第1話:「 見捨てられた少女」
冷たい風が頬を撫でる。
ネメシスは無表情のまま、ただ淡々と足を進めていた。
中央都市へと続く道は荒野に覆われ、周囲には枯れ果てた草と岩肌しか見当たらない。
空は雲に覆われ、重く鈍い灰色をしている。
どこか不吉な空気を漂わせるその景色を、ネメシスは特に気にすることなく歩き続ける。
彼の目的はただ一つ。
9番席、エリアス・グレイブの動向を調査し、必要であれば討つこと。
それが「番外席次」としての役割であり、存在理由である。
ネメシスの足音だけが、静寂の中に響き渡る。
だが、突然その静寂を引き裂くかのように、遠くから悲鳴が聞こえた。
「きゃぁぁぁっ!」
少女の叫び声――。
ネメシスは一瞬だけ立ち止まる。感情のない彼にとって、それが関心を引くものではない。
しかし、無視をするわけにもいかない。監視員エリアスの動向と無関係とは限らないからだ。
彼は音の方向へと向かい、速やかに足を進めた。
――――――
薄暗い森の中。
そこには一人の少女が倒れ込んでいた。
服は泥と血で汚れ、浅い呼吸を繰り返している。
少女の周囲には三体の魔物――「ハウンド」と呼ばれる獰猛な獣が取り囲んでいた。
鋭い牙をむき出しにし、咆哮を上げる彼らは、まさに獲物を狩る捕食者そのものだった。
「いや……助けて……」
少女はか細い声で呟く。だが、その言葉を聞き届ける者はいない。
――いや、一人だけ。
ネメシスは無言のまま剣を引き抜き、淡々と魔物たちを見据えた。
感情のない瞳が、敵を正確に捕らえる。
一体目のハウンドが襲いかかってきた。
ネメシスはその動きを冷静に観察し、無駄のない動きで刃を振り下ろす。
鋼の刃が獣の喉を正確に切り裂き、血飛沫が地面に散った。
続けて、二体目が突進してくる。
その巨体に似合わない俊敏な動きに対応し、ネメシスは素早く横へと身をかわす。
カウンターの一撃を、魔物の頭部へと叩き込んだ。
最後の一体が怯むことなく襲いかかる。
ネメシスは地面を蹴って前方へ踏み込み、剣を逆手に構えたまま相手の腹部へ突き刺す。
獣は苦痛の咆哮を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
「……処理完了」
静かに呟いたその声に、感情の色は一切感じられない。
少女は震える体を引きずるようにして立ち上がった。
「……ありがとう、助けてくれて……」
ネメシスはただ彼女を見下ろしている。
助けた理由は単純だ。任務に支障を来す恐れがあったから。
彼は興味を失ったかのように背を向け、その場を去ろうとした。
「ま、待って……!」
弱々しい声が背後から響く。
だが、ネメシスは足を止めない。
「どうして……どうして助けてくれたの?」
少女の問いかけに対して、彼は一瞬だけ視線を向けた。
「任務の妨害になりかねなかっただけだ。助けた理由はそれだけ」
冷淡な言葉が静かに放たれる。
「……そ、そんな……」
少女は目を伏せ、肩を震わせる。
「お前は、なぜこんな場所にいた?」
ネメシスは無機質な声で問いかけた。
少女はしばらく沈黙した後、苦しげに口を開く。
「……あたし、冒険者の仲間たちと一緒にこの森に入ったの。だけど……」
少女の声は震え、涙が頬を伝う。
「仲間だと思っていた人たちに、囮にされて見捨てられた……」
言葉に詰まり、肩を震わせる彼女をネメシスは無表情で見つめていた。
感情を持たない彼にとって、その状況に対する共感も憐れみも存在しない。
「お前はどうする?」
ネメシスは再び問いかける。
少女は涙を拭い、決意を固めたように顔を上げる。
「……セントリアに帰りたい。でも、一人じゃ……」
ネメシスはしばし沈黙した。
その瞳に映るのは、ただ任務を遂行するための判断基準だけ。
「……案内しろ。俺も中央都市へ向かう。」
少女の目が見開かれる。
「……本当?」
「ただし、足手まといになるなら置いていく。」
ネメシスの冷酷な言葉に、少女―――ミリア・ブレイクは戸惑いながらも力強く頷いた。
こうして、二人の旅は始まった。
●見捨てられた少女、ミリア・ブレイクは中央都市セントリアで冒険者として生計を立てている16歳の少女(フレアエルドでは16歳は成人となる)。冒険者としての職業はシーフ、オレンジ色のツインテールで普段は活発な見た目をしており、副業で酒屋の看板娘をしている。




