魔法演技
遅れたました……
それではどうぞ
10人も入れば窮屈に感じるような狭いコンクリートの部屋、その中央に置かれた背中合わせに並べられている2つのベンチ、そこに座っている4人、つまりは闘技場の出場者控え室に俺達は待機している。
レイは頭を抱え、フィリアは爪を噛み、ユウナは何かに祈るようなポーズを取っている。
実はみんなは、とてつもなく焦ってます。
それもこれもあの先生のせいです。直前まで何も知らされずに派手なものにしろって? こういうものは事前に教えておいて、時間を掛けて考えるものではないのか?
「ああもうっ! 全っ然思いつかねぇ、てか属性が地だけで派手なのってなんだよ! 無理だろうが!」
考えるのが嫌になったのか、大声を出して、自分の属性のせいにするレイ。
考えるのを放棄するのはよくないなぁ。見ればフィリアとユウナも妙に悟った表情をしていた。あれが諦めの表情じゃないと信じたい。
「みんな諦めないで考えなよ。もうすぐ始まるんだぞ?」
言った後猛烈に後悔の念が襲う。こんなことを言っても重圧を与えるだけで逆効果だ。きっとみんなさらに落ち込むに違いない。
はい落ち込んだ〜、何とも分かりやすくみんな塞ぎ込んだ〜、仕方ない。
「みんな、俺に考えがあるんだけど……乗る?」
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観客席より上にある放送席からアナウンスが流れてくる。
「それでは、これからみんなに華麗な魔法を見せてくれる3年Sクラスの4人に登場してもらおう! 入場だ!」
俺達が姿を見せると歓声が一気に起きる。注目されるのは恥ずかしいけど嬉しいものだよね。
周りを見ると闘技場の観客席は人で埋め尽くされていた。中には飲み物や食べ物を販売する売り子も忙しく動いているのが見える。
昨日壊した観客席や床はおそらく地属性の先生が直してくれたのだろう、破壊された跡は完全に消えていた。
「みんなはもう知っていると思うがこれも仕事だ! 4人を紹介するぜ! まずは『紅の戦乙女』こと、フィリア・クランベル、炎3つ、風1つの最高にホットな女子だぜ! 噂じゃ彼女に燃やされたくて違反する生徒も多数いるようだ! 人気者も辛いねぇ」
司会者の紹介に一層盛り上がる生徒達、中に俺を燃やして〜みたいな声が聞こえた気がするが。それは空耳だな。
「そしてお次は『水姫』ことユウナ・ハーティリー、水3つ、雷1つの魔法使いだ! 物静かの中に隠れる強い意志は何者にも屈しない。ファンクラブも多数存在! もちろん俺も入会済みだぜ!」
ファンクラブは確か本人公認というか事後承諾だった。約100人に頭を下げられて、本人も苦笑いしながら(引きながら)承諾していたことは鮮明に覚えている。
「続いては『錬金術師』こと、レイ・クロード(バカ)だ! 運動神経抜群の熱血漢! 今回は何をしてくれるんだ?」
「まずはお前をぶん殴る!」
副音声でバカと聞こえた技術には脱帽するぜ……。
レイは殴るといってるが俺達の位置からだと観客席より高い所に放送席には絶対無理だろ。
「そしてそして! 最後に紹介するのは、頭脳明晰、容姿端麗、その魔法は全ての人を魅了し、虜にする、その魔法は罪を犯す者への断罪の一撃と化す。咎人に裁きを下す風紀委員長! 『風神』ことリアン・ハーベルです!」
歓声が沸き起こり、誰かが魔法を使用したのか、炎やら水やらが上空に向かって吹いている。ずいぶんと恥ずかしい紹介をしてくれるもんだ。
「リアンは人気者で羨ましい限りだ、おっと! 余りの興奮に自己紹介を忘れてたぁ! 今年放送委員の委員長に就任した3年A組のマルク・ミュラーだ。今年中このテンションで行くぜ! みんな俺のことも覚えてくれよ? 続いてゲストの紹介だ。今日この放送席に来てくれているのはなんと今年就任したばかりのチェスタ学園長! 何か一言よろしくぅ!」
今日放送席に来ているゲストはチェスタ学園長らしい。普段こういった行事には姿を見せないのに今日に限ってどうしたんだろ?
「ファンタズム学園の長を勤めているチェスタ・クロベットです。本日の魔法演技には期待しているので、全力を尽くしてください」
まだ20代であろう美しき容姿は、威厳と傲慢のオーラで固められていて、どこか近寄りがたい存在だった。何でその若さで学園長になれたのかは学園の謎だ。昨年いきなり前の学園長が辞任し、そして別の学校から来たというチェスタ学園長が就任した。
「ありがとうございました。それでは! 魔法演技開始の挨拶と行こうじゃないか! リアンよろしく」
スタッフらしきものがこちらに向かって来て、マイクを手渡してくれた。
さて、どうしようか。
「えー、みなさん、おはよう」
耳をつんざくような音量でおはようやらキャーやら様々な返しが来た。まさかここまでテンションが上がってるとはな。
「ここで長々と話しをするほど俺は野暮じゃない。1つだけ言わせてくれ、今日は楽しんで、そして……度肝を抜け」
「それじゃ開始だぁ!」
司会者の開始の合図とともに俺達4人は試合場の4隅に立つ。
「セカンドブレイン起動、パスワード、【聖火】、次回からはパスワード記号のみで起動、なお、施行のさいも、パスワード記号のみで行う。」
フィリアはセカンドブレインを起動し、自動起動設定にしている。今やるなよ。
「【聖火】使用、イメージを構築、セット『朱雀』 構築するは炎の化身、その体は炎で出来ていて不死、その一撃は善き者には聖なる加護を、悪き者には灰すら残らぬ獄炎と化す。顕現し! 舞い上がれ! 『朱雀』」
威力が高い上級魔法を使う際の呪文を唱え、フィリアの真上に幾つもの炎の玉が現れる。1つ1つの大きさが優に3メートルは超えていた。炎の玉は上空に上がり、1つとなると形が変わっていき、炎の翼が、炎の爪、そして炎の嘴と構築されていき、『朱雀』が大空に現れる。炎で出来たその姿はこの世に存在が確立していないように揺らめき、神々しかった。
「セカンドブレイン起動、パスワード、【龍脈】、次回からはパスワード記号のみで起動、なお、施行のさいもパスワード記号のみで行う。」
レイも今設定かよ! もっと緊張感持とうぜ……。
「【龍脈】使用、セット、『玄武』、構築するは星の化身、その体は星の一部から出来ていて不動。その力は悪き者から全てを守る盾であり、善き者を全て受け入れる大いなる力なり! 顕現し! 全てを守れ! 『玄武』」
レイの立っていた場所が盛り上がり、レイを乗せるような形で10メートルはあるであろう亀がいた。全身が岩で出来ていて表情は無いはずなのだが、どこか優しく見えた。
「セカンドブレイン起動、パスワード、【時雨】、次回からはパスワード記号のみで起動、なお、施行するさいもパスワードのみで行う」
もう何も言わない。
「【時雨】使用、イメージを構築、セット『青龍』、構築するは水の化身、その体は水で出来ていて流動、その咆哮は全てを揺るがし、その力は大いなる癒しとなる、顕現し! 至らしめろ! 『青龍』」
その言葉と同時に遥か空の雲が一瞬にして消え、代わりにあったのは青い透明の龍、その体は蛇の如く、しかし、その存在に皆圧倒されていた。 次は俺の番か。
「構築するは風の化身、その体は風で出来ていて最速、その早さは見ることすら叶わない、その一撃に過程は存在せず、結果のみ、裁きを下された者は己の死すら感じる前に終焉を迎えるであろう。風神の名の下に命ずる。顕現し! 覚動せよ! 『白虎』」
一陣の風が舞台上に吹く。それは小さな竜巻となり、徐々に大きくなる。
そしてそれが弾けると立っていたのは1匹の虎、しかしその姿は風のように不安定で普通の虎より3倍は大きく、幻想的な雰囲気を出している。その虎が歩くたびに足下から風が起きる。リアンの前にたどり着き、向き合うと虎は忠誠心を見せるように頭を下げる。
静寂、それだけが闘技場を包みこむ。しかしそれも一瞬だった。場内は歓声で湧き上がり、終わりなくそれは続く。
しかし度肝を抜くのはまだまだこれからだ。
《交じれ!》
リアン達4人が叫ぶと朱雀、玄武、白虎、青龍は大空高くに舞い上がり、空中で回転しながら交じり合う。
《四神融合、幻獣『麒麟』》
闘技場の真ん中に一筋の光が落ち、目の前には中国の神の使い、麒麟が立っていた。試合場を一周し、自らの姿を見せ付ける。
「おぉぉぉっと! 実況を忘れていたぜ! しかし、俺の沈黙こそがこの光景の凄さを語っていると言っても過言ではないでしょう!」
場内は司会者の言葉を口火に歓声をあげる。
麒麟はつんざくような鳴き声を上げると試合場にどでかい雷を落として消えていく。今回は魅せるだけだからな。演算処理が半端ないのか四人で行っているのに関わらず既に頭痛がする。
だが盛り上がってよかった。急に作ったわりには上出来だな。
「これが風紀委員の力か! もの凄いものを見せてもらった〜! それではこれで魔法演技を終了にするぜ!」
こうしてぶっつけ本番の魔法演技は終わった。
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