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【28*】父、危篤。

「マグラス伯爵が……危篤?」


 ジェド様は手紙を読んで、愕然としていた。その手紙は、マグラス家の家令が私宛にしたためてきたものだった。


 手紙には、マグラス家の近況や父の病状が綴られている。


 父がヒールトーチを原材料にして、美容液販売の事業を立ち上げたこと。

 最初のうちは大成功していたけれど、トラブルに見舞われて購入者からのクレームが殺到し、返金や謝罪金などで大赤字になってしまったこと。

 

 そして、父が過労で倒れ、明日をも知れない命だということを、私はこの手紙で知った。


「お父様……私が嫁ぐ前は、あんなに元気だったのに。たった数か月で、こんなことになるなんて……」


 そして手紙には、『一刻も早く帰って、旦那様にお会いしてほしい』と書いてあった。


「帰らなきゃ……」


 ジェド様も、真剣な表情でうなずいている。


「ジェド様がお昼に使っていた転移魔法は、どれくらいの距離を移動できますか?」

 王都からマグラス伯爵領までは、馬車で五日もかかる。でも、もしジェド様の転移魔法を使わせてもらえるのなら……。


「すまない。一度に転移できる距離は、半径五km程度に過ぎないんだ。ここからマグラス領まで行くとすると、数十回は転移魔法を繰り返す必要がある。魔法馴れしていない君の体では、そんな頻回な転移には耐えられないと思う」


 それに……。と、ジェド様は申し訳なさそうな顔で付け加えた。


「転移魔法で目的のところに行くには、あらかじめ『マーキング』しておかなければならないんだ。マグラス領には、俺はマーキングを付けたことがない」


 急いで馬車を手配しよう。と、ジェド様は言った。


「明日の朝一番に出発しよう。俺も君に同行する」

「ジェド様も?」

「もちろんだ。君一人では心配だし、夫として同行するのは当然だろう」


 でも、私は戸惑った。手紙には、私ひとりで来て欲しいと書いてあったからだ。


 ――旦那様は、家族にしか打ち明けられない重大なお話をなさりたいそうで、クララお嬢さまには従者を伴わずお戻りいただきたいとのことです。


 ――ご無理を申し上げて心苦しいのですが、旦那様の最期の願いを、聞き届けてはいただけませんでしょうか……?


「ジェド様のお言葉は嬉しいのですが、今回は私ひとりで戻ります。私は頼りない長女でしたし、これまで父に気苦労をかけた事も多かったと思います……だから今回くらいは、父の希望を聞いてあげたくて」


 それに、ジェド様も多忙の身だ。明日から彼は、レナス辺境伯領に戻らなければならない。


「ジェド様も、爵位継承の準備でお忙しくなりますし。どうか予定通り、レナス辺境伯領に向かってください」


「しかし、」


「私のことは、心配いりません。状況が分かり次第、お手紙を書きますね」

 不安を顔に出さないように、私は笑顔を浮かべてみせた。


 歯がゆそうな顔で、ジェド様は私を見ている。ずいぶん長く口をつぐんでいたが、やがて彼はうなずいた。


「分かった。君の言うとおりにしよう」

 そう言うと、彼は私の腰を抱いて引き寄せた。柔らかな唇が、私の額に押し付けられる。


「――!?」

「おまじないだ」

 

 私から一歩離れて、彼は少し寂しげに笑った。

 額には、ふしぎな温もりが残っている。


「君も、君の家族もどうか無事であるように。困ったことがあったらすぐに伝えてくれ」


   ***


 翌朝、私は馬車に乗り込んでマグラス領へと出発した。移動は滞りなく進み、五日後に私はマグラス伯爵邸の門をくぐった。


 出迎えてくれた家令は、硬い表情で私にお礼を述べてくれた。家令に導かれ、応接室へと通される。


「旦那様のご準備が整うまで、こちらでお待ちくださいませ」


 ひっそりと静まり返った応接室。重くるしい沈黙に満たされ、一秒が無限の長さに引き伸ばされたように感じられる。

 淹れてもらったお茶は、待っているうちに冷たくなってしまった。


 長い、長い静寂。


 ――そのとき。カツンカツンという忙しないヒールの音が、この部屋に近づいてきた。


「お、お待ちください! 旦那様のご許可もなく、勝手なことをなさっては――」

「お黙りなさい! 次期当主はこのわたくしよ! メイド如きが、わたくしに口出ししていいと思っているの!?」


 この声は……。


「イザベラ!?」

 バタン。と荒々しくドアを開けて踏み込んできたのは、四つ年下の異母妹――イザベラだった。


 イザベラは目を血走らせ、私を睨んでヒステリックに怒鳴り散らした。


「何であんたがここに居るのよ!? この、泥棒猫!」


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