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【無色の息吹】―目覚めの予兆―

「人間はその所有物の価値を、金銭ではなく、感情で計るべきだ。」

―― ジャン=ジャック・ルソ ――



【前書き】


もし、感情が通貨として価値を持つ世界が存在するとしたら、あなたはその感情をどう扱うだろう?


「愛している」という言葉が富を生み、「憎しみ」が貧困を生む――そんな現実に置かれた時、あなたは自分の感情を誇りに思えるだろうか?


それとも、感情の価値に怯え、失うことを恐れるだろうか?


高校生レイ・キンドラーは、この問いとは無縁の生活を送っていた。大学受験を目前に控えた彼の日々は、未来への不安に彩られていた。


そんなある日、彼は古びた奇妙な硬貨を偶然手にする。それはどこの国のものでもなく、見たこともない模様が刻まれていた。

その硬貨を手にした瞬間、彼の胸に広がったのは、不安とも期待ともつかない得体の知れない感情だった。


やがて、レイは謎の球体と出会う。その球体は、まるで人々の感情を映し出す鏡のように揺れていた。

そして、それに触れた瞬間、彼の世界は音を立てて崩れ去る――。


その硬貨が語る歴史とは・・・?


レイが迷い込む世界には、想像を超えた感情の秩序と混沌が待ち受けていた。


目次

【無色の息吹】―目覚めの予兆―


【透明な覚醒】―影なき世界の兆し―


【黄金の医者】―希望が生まれる時―


【銀灰の夜明け】―静寂を破る鼓動―


【紫紺の渦】―交差する想い―


【碧光の事実】―眠れる記憶の扉―


【蒼灰の狼煙】―戦慄の幕開け―


【漆黒の螺旋】―終焉への疾走―


【琥珀の裂隙】―砕け散る絆―


【砂色の交錯】―残された光と影―


【空色の光跡】―未知の世界―


【無色の息吹】


青年は、ひんやりとした空気が漂う薄暗い地下室で、呆然と自らの手を見つめていた。


「……これは、とんでもないことになった……」


かすれた声で呟いたその手のひらには、一枚のコインが乗っている。そこから放たれているのは、まるで生き物のように脈打ちながら揺れる、不思議な光だった。

それは柔らかく温かな輝きでありながら、同時にどこか不気味な気配をまとっていた。

ゆらゆらと波打つ光が地下室の闇を静かに照らし出し、その空間だけが現実から切り離されたかのような錯覚を生む。


その異様な光景が、青年の心にじわじわと恐怖と驚愕を染み込ませていく。


彼の名はレイ・キンドラー。医者を目指す18歳の高校生だ。数週間後には大学受験が控えていた——本来なら、そうであるはずだった。

だが、目の前の光景がすべてを飲み込んでしまった。

手のひらの上で脈動する未知の光が、日常という日常を根底から覆していったのだ。


地下室の冷たい空気が背筋を這い上がるたび、レイはこの出来事の異質さに再び直面させられた。

「普通の高校生活」——そんな言葉は、もはや遠い記憶の彼方に霞んでいる。


レイの父は有名企業の経営者、母はかつて教師を務めていた。外から見れば誰もが羨むような家庭だ。

しかし、実際には「受験を控えたレイの進路」が家族全体の重圧となり、見えない緊張感が家庭を覆っていた。

特に母はそのプレッシャーを敏感に受け止めており、息子の将来がまるで一家の運命を握っているかのように感じていた。


そんなある休日の夕暮れ——


「レイ! ちょっと来なさい!」


階上から響いた母の声は、明らかに苛立ちを孕んでいた。

レイはハッとして、思わず光から目を離した。


「ごめん! またあとで! 緊急の用事があるんだ!」


叫ぶように返し、彼は駆け足で階段を上がると、そのまま玄関へと向かった。

母の言葉を聞く余裕はもうなかった。

頭の中に重くのしかかっていたのは、たった今知ってしまった“世界を揺るがす事実”だけだった。


リビングでは、父が新聞を広げながら笑っていた。

柔らかな照明の下で、新聞をパタパタとたたみながら——


「ハハハ! レイの奴、忙しそうだな!」


肩をすくめるような仕草で軽く笑い飛ばすその姿には、どこか無関心な空気が漂っていた。

母の顔は、それを見てさらに曇った。


重苦しい空気がリビングに広がり、父の軽い口調がそれに拍車をかける。


「もう! そんな笑ってる場合じゃないのよ!? わかるでしょ!?」


母の声は抑えきれない苛立ちを滲ませ、その目には怒りが鋭く宿っていた。



「まあ、確かにそうだけど……レイはレイで、色々あるんだよ、母さん」


父は、なんとかその場を和らげようと、宥めるような口調で言った。

だがその一言は、まるで火に油を注ぐかのように母の感情を逆なでしてしまった。

母の表情が一瞬こわばり、次の瞬間には長く重たいため息が漏れる。

父の無頓着な物言いが、母の中に積もっていた不安の層を静かに揺らし、見えない重荷をさらに加えていくのがはっきりと感じられた。


「あ、いや……次は、僕がちゃんと話すよ。直接、約束して。しっかり向き合うから」


慌てて父が言い足した。自身の軽率さにすぐ気づき、妻の苛立ちが高まる前に、何とか事態を収めようとしたのだ。

けれど彼自身もまた、家庭内に漂う張り詰めた空気に気づいていながら、それとどう向き合えばいいのか分からずにいた。

その戸惑いは、父の表情や声色に微かに滲んでいた。


母は深く息を吸い込み、短く「ほんと、お願いね」と返した。

口調こそ少し和らいだが、その言葉の奥にはまだ苛立ちが残っていた。

落ち着きを取り戻したようにも見えるが、胸の奥に渦巻く不安の影は消えず、リビングの空気には依然として重苦しさが漂っていた。

言葉にされない問題がそこにあり続け、家族の間に静かに沈殿していた。


ふと父が、何かを思い出したように口を開いた。


「そういえばさ……レイ、最近よく地下室に行ってるみたいだけど、あいつ何してるんだ?」


無邪気ともいえるその問いかけには、息子の行動に対するささやかな好奇心が混じっていた。

だが母は呆れたように眉をひそめ、夫に冷ややかな視線を向けた。


「何言ってるの? レイ、自分のルーツを調べる課題が学校で出たって、あなたに相談してきたじゃない。地下室にいろいろあるって、あなたが教えてあげたんでしょ?」


その口調には、夫の記憶力を皮肉るような軽い苛立ちが含まれていた。

母は小さくため息をつきながら、いつものように「家族のことは私が把握してるのよ」と言わんばかりの表情を浮かべた。


「ああ、そうだったな! ハハハ! そうか、あれか!」


父は急に笑い出し、胸を張るような仕草で続けた。


「にしても、ずいぶん頻繁に行ってるよな。まあ、あいつの集中力はほんとすごいからな!」


その声には、息子を誇る父親特有の無邪気さと、少し照れくさいほどの愛情がにじんでいた。


母がふと何かを思い出したように目を見開いた。


「あっ、そうだ! 明日は会社の人たちとのホームパーティーじゃなかった!? 食材、全然足りてないのよ! スーパーまで連れてって!」


焦り混じりの声に、父もはっとして立ち上がる。


「あっ、そうだったな!!」


ドタバタと二人は家を飛び出していき、玄関のドアが乱暴に閉まる音が響いた。

その瞬間、家の中はまるで何事もなかったかのように、しんと静まり返った。



一方その頃、レイはすでに家を飛び出し、親友であるリヴィアの家へ向かっていた。


夜風が肌を刺すように冷たい中、彼の心臓は激しく鼓動し、荒い息遣いが止まらない。

家族の問題や受験のプレッシャーといった日常の悩みは、今や頭の片隅にもなかった。胸ポケットの中で揺れる微かな光――それが何を意味し、自分に何を求めているのか、レイにはまだ答えが見えていなかった。


ただ一つだけはっきりと分かっていた。「もう、これまでの日常には戻れない」ということをその確信が彼の足を速め、迷いを振り払うように暗い街道を駆け抜けさせた。


ようやくリヴィアの家にたどり着いたとき、レイの顔は青ざめ、手はかすかに震えていた。

乱暴に扉を叩き、出てきたリヴィアを見るなり、彼は両手で彼女の肩をしっかりと掴んだ。その眼差しには押し殺した恐怖と焦燥が渦巻き、彼の唇は震えながら一言を吐き出した。


「世界が……変わってしまう。」


その声は低く掠れ、まるで世界の終わりを告げるかのように重く響いた。

リヴィアは驚きに目を見開きながら、戸惑いの表情を隠せなかった。


冷静であることを心がける彼女でさえ、この状況にどう反応すべきか分からない。彼の言葉を信じたい気持ちと、あり得ないと否定したい気持ちがせめぎ合い、複雑な感情がその表情に浮かび上がる。


「どういうこと、レイ? 一体何が起きているの!?」

リヴィアの声はかすれ、冷たい夜気に吸い込まれるように小さく響いた。


その問いを投げかけながらも、彼女は目の前の親友が見ている「何か」の恐ろしさを感じ取っていた。レイの瞳の奥に宿る暗い影、それは単なる焦りや恐怖ではなく、もっと根源的で、世界そのものを覆うような得体の知れないものの気配だった。


しかし、リヴィアにはまだそれが何であるか分からない。

彼女が感じられるのは、レイの焦燥が決して冗談ではなく、本物だということだけだった。

その夜、リヴィアの家の前で交わされた会話が、やがて二人の運命を大きく変えることになるとは、彼ら自身もまだ気づいていなかった。


そして、その小さな選択が、世界そのものの歯車を音もなく狂わせる始まりであることも。


けれど——

運命というものには、始まりがある。

それは、劇的な出来事ではなかったかもしれない。

それでも、確かに“始まり”と呼べる瞬間が、二人には存在していた。



今から少しだけ、時を巻き戻そう。


レイとリヴィアが通う学校は、国内でも屈指の伝統を誇る、古びた石造りの校舎が印象的で数々の著名人を多く輩出した高校だった。長く続く廊下の壁には、歴代の校長たちの肖像画がずらりと並び、無言で生徒たちを見守っている。そこを歩くたびに、足音が石に反響し、この場所に刻まれた長い学びの歴史を静かに語りかけてくるようだった。


レイとリヴィアが初めて出会ったのは、入学して間もない頃だった。


一年生で同じクラスになった僕らには、もう一人、ひときわ目立つ存在がいた。ツンツン頭にパンクロッカーのような風貌――学年一の問題児として名を馳せるサルカスという名の生徒だ。


彼はいつも周囲に圧倒的な威圧感を漂わせ、教室中がその存在に怯えていた。

特に彼が目をつけた一人の生徒には、執拗ないじめが日常的に降り注いでいた。誰もそれを止めることはできず、ただ見て見ぬふりをするしかなかった。


その日も、教室の空気は重苦しかった。

「おい、てめぇ、何ジロジロ見てやがる? 俺は見世物か? だったら見物料でも払えよ。」

サルカスが標的を睨みつけながらニヤリと笑う。


その声には嘲りと威嚇が混ざり合い、教室全体に緊張が走った。誰もが俯き、息を潜めている。

その光景を教室の隅から見ていたレイの胸に、じわじわと怒りが沸き上がってきた。



「やめろ、サルカス!」


その声が教室に響いたとき、レイの体はすでに動いていた。

迷いはなかった。ただ、目の前の光景が、あまりにも見過ごせなかった。


サルカスが振り返る。

冷たく細められた目がレイを射抜き、唇の端が歪んだ。


「……何だよ、お前。文句でもあんのか?」


吐き捨てるような声。

その瞬間、鋭く振り上げられた拳が、容赦なくレイの頬をとらえた。


衝撃とともに視界が傾き、体が床に崩れ落ちる。

頬が焼けるように痛み、後頭部に鈍い衝撃が広がった。


けれど、レイは目を逸らさなかった。

痛みの中で、彼はただまっすぐにサルカスを見ていた。

怒りでも、虚勢でもない。

その目に宿っていたのは、退かないという意思だった。


教室が静まり返る。

クラスメイトたちの呼吸までもが止まったような、重い沈黙。


レイはゆっくりと手をつき、上半身を起こした。

指先は震えていたが、その動きに迷いはない。

痛みを押し込め、立ち上がろうとするその姿は、何かを抱えたまま、決して崩れようとはしなかった。


サルカスが、わずかに動きを止めた。

予想していた反応ではなかったのだ。


「ちっ、しらけちまった。次はないと思えよ!」

吐き捨てるようにそう言い残し、サルカスは教室を出て行った。

静まり返った教室に、重苦しい空気が漂う。レイは床に手をついたまま、痛みを堪えて息を整えていた。


そのときだった。突然、目の前に一枚のハンカチが差し出された。

顔を上げると、そこにはショートカットの黒髪が軽やかに揺れる一人の女の子が立っていた。端正な顔立ちで、どこか冷静さを感じさせるその表情は、教室の張り詰めた空気とはまるで別の世界にいるかのようだった。


「大丈夫? ほら、これで拭いて。」


彼女の柔らかな声は、重く張り詰めた教室の空気を一瞬で和らげた。


レイは驚きつつも、「あ…ありがとう……」と戸惑い気味に答え、差し出されたハンカチを受け取った。手はまだ少し震えていたが、その温かな行為に心が少し軽くなった気がした。


その女の子は、レイが礼を言う間もなく、ハンカチを渡したまま立ち去ろうとした。


「僕の名前はレイ。君の名前は?」


 慌ててレイが声をかけると、彼女は軽く振り返り、ふんわりと微笑んだ。

「リヴィアよ。よろしくね、レイ! そのハンカチ、ちゃんと洗って返してよ。一応お気に入りだから。」

そう言って、彼女は軽やかに教室を後にした。


その姿を見送るレイの胸には、不思議な温かさが残った。それが、レイとリヴィアの初めての出会いだった。


翌日、学校では特別科目の選択制度が始まっていた。レイは将来、精神科医を目指しており、心理学を選択していた。この日、彼は心理学の資料を集めるために図書室を訪れていた。図書室には古い本の匂いが漂い、歴史の深さが感じられた。


だが、どこも満席で、彼は席を探してさまよっていた。


「ここ、空いてるよ?」


不意に、優しい声が後ろから響いた。


レイは振り向きながら、「すみません…」と言い、大量の資料を机に置いた。

そして隣を見ると、そこにはリヴィアがにこやかに微笑んでいた。


「君は… リヴィア! あっ、そうだ! ハンカチ、ありがとう!」


レイは嬉しさのあまり、図書室の静けさを忘れて大声を上げてしまった。


静かな図書室にレイの声が響き渡った瞬間、彼は顔を赤くし、リヴィアも「シーっ!」と小さく呟きながら同じく顔を赤らめた。


二人はまるで照れ隠しをするように 一瞬視線を逸らし、その微妙な空気を共有した。互いに言葉を探しているような沈黙がしばらく続いた。


やがて、リヴィアが先に沈黙を破った。


「ところでレイ、そんなにたくさん資料を集めて、何を調べてるの?」


彼が抱えている本の山を見て、少し驚いた様子で問いかけた。


レイは照れ笑いを浮かべながら答えた。

「心理学を勉強してるんだ。少しでも多く知りたくて、いろいろと調べててさ。」


「え!?本当? 私も!」リヴィアは思わず身を乗り出し、その瞳が一層輝きを増した。


「そうなんだ!」と、レイは驚きながらも嬉しそうに微笑んで彼女を見返した。

リヴィアは興味を抑えきれない様子で続けた。


「どうして心理学を選んだの?」


レイは一瞬、言葉を探すように視線を落とし、それから真剣な表情でゆっくりと話し始めた。

「精神科医を目指してるんだ。心も体と同じで、傷つくことがあるだろ?でも、その違いは、心の傷は『見えない』ってことなんだ。僕は、その見えない傷を癒せる人になりたいんだよ。」


リヴィアはその言葉をじっと聞き、レイの真っ直ぐな想いに触れて、胸の中にじんわりと温かい感情が広がっていくのを感じた。彼の目に宿る決意は、何か強い信念を持っている人特有の輝きだった。それを感じ取った彼女は、自然と笑みを浮かべながら、心からの言葉を返した。


「素敵だね、レイ。きっと、絶対になれるよ。あなたならできるって信じてる!」

その声には、ただの励ましではなく、彼に対する本気の応援が込められていた。


レイはその言葉を受け取ると、心がじわりと暖かくなるのを感じた。彼もまたリヴィアに問いかけた。


「リヴィアは、どうして心理学を?」


彼女は少し照れたように笑いながら答えた。

「私もね、心理カウンセラーになりたくて。それが私の夢なんだ。」


レイは思わず目を見開き、笑いがこぼれた。


「まさか、同じ目標を持っているなんて!?」


リヴィアも笑い返し、二人の間に広がる空気が一気に温かく、柔らかいものへと変わっていくのを感じた。その瞬間、互いの存在が以前よりもずっと身近に感じられた。


こうして、レイとリヴィアは似た目標と夢を共有することで、自然と一緒に過ごす時間が増えていった。お互いに励まし合い、時には冗談を交わして笑い合いながら、二人の友情は少しずつ、しかし確実に深まっていった。


時の流れはあっという間で、レイとリヴィアが同じクラスで過ごすようになってから、早くも三年目に突入していた。高校生活最後の夏休みまで、残り1ヶ月。季節は確実に終盤へと向かい、教室内には独特の緊張感が漂い始めていた。


生徒たちは、目前に迫る夏休みへの期待に心を躍らせつつも、『特別課題』の存在に暗い影を落とされていた。浮かれた笑顔の裏に潜む不安が、教室の空気を微妙に重くしていた。


この『特別課題』は、学校が毎年用意する一大イベントだ。ただの課題ではない。学校が指定するテーマに基づき、研究や調査を行う大規模なプロジェクトで、完成までには膨大な時間が必要となる。内容の重さにより、ほとんどの生徒は夏休みをすべて犠牲にしなければならない。

いつしか生徒たちはそれを『夏休み全潰し課題』と恐れを込めて呼ぶようになり、今年もその噂が廊下や教室で飛び交っていた。

とりわけ今年は、最後の夏休みという特別な意味を持つだけに、教師たちも容赦なく難解な課題を用意してくるだろうと言われていた。


その噂が広まるにつれ、生徒たちの恐怖心は日増しに高まり、教室内にはため息や嘆き声が絶えなかった。無理に明るく振る舞おうとする者もいれば、早くも諦めたように肩を落とす者もいる。その光景は、まるで嵐の到来を前にした避難民のようだった。


しかし、そんな中でもレイとリヴィアは、この特別課題をただの『厄介な宿題』としか捉えていなかった。

レイは浮かれた様子で「どうせ、さっさと終わらせて夏休みを楽しめばいいだけだろ?」とどこか余裕のある素振り。

「そうね。深刻に考えたって仕方ないし、適当にやり過ごすだけね。」とレイと同じ調子のリヴィア。

二人とも軽い調子でそう話し、他の生徒たちの悲壮感には目もくれなかった。彼らの頭には、特別課題の先に待つ夏休みの楽しい計画しかなかったのだ。


だが、二人はまだ知らなかった。


その特別課題が単なる宿題などではなく、彼らの人生を大きく揺さぶる運命の扉であることを。

そして、その扉が開いた瞬間、世界の歯車は音もなく狂い始める。小さな違和感はやがて誰も予期しなかった形で膨れ上がり、世界全体を覆う危機へとつながる――


そんな未来が彼らの目の前に待ち受けていることを、二人はまだ夢にも思っていなかった。


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