【透明な覚醒】―影なき世界の兆し―
【透明な覚醒】
「はいー!!それでは、皆さんの大好きな特別課題の発表です! よく聞いてくださいね!」担任の教師が意気揚々と告げた瞬間、教室は一気に静まり返った。
誰もが息を潜め、心の準備をした。
「皆さん、今18歳ですよね。しかし、皆さんは突然この世に生を受けたわけではありません。そう、ご両親がいて、皆さんがいる。そして、そのご両親にもまた親がいて…ご先祖様から何百年、何千年という途方もない時間を経て、今のあなたがいるのです。ということで、今回のテーマです。『あなたのルーツは何?』。自分の家系や先祖を調べてください。もしかしたら、歴史に名を残した偉人があなたの血縁かもしれませんよ?」
教師の言葉が終わると同時に、クラス中がざわめき始めた。これまでにない意外な課題に、生徒たちは混乱と驚きで一斉に反応を示した。
レイはそのざわめきの中で、ひときわ大きなため息をついた。
「なんて面倒な課題なんだ…」と呟き、顔を机に伏せる。
彼にとっては、最後の夏休みが台無しになる予感しかなかった。
一方、リヴィアは全く違う反応を見せていた。クラスの動揺とは裏腹に、彼女の目には好奇心が輝いていた。
「面白そう!」と心の中で囁くような笑みを浮かべていた。
授業が終わり、心理学の特別科目を終えたレイとリヴィアは、一緒に帰路についた。道すがら、リヴィアが楽しそうに口を開いた。
「ねぇ、最後の特別課題、面白そうじゃない?」と、彼女の声には期待が混じっていた。
レイは再び深いため息をつきながら、肩をすくめた。
「何が面白いんだよ…。最後の夏休みに、こんな大変な課題を押し付けられてさ。もう、猿の祖先がいたってことでいいよ。」
冗談めかして言ったものの、その顔には明らかな憂鬱が浮かんでいた。
リヴィアは微笑みながら、優しくレイを励ました。
「そんなに落ち込まないで。レイだって、君の目も口も、性格だって、長い歴史の中で積み重ねられてきたものじゃない? それを知るのって、ちょっとワクワクしない? それに、私も手伝うから、一緒にやってみようよ!」
レイは納得がいかない顔で少し黙った後、「わかったよ。でも、リヴィアも同じ課題があるんだろ? 自分のは大丈夫なのか?」と疑いを込めて尋ねた。
リヴィアはニヤリと笑い、「実はね、私のお母さんは考古学者で、お父さんは役所に勤めてるの。だから、家系調査はほぼ終わってるのよ。私はほぼ終わったのも同然!」と誇らしげに言った。
その言葉を聞いたレイは、ふっと謎の敗北感を覚え、さらに落ち込んでしまった。
しかし、リヴィアは明るく続けた。
「まずは簡単なことから始めればいいんじゃない? 例えば、両親に話を聞くとかさ。案外、いろんなことがわかるかもしれないよ?」
レイはしばらく考えた後、少し笑みを浮かべて言った。
「確かに、どこから手をつければいいかわからなかったけど、まずはそこからだな…。リヴィア、本当に君はいい友達だよ。」
リヴィアはその言葉に笑顔で頷き、二人はそのまま家路についた。そして、別れ際に軽く手を振り合い、それぞれの家に向かって歩き始めた。
「ただいま…。」レイが重い足取りで家に帰ると、母が笑顔で出迎えた。
「おかえり! レイ。」母の明るい声が響くが、すぐに息子の顔がどこか沈んでいることに気づき、眉をひそめて尋ねた。
「どうしたの? なんだか元気がないみたいだけど。」
レイは少し躊躇しながら口を開いた。
「ねぇ、母さん。僕のルーツってわかる? 今回の特別課題でそれを調べることになったんだ。」
母は少し驚きながらも優しく微笑んだ。
「まあ、すごく難しいことを聞くのね? お父さんなら何か知ってるかもしれないわよ?」
レイは心のどこかで、母からもっと昔話や家族の歴史を聞けることを期待していた。しかし、あっさりとお手上げされた返答に少しがっかりした気持ちが顔に出た。
丁度その時、玄関から「ただいま!」という元気な声が響いた。まるで話題を呼び寄せたかのように、父が帰宅したのだ。
リビングに入ってきた父を見て、レイは藁にもすがる思いで話しかけた。
「ねぇ、父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだ。」
「どうしたんだ?」と父は少し眉を寄せ、レイの真剣な顔を見て心配そうに問い返した。「随分と深刻な顔してるじゃないか。」
「いや、実は今回の特別課題がかなり厄介でさ…。」レイはため息をつき、話を続けた。
「ほう、それは面白そうだな。で、どんな課題なんだ?」父は興味津々といった表情で椅子に腰を下ろし、息子の話に耳を傾けた。
「自分のルーツを探すんだ。家系とかご先祖様について調べる課題でさ、何か手がかりがないかと思って。」レイは期待を込めて父に尋ねた。
父はネクタイを緩めながら、意味深な笑みを浮かべた。「そうだな…。レイ、知ってるか?」
その次に父が口にした言葉は、レイにとって衝撃的だった。
「この家はな、代々ずっとこの土地に建っているんだよ。何度かリフォームはしたが、建物の基礎はずっと昔からここにある。そして、家族の大切な宝物や思い出を代々地下室に保管するのが、うちの風習なんだ。地下室に行けば、何か見つかるかもしれないぞ。」
父の話に、レイの心は一気に弾んだ。まるで扉が開かれたような気分だった。
「本当に!?父さん、それなら早速地下室に行くよ! 鍵を貸してくれない?」
父はポケットから古びた鍵を取り出し、ニヤリとしながら「はい! どうぞ。」と言って手渡した。その鍵は、まるで長い歴史を秘めているかのように、冷たく、重みを感じさせた。
レイの胸は高鳴り、未知の何かに触れられる予感に心が躍っていた。
レイはリビングを出ようとしたが、何かを思い出したように立ち止まり、「あ…それと、友達のリヴィアも手伝ってくれることになってるんだ。だから、彼女もちょこちょこ地下室に来ると思うけど、いいかな?」と少し照れくさそうに言った。
その瞬間、母はにやりと笑い、茶化すように言った。
「あら、大好きなガールフレンドが手伝ってくれるのね!? 何を今更そんな改まった感じで言ってるのよ。フフフ。」
レイは顔を真っ赤に染めて、「まだだよ!!」と声を荒げ、慌ててリビングを飛び出した。
そんな息子の様子に、父と母は驚いた表情で目を見開き、互いに顔を見合わせる。
そして、声を揃えて
「『まだ!?』やっぱりか!!」と楽しそうに笑い合った。
一方でレイは、自室に戻るとすぐにリヴィアに進展をメールで伝えた。
彼女からはすぐに「もちろん!」と快諾の返信が届き、二人は学校が休みの翌日に地下室を調べる約束をした。
次の日、レイとリヴィアは地下室の扉の前に立っていた。
ドアノブには厚い埃が積もり、長い間誰もこの扉を開けたことがないのが一目でわかる。
重い空気が漂う中、レイは意を決して手を伸ばし、ゆっくりと扉を開いた。
中は暗闇に包まれ、下へと続く古びた木製の階段が現れた。
レイは扉の脇に掛かっていた古いランタンを手に取り、火を灯すと、暖かな光がゆらゆらと揺れ、二人の足元をぼんやりと照らした。
明かりを頼りに、二人は慎重に階段を降り始めた。木の階段が軋む音が響き渡り、その音は不気味な静寂をさらに強調するかのように耳に残る。
階段を降りきると、広々とした地下室が静かに姿を現した。
空間の中央には、時の重みを宿した大きなテーブルが鎮座し、その周囲には古びた本棚、時を刻み続ける重厚な古時計、錆びた自転車が佇んでいる。
壁に掛けられた先祖たちの肖像画は、まるで今を見つめているかのようだった。
過去と現在が交錯するこの場所で、先祖の宝物や思い出が静かに息づき、時間を超えて繋がりを紡いでいるように感じられた。
ランタンの淡い光が地下室全体をじんわりと照らし出す。その光が過去の闇を溶かし、まるで封じ込められた歴史が少しずつ蘇ってくるような感覚だった。
二人はその異様な空間に息を呑み、しばし立ち尽くしていた。
リヴィアは興奮を隠せず、すぐに行動を開始した。
「私はこの本棚を調べてみるね!」と、好奇心に満ちた声で言った。
レイは少し不安を感じていたが、リヴィアの積極的な様子に励まされ、「ありがとう!」と大きく返事をし、自分も調査を始めようとした。
その時、レイの視界の片隅で一瞬何かが光るのを捉えた。
彼は目を細め、その方向へと足を向けた。何かに引き寄せられるように、ゆっくりと歩き出した。
一方、リヴィアは本棚を前に、興奮を抑えきれない様子でレイに声をかけた。
「レイ!見てよ、この本棚、すごいよ! こんなに古い本がたくさんあるなんて、これだけでもこの家がどれだけ歴史ある場所か分かるね! ちょっとこっちに来て!」
しかし、彼女の声はレイには届いていなかった。
不審に思ったリヴィアは振り返り、レイの姿を見つめた。彼はまるで何かに取り憑かれたかのように、その場でじっと動かず、光のほうを凝視していた。
「レイ…!?どうかしたの?」リヴィアは不安げに声をかけた。
その声でようやく我に返ったレイは、リヴィアに向き直りながら言った。
「なあ、リヴィア。あそこ、見えるか? 何かが光ってるんだ。」
リヴィアはレイが指差す方向を見つめた。そこには、確かに何かがぼんやりと光を放っていた。
「本当だ…何あれ?」リヴィアもその光に目を奪われ、呆然と立ち尽くした。
レイはその光の正体を確かめようと、静かに歩を進め、慎重にその前に立った。
小さな光源は、埃にまみれたガラス張りの小物ケースの中に収まっていた。そのケースは横の面に開閉式のガラス扉がついていたが、天井部分はほとんど割れており、古びた雰囲気を漂わせている。
レイは慎重にケースを持ち上げ、地下室の中央にあるアンティーク調の大きなテーブルの上にそっと置いた。
二人は顔を寄せ、ガラス越しに中を覗き込んだ。光を放っていたのは、一枚のコインと一つのネックレスだった。
レイは興味深そうにコインとネックレスを手に取り、二人でじっくりと観察した。
リヴィアは目を輝かせながら、「ねえ、私にも見せて!」と頼み、レイからネックレスを受け取った。
手にしたネックレスをじっと見つめ、リヴィアは感嘆の声を漏らした。
「新品みたい…すごく綺麗…。」
彼女の手のひらで小さく光を放つネックレスは、まるで神々しいオーラを纏っているかのように、穏やかでありながらも神秘的に輝いていた。その輝きに二人はしばらく言葉を失い、ただその美しさに見入っていた。
一方、レイはコインの裏面をランタンの光にかざして観察していた。光が反射して刻印が浮かび上がり、そこに刻まれている言葉を読む。「ベネ…ヴォリ…ア?」彼は小さく呟いた。
その言葉を聞き逃さなかったリヴィアが、レイの隣に寄り添いながら「何か言った?」と尋ね、コインを覗き込んだ。
「これ、どこかの国のお金? それとも古代のもの?」
レイは困惑した表情で首を振った。
「いや、聞いたことないな。見たこともない言葉だし…」と答えるが、そのコインとネックレスはどちらもまるで新品のように輝いていた。
重厚な質感や精巧な刻印からは、ただの装飾品やおもちゃではないことが明白だった。
その時、リヴィアがふと小物ケースの中敷きに不自然な隙間があることに気づいた。彼女は慎重に中敷きを持ち上げてみた。すると、そこには一枚の古びた手紙が隠されていた。
「レイ! これ見て!」リヴィアは興奮気味にその手紙を差し出した。手紙は茶色く変色しており、明らかに長い年月が経っていることがすぐにわかった。
二人は並んで手紙を広げ、その内容に目を走らせた。そこには簡潔な言葉が記されていた。
『これは特別な記憶である。鍵と共に世界は再び動き出す。エル』
その文字を読み終えた瞬間、二人は顔を見合わせ、息を呑んだ。
そして、リヴィアが最初に口を開いた。
「この手紙、書き主は『エル』っていうんだね。なんかすごいね…」彼女の声にはまだ驚きと興奮が混ざっていた。
レイは手紙をじっと見つめながら答えた。
「いや、この名前、途中で消えてるみたいだ。『エル』っていうのが本名かどうかもわからない。この人も僕の先祖なのかな?」
リヴィアはふと何かを閃いたように目を輝かせて言った。
「あ! レイ! もしよかったら、その手紙を私のお母さんに見せてもいい? わたしのお母さん考古学者だから、もしかしたら何か手がかりがわかるかもしれない!」
レイはその提案にすぐに同意した。
「確かに、リヴィアのお母さんなら頼りになるよ! 是非お願いする。僕らが調べるより、ずっと早く解決しそうだ。」
レイは続けて言った。
「そろそろ出ようか? 地下室にずいぶん長い間いたみたいだし。」
リヴィアも頷き、「そうね、ここに来てから結構時間が経ってるし。」と言って二人は地下室を後にし、重く古びた扉をゆっくりと閉めた。気がつけば、日はすでに西の空に沈みかけ、外は夕闇が迫っていた。二人は後日、またレイの家で会う約束をし、その日は別れた。
レイは自室に戻ると、すぐにパソコンを開き、ネックレスとコインについて調べ始めた。しかし、いくら検索しても、それらに関する手がかりは全く見つからない。どんなに深く掘り下げても、手元にあるその物たちが何なのか、謎は深まるばかりだった。
「お母さん、この手紙をちょっと見てほしいんだけど…。」
リヴィアが鞄から古びた手紙を取り出すと、母のサビーナ・セレーンは手にしていたメモを机に置き、電話のスピーカーモードを切った。
「手紙?」
彼女は少し眉をひそめながら、それを手に取る。
指先が手紙の表面をなぞると、サビーナの瞳が微かに鋭くなる。
「これは…かなり古いわね。」
彼女はゆっくりと手紙の縁を撫で、細かい繊維の質感を確かめる。
「この紙、パーチメントよ。羊皮紙の一種で、中世の書簡や契約書に使われたものね。現代ではほとんど残っていないはず。保存状態も悪くないけど、端がほんのわずかに焼けてる……何かから逃げるように、急いで隠されたのかもしれない。」
サビーナは次に筆跡を確認した。
「この書き方。普通の手紙より筆圧が強くて、急いで書かれた跡があるわ。」
彼女の視線が、手紙の一部に刻まれた文字へと移る。
「『エル』…と読めるけど、はっきりしないわね。筆跡の特徴からすると、これは男性が書いたものね。でも不思議ね……。」
リヴィアは母の知識量に圧倒されながら、そっと息を呑む。
「ねえ、何が不思議なの?」
サビーナは少し黙った後、ゆっくりと視線を戻した。
「書き方と内容が一致していないのよ。急いで書かれた跡があるのに、文章はまるで『未来に向けたメッセージ』のように構成されている。」
「未来に?」
「何かの事態が起こって、その時に託された可能性が高いわ。歴史の中でこうした手紙は、重要な情報や秘密を残すために書かれることが多い。特に、緊急性の高い状況では、紙の選び方にも意味がある。」
リヴィアは手紙を見つめながら、背筋がひやりとするのを感じた。
「レイの家の地下室にあったんだよ。それが何か関係あるの?」
サビーナの指が、手紙の端をかすめる。
「レイの家……」
その言葉を呟いた彼女の表情が一瞬だけ強張った。
「この手紙、もう少し詳しく調べてもいいかしら?」
彼女の瞳には、単なる好奇心ではなく、考古学者としての確信が滲んでいた。
母の急な態度の変化に戸惑いながらも、リヴィアは頷いた。
「うん、まあ大丈夫だと思うけど、一応レイに聞いてからでいい?」と確認した。
「もちろん、お願いね」とサビーナはすぐに答え、深刻な表情のまま自室に戻っていった。彼女はパソコンを開き、何やら急いで連絡を取っている様子だった。
一方その頃、レイはパソコンを閉じてベッドに横になっていた。
首にかけたネックレスが肌に当たり、手に持ったコインを天井にかざしてその表面を見つめていた。『ベネヴォリア』と刻まれた文字が部屋の明かりを受けてキラキラと輝いている。その不思議な光景に心を奪われながら、彼はぼんやりと考え込んでいた。
そんな時、パソコンにメールの通知が入った。レイは再びパソコンの前に座り、メールを確認した。
送り主はリヴィアだった。
[お母さんが、この手紙が気になるみたいで、もう少し調べたいから少し借りたいって言ってるんだけど、いい?]
レイは少し驚きつつも返信した。
[もちろん! 全然構わないよ。ところで、何かわかったことある?]
すぐにリヴィアから返事が届いた。
[少し見てもらっただけで色々わかったよ。手紙は羊皮紙に書かれていて、中世の時代のものみたい。あと、書き方と内容が合ってないって言ってた。それに、名前が途中で消えてるし、男性が書いた可能性が高いって。]
レイはその詳細な分析に驚きを隠せなかった。
[そんなに色々わかるなんて、リヴィアのお母さん、本当にすごいね。単なる学校の課題だと思ってたのに…ありがとう。]と返信した。
こうして二人は、リヴィアの母サビーナによる手紙のさらなる調査の結果を待つことになり、コインとネックレスについては、明日また自分たちで調べることにした。
そして後日、二人はレイの部屋にいた。
リヴィアはパソコンに向かいながら、ため息をついた。
「『ベネヴォリア』だっけ? やっぱり何もヒットしないよ。こんなに情報がないなんて、どうして?」
レイはベッドに横たわりながら、「本当は昔の誰かが作った偽物かもな…」と冗談交じりに言ったが、その言葉には少しの不安も混じっていた。
リヴィアはしばらく考え込んだあと、鋭い目つきでレイを見つめ、「いや、待って。そんな簡単な話じゃないかも。おかしい点が一つある。」と興奮気味に言った。
レイはベッドから起き上がり、真剣な顔でリヴィアに尋ねた。
「どういうこと?」
リヴィアは勢いよく話し始めた。
「レイ、あの地下室、私たちが入るまでずっと人が出入りしてなかったんでしょ? もしそれが本当なら、もう一回地下室に行って説明する!」
そう言うなり、リヴィアはレイの手を引っ張って彼を立たせた。二人は急いで地下室へと向かった。
地下室に降り立つと、リヴィアは中央に置かれた小物ケースを指差し、説明を始めた。
「レイ、ここにあるものって全部古いものばかりよね? レイが見つけたとき、このケースはどんな状態だった?」
レイは思い返しながら慎重に答えた。「確か…上蓋が割れてた。」
リヴィアは興奮を抑えきれずに言った。「そう! 割れていた。でも、奇妙なのは、他のものはみんな埃だらけなのに、このコインとネックレスには全然埃がついてなかったの。おかしくない? これがその証拠よ!」
そう言うとリヴィアは小物ケースの中敷きを指でなぞり、埃で汚れた指先をレイに見せた。
レイは驚いた表情で、「確かに! コインを触ったとき、指は全然汚れなかった…。」と、彼女の指摘に納得した。
リヴィアは自信たっぷりに続けた。
「ほらね! やっぱりこのコインとネックレス、何か特別な意味があるはずよ!?絶対に!」
二人は謎めいた状況に心を奪われ、さらに調査を進める決意を固めたが、目の前にある不思議な事実から一歩も先に進めず、焦りと苛立ちを感じていた。
再びレイの部屋に戻った二人。
リヴィアは地下室から持ち出した古い本を片っ端から読み漁りながら「お母さんが言ってた通り、この羊皮紙は中世のものらしいけど、どの史実を見ても『ベネヴォリア』なんて言葉は出てこないんだよ…」と呟いていた。
「一旦休憩しようか。何か食べ物を持ってくるよ!」と、レイは気分転換を提案し、キッチンへ向かった。
しばらくして、レイはリヴィアの好きなアールグレイの紅茶とクッキーを持って戻ってきた。「はい、どうぞ!」と紅茶を差し出すと、リヴィアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「わー! ありがとう!」とリヴィアは喜んで紅茶を受け取り、一口含んでリラックスした様子を見せた。
その時、彼女は手にしていたコインを何気なくレイに渡し、クッキーを口に運んだ。
しかし、次の瞬間、コインがレイの手の中で突如強烈な光を放ち始めた。
「えっ…?」驚きが広がる間もなく、部屋全体が眩い白い光に包まれ、二人の視界は真っ白に塗りつぶされた。何も見えない空間が一瞬だけ広がり、そして静かに光が消えると、部屋は元通りになっていた。
「今のは何だったの!?」
リヴィアは驚きの声を上げ、レイに尋ねたが、返事はない。
奇妙に思い、彼女が振り返ると、そこには気を失って床に倒れているレイの姿があった。そのすぐそばには、まだ微かに光を放つコインが転がっていた。
一方、リヴィアの母サビーナは、数人のチームメンバーを前に、レイが見つけた手紙を机の上に広げていた。その指先はわずかに震えており、普段冷静な彼女の表情にも険しい影が差していた。
サビーナが率いる極秘プロジェクト「BTAI」(Back to Ancient Influence)のメンバーたちも、部屋に漂う緊張感を肌で感じている。
彼女の隣には、副リーダーであるカリヴァン・ジェイドという男が立っていた。
彼は背の高い痩身で、深いグレーのスーツに身を包み、その落ち着いた佇まいからは知性と自信がにじみ出ていた。鋭い黒色の瞳で手紙をじっと見つめるその姿には、どこか異質なオーラがあり、自然と周囲を圧倒する雰囲気を持っている。
彼は、幅広い分野で数々の功績を残してきた人物であり、複雑な技術を現代の社会基盤に取り入れる手腕と、緻密な戦略によって、世界中の注目を集めた男だった。
そんな彼がサビーナと共にプロジェクトを組むようになったのは、もう十年以上も前のことだった。二人はかつて大学の研究機関でライバルとして出会い、幾度となく衝突を繰り返してきた。
しかし、技術革新という共通の目的のもとで互いの才能を認め合い、やがてタッグを組むようになった。その後も、二人が手掛けたプロジェクトはすべて成功を収めている。サビーナにとってカリヴァンは、最大の競争相手でありながら、右腕ともいえる存在だった。
二人が率いるチームは、『古代に存在したとされるある物質の影響力を、現代にどう再現するか』を追求する壮大なプロジェクトに取り組んでいた。
サビーナは手にした手紙を掲げ、「この手紙、私たちのプロジェクトにとって重要な手掛かりになるかもしれないの。『古代の影響に戻る』というプロジェクト名にふさわしい発見よ!」と語った。
その声は冷静であったが、その奥に隠された興奮と好奇心が滲み出ていた。
しかし、副リーダーのカリヴァンは眉をひそめ、「待て、サビーナ。この手の手紙なんて、珍しいものじゃない。世の中には無数にあるぞ。」と懐疑的な口調で反論した。
サビーナは自信に満ちた声で即座に応えた。
「カリヴァン、確かに似たようなものはたくさんあるわ。でもこの手紙は違うの。どちらも『記憶』と『鍵』の事を示している。これがただの偶然だとは思えない。」
カリヴァンは不機嫌そうに腕を組み、少し苛立ちを見せながら言った。「仮にその手紙が本物だとしても、それだけじゃ不十分だ。俺たちには『鍵』が必要なんだ。見ろ、ここに何が書いてある?」
そう言いながら、カリヴァンは部屋のホワイトボードに貼られた大きな羊皮紙の地図を指差した。
その羊皮紙は破れた断片を慎重につなぎ合わせてできたもので、国の内部地図のようなものが描かれていた。いくつかの地点には丸印が付けられており、何かの重要な場所を示しているようだった。
そして、地図の端には次のような言葉が記されていた。
『二つの光が重なり、鍵はその扉を開く。記憶が導く先に、全ての答えがある。』
その瞬間、チーム全員の視線が地図に集中し、部屋には緊張が走った。
サビーナもカリヴァンも、その言葉が持つ重みを感じ取っていた。手紙の発見だけではなく、この『鍵』という存在がプロジェクトを前進させる重要な要素であることが、ますます明白になりつつあった。
その時、サビーナの電話が鳴り、彼女は白熱した議論を中断せざるを得なくなった。別プロジェクトの急ぎの進展報告を受け、サビーナは急いで研究室を後にした。
静まり返った研究室に残されたメンバーたちの間に、しばしの沈黙が漂う。その中で、一人の助手が手を挙げて言った。
「あの…一ついいですか? もしかすると、ここに書かれている『記憶』というのは『情報』のことなんじゃないでしょうか? そして、その情報が、この場所に行くための『鍵』を示しているのかもしれません。」
助手の提案に、カリヴァンは興味を示し、再び手紙を手に取って考え込んだ。
「『これは特別な記憶である。世界が再び動き出す。エル』…」彼はその言葉を繰り返し、小さく呟いた。
「『これ』は特別な記憶…? まさか!?この手紙じゃなく、この手紙と一緒にあった別の何かに重要な情報が隠されているということか…!?」カリヴァンの頭の中で、曖昧だった点が一つずつつながり、確信へと変わりつつあった。
彼は助手に向き直り、少し微笑んで言った。「確かに、一理あるな。よし、各自でさらにその情報を探し出して報告してくれ。今日はもう遅い…解散だ。」
指示を受けた助手たちは、それぞれの持ち場に戻り、研究室は徐々に静まり返った。やがて、豆電球のかすかな光だけが灯る研究室には、カリヴァン一人が残されていた。
その静寂の中、カリヴァンは手元に隠し持っていた小さな羊皮紙を取り出した。
そこには、チームの誰も知らない『情報』が描かれていた――それは、先ほどの地図に描かれた国の紋章と同じ刻印が施されたコインの絵だった。
彼はその絵を見つめ、低く呟いた。
「そういうことか…。」
コインの絵が刻まれた羊皮紙は、ほのかな光を反射しながら、カリヴァンの手の中で静かに輝いていた。
「目を開けてみなさい…」
どこからともなく響く謎めいた声に促され、レイはゆっくりと目を覚ました。
すぐに、まるで夢の中にいるような違和感に気づいた。体は宙に浮いているようで、周囲は白く果てしなく広がる空間だった。奥行きも、確かな形もない、現実とは違う異質な世界にいる。
ふとレイが見回すと、遠くに黄色く光る球体が現れ、それが徐々に近づいてくる。球体は次第に大きくなり、圧倒的な存在感を放ちながら、レイの目の前で静止した。
一瞬、驚いて目を閉じたレイ。だが、再びその声が響いた。
「君の世界に、危険な兆しを感じ取った。感情が乱れ、破壊的な力が生まれつつある。君の世界には、私を探している者がいる。だが、それが問題ではない。私の存在そのものが、君たちの現実に大きな影響を及ぼしているのだ。」
その声には威厳がありながらも、どこか穏やかさが混じっていた。レイは混乱しながらも勇気を振り絞って尋ねた。「感情? 脅威?一体、あなたは何者なんですか? なぜ僕に話しかけているんですか?」
球体は静かに応じた。
「私は、時の流れを超えて存在している。君たちの世界が何度も生まれ、滅びるのを見てきた。私の力は説明しがたいが、それが君の世界に影響を与えることは確かだ。しかし、今重要なのは、君が『選ばれた』ということだ。」
レイはますます困惑し、焦りを感じた。「選ばれた? どうして僕なんだ!?」
球体は少し静かに光を落ち着かせ、まるで考え込むように少し間を置いてから答えた。
「君が選ばれた理由は、君自身がこれから知ることになるだろう。君の中には、まだ自覚していない力がある。その力が、世界を救うために必要とされているのだ。恐れるな。君の役割は、君自身が受け入れるべき運命だ。」
その声には、どこか人間的な温かさが感じられ、レイは少しだけ心を落ち着けた。
しかし、疑問は尽きない。「僕に何ができるっていうんだ…?」
球体はさらに優しい光を放ち、語りかけた。
「君は、これからその答えを知ることになる。だが時間がない。すべてを知るための旅は、すでに始まっている。君には、その脅威を止める力が必要だ。準備はできているか?」
レイは戸惑いながらも、「準備って…いや、まだ僕には何もわからない。僕は戻らないといけない…!」と言いかけた。
しかし、球体はレイの言葉を遮るように、再び強い光を放ち始めた。
「心配はいらない。全ては導かれるだろう。今は私の言葉を信じなさい。さあ、目覚める時だ。」
その瞬間、球体の光が一気に強まり、レイの意識はその光に包まれ、彼は再び深い闇の中へと引きずり込まれていった。