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エラーラヴェリタス/ERROR la VERITAS  作者: 王牌リウ
エラーラ・ヴェリタス短編集3 日常篇
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第2話:獣人女学生!

学院都市は、今日も平和な喧騒に満ちていた。石畳の道を、人々や亜人が行き交う。

その流れの中を、一人だけ異なる理で動く影があった。

褐色の肌に、豊満な胸。だが、それらを誇示することなく、ただの「器」として白衣を纏う大賢者、エラーラ・ヴェリタス。

彼女の目は、道行く恋人たちにも、活気ある市場の声にも向かない。

彼女にとって、世界はすべて観測対象だった。

彼女が足を止めたのは、広場の一角にある怪しげな骨董品屋の前だった。店主が並べたガラクタの中に、ひときひとつ、奇妙な魔力反応を示す「石板の欠片」があった。


「フム…この紋様、古代魔法言語のようだが…」


エラーラはそれを手に取り、眉をひそめた。


「第3王朝時代のものか? いや、魔力の『澱み』が作為的すぎる。巧妙な模倣品か…だとしたら、その目的は?」


彼女が分析に没頭していた、その時。

三方向から、同時に声がかかった。


「——それ、多分、形だけ真似た『お守り』ですよ」

「——いいえ、その石材からして『偽物』ね」

「——あらあら、でも、これは『呪具』の匂いがするわ」


エラーラが顔を上げると、そこに三人の獣人学生が立っていた。

自分より遥かに背が高く、制服の上からでも分かるほど豊満な胸を持つ、三人の少女。ふかふかの尻尾が、それぞれの個性を表すように揺れていた。

エラーラは分析を止め、興味深そうに彼女たちを見た。


「フム? キミたち、その根拠は?」


最初に口を開いたのは、快活そうな妹風の狐獣人、フィオナだった。


「えっとね! 模様の『流れ』が不自然なんです! オリジナルの魔法言語って、魔力を流す『意図』があるから線が滑らかなのに、これは途中で何度も『ためらい』がある。これ、形だけ真似て恋のお守りか何かを作ろうとした、素人の職人の『心理』が読めます!」


次に、理知的な姉風の獅子獣人、レティシアが腕を組んだ。


「心理分析の前に、論理的な矛盾があるわ。その石材に含まれる微弱な魔力残滓、これは明らかに西部鉱山のもの。でも、第3王朝の遺跡はすべて東部。つまり、この二つが両立する確率はゼロ。よって『偽物』。証明終了よ」


最後に、穏やかな母親風の狼獣人、シルヴィアがふわりと微笑んだ。


「二人とも正解だと思うわ。でも、私は別のものが気になるの」


彼女はエラーラが持つ欠片に鼻を寄せ、くん、と匂いを嗅いだ。


「…これ、偽物だけど、微かに『血の匂い』と『涙の匂い』がしませんか? きっと、誰かが本気で『何かを呪う』ために、最近使ったばかりの…生々しい『呪具』。そっちの方が、よっぽど興味深くありませんこと?」


「…………」


エラーラは、目を輝かせた。


(素晴らしい…!)


一つの「偽物の石板」に対し、

一人は「心理的アプローチ」で贋作師の意図を読み、

一人は「論理的アプローチ」で材質の矛盾を突き、

一人は「五感的アプローチ」で現在の用途を突き止めた。


「フム…フム! 実に素晴らしい! 三者三様の仮説と検証! キミたち、実に興味深い『知性』を持っているな!」


エラーラは心の底から感嘆した。

彼女は三人を改めて見上げた。


(自分より遥かに背も胸も大きいが、間違いなく年下の学生だ)


(なんと良い子たちだ。この若さで、これほどの多角的視点を持つとは!)


「キミたち、名前は? よければ、私の研究室に来てくれないか? キミたちのその『思考』、ぜひ定期的に観測させてもらいたい」


エラーラの純粋な知的好奇心に満ちた誘い。

だが、三人の獣人は、違った。

彼女たちは、自分たちの分析を一瞬で見抜き、その上で「興味深い」と目を輝かせたこの小柄な大賢者に、一瞬で心を奪われていた。


「えっ…! 嬉しい! 私、フィオナって言います!」


狐のフィオナが、一歩前に出る。


「エラーラ様、って呼んでいいですか? 私、エラーラ様の『頭の中』がどうなってるのか、すっごく知りたいな…」


彼女の大きな瞳が、獲物を見つけたかのように、潤んでエラーラをじっと見つめる。


「私はレティシア」


獅子のレティシアが、フィオナを押しのけるように割り込む。


「貴方様のような『知性』に出会えたこと、光栄に思いますわ。ぜひ、貴方様の側で、その『思考プロセス』を学ばせていただきたい」


彼女はエラーラを見下ろしながら、誇らしげに胸を張った。その胸が、エラーラの視界を圧迫する。


「まあ…」


狼のシルヴィアが、そっとエラーラの隣に寄り添う。


「私はシルヴィアと申します。貴方様のような方が研究に没頭されるなら、きっと『身の回りのお世話』も必要ですわよね?」


シルヴィアはエラーラの白衣の袖口、わずかなほつれを見つけ、そっと自分の指先で、なぞるように触れた。


「私、そういうの、得意なんです。貴方様が『研究だけに集中できる』ように、私がお手伝いしますわ…」


知的なやり取りのはずだった。

だが、エラーラは微かな違和感を覚える。


(フム…?)


彼女たちから発せられる言葉は「向学心」と「親切心」だ。

だが、その視線は、その吐息は、その距離感は、やけに熱を帯び、ねっとりとしている。


(気のせいか…? 獣人特有のコミュニケーションか? やけに…『性の匂い』がするような…)


しかし、エラーラは自身の専門外の分析をすぐに打ち切った。


「フム、結構だ。知識欲は美徳だ。身の回りの世話? フム…私の雑務が減るなら合理的だ。では、よろしく頼む」


彼女は骨董品の店主に「これは呪具の疑いがある。分析する」とだけ告げ、石板の欠片を懐に入れると、踵を返した。


「さあ、来たまえ。私の獣病院はあちらだ。キミたちという新しい『サンプル』が、どのようなデータを示してくれるか、実に楽しみだ」


「「「はいっ! エラーラ様!」」」


三人の獣人は、目を輝かせ、ふかふかの尻尾を大きく振りながら、意気揚々とエラーラの後をついていく。


(フム。これで研究が捗る。それにしても、あの子たち、年下なのに随分と発育がいい。獣人の生態サンプルとしても非常に優秀だ)


エラーラは満足げに歩く。


(…しかし、さっきから後ろで三対の尻尾が、やけに激しく振れる風切り音がするが…)


エラーラはまだ気づいていない。

彼女が手に入れたのは、優秀な「助手候補」であると同時に、

自身の「知性」に発情した、三匹の巨大で危険な「雌」であったことを。

そして、彼女の後ろで、三人が「あの賢者を、どうやって私だけのものにしようかしら?」と、すでに静かな知能戦の火花を散らし始めていることにも、まだ気づいていない。

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