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両雄相見ゆ

 時運の残酷さよ、力は山を抜き、気概は天を覆うとも、人の浅ましき欲望に翻弄され、儚くも殺戮されし稀代の英雄ギ・ナカ。

 英雄や聖人の時代は潰えようとするのか。


 ただ、現実があるだけで、すべては、まるで、うつろなハリボテに等しい……

 愛妾や愛人たちとの、実りもなく、果てしもない、嫉妬の渦の中、果てしない夢想に狂おしく駈り立てられ、言葉では喩えられぬ思春期の、あやうい矯激な、捉えられぬ狂おしい微熱のような季節。


 そんな繊細微妙な時季の、英雄の死。

 人間存在もまた、細胞の結合であり、化学反応の累積でしかない。

 それが内在においてのみ、人間であったり、心であったり、精神であったり、人権や人間の尊厳であったりする。

 ジョルジュは忽然と巫女のようなトランス状態に入り、そういったことが矛盾でなくなったとき、神を眼前としていた。


 剣を持った古代の非情なる神は傲然と睥睨する。このような状況下で、畏怖せぬ人間などいるであろうか。

 しかし、ジョルジュは捨て台詞のように言った、

「やはり、そういう運命か。善哉。

 殺すなら、殺せ。何千何万と殺して来た。殺されずに済むはずがない。清く潔い気分だ。世俗の価値がどう思おうと、常に正しいと想うことを為して来た。悔悟も改悛もない」

 神は怖ろしげな低い声で厳かに言った、

「お前は今、幾つだ」

 ジョルジュは怪訝な表情で、

「十七だ」

「では、お前は二十歳(はたち)以降は歳を取らぬ。不老にして不死なる裂士とする。神の祝福を受けよ。これは神よりの恩寵なり」

 雷霆が身体を貫いた。絶叫とともに意識が遠のく。


 意識を取り戻したとき、高い岩山の上であった。眩い黄金の曙光が雲海を赫かせていた。手元に見たこともない美しい銀色の剣がある。刀身に銘が打たれている。『銀月の剣』と。 

 以來、ジョルジュは異能を身に備え、憑かれたかのような、あふれるエナジーに衝き動かされ、魂の命ずるまま各地の戦場を馳せ、勇名を轟かせて世に知らぬ者なき男装の麗人、騎士となっていた。

 神のごとき速さ、殺傷能力の尋常ではない高さで、最強の人間兵器として、世界中のツワモノどもを震え上がらせ、一万の軍を独りで潰滅させることができた。


 そんな意気盛んなジョルジュが先週来、滞在していた街のホテルの長椅子で、豹のように寝そべって暇を持て餘し、心の奥の虚しさを扱い兼ねていたとき、近くのバルで、高名な〝アンニュイ〟ことジャン・マータが酒を啜っていると聞き、

「どれ、いかほどな人物か」


 既に風格を漂わし、十七の少女とは思えぬ冷厳さで言い放つ神懸りの戦士は、滑らかな皮膚でしなやかな筋肉質の、すらりとした身体を起こす。

 (さて)、來てみれば、到底、無双の騎士とは思えぬ風貌、物憂げで翳りある、優しそうな若者。繊細で、しなやかさな風情、たおやかで優美な、艶かしいと言ってもよい雰囲気であった。


 無双の戦闘士の様相ではない。

「いざ、お手なみ拝見」 


 亂暴極まりなく、いきなり剣を抜いた。『銀月の剣』は異様な光で皓々と耀く。酒場が明るく照らされ、人々は怖れ慄き、悲鳴が上がる。


 普通の戦士なら、ここで逆上的に憤るか、怖れ青褪めるかするもの。しかし、相も変わらずの物憂げに酒を啜るアンニュイは、

「何事かな。人が静かに酒を嗜む時に猛々しく。

 どうやら、ジョルジュ・サンディーニ殿とお見受けするが。

 このような場で剣を抜くなど、もののふにあるまじきこと。まして貴殿のような騎士が街の愚連隊の振る舞いをするとは」


 激怒するも感情を抑え、ジョルジュは、

「なるほど、臆病者の言い訳も、それらしく聞こえるものよ。

 ならば、ここを出でよ。もののふたる者の名誉と覺悟とがあるならば」

 彼女の凄絶な殺気は周囲のものを壓し潰しそうだし、闘気は空気さえも焼き裂いて焦がしそうであった。


 それを眼前にしても、何事もないかのような平生の表情のアンニュイがなみの人間であろうはずがない。

 ジョルジュもその勇の素質を認めつつも、敢えて挑発のため、そう言い放った。

 諦めたような微苦笑で立ち上がるアンニュイ。

「やむを得まいな。

 しかし、私の方でも貴殿に話があったのだ。だから、この街に來た。ともかくも、さ、外へ出ようか」 


「話?」

 アンニュイは応えず、通りに出た。街歩く人々は異様な気配に止まる。なおも、尋ね、

「話とは何だ?」

 アンニュイが抜剣する神剣は『霓の稲妻』だ。螺鈿のよう、七彩の虹色が移ろいつつ燦輝する神剣。 


「いや、まず話に価するかどうか確かめてからにしよう。ただし、本気でやる(なか)れ。貴殿と私が本気でやると、この街が吹き飛ぶかもしれん」

 ジョルジュは鼻で嘲笑い、

「ふ、言われるまでもない。そのようなことは承知だ。いざ」

 神速。そういう言葉が相応しい。彼女のスピードは人の動体視力では捉えられない。いや、人でなくても、だ。

 しかし、アンニュイはその突きを(かわ)した。躱しながら心中に思う、

「ふむ、なるほど、噂に違わぬ。神に祝福された者にしかできぬ御業よ。

 しかし、我が眼は現象などに囚われぬ。現象は五蘊(色・受・想・行・識)に解析される。


 解析されるが、五蘊に実体はない。空だ。※五蘊は色受想行識。現象を構成する五つの分類。

 なぜなら、空とは五蘊のことだからだ。異界の聖典と伝えられる般若波羅蜜多心経にいう〝色不異空、空不異色(色は空と異ならず、空は色と異ならず)〟とは、そのことを(あきら)かにする。※色は感覺の起因となるもの。物的現象など。

 問うとても、虚しい。それが現実だから、としか言いようがない。現実は理を超えている。理解を超えている。


 事実は有無を言わさぬ。是非もない。ただ、事実であるという一点張りで押し切って來る。ぶっ切ら棒で、問答無用だ。事実に逆らえない。事実が答のすべてだ。在るとおりに在る。在るとおりにしかない。在るところが眞実である。


 さて、それをこの神懸った騎士に、觀ぜしめて進ぜよう。


 さあ、ジョルジュ殿よ、貴殿は必殺の間合いから繰り出した一突きを躱され、次の手を思案中だ。

 ともかくも、私のスキを突こうと狙い、我が眼前を左に右に緩慢に動きながら、間合いを計り、眼光鋭く構えている。


 しかし、スキが見つけられず、思い倦ねているというところか。

 ならば、これで、どうか」


 切っ尖を眞下に向けて『霓の稲妻』を構える。スキだらけとなった。


 ジョルジュは考える、これは罠だ、と。だが、

「面白い、その手に乗ろう」


 間合いのなかへ、敵の懐のうちを目指し、突撃する。剣を振るった。『銀月の剣』が描く軌跡が銀の光となって、酸素を燃やしながらアンニュイを襲う。

 三日月のような弧のかたちの光が刃となって迫った。遠くへ逝くほど大きくなる性質があり、もしも、敵が数百メートル先にいれば、銀の光がなす三日月型の刃は一度に数百人の兵士を斬り裂くのである。


 アンニュイの神剣、『霓の稲妻』の墜とす幾条かの霓の雷霆が銀月の孤とぶつかって、激しい炸裂光が起こる。石畳が削れ、両者を中心とした、半径十数メートルの円形の窪みができた。


「ぅぐっ」

 ジョルジュが呻く。激しい衝撃波を受けたためであった。アンニュイは微動もしない。 

「未だ解脱が十分ではないと見える。

 五蘊を皆空と見做せば、さような衝撃を受けることもあるまい」

 早くも神剣を鞘に収めるのであった。潔くジョルジュは、 

「なるほど。その理、眞であると解する。さすが、噂どおりという訳か。完敗であることを認めよう。認めざるを得まい。

 どうやら、話とやらを聞く資格は得られなかったようだな」

 珍しくアンニュイが快活に笑った。


「いや。そうでもない。

 貴殿の強さは桁外れだ」

 ジョルジュは苦笑。

「褒められた気がしないぞ。

 で、話とは何だ」

「ふ、簡単なことだ。傭兵隊を立ち上げようと思っている。どうか、貴殿にもご参加願いたい」


 

 ちなみに、舗装路の修繕に要する経費はアンニュイが市庁へ弁償している。


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