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ヒョウ柄のお猫さま about【8】

* 本編【8】話前後の、クララがまだ『猫の正体』に気づいていない頃のお話です。

 私の名前は、サーシャ。こちらの、レナス家の別邸タウンハウスで侍女を務めております。


 この屋敷の主人であるジェド・レナス様は、とても気難しい方です。……悪い方ではないと思うのですが、態度がぶっきらぼうですし、不機嫌そうなお顔がとても怖いです。お美しい方だからこそ、余計に怖く見えるのかもしれません。


 若旦那様のお世話をするうえで最も苦労するのは、いきなり『霊獣化』してしまう点です。


 いつのまにか小さな黒豹の姿に変身しており、忽然と姿を消してしまいます。……しかも、この霊獣化はレナス家のトップシークレット。屋敷の外の者には、絶対に知られるわけにはいきません。


 専属騎士のディクスター様が一日中おそばにいるのですが、それでも若旦那様は監視の目を潜り抜け、ふらりとどこかに行ってしまいます。


 ……獣の姿になった若旦那様は、人間のとき以上に手がかかるのです。


 容赦なく引っ掻いてきますし、自由気まますぎて手に負えません。見た目はとても愛らしいのですが、追いかけるのが大変すぎて、愛でる余裕などありません。


 ――しかし。

 クララ様がいらしてから、若旦那様は変わり始めました。


「あら。猫ちゃん! 今日も来てくれたのね」

「にぃ!」


 黒豹と化した若旦那様は毎日のように、クララ様のもとに訪ねてきます――それはそれは、幸せそうに。

 人間の姿のときは不愛想な態度なのですが、黒豹になったとたんに、この変わりよう。


(若旦那様ったら。本当に、クララ様のことが大好きなのですね……!)


 若旦那様の胸の内が少しわかって、私は嬉しくなりました。良い奥様が来てくださって、本当に良かったです。


 クララ様は若旦那様を両手で抱き上げ、心配そうな声で言いました。

「あら、あなた今日はちょっぴり体調が悪そうね。大丈夫?」

「みぅ……」


 私は、クララ様の洞察力に驚きました。


「クララ様。私にはいつも通りに見えますが……クララ様には違いが分かるのですか?」

「ええ、なんとなく。ほとんど毎日、間近に見てますし……」


 やはりクララ様は、ただ者ではありません。少しおっとりしているように見えますが、とても聡明で、お優しい方――だからこそ、若旦那様もクララ様に惹かれているのでしょう。


 クララ様は、若旦那様に頬ずりしながら微笑んでいます。

「無理しちゃだめよ、仔猫ちゃん。本当にかわいい子」

「みゃー」


 ……本当は『仔猫』じゃなくて『仔豹』なのですけれどね。

 

 勘違いしているクララ様に、真実を教える立場に私はありません。


(若旦那様が、いつかご自身の真実をクララ様に打ち明けられる日が来ますように……)

 私は、心からそう願いました。


 誰に対しても心を閉ざし気味の若旦那様ですから、『仔猫の正体』を打ち明けるのは、まだまだ先なのかもしれません。


 でも、いつか……。


 その頃には若旦那様とクララ様は、心を固く結び合った本物のご夫婦になっていることでしょう。


 私がそんなふうに願っていた、そのとき。


「……あら?」

 と、クララ様が若旦那様を撫でながら、驚いた顔をしました。

「どうなさったのですか、クララ様?」


「サーシャ! こ、この仔猫ちゃん……よく見ると、ただの黒猫じゃないみたいなんです!」


 戸惑いがちに、クララ様は若旦那様の毛並みを私に見せてきました。


「ほら。この子の毛並み、光に透かしてよく見ると、『ヒョウ柄』なんです!」

「……っ!」


 思わず、息を詰まらせました。

 どう答えたら良いのかしら……クララ様が、仔猫の正体に気づいてしまうかもしれない。この国の守護霊獣、気高き『黒豹』だということに!


 クララ様を、私はただ無言で見つめ返しました。レナス家のトップシークレットを、侍女わたしごときが明かしてはならないからです。


 ……だけれど、やがてクララ様はにっこりと笑いました。


「ヒョウ柄の黒猫ちゃんなんて、めずらしいですね!」


 ――へ?


 クララ様は納得したように、若旦那様を地面に下ろしました。


「さすがレナス家の飼い猫ちゃんですね。とても希少な子なんじゃないですか? おまけに、毛並みも目の色も、顔つきまでジェド様にそっくりですし」


「……は、はぁ」


「よく、こんな珍しい子を見つけてきましたね。ジェド様のこだわりっぷりが、すごいです」


 畑にひらひらと舞う蝶を無邪気に追いかけている若旦那様を、クララ様は笑顔で見守っていました。


(……クララ様こそ、とても『珍しい子』だと思いますよ)


 よく、こんな珍しい子を見つけてきたなぁ……と、私は改めて、若旦那様に感心していました。


 クララ様が『仔猫』の正体に気づくのは、まだまだ先に違いありません……。 


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