【Epilogue】黒猫さんの、妻になりました。
からり、からりと車輪の音が、のどかに響く。私はその音を幸せな気分で聞きながら、隣に座るジェド様に軽く寄りかかってみた。
ジェド様が私の肩を抱き、しっかりと抱き寄せてくる。
「クララ。もうすぐレナス辺境伯領に入るぞ」
「はい! 楽しみです」
私は窓の外に目を馳せて、期待に胸を膨らませていた。
私達がタウンハウスに戻ってから、数日後。日程を改めて、ジェド様は再びご実家のあるレナス辺境伯領に向かうことになった。日程以外の変更点が、ひとつある――それは、今回の帰省に私もついていくということだ。
「お手製のハーブティも、いろいろ持参していますから。もし体調がすぐれない時は、すぐ言って下さいね。疲れたときはレモングラス、イライラの時はバジルがおすすめです!」
「まるで俺専用の薬師だな、君は。心強いよ、クララ」
機嫌よく笑ってから、ジェド様は少し気遣うような目線を私に送った。
「一緒に来てくれてありがとう。爵位継承の準備とあって、少なからず俺の身内と顔を合わせる機会もあると思う。……君の親族に負けず劣らず、なかなか濃ゆい連中なんだが。付き合わせてしまって、本当によかったのか?」
「もちろんです」
私は社交が苦手だけれど、全然できないかと言うと、そういう訳ではない。事前にきちんと準備をしてから気を鎮めて挑めば、問題なくふるまえるのだ。
それに、ジェド様のお役に立てるのなら、いくらでも気力が湧いてくる。彼が辺境伯となるその日も、そのあとも、ずっと隣で支え続ける私でありたいから。
馬車は森の脇路を抜け、丘陵地の舗装された道に入った。
「クララ。ここからがうちの領地だ」
「ここが……辺境伯領ですか? なだらかな丘陵地ですね。他の土地と特に変わらないような……」
「ああ、このあたりはまだ古代林から遠いから、他の土地と似たような感じだ。……やっぱり君も、『魔境』に行くとなると不安か?」
俺も騎士団も万全の備えをしているから、心配はいらない。と、ジェド様は気遣うような口調で言った。
「いえ。むしろ早く魔境を見てみたくて」
「ん?」
「どんな野菜がとれるんでしょうか。土地が代わると農産物も違いますから、魔境はきっと様々なものがとれるんだろうと思うと……気になって仕方なくて」
ジェド様が、目を丸くしている。
「実は私、輿入れの時点で魔境に行けると思っていたんです。でも、向かう先が王都のタウンハウスだと聞いて、ちょっと残念に思っていました。……あ、すみません。これではただの観光客みたいですよね」
私はジェド様の妻として、レナス辺境伯領に来たのだ。将来的には、この地に永住することになるだろう。物見遊山みたいな、軽い発言は控えなければ――そんなふうに反省していると。
ジェド様は、あははは、と楽しそうに笑い出した。
「いや、いいよ。むしろそれくらい親しんでもらえた方が、俺が助かる」
ジェド様は、本当に嬉しそうにしていた。
「安心したよ、『魔境だから』と怖がられたらどうしようかと、内心は不安だったんだ。他領とは違う点も多いが、辺境伯領が俺は好きだ。君にも、新しい家だと思ってもらえると嬉しい」
「はい!」
私も、顔を綻ばせた。
「特産品と言うことなら、あとでマンドレイク畑を見せよう。あれは面白い。魔防製の耳栓さえつけていれば安全だ」
「マンドレイク! あの有名な、ナス科の魔性多年草ですね? 土から引き抜かれると悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いた者を殺すという。ぜひ拝見したいです」
私とジェド様は、声を弾ませて辺境伯領の話題に花を咲かせた。
幸せだなぁ――と、しみじみ思う。
始まりは、小さな黒猫との出会い。黒猫に導かれるように、とんとん拍子で結婚が決まった。
その黒猫の正体が旦那様だったなんて、まったく想像していなかった。
大好きな土いじりを続けながら、日に日に健やかになっていくジェド様を見つめる幸せな日々――こんな幸せが私を待っていたなんて。
「私。とても幸せです」
「俺もだ。君をもっと幸せにできるよう、努力するよ」
「私も。ジェド様をもっと幸せにします」
指を絡めて、私達は互いの幸せを誓い合った。
まだ至らない私達だけれど。これからも、ずっと一緒。
ジェド様が爵位継承に至るまでは、このあとも波乱の連続だったのだけれど……
それはまた、別のおはなし。
Fin.
最後までおつきあいくださり、誠にありがとうございました。
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本編完結後は引き続き番外編を掲載していきますので、ブックマークを剥がさずお待ちください。
番外編では、マグラス家のその後(とくにイザベラ・ウィリアム周り)も紹介します。新作も併せて執筆進行中ですので、どうぞ引き続きよろしくお願いします!








