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異世界《探偵》エラーラさん  作者: 王牌リウ
異世界《探偵》エラーラさん 探偵対組織暴力
145/176

第1話:Eaten Alive

主題歌:食人帝国 サウンドトラック

https://youtu.be/-OQwUZyeuHA

王都アグニバシュラ。

この街には、厳然たる「階級」が存在する。

魔力を持ち、知識と富を独占する人間とエルフ。

そして、魔力を持たず、屈強な肉体だけを資本に、最下層で日銭を稼ぐ、獣人たち。


俺の名はキバ。狼の血を引く獣人だ。まだ十代だが、この街の獣人ギャング「レッド・クロウ」の一員として、街で麻薬「インフェルノ」を密売し、両親の生活を支えている。


あの日、俺は、父さんと母さんと、三人で王都中央駅にいた。

父さんは、デカい熊みてぇな狼の獣人で、誰より「獣人の誇り」を大事にする正義の男だ。

母さんは、狐の血を引いていて、誰もが平等に生きられる世界になることを願う愛の女だ。


事件は、駅の売店で起きた。

母さんが、昼メシのために棚から高そうなサンドイッチと菓子を、自分のバッグにこっそり滑り込ませていた時だ。


「おい、そこの獣人!」


甲高い声が響いた。

痩せた、不気味な人間の男性店員が、レジから飛び出してきた。


「ケモノのてめぇ、今、盗っただろ! バッグん中身、見せろや!」


まずい。

俺と父さんが割って入ろうとした瞬間、母さんが、その場に泣き崩れた。


「ひどい……! あんまりだわ!」


「あァ? 何だよ!ケモノのババア!」


母さんは、震える指で、人間の店員を指差した。


「あなた! 私が……! 私が獣人だからって……!」


「はぁ!?」


「あなた、い……今、ケモノって、言ったわよね!?」


母さんは、周囲の人間やエルフたちに聞こえるように、大声で叫んだ。


「『獣人が魔術師様の食べる物に触るな、汚らわしい』って! そう言いたいんでしょ!あなたは、『ケモノ』と言って、私たちがものを食べることすら、妨害するのね!」


「なっ……! 言ってねぇよ! 俺は人間だが魔術師でもなんでもねぇし!そもそも店のもん盗んだのは、ケモノ、てめえの問題だろ!」


店員が、間違いを指摘されて狼狽える。

だが、手遅れだった。


「……ギザ」


地を這うような、低い声がした。

父さんだ。


「……そいつが……そいつが、お前の、俺たちの、獣人としての『誇り』を……その魔術師が、俺たちを差別して、貶したのか!」


この世界で、「魔術師」とは、魔力を持てる高尚な人間やエルフを指す、知識階級の呼び名だ。

獣人は、いくら努力しても、魔術師にはなれない。

それは、この街の絶対の「壁」だった。

母さんが使った「魔術師」という言葉は、父さんの、一番デリケートな「誇り」の導火線に、火を点けた。


「……許さねぇ……妻を、俺たちを、平和を踏み躙る奴は、許さねえ!」


父さんの全身の毛が逆立つ。


「父さん!そいつもう、殺してよ!」


俺は、叫んでいた。

そうだ、やっちまえ! 俺たちをいつも見下しやがる、差別主義の人間どもを!


「ぐおおおおおっ!」


父さんは、獣の咆哮と共に、人間の店員に飛びかかった。

店員の悲鳴。商品棚が倒れ、サンドイッチが床に散らばる。父さんの、巨大な爪が、店員の顔を引っ掻き、腕をへし折る。


「やめ……! 助け……!」


「いいぞ父さん! 殺せ!俺たちの幸せを、自由を、絆を、平和を踏み躙る悪魔どもを殺せ!それが、俺たちの誇りだ!」


俺と母さんは拳を突き上げ、応援した。


その時だった。


「そこまでだ! 全員動くな!」


甲高いが、有無を言わさぬ威圧感のある声。

エルフだ。

王都警察のエルフの警官たちが、五人、俺たちを囲んでいた。


「……チッ。エルフの犬か」


父さんが、血まみれの店員の肉を口から吐き出し、警官たちを睨みつける。


「暴行の現行犯。…逮捕する。大人しくしろ、獣人」


エルフの一人が、魔導銃を父さんに向けた。


「……獣人、だと?」


父さんの怒りは、収まっていなかった。


「テメェらエルフも、人間も、俺たちを見下しやがって! 俺は、妻の誇りを守っただけだ! どけ!差別主義者!」


「最後の警告だ。抵抗するな」


「うるせえ!」


父さんが、エルフの警官に向かって、跳んだ。

乾いた、軽い音がした。

魔導銃の発射音だ。

父さんの動きが、空中で止まった。

その胸のど真ん中に、小さな青い光の穴が開いていた。

父さんは、何も言わなかった。

ただ、俺の方を見て、信じられない、という目をしたまま、ゆっくりと、仰向けに倒れた。

即死だった。


「……あ……」


俺は、声が出なかった。


「……いやあああああああ!」


母さんの、甲高い絶叫だけが、駅の構内に響き渡った。

エルフの警官は、魔導銃から立ちのぼる硝煙をフッと吹き消すと、無機質な声で言った。


「対象の鎮圧完了。……おい、そこの店員、事情、聞くぞ」


俺は、その場から、動けなかった。



翌る日、この衝撃的なニュースは、王都アグニバシュラを混沌へと叩き込んだ。


『エルフ警官による、無抵抗な獣人の射殺!』


『発端は人間の店員による差別発言! 獣人の誇りは、命よりも軽いのか!』


メディアは、「真実」を報道した。


人間による、獣人への差別。

エルフによる、獣人への暴力。

獣人スラム「ウォーレン」では、大規模な暴動が起きた。俺たちのギャング「レッド・クロウ」は、父さんを「殉教者」として祀り上げ、その怒りを武器に、人間の商店を襲い始めた。

俺は、そんな混沌の中でも、真面目に、懸命に、麻薬の売買を続けた。

父さんの復讐のために。

そして、残された母さんを守るために。

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