第2話。優しい君は…
1人の少女のために戦う1人の少年の話です。
二年D組。
神崎美輪と自分の名前を黒板に書いて、美輪はクラスメイトに振り返る。
「神崎美輪です。父の仕事の都合で転校して来ました。よろしく。」
自己紹介をした。クラスの女の子からざわめきが起こる。真っ黒い髪の毛を結って腰まで垂らし、きつい顔立ちをしているのに大きな瞳が吸い込まれそうに印象深い、不思議な存在感のある少年だったからだ。しかし、その表情はどこか冷たい雰囲気も兼ねていた。
「季節外れの転校生だが、仲良くしてやってくれ。神崎、お前の席はあの窓際の一番後ろだ。」
「はい。」
美輪は言われた席に着いた。
「では、授業を始めるぞ。」
1限目は現国だ。美輪は一応教科書を取り出したが、すぐ窓の外を眺め出した。その美輪を見ている視線があった。
2人の少年は走った。
「勇生ーー!」
A組のクラスに飛び込んで来たのは直也と美輪に職員室を聞かれた少年・詠。
「なんだよ?2人とも慌てて。」
2人の勢いに驚きながらも・、勇生は冷静に聞いた。
「見つけた。」
「来たー!」
興奮している2人に勇生は訳が判らない。
「何が来たって?見つけたって?」
「だから、最後の1人、5人目!」
「本当かー!」
思わず勇生も大声をあげて、立ち上がった。その声に周りのクラスメイトが驚いて振り返る。3人は声を落として。
「名前は?」
「神崎美輪。」
「『みわ』?女の子みたいな名前だな。それでクリスタルは?」
「緋色のクリスタル。間違いなく彼だよ。」
「そうか。」
勇生はホッとしたように息をついた。
「後は、じゃあ…」
と、その時。
「お前ーー!何て頭しているんだーー!」
怒鳴り声が聞こえて、勇生たちや他の生徒も廊下の方に振り返った。
「あれは風紀の宮川の声だ。」
「なんだろう?」
興味半分に廊下に出てみる。大きな身体つきの宮川という教師が、その威圧感を利用して対していたのは。
「美輪だ。」
「えっ?あれが?」
直也の言葉に勇生は美輪を見た。長い髪の毛をした端正な顔立ちの少年が、宮川を見返していた。
「お前、男だろうが。なんだ?その髪の毛は。」
「ここは髪型自由と聞きましたが?」
「男の長髪など認めてはおらん!」
美輪と宮川のやり取りを、通りがかりや窓から覗いた生徒たちが遠巻き見ている。宮川の怖さはみんな知っている。美輪も悪いところで会ったものだ。
「切れ。」
宮川はどこに持っていたのか、ハサミを美輪差し出した。周りにいたみんながびっくりする。これはひどいではないかと…
だが、美輪は無表情にそれを受け取ると、結んであった三つ編みにハサミを入れた。
「おい!」
ドサッと音がして、長い三つ編みが床に落ちた。周りにいた女の子らが小さな悲鳴を上げる。
「これで満足ですか?」
胸元くらいになった髪の毛を揺らして、美輪は表情一つ変えずに言った。逆にまさかやるまいと思っていた宮川の方が顔色を変えて答えた。
「ああ…」
ハサミを返した美輪は、落ちた自分の髪の毛を拾うと教室の方に戻って行く。みんな慌てて道を開けた。
「すっげぇ…」
思わず直也が呟いた。
「度胸の良い。」
詠も呟いた。
「しかし、ずいぶん印象が変わったな。前はもっと明るく優しい感じのやつだったのに。」
「そりゃ、仕方ないでしょ?僕らでもいろいろあったんだから、美輪に何かあったって。」
直也が何時もの調子を取り戻して言った。
「僕、教室に戻るよ。」
「ああ。」
「頼むな。」
「オッケー、任して。」
直也は教室の方に戻り出す。途中で女子生徒が差し出したものを受け取って直也は教室の中に入って行った。
「あの調子じゃまだ何も思い出してないと見るべきか。」
「かもね。あっ、僕も教室に戻る。敬を置いてすっとんで来たから。」
「早く教えてやれよ。仲間が来たって。」
「はいよ。」
詠が帰って行くのを見送って、勇生はまたため息をついた。
「何とかしなきゃな。姫様のためだから。」
直也が教室に入ると、美輪は自分の席に座って、さっき切った自分の髪の毛を三つ編みに戻していた。残った髪の毛が風に揺れている。鞄に髪の毛をしまい終わるのを待って、直也は美輪に近づいた。
「はい。」
突然かけられた声と差し出されたものに美輪は顔を上げる。
「お前…」
「沖田直也。まだ覚えてくれてないだろうけど、クラスメイトだよ。それより、これ。」
直也の手にあったのは女の子がよく結んでいるリボン。
「さっきの騒ぎを見ていた女の子
が渡してくれって。綺麗な髪の毛がもったいないからって。」
「いいよ。」
「良いからもらって括っておけよ。残りの髪の毛。好意を無駄にするんじゃないって。ほら、じゃあな。」
「おい。」
直也は強引に美輪にリボンを渡すと自分の席に戻る。同時に、授業開始のチャイムが鳴る。美輪は渡されたリボンを手に少し考えた後、残った髪の毛を結った。それを見て安心したように直也は笑った。短い髪の毛も美輪にはよく似合っていた。昔、出会った頃の『彼』のように。
「最後の1人が見つかったって?」
敬が声を上げた。
「なんていうんだ?」
「神崎美輪。D組に入ったから、直也が見てくれている。緋色のクリスタルを持っていたから彼に間違いないね。」
「記憶の方は?」
詠は首を振った。
「僕を見ても、勇生を見ても反応なかったよ。」
「まあ、あの頃と髪の毛の色と瞳の色も違うしな。」
敬はため息をついた。自分の髪の毛を引っ張ってみる。あの頃と違うのだ、何もかも。
「でも、あいつだろう?姫様を最後まで守っていたのは。あいつの記憶が戻らないと、姫様も…それに紫のクリスタルも…」
「それも問題だけど、彼にあいつらが気づかないか、心配だね。」
「あいつらか…」
「そう。あいつら。」
優しい顔立ちをした詠の表情も厳しくなった。
「何とかしなくっちゃね。」
次話投稿します。