ギ・ナカ
若干十五、六歳で、各地の戦場を百以上も駈け廻ったジョルジュは当時あちこちの傭兵隊から長期契約を持ち掛けられていた。だが、一切を断り、フリーランスで戦い続けていた。
彼女が参加すると戦争が早く終わる。勢い、一ヶ月で三つ、四つの戦場に龍馬を馳せることも珍しくなかった。いや、それが通常ペースであった。最大で一ヶ月で十ヶ所の戦場を回った。彼女にとって戦場が娯楽であり、休日だった。どちらかと言えば、飢餓に近い。
「物足りない」
いつもそう想っていた。No satisfied.満たされぬ想い。
その頃、名を上げつつあった傭兵隊があった。ナーガ氏族の英雄ギ・ナカ、通称〝将軍〟が率いる隊だ。ギ・ナカは二メートルの強靭な筋骨の豪傑で、虎の眼と龍の叡智を持ち、常に機略奇襲を用い、奇抜な作戦を果敢に実行し、無双無敗であった。
大羚羊を用いて垂直の断崖を駈け下り、大軍勢の敵陣を背後から奇襲したり、バッファローの群れに燃える松明をくくりつけて狂奔させて敵を動揺させたり、ギ・ナカ自身が唐突に単身で百万の軍のど真ん中を突っ切ってみせるなど、常識を逸脱した戦術で敵の度肝を抜く。
異能の英雄であった。
ジョルジュはギ・ナカが契約した戦争にフリーランスとして参加した。
それは山岳地での戦闘。
将軍は縦横に躍動し、的確な指揮とその都度その都度、臨機応変変幻自在に意表を突く作戦で敵を翻弄し、味方の士気を上げる。
将軍ギ・ナカの才は自ら最強の英雄であり、先陣を切りって「我とともに死ね」と鼓舞して、兵士たちを死を恐れぬ無敵の鬼神にしてしまうことであった。
「なかなかの漢ぶり」
そう言って、ジョルジュは契約を決意した。
祝勝の夜、報酬を金貨で配り終え、山岳で篝火の酒盛りとなった。ジョルジュはこの頃はまだ酒を飲まなかったが、獣脂滴る炙り肉をかぶりと喰らいついて齧り、引き千切り裂く。
宴が夜半を過ぎ、ほとんどが眠り始めた。ジョルジュもうとうとして眠り始めたが、気配を感じて抜剣しながら立ち上がる。
ギ・ナカがいた。夜這いだ。
ジョルジュは歯噛みしたが、剣を収めた。
「気に食わない」
ギ・ナカは面白がっている表情。
「やはり処女か」
「気色悪い。所詮、男ごときにはわからぬか。女と惟われるが超不快」
暫時睨み合っていた。緊迫の間。ギ・ナカはジョルジュの双眸の炎を認めて微笑し、
「ふふ、まあ、いいだろう。今日は」
ギ・ナカには愛妾がいた。愛人も何人かいる。
その夜は愛人の許へ行った。獣のような歓喜の唸り叫びが一晩中続いた。
ジョルジュは眠れぬ夜を過ごした。
愛妾も武人で、ギ・ナカと常に馬をならべて戦っていた。武将の娘で、名をエリアーナと云った。剛腕強力で三叉戟を以て暴れ、強きことこの上ない。
ある日、戦場で一人の将の首を争って諍いとなった。エリアーナが狙った武将の首をジョルジュが眼前で切り落とす。
「この泥棒猫が」
エリアーナが息巻く。泥棒猫、その意味するところがジョルジュには如実にわかった。三叉戟でジョルジュの喉を突かんと構えている。
「愚かな女よ、やむを得まいか」
ジョルジュも剣を構えた。
そこにギ・ナカが割って入ってくる。
「馬鹿者ども、神聖なる戦場を何と心得るか。
ここは女こどもの遊び場じゃないぞ、いい加減にせんか」
エリアーナが叫ぶ、
「しかし、殿、此奴が」
「お前の言うとおりだ、隊長」
ジョルジュは女傑に背を向け、闘いに戻ろうとした。
「逃げるな」
三叉戟が背を狙うも、ジョルジュの剣が弾く。戟が落ちた。
「戦場のさなかだから敢えて折らなかった。次にやれば、お前は死ぬぞ、女狐。戟を切断するだけではすまぬ。お前の頭から尻まで一刀両断する」
言って龍馬を駈る。
その夜、独りで焚き火にあたって炙り肉を喰らうジョルジュの前に、エリアーナがあらわれ、
「来い、話がある」
「隊の中の決闘は御法度だ」
「話だけだ」
「ふ、その殺戮の眼差し、到底、話では済むまい。嫉妬とは怖しいものだ」
「他人事のように気取りおって。お前だって」
「くだらん」
ジョルジュが顔を背けるも、エリアーナは三叉戟を構え、
「ならば、ここで」
実は、このことを予測して、ジョルジュは周囲に人のいない場所を選んで、火を起こしていた。他の者たちは酒盛りで一向この様子に気づく気配はない。
ジョルジュは射抜く眼差しで立ち上がった。
エリアーナは狡猾な笑みを浮かべ、
「お前の眼にも情念の炎が燃え上がっておるわ、気取っていても、所詮」
ジョルジュは瞼を閉じ、眼を瞑って、心をきよらにしずめ、我執の炎を消し去った。
その瞬間だ、激しい叫びと鬨の声、怒号、大きな炎が上がった。
「敵襲? バカな」