第1話:Eaten Alive
主題歌:食人帝国 サウンドトラック
https://youtu.be/-OQwUZyeuHA
王都アグニバシュラ。
この街には、厳然たる「階級」が存在する。
魔力を持ち、知識と富を独占する人間とエルフ。
そして、魔力を持たず、屈強な肉体だけを資本に、最下層で日銭を稼ぐ、獣人たち。
俺の名はキバ。狼の血を引く獣人だ。まだ十代だが、この街の獣人ギャング「レッド・クロウ」の一員として、街で麻薬「インフェルノ」を密売し、両親の生活を支えている。
あの日、俺は、父さんと母さんと、三人で王都中央駅にいた。
父さんは、デカい熊みてぇな狼の獣人で、誰より「獣人の誇り」を大事にする正義の男だ。
母さんは、狐の血を引いていて、誰もが平等に生きられる世界になることを願う愛の女だ。
事件は、駅の売店で起きた。
母さんが、昼メシのために棚から高そうなサンドイッチと菓子を、自分のバッグにこっそり滑り込ませていた時だ。
「おい、そこの獣人!」
甲高い声が響いた。
痩せた、不気味な人間の男性店員が、レジから飛び出してきた。
「ケモノのてめぇ、今、盗っただろ! バッグん中身、見せろや!」
まずい。
俺と父さんが割って入ろうとした瞬間、母さんが、その場に泣き崩れた。
「ひどい……! あんまりだわ!」
「あァ? 何だよ!ケモノのババア!」
母さんは、震える指で、人間の店員を指差した。
「あなた! 私が……! 私が獣人だからって……!」
「はぁ!?」
「あなた、い……今、ケモノって、言ったわよね!?」
母さんは、周囲の人間やエルフたちに聞こえるように、大声で叫んだ。
「『獣人が魔術師様の食べる物に触るな、汚らわしい』って! そう言いたいんでしょ!あなたは、『ケモノ』と言って、私たちがものを食べることすら、妨害するのね!」
「なっ……! 言ってねぇよ! 俺は人間だが魔術師でもなんでもねぇし!そもそも店のもん盗んだのは、ケモノ、てめえの問題だろ!」
店員が、間違いを指摘されて狼狽える。
だが、手遅れだった。
「……ギザ」
地を這うような、低い声がした。
父さんだ。
「……そいつが……そいつが、お前の、俺たちの、獣人としての『誇り』を……その魔術師が、俺たちを差別して、貶したのか!」
この世界で、「魔術師」とは、魔力を持てる高尚な人間やエルフを指す、知識階級の呼び名だ。
獣人は、いくら努力しても、魔術師にはなれない。
それは、この街の絶対の「壁」だった。
母さんが使った「魔術師」という言葉は、父さんの、一番デリケートな「誇り」の導火線に、火を点けた。
「……許さねぇ……妻を、俺たちを、平和を踏み躙る奴は、許さねえ!」
父さんの全身の毛が逆立つ。
「父さん!そいつもう、殺してよ!」
俺は、叫んでいた。
そうだ、やっちまえ! 俺たちをいつも見下しやがる、差別主義の人間どもを!
「ぐおおおおおっ!」
父さんは、獣の咆哮と共に、人間の店員に飛びかかった。
店員の悲鳴。商品棚が倒れ、サンドイッチが床に散らばる。父さんの、巨大な爪が、店員の顔を引っ掻き、腕をへし折る。
「やめ……! 助け……!」
「いいぞ父さん! 殺せ!俺たちの幸せを、自由を、絆を、平和を踏み躙る悪魔どもを殺せ!それが、俺たちの誇りだ!」
俺と母さんは拳を突き上げ、応援した。
その時だった。
「そこまでだ! 全員動くな!」
甲高いが、有無を言わさぬ威圧感のある声。
エルフだ。
王都警察のエルフの警官たちが、五人、俺たちを囲んでいた。
「……チッ。エルフの犬か」
父さんが、血まみれの店員の肉を口から吐き出し、警官たちを睨みつける。
「暴行の現行犯。…逮捕する。大人しくしろ、獣人」
エルフの一人が、魔導銃を父さんに向けた。
「……獣人、だと?」
父さんの怒りは、収まっていなかった。
「テメェらエルフも、人間も、俺たちを見下しやがって! 俺は、妻の誇りを守っただけだ! どけ!差別主義者!」
「最後の警告だ。抵抗するな」
「うるせえ!」
父さんが、エルフの警官に向かって、跳んだ。
乾いた、軽い音がした。
魔導銃の発射音だ。
父さんの動きが、空中で止まった。
その胸のど真ん中に、小さな青い光の穴が開いていた。
父さんは、何も言わなかった。
ただ、俺の方を見て、信じられない、という目をしたまま、ゆっくりと、仰向けに倒れた。
即死だった。
「……あ……」
俺は、声が出なかった。
「……いやあああああああ!」
母さんの、甲高い絶叫だけが、駅の構内に響き渡った。
エルフの警官は、魔導銃から立ちのぼる硝煙をフッと吹き消すと、無機質な声で言った。
「対象の鎮圧完了。……おい、そこの店員、事情、聞くぞ」
俺は、その場から、動けなかった。
翌る日、この衝撃的なニュースは、王都アグニバシュラを混沌へと叩き込んだ。
『エルフ警官による、無抵抗な獣人の射殺!』
『発端は人間の店員による差別発言! 獣人の誇りは、命よりも軽いのか!』
メディアは、「真実」を報道した。
人間による、獣人への差別。
エルフによる、獣人への暴力。
獣人スラム「ウォーレン」では、大規模な暴動が起きた。俺たちのギャング「レッド・クロウ」は、父さんを「殉教者」として祀り上げ、その怒りを武器に、人間の商店を襲い始めた。
俺は、そんな混沌の中でも、真面目に、懸命に、麻薬の売買を続けた。
父さんの復讐のために。
そして、残された母さんを守るために。




