔術回路を解き明かした時の、知的な興奮の味がする、結晶化した魔力のデザート。

そして、メインディッシュは、この世のどんな食材とも似ていない、ただ「正しい」としか表現しようのない、概念的な一皿。それは、複雑な定理が、ただ一つの美しい数式へと収束していく、あの瞬間の、脳髄が痺れるような全能感の味がした。


「フフフ…素晴らしい!私の記憶データを読み取り、味覚情報として再構成しているのか!なんという、独創的な実験だ!」


食事を終えた私は、完全な満足感に包まれた。食欲も、空腹も、綺麗に消え失せていた。

呪いの兆候は、数日後に現れた。

身体は、食事を必要としない。実に、効率的だ。だが、私は気づいてしまった。私の魂の根幹である「知的好奇心」…すなわち、「新しいデータへの飢え」までもが、薄れ始めていることに。

目の前に、新しい研究テーマがある。だが、それを解き明かしたいという、あの燃えるような衝動が、湧いてこない。

あの完璧な食事は、肉体だけでなく、魂の「空腹」をも完全に満たし、その人間の、未来への欲求そのものを消滅させてしまう呪いだったのだ。


「まずい…まずいぞ!私の好奇心…未知のデータを求める、あの根源的な飢えが…消えている!満腹だと?冗談じゃない!科学者にとって、満腹は『死』と同義だ!」


このままでは、私が、私でなくなってしまう。

私は、自らの魂が完全に「満腹」になる前に、怪異を打倒することを決意した。レストランを再び出現させるため、私は、一つの強烈な「飢え」を、自らの精神の中で創り出した。

再び現れたレストランで、私は料理人の前に座り、たった一つの「注文」をした。


「君の食事は、確かに完璧だった、料理人君。被検体の『過去』の記憶を、完璧に再現していたからねぇ。だが、それこそが君の限界だよ」


私は、不敵な笑みを浮かべて、言い放った。


「私は今、猛烈に『飢えて』いる。君の完璧な料理が、決して満たすことのできない、一つの渇望にな」


料理人の影が、わずかに揺れた。


「では、聞こう。君は、私に『未来の味』を提供できるかね?」


私の問いに、料理人は、無言で、厨房で何かを創り始めようとする。おそらく、「未来」という言葉から、彼が想像しうる、最も斬新な料理を。

私は、その無駄な試みを、冷たく笑い飛ばした。


「フフフ、無駄だよ。君が今、想像で創ろうとしている『未来の味』とやらは、本当に『未知』かね?違うねぇ。想像とは、既存の知見…つまり、過去の記憶データを、新しく組み合わせるだけの作業だ。 リンゴの味を知っているから、『空飛ぶリンゴ』の味を想像できる。魚の味を知っているから、『燃える魚』の味を想像できる。君のシステムに、ゼロからイチを創り出す機能はない」


私は、立ち上がり、さらに続けた。


「当てずっぽうですら、記憶に左右される。君がどれだけ頑張っても、君が創り出せるのは、常に『過去の派生物』でしかないのだよ。まだ知らないものは、知らない。想像すらできない。完全に未知なるものは、絶対に知り得ないのだ!」


私の言葉は、この怪異の根源的な矛盾を、容赦なく抉り出していた。

私は、空の皿を、料理人の前に突きつけた。


「さあ、私に『未来』を、その『完全なる未知』を、この皿の上に創り出してみせたまえ!できないだろう?君のシステムでは、原理的に、不可能なのだから!」


その瞬間、料理人の影が、ノイズのように激しく乱れた。

客の「記憶(過去のデータ)」を読み取り、それを「再現」することに特化した彼のシステムは、「存在しないものを創造せよ」という、処理不可能な命令を与えられ、自己矛盾に陥ったのだ。

レストラン全体が、蜃気楼のように揺らぎ始め、壁やテーブルが、光の粒子となって消えていく。

呪いが解けた街のあちこちで、「お腹が、空いた…」という、数年ぶりの空腹を訴える人々の声が上がり始めた。

私の腹もまた、くぅ、と小さな音を立てた。それは、肉体的な空腹と、そして、私の魂の根幹である「知的好奇心」という名の、心地よい飢えの再来だった。

「結論。過去の記憶の完全な再現に依存するシステムは、原理的に創造不可能な『未来』…すなわち『真の未知』を要求することで、その前提を崩壊させることが可能である、と。フム…おかげで、腹が減ったじゃないか」


私は、消えゆくレストランを背に、満足げな笑みを浮かべた。

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