零
エレナちゃんが来てから1週間が過ぎた。今は読書感想文という名目で魔法倫理に関するレポートを書いている。授業が完全に無くなった訳ではなく、エレナちゃんでも出来るような授業内容に変わっただけだ。
横を見るとユウナはもう書き上げたようで、普通に読書している。フィリアは苦戦中らしく必死そうだ。レイは机に突っ伏して絶望の表情を浮かべていない。
そんなレイを救う音が流れた。つまりはチャイム。
「おや、それでは終わります。明日は発表ですからきちんと準備をしてきて下さい」
やる気の無い返事をしながら帰る支度をする。
エレナちゃんも持ってきていた本をリュックに入れて帰る準備をしている。 そういえば一体どこに住んでいるんだろうか?
「エレナちゃんはどこに住んでいるの?」
「おっきな家」
そりゃそうか、住所なんて言えるわけない、普通覚えて無いよな、小さな女の子なら。
「それじゃあ帰……」
「リアン、今日は見回り当番でしょ」
少し怒った様子のフィリア……忘れてた。放課後、ローテーションで違反者がいないか見回るんだったな。
「えっと……誰とだっけ?」
「俺だよ、俺俺、俺だって」
一昔前の詐欺を真似しているレイ、前から思っていることだがこいつの相手は疲れる。
「フィリア、早速不審者を見つけたよ。ミンチがいいかな? それともバラバラ?」
「う〜ん、エレナちゃんが怖がるから血は出して欲しくないかな。絞殺で」
流石フィリアだ。周りのことを考え、尚且つ苦しませる事が出来る。俺は早速実行に移る。
「ちょっと待ておい、冗談だよな? 友達だよな? なぁ、もういいって、首に手を当てるのは止めようぜ、ん? フィリアも羽交い締めとかさぁ……スミマセンでしたぁ! マジで許してください!」
不審者が騒いでいる。全く、何処までも迷惑な存在だ。学園の健全なる生徒達よ。今すぐこの社会のゴミを片付けるからね。
「皆さん落ち着いて下さい! 社会のゴミでも生まれたことが間違いな人でも私達の友達です」
「フォローになってねぇ!」 ユウナが必死に俺をレイから引き剥がし説得する。そういえばそうだった、ユウナは大切なことを思い出させてくれた。そうレイは友達……つまり。
「それは私達にとって汚点てことじゃない?」
フィリアが俺が思っていたことを口にする。ユウナは雷に打たれたような表情をして項垂れた。
「レイ、私はもう庇いきれません」
「いや、そこは汚点てとこから否定しようぜ、なぁ? てか庇ってるつもりだったの?」
俺は、いや俺達は目を逸らす。エレナちゃんはユウナの背中に隠れた。レイの全てを否定するように。哀れだな。
「冗談はさておき、見回りに行くかレイ」
そろそろ始めなければな。時間がもったいないし。
「ウン、イコウカ。イハンシャヲマッサツスルタメニ」
……レイは今日も元気だな! おっと、つい現実逃避をしてしまった。仕方ないがレイを戻すにはこれしかない。
「エレナちゃんも来ないか? 高等部全てを見た訳じゃないから案内ついでに見回りをしよう。安全はお兄ちゃんが保証する」
「いいの? いく!」
やっぱり子供は元気が一番だな。そんなに喜ばれるとこっちまで嬉しくなる。さて、レイはこれでどうなったかな? 隣をそっとみる。
「早く行くぞリアン! 俺の心が悪を裁けと叫んでいるんだ!」
計画通り……レイは浮かれて先程の状態からは脱した。危なかった。
「リアン、私達も行こうか?」
フィリアとユウナがエレナちゃんを一瞬見ると心配そうな顔を此方に向ける。
「大丈夫、エレナちゃんに風神の結界は常に貼っておくし、レイにはパートシールドを付けるよう言っておく。それに違反者なんて滅多にいないだろ? ただのんびりと案内するだけさ」
それでも納得がいってないのか、悩んでいる様子だ。
「俺とレイが信用出来ないか?」
「……わかりました。リアンを信じます」
「私もリアンを信じるわ、絶対に守ってあげてね」
全く、過保護なお姉ちゃん達だ。レイの名前がないのは気のせい。
「それじゃあ、また明日な」
「ええ、また明日」
「それじゃあね〜」
さて、見回り開始といこうか。
「エレナちゃん……お、俺と手をつな」
この後レイがどうなったかは聞かないで欲しい。ただ、見回りを始めた頃には既にレイは満身創痍だったとだけ言っておく。
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「すみません! 本棚が全部倒れていて……」
「助けてください! 花がめちゃくちゃにされて……」
「「疲れた〜」」
一階の廊下をレイ達と一緒に歩きながらチェックをする。一通り回ったが、なんか今日はトラブルが多い、図書館の本棚が全て倒れてたり、花壇がめちゃくちゃにされていたり。ただエレナちゃんを案内しただけで終わる予定だったのに。大きく伸びをした後、深く息をはく。今日は魔法をかなり使ったし、辺りも警戒しなきゃいけないから疲労度が高い。
「エレナちゃんどうだった?」
「楽しかったよ!」
無邪気な笑顔を見てると疲れが吹っ飛んだように感じる。これが本当の癒しか。
「俺とリアンの得意分野だったからよかったものの、トラブルはもうごめんだ。次は校庭だな、手分けするか?」
レイがエレナちゃんから目を離さずに聞いてくる。通報したくなるのは気のせいじゃないだろう。
「いや、ここまで一緒にやったんだから最後まで一緒に行動しようか」
本棚といい花壇といい、明らかに人為的な行為だ。バラバラにならないほうがいいだろう。
「パス! パス!」
「上がれ!」
飛び交う怒鳴り声、土煙を巻き上げながら走る男子生徒達。
「頑張ってー!」
「決めちゃえー!」
隣を見ると階段を椅子代わりにして黄色い声援を送る女子生徒。
「おお〜、やってるなぁ」
この前埋め立てたばかりのグラウンドでサッカーをやっている。おそらく、いや間違いなくサッカー部だろう。
「リア充の群れってことか」
「リア充の群れってことですね」
「「嫌がらせをしよう」」
今この時、俺とレイの心はひとつになった。誰にも負ける気がしない。
「リア充って何?」
エレナちゃんが首を傾げながら聞いてくる。さて、まだ知らなくていい年頃だ。純真な心を汚す訳にはいかない。
「自分が今すごく楽しくて、この時間がずっと続けばいいなぁって思っている人のことだよ」
間違ってはいないはず、現実が充実している奴のことだし。
「じゃあエレナのことだね! でもお姉ちゃん達がいないや……う〜」
「レイ」
「リアン」
「「俺のことを殺せ」」
今この時、俺とレイの心はひとつになった。誰にも負ける気がしない。最底辺の人間という意味で。
「薄汚れた浅ましい人間でごめんなさい薄汚れた浅ましい人間でごめんなさい」
地面に体育座りになり、呪文のように謝罪を繰り返すレイの様は見ていて怖かった。
「異常もないしもう行こうか。ほらレイ、行くぞ!」
レイを引き摺りながらグラウンドを後にする。はずだったのだが、その刹那、後ろから風を切る音が聞こえた。考えてる時間はない……そう判断すると力に任せた風の壁をドーム状に大きく展開する。だがやはり力ずくだったため、風の壁はすぐに消え去る。エレナちゃんとレイの無事を確認し、辺りをみるとサッカーボールが転がっていた。
「いってぇなぁ」
頭がズキズキする。対象も選択してないし、イメージもなにもあったもんじゃないからな。
負荷を掛けすぎた。
「大丈夫かリアン!」
「お兄ちゃん!?」
「なんとか大丈夫……頭が結構痛いけど」
サッカーボールが飛んで来ただけなのにこの被害、というか自爆。とんだ笑い種だな。
「あ! よかった〜、レイ先輩実は……」
「誰だ! このボールを蹴った奴は!?」
近づいて来たサッカー部員にレイが怒鳴り散らす。
「いいってレイ、はい、これボール、今度は気を付けてくれよ」
ボールを渡されたサッカー部員はキョトンとした表情をしている。
「ボールのことなんて知りませんよ。今グラウンドを分けてサッカー部全員で試合してますから」
なら何故サッカーボールが? サッカー部が使っていないならこっちに飛んで来るはずはない。「すみませんレイ先輩、実はグラウンドなんですけど、また穴が出来ているんですよ、地系の魔法使える人がいないのでお願いします」
「いぃ!? またかよ……リアン?」
俺の様子を伺うように見てくる。こんな頭痛くらい何回もあるし心配するような事じゃないと思うんだがな。
「俺なら心配するな、ただの使いすぎなだけだからな。」
頭痛は一向に治る気配を見せないが大丈夫だろう。
「だけどよぉ」
「保健室にも行ってくるから、さっさと終わらせて来い」
「エレナも保健室についてく」
そんなに酷いようにみえるのか? 今度からは気を付けないとな、余計な心配は掛けたくない。
「わぁったよ、絶対保健室行けよ」
「了解」
足元がふらつくが歩けない訳じゃない。俺はエレナちゃんと一緒に保健室に向かった。
「やっちまったなぁ……」
前に三人、後ろにも三人、合計六人か、エレナちゃんがいるし不味いなぁ。壁を背にすることにより死角を減らし、エレナちゃんをかくまう。
現在校庭からはさほど離れていない、いわゆる校舎裏にいる。近道しようって思ったのがいけなかった。そのまま前後の道を封じられて今に至るって訳だ。
「ちょっと痛い目に合ってもらうぜぃ、リアンよぅ!」
脅しのつもりか、小さな炎弾を瞬時に作り出し、頬にかするように打って来た。俺は動かず、ただそれを見るだけ。無力な人として。「ん〜? どうした? いつものように風で防御なり攻撃なりしてみろよ! それとも今日は使いすぎちゃったのかなぁ?」
下品に笑う不良A、こいつがリーダーか。さっきの炎弾くらいなら風神の聖域で防げるな。
「つまり今日のトラブルはあんたらの仕業ってことね、用意周到だな。」
「御名答! お前を痛めつけるだけでお金を貰えるんでね。だからちゃっちゃと寝ろや!」
六人は全員炎系らしく、不良A以外が火炎放射のように炎を放つ。
「裏に誰かがいること確認。聞く前に喋ってくれたから楽だったね。『風神の聖域』」
エレナちゃんには既に貼ってるから大丈夫だな。俺は火炎放射を風神の聖域で消しながら無理やり前に進む。
「お疲れ様」
魔法でもなんでもなく、顎先に掌底を当てて意識を飛ばす、横にいた二人にもそれぞれ食らわす。
「ガンズスタイル『風弾』」
火炎放射の向きを変え、こちらに放とうとしていた二人も無力化する。
「あぁレイ? 体育倉庫側の校舎裏に来てくれ。さて、話してもらおうか、不良A君?」
携帯でレイを呼びながら不良Aに近づき、腕をひね上げる。頭痛が酷くなってるな。早くしないと。
「くっ、もう魔法は使えないと思ったんだけどな、だがよぉ、やっぱ俺のほうが1枚上手よぉ!」
「『ファイアボール』」
後ろから声が聞こえ、振り返ると目の前には灼熱の炎の玉。伏兵がいたのか。
「『風神の聖域』……発動しない!?」
どうやら頭は既に限界だったらしいな。無理に魔法を発動させようとしたせいで意識が朦朧としてきた。そして俺はこのファイアボールに直撃する。死にはしないだろうけどヤバいだろうなぁ。エレナちゃんは大丈夫かな。後一分くらいでレイが来てくれるしな。俺は少し、眠ろう。
「だめぇぇぇぇ!」
エレナちゃんが拒絶の言葉を叫ぶと俺に直撃しようとしていた炎の玉が無くなる。消えたのではなく、無くなる。まるで最初からなかったように。
「リアン!」
あぁ、レイが来たならもう大丈夫だ。
俺はかろうじて残っていた意識を手放した。
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「そう、わかったわ、エレナは『零』を使ったのね、ありがとう、引き続き監視を続けなさい」
受話器を置く、椅子の背もたれに寄り掛かるとチェスタは高笑う。
「まさかここまで上手くいくなんてね。感情の昂りが鍵となる全てを『零』にする力。大切な人も守りたいという気持ちを刺激するだけでまさかここまで上手くいくなんて、早く報告しなきゃ……」
受話器を取り始め、どこかに掛ける。
そうして、物語は動き始める。