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【電子書籍刊行記念SS】なでなでの特訓

※ web版読者の方も、電子書籍版購読者の方も楽しめます。

・web版⇒番外編「3番目のリンデルを探せ・後編」後のストーリー。

・電子書籍版⇒特別編1と特別編2の間のストーリー。

という位置づけでお楽しみください!

俺は、今のままではいけない。


俺はクララを愛している。

だからクララの為ならば、どんな困難だって乗り越えてやる――強い覚悟を胸に秘め、俺は深夜の裏庭に護衛騎士のリンデルを呼び出した。


深夜の時間帯を選んだのは、この特訓をクララに知られたくないと思ったからだ。裏庭で待ちかまえていると、やがてリンデルが現れた。


「お待たせしました、若」

「ああ。夜中に呼び出してすまない。お前に頼みたいことがある」

リンデルは普段はお気楽な男だが、俺の真剣な様子を見て、自身も表情を引き締めた。


「実は今から、俺の特訓に付き合って欲しいんだ」

「かしこまりました。光栄なお役目、喜んで引き受けさせていただきます!」

「ありがとう。それでは、早速よろしく頼む」


俺は全身に魔力を巡らせ、『霊獣化』の魔法を行使した。巨大な黒豹へと変身した俺を見上げ、リンデルが臨戦態勢の構えを取る。


しかし次の瞬間、俺が『時間遡航』の魔法を発動すると、リンデルは怪訝そうに首を傾げた。巨大な黒豹だった俺の体はみるみるうちに小さくなり、両掌に乗るくらいのちっぽけな仔猫の姿へと変貌する。


「よし、準備完了だ。よろしく頼む、リンデル」

「えーと。若? どうして子猫に化けたんですか?」

「勿論、今から行う特訓のためだ」

「はい???」


要領を得ないリンデルに、俺は詳しい経緯と特訓内容を伝えた。


「実は来週、仔猫姿でクララと1日デートをすることになってしまったんだ――」


先日俺は、クララの願いを何でもかなえてやると言った。するとクララが、「子猫ちゃん姿のジェド様と1日デートをしたい」と言い出したのだ。男に二言はない……だからクララと「猫ちゃんデート」をすることになったのだが、ひとつだけ深刻な問題があった。


――それは、俺が『撫で撫で』に弱いということだ。


仔猫状態になると皮膚の感覚が非常に敏感になってしまい、毛並みを撫でられると刺激が強くて平常心を保っていられなくなってしまう。……特にクララの撫で撫では強烈で、快感の波にさらわれて前後不覚のぐにゃぐにゃ状態になってしまうのだ。


しかし夫として、クララに無様な姿を晒すわけにはいかない。国家の盾たるレナス辺境伯家の次期当主である俺は、いつ如何なるときでも平静でなければならないのだから。


「――という訳でリンデルには、『撫で撫での特訓』に付き合ってもらいたい」

「な、撫で撫での特訓……?」

「ああ。思う存分やってくれ」

俺は地面にごろりと横になって仰向けの姿勢をとった。


しかし、リンデルはなぜか思いきり嫌そうな顔をしている。


「えー……」

「何だ、その顔は。『喜んで引き受ける』と言ったじゃないか」

「言いましたけど……本当にやるんですか?」

「二言はない。頼む!」

「じゃあ……失礼します」


渋々と言った様子で、リンデルは俺の喉元に手を伸ばした。さわさわと喉を撫でるリンデルの指……全身がぞわっとして、思わず飛び退いてしまった。


「おい! 気持ち悪い触れ方をするな!」

「若がやれって言ったんでしょう!?」

「……む」


確かに、リンデルの言うとおりだ。この程度で心を乱すとは情けない。


「すまなかった、リンデル。もう一度頼む」

「はいはい」


翌日以降もクララの目を盗み、深夜にリンデルとの特訓を続けた。――そして、1週間後。


「ほ~ら、若。よーし、よしよし」

「……平気だ。なんともない」

とうとう、どんな撫でられ方で長時間触れられても、全く反応しなくなった。


「よし! これなら大丈夫だ。ありがとう、リンデル」

「お役に立てて何よりです」


これで不安材料はなくなった。デート当日には、平常心を失うことなくクララを楽しませてやれるはずだ! 


俺は充実感に満たされながら、人間の姿に戻った。



   *



そしてとうとう、デート当日。


「今日はよろしくお願いします、ジェド様」

タウンハウスの馬車停め場の前で、幸せそうな笑みをうかべたクララが俺にそう言った。今の俺は、変身前の人間の姿だ。


「俺もクララとのデートを楽しみにしていたよ。今日は思い切り楽しもう」


そう言ってから、俺は巨大な黒豹の姿を経て子猫に変身した。しゅた、と地面に着地して、俺はクララに呼びかける。


『今から俺は、君の猫だ。出会ったばかりの頃のように、俺のことはただの猫と思ってくれ』

「ありがとうございます!」


嬉しそうに頬をゆるめ、クララははにかみながら俺に向かって両腕を開いた。

「仔猫ちゃん。――おいで」

『にゃぁ』

俺はクララの腕の中へと飛び込んだ。そのまま一緒に馬車へと乗り込む。


御者が馬車の扉を閉めると、やがて馬車が走り出した。クララは俺を膝に乗せ、おもむろに俺の背中へと手を伸ばした。


(――来る)

迫り来るクララの掌。俺の背を撫でようとしている。だが特訓を経た今の俺なら、恐るるに足らない――!


恐るるに足らない。……はずだった。


「ふふ、かわいい」

しかし、クララの指が毛並みをなぞった瞬間に、全身をぞくぞくとする快感が駆け抜けた。電撃に打たれたような衝撃と、次の瞬間の脱力――俺は戸惑いを隠せなかった。


「いい子ね、猫ちゃん。本当に可愛い子」

クララはやわやわと、俺の背中をなで続けている。俺は、ふにゅっと脱力しながら彼女の声を聞いていた。


(……想定外だ。リンデルから撫でられても何ともなかったのに、クララが相手だとこんなに違うなんて)

毛並みを梳く指先には慈愛があふれ、皮膚に伝わるクララの体温に自ずと心が溶かされていく。


クララの撫で撫での破壊力を、俺は甘く見過ぎていたのだ……。


(くそ……。連日の特訓が、まったくの無駄じゃないか……!)


――落ち着け、俺。特訓の成果がどうであろうと、俺のやる事は変わらない。


「子猫ちゃん。今日は思い切りデートを楽しみましょうね」

『にゃあ……!』


クララが心から楽しめる、最高の1日を贈ってみせる。俺は覚悟を胸に秘め、クララとの『猫ちゃんデート』を開始したのだった――。


 =₍˄. .˄₎=電子書籍配信のお知らせ=₍˄. .˄₎=


2025年5月8日発売の電子書籍「黒猫になつかれたので、呪われ辺境伯家に嫁ぎます!」では、1万文字の書き下ろし特別編が収載されています。


「子猫状態のジェドとの1日デートを楽しみたい」というクララの希望を叶えるべく、人間姿/子猫姿のジェドが奔走します! クララとジェドの「特別な1日」を描いた特別編、お楽しみいただけましたら幸いです^^

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